Book Watch/鷹野凌のデジタル出版最前線

 第4回

疑似著作権、所有権、肖像権…… デジタルアーカイブには著作権以外にも課題が山積

 デジタルアーカイブ学会(JSDA)は12月5日、第1回公開シンポジウム“著作権だけではない! デジタルアーカイブと法制度の新たな課題解決にむけて”を開催した。共催はデジタルアーカイブ推進コンソーシアム(DAPCON)。後援はシンポジウムの会場となった小学館。

 豊かなデジタル知識基盤社会を構築するため、草の根から政府までを縦横につなぐ政策形成プラットフォームとして2017年4月に設立されたのが、デジタルアーカイブ学会だ。本稿ではこのシンポジウムを詳細にレポートする。

『日本は遅れている』『まったくないのも同然の体制』

青柳正規氏(DAPCON会長・前文化庁長官)

 まず冒頭、DAPCON会長で前文化庁長官である青柳正規氏から、問題提起が行われた。青山氏は、デジタルアーカイブについて『日本は遅れている』と強い危機感を表明。一刻も早く立て直さなければならないと指摘する。

 生のデータは情報に、情報は知識に、知識は智恵に、智恵はソリューションを生み、データを再生産する。このうち“情報”と“知識”を保存するのが“アーカイブ”の重要な役割。過去と未来の橋渡しをするのが“文化遺産(ヘリテージ)”だ。

 現在から未来を見通すには、過去を振り返り、過去から未来を予測することが必要となる。ところがデータを垂れ流すだけでは、将来に生かされない。アナログな領域については、碑文学・古文書学・文献学などの資料学や、博物館学・文書館学・図書館学などの保存整理学によってアーカイブされている。これによって、しっかりとした過去の復元ができ、将来の見通しの確度が高まるという。

 ところが、Webサイトなどボーンデジタルな領域は、いままでの手法だけでは対応できない。どう資料学として整理・保存していくかが、まったく確立できていないという。また、デジタル情報を整理・保存していくために必要な費用を社会が負担することに関しても、日本においてはまだ“当たり前”のことという風土がないと指摘する。

永山裕二氏(内閣府知的財産戦略推進事務局次長)

 欧州最大の電子図書館ポータルサイト“Europeana(ヨーロピアナ)”や、アメリカのいち企業であるGoogleが構築し続けている膨大なデジタルアーカイブに比べたら、日本は『まったくないのも同然の体制』だと青柳氏。

 続いて登壇した内閣府知的財産戦略推進事務局次長の永山裕二氏は、政府によるこれまでの取り組みについて紹介。4年前から知財戦略の一環としてデジタルアーカイブに取り組み始め、2015年の知的財産推進計画では分野横断的な連携を可能とする基盤(統合ポータル)の構築を計画、2017年の知的財産推進計画では“ジャパンサーチ(仮称)”を2020年に開設すると明記されている。

パブリック・ドメインの画像なのに自由に利用できない

 続いて“疑似著作権”・“所有権”・“肖像権”に関し、問題が起きている事例が紹介された。

清水芳郎氏(小学館出版局チーフプロデューサー)
小学館『日本美術全集』全20巻

 小学館 出版局 チーフプロデューサーの清水芳郎氏は、2015年に『日本美術全集』全20巻を作った編集者として事例を紹介。『日本美術全集』は文化財である日本の美術作品を編年体でまとめたもので、美術に軸足を置いている出版社が減りつつある中、小学館でも50年ぶりに発行したものだ。“紙による最後の美術全集”になるだろう、という思いで編集作業を行っていたという。

 小学館の倉庫には、積年の資料がしっかり保管されている。ところがその写真を再利用するとなると、所蔵元であるお寺や美術館などに“再利用”の許諾を得る必要があるという。許諾が得られなければ、全集に収載できないのだ。実際、国宝第一号に指定されている仏像写真が、今回の全集には利用できない事例があったという。

 物理資料は経年劣化するもので、デジタル化は危急の課題だと清水氏。ところが、美術館クラスであっても、永遠に反復複製可能なことに対する嫌悪に近い反発で、許諾が得られないケースがあるという。元となる美術品の著作権保護期間が切れていたとしても、今後の関係を考えると、所蔵元の心証を害し“出入禁止”になるのは避けなければならないのだという。

所有権者の許諾がないものを、勝手に国のものにはできない

浜崎友子氏(一般社団法人記録映画保存センター)

