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【第24回】

ユーザーインターフェイス考
~操作性とカスタマイズの関係~

(01/08/20)

ブロードバンドで何をする?

 お盆ののんびりムードも終わり、今週からまた本格的に仕事というビジネスマンも多いことだろう。学生さんはそろそろ夏休みの宿題が気になり始める頃だろうか。ぼくもこの夏は帰省して、家族で墓参りをしたり甥っ子たちと遊んで過ごした。実は実家では年の離れた弟が1年ほど前からCATVによるブロードバンド環境をすっかり整えてくれていて、地方都市に住むぼくなんかよりずっと恵まれた状況にいる。じゃあ最近はそれで何をしてるのかと弟に聞いてみると、ちょっと面白い答えが返ってきた。

 弟いわく、音楽や映像のダウンロードには飽きて、このお盆休みはずっとドリームキャストで「ファンタシー・スター・オンライン」というネット対応のRPGをやっていると言うのだ。『それって別にブロードバンド環境じゃなくてもいいんじゃないのか? だいたいそのゲーム、結構前のソフトなんじゃ…』とは口にしなかったが、なんだか拍子抜けしてしまった。ブロードバンド環境を長期で利用しているリアルユーザーの実態ってのは、案外そんなものなのだろうか。ブロードバンドなどという最新のネット環境を使っていても、それで普段やっていることは必ずしも最新のこととは限らない。目新しさを追うより、慣れたことを快適にやるほうが楽しいという場合もあるのだ。

慣れこそ最高のユーザーインターフェイス?

 さて、実家では姉の車を運転する機会があったのだが、姉の車は最新式…とはいかないまでも比較的新しいオートマ車で、ぼくが普段乗っている平成元年式(!)の古いマニュアル車とは勝手が違った。いつもならクラッチを踏む左足でうっかりブレーキペダルを踏み、運転中に冷や汗をかくハメになってしまった。本来ならオートマ車は運転しやすいはずなのに、マニュアル操作に慣れた体にはオートマのほうがむしろ運転しづらく怖いと感じる。しかしそれでもぼくにとっては、オートマ車はなにかもの足りない気がして、次に乗り換える車もできればマニュアル車を選ぼうかと迷っている。

 こうしたことは、どんな世界でも、もちろんオンラインソフトの世界でも同じことが言えるだろう。使い慣れた愛用のソフトがあって、同等以上の機能をもつ最新のソフトを試してみようというとき、メニューの構成やホットキー割り当てなどの操作性、すなわちユーザーインターフェイス(以下UI)がまったく違うと使いづらく感じるものだ。操作に慣れるまでちょっと我慢して使い続けてみれば、ソフト本来の良さ、優秀さによって公平な機能比較ができ、どちらを選択したいかが自然にわかってくるはずなのだが、そうなる前に挫折してしまうことは多い。あげくに『やっぱり今愛用しているソフトが一番なんだよ』と自分で自分に言い聞かせてしまう。

UIの乗り換えを決意するとき

 とはいえ、あまりにも機能が違いすぎて自分の使っているソフトが見劣りするようになると、多くの人は乗り換えを決意せざるを得なくなる。極端な例をあげれば、このWindows全盛の時代に、あえてDOS窓とキャラクターユーザーインターフェイス(CUI)がベースのソフトを使ってコマンドライン入力で作業をしている人は圧倒的に少数派だろう。たとえぼくのようにDOS以前のいわば“パソコン旧石器時代”からのPCユーザーで、CUIの良さを重々理解していた人でも、Windowsの登場と共にマウスを使ったグラフィカルユーザーインターフェイス(GUI)が普及しはじめると、最初はとまどいながらも受け入れ、もはやあの頃には戻れなくなったという人がほとんどのはずだ。ぼくがなぜCUIを捨ててしまったのかを振り返るなら、「その時感じた多少の不便さよりも将来性を選んだ」としか言いようがない。

 慣れたUIから乗り換える要因には、そうした将来性や時代の先見性というのもあるだろう。将来どんなUIが主流になるかを十分に見極めて使うソフトを選ばなければ、乗り換えのタイミングを逸してしまい、自分だけがいつまでも旧来のUIにしがみつくことになって、それが呪縛のようになってしまうことさえあるのだ。

人間がソフトに“カスタマイズされる”?