 記録映画保存センターの浜崎友子氏は、映画フィルムの原版(オリジナルネガ類)を東京国立近代美術館フィルムセンターへ寄贈するにあたっての問題事例を紹介。記録映画保存センターは、これまで1万缶以上を東京国立近代美術館フィルムセンターへ寄贈してきた。フィルムは常温での長期保存が難しく、低温度・低湿度な専用保管庫での保存が望ましいという。

映画フィルムは常温での長期保存が難しい

 ところが、長年の商習慣によって現像所が保管しているフィルムのうち、映画会社の倒産などによる返却先不明フィルム(オーファンフィルム)は、所有権の壁によって寄贈ができない。つまり、所有権者の許諾がないものを、勝手に国のものにするわけにはいかない、というのだ。また、東京国立近代美術館フィルムセンターも人員不足で受付が混み合っていて、寄贈するにも数年待ちになってしまうという問題もあるという。

肖像権、パブリシティ権、個人情報保護

長坂俊成氏(立教大学教授)

 立教大学教授の長坂俊成氏は、被災自治体による災害デジタルアーカイブにおける問題点を紹介。集中・構築する主体は市町村、県、大学・研究機関、国会図書館。とくに市町村では、権利処理・メタデータ処理の関係で死蔵され“ダークアーカイブ”になっているものが多いという。公開ポリシーや権利処理の解釈・運用により、公開状況・利用条件が異なるというのだ。

震災デジタルアーカイブと肖像権の問題

 まず人格権の問題。被写体が特定できる場合と、そうでない場合がある。未成年の場合は本人の同意だけでいいのか、保護者の同意も必要なのか。知的障害者や認知症など本人から許諾が得られない場合に、親族や後見人の許諾が必要なのか。新聞が報道目的で撮影した写真を二次利用する場合に、新聞と自治体が同じ公開ポリシーを運用していいのか。たとえば、被災地の避難所生活の写真利用では、『鼻毛が出てるから嫌だ!』と断られるようなケースもあるという。

 また、財産権の問題もある。芸能人が被災者と一緒に写っている場合に、特定の事務所からパブリシティ権を主張されるケース。防犯対策への配慮など、個人情報保護という観点もある。遺体が映っている映像の扱いをどうするか? という公序の問題など、短い時間にも関わらず重要でさまざまな論点が提示された。

法的問題の見取り図

 続いて、JSDA理事・法制度部会長で弁護士の福井健策氏より、肖像権や所有権など、主に著作権とは別の権利についての法律的な解説がなされた。著作権には、権利者を探しても見つからない“孤児著作物(オーファンワークス)”問題を解決するための“著作権者不明等の場合の裁定制度”がある。

 これは、権利者の許諾を得る代わりに文化庁長官の裁定を受け、使用料額に相当する補償金を供託すれば適法に利用できる制度だ。福井氏によると、ずっと“使いづらい制度”だと言い続けてきたら、最近はだいぶ改善され使いやすくなったという。ところが肖像権や所有権に関しては、このような制度がなく、ケースバイケースなのだ。

作品の利用と権利についてのまとめ

 裁判所はこういう問題を判断するとき“総合考慮”というが、デジタルアーカイブでは膨大な点数の作品が対象となるため、そのすべてを総合考慮するには膨大な手間がかかってしまう。ではどういう解決方法があるのか? という話になる。

 たとえば映画フィルムの問題については、東京国立近代美術館フィルムセンターが難しいことを考えずにぜんぶ受け入れてしまうのがいちばん簡単だが、なかなかそういうわけにもいかない。解決策として、時効取得して寄贈という手もあるが、現像所は映画会社のために預かっているので“自主占有”に転換したのち、20年間保有する必要があるという。

 あるいは、商法に基づき寄託の終了で競売にかけてしまうとか、捨ててすぐ拾ってもらえば遺失物拾得法により3カ月で所有権を取得できるといった、ウルトラプランも検討されているという。いずれにしても、映画以外でも時間の経過とともに失われているものは恐らくたくさんあり、対策を急ぐ必要があると福井氏。

 また、寺社仏閣が所有権に基づき映像資料利用を差し止める件については、2度にわたる最高裁判決で完全に決着が付いているという。法的に、所有権者に映像利用を差し止める権利はない。唯一可能性があるのは、撮影条件として敷地に立ち入る際の“契約”。契約上の根拠がないのに請求をするのは、いわゆる“疑似著作権”の問題となる。

 ペットの肖像権(存在しない)や、永遠に延命するミッキーマウスなど、過剰な契約条件や要求にどう対処するかも、デジタルアーカイブの課題である。それによって死蔵され忘れられる作品が増えていくのは、文化的損失だからだ。

 具体的な事例として“龍馬切手販売中止問題”が挙げられた。坂本龍馬の妻である“お龍さん(楢崎龍)”の写真を切手の絵柄に使おうとしたら、その写真の所有者からクレームが入って、切手の販売が中止になった事件だ。実際のところ、昭和32年より前の写真の著作権は切れており、法律的にはそのクレームに根拠はない。ただ、『お役所的なところは、悩むとだいたい止める』のだという。

例示された“御神輿”写真のスライド

 また、肖像権については2005年の“林真須美”事件最高裁判決によって、一定の判断基準ができている。(1)被撮影者の社会的地位、(2)撮影された際の活動内容、(3)撮影場所、(4)撮影目的、(5)撮影の態様、(6)必要性などを“総合考慮し、受忍限度を超えるか”どうか、というものだ。

 これを実務に落とし込む際、どうやってその判断基準を定型化するかが課題になる。スライドで例示された“御神輿”写真では、被写体は一般人だが、お祭り、屋外、群衆の中の顔であることなどから、肖像権の侵害になる可能性は低い、とした。

 解決の方策として福井氏が挙げたのは以下の4つ。前半2つが“現場で頑張れ”という話で、後半2つが“行政や法律でなんとかする”という話だ。後者については、アーカイブ推進法制の検討が進みつつあるようだ。

  • 教育・関係者対話(権利・契約教育の必修化)
  • 現行法の柔軟・現実的な解釈
  • 準公的なガイドラインの策定
  • 不明権利者へのオプトアウト的制度導入(裁定制度)

孤児著作物(オーファンワークス)対策のいま

瀬尾太一氏(日本写真著作権協会常務理事)

 日本写真著作権協会常務理事の瀬尾太一氏からは、現在行われている“著作権者不明等の場合の裁定制度の利用円滑化に向けた実証事業”についての解説が行われた。裁定制度の使い勝手を良くするといっても、ハードルを下げすぎてしまうとザルになってしまう。ただ、こういう制度に対し“文句を言う”のは権利者団体である場合が多いが、この実証事業は権利者団体自らが推進しているところが大きな特徴になっている。

 従来の裁定制度は“最後の切り札”的な制度だったが、社会的ニーズに応え利用条件のハードルを下げたことにより、ある程度のステップを踏めばどんどん利用できるように変わった。“被害を受ける権利者”がいないなら、どんどん利用すればいい、という考え方だ。また、裁定制度の手数料額は、従来は1件13,000円だったが、2019年4月1日からは1件6,900円への値下げが決まっており、費用的なハードルも下がっている。

グラデーションのある権利処理

 法制度は変えるのが難しく、最低でも3~4年かかる。その代わり、強力だ。裁定制度利用円滑化に向けた実証事業は、法律を変える代わりに、権利者団体がちゃんと関与することで通りやすくする“スキーム”なので、スキームが決まれば明日からでも実施できるし、柔軟だ。ただし、スキームに法的な強制力はない。

 つまり、法的に権利が制限される領域から保護される領域までのあいだに、裁定制度、拡張裁定制度、拡大集中処理、集中処理といった、グラデーションのある権利処理手段を用意することで、孤児著作物の利活用が推進できるのではないか、というのが瀬尾氏の考えだ。

これからどう取り組めばいいか?

 続いてのパネルディスカッションでは、福井健策氏、瀬尾太一氏と、三菱UFJリサーチ&コンサルティング芸術・文化政策センター長の太下義之氏、プロダクション・アイジー アーカイブグループリーダーの山川道子氏の4人で、デジタルアーカイブの課題にこれからどう取り組めばいいか? について話し合われた。

山川道子氏(プロダクション・アイジー アーカイブグループリーダー)

 山川氏は“所有権”の問題について、プロダクション・アイジーがアニメの製作委員会に出資し権利を得ることをやっていなかった時代のマスターが自社に保管されていた事例を紹介。権利者に許諾を得て、手数料を貰って貸し出すこともやっているという。ただ保管するのではなく、ときにはそこから収益を得られ、ビジネスモデルとして成り立つなら、アーカイブが存続していける、というのだ。

 また、キャラクターデザインの原紙はデザイナー本人に返すことになっており、展示会などでその原紙を使いたい場合は改めてデザイナーに依頼することになっている。その際『タダで貸すの?』という話になる。では、手数料はいくらなら妥当なのか? 関係が継続している人ならすぐに聴けるが、そもそもこれは誰が描いたのか? という情報が蓄積されていないケースもあるという。

 瀬尾氏は、制度上誰も損をしないのに、権利があるから使えないというケースがたくさんあることを指摘。むかしはみんな勝手に使っていたが、コンプライアンスが