 ぼくもDOS時代からの“呪縛”に悩まされている。いや、別に悩んでいるというほどではないし、呪縛なんて書くと聞こえは悪いのだが…。実はMS-DOS時代に最初に使ったテキストエディターが「MIFES」という市販パッケージソフトだったために、MIFES風のキーカスタマイズができることが、いまだにぼくがテキストエディターを選ぶときの必須条件にしている。初めて「MIFES」に触れて以来かれこれ12年になるのだが、指が覚えてしまったキー操作をこんなにも引きずることになるとは、あの頃は夢にも思っていなかった。

 普通、ソフトを自分で使いやすいよう、ファンクションキーの機能やホットキーを設定したり、ツールバーのボタン配置を変えるといったことは“カスタマイズ”と呼ぶ。ある程度のUIをカスタマイズによって自分好みに変えられるソフトは現に少なくない。しかし、カスタマイズをせず標準設定のままで使い続けても問題はないし、その標準設定に自分が慣れて、ちょうどタッチタイピングのように指がそのキー操作を覚えてしまうことも多い。まさに人間のほうがソフトに“カスタマイズされた”ような状態だ。“三つ子の魂百まで”という諺もあるように、人間が最初に覚えた操作性は後々までずっと引きずることがある。ぼくもこのまま一生“MIFES風にカスタマイズされた指”をかかえていくのかと思うと、なんだか複雑な気持ちになる。

UIは必ずしも選択の決め手にならない

 一方で、UIの悪さを他の利便性がカバーして克服してしまうこともある。例えばPCのキーボード入力に慣れた人なら、ケータイのメールで文章を入力するのは最初、苦痛にすら感じたという人も多いはずだ。しかし慣れとは恐ろしいもので、今どき目をつむってでもケータイでメールが素早く打てる女子高生は珍しくないそうだし、ぼくも最近では数行程度の返事ならケータイで入力するほうが速くて簡単に感じている。スループットで考えれば、PCを起動してからメールソフトを開いてインターネットにつないで…とやるより、ケータイで受けたメールはすぐケータイで返すほうが、入力にかかる時間を差し引いても速い。外出中ならなおさらだ。ケータイのメールは歩きながらでも片手で入力できるが、PCではそうはいかない。

 となれば、明らかに使いにくいUIであっても、それを超える魅力的な機能があれば人は“自分をカスタマイズ”してでもそのUIに慣れ、使おうとするということだ。すなわちソフトなどのUIは、優れていればそれを選ぶ一因になることはあるが、逆にUIが自分に合わないからといってそのソフトを選ばない理由にするのは『ちょっと待て』と言うべきだろう。UIは必ずしも選択の決め手にならない。人間には柔軟性があるのだ。

人間にとって本当に良いUIは「多少使いづらいこと」!?

 そんなわけで結局のところ、UIの良し悪しをとやかく論じるのは、おかしな事なのかもしれない。オンラインソフトにもソフトの数だけさまざまなUIがあって当然で、ユーザーは自分にあったものを選べばいいのだし、最初は合わなくて使いづらくても自分が慣れて合わせることは可能なのだ。むしろ、多少苦労してでもUIの異なるソフトをいろいろ試しているほうが、脳が活性化されていいという意見もありそうだ。そういえば先日NHKの番組で見たのだが、20~30代に増えている激しい物忘れ(若年性健忘症)の原因が、電卓やパソコンなどの普及によって脳の“46葉”という部分をあまり使わなくなったことにあるのだそうだ。あんまり便利で簡単なオンラインソフトばかり使うのは、人間にとってはよくないことなのかもしれない。いろんな新しいソフトを試して乗り換えを試みながら、多少使いづらいなと感じるくらいがちょうどいいのだろうか。

 といったところで今回のよもやま話は終わることにしよう。

(ひぐち たかし)

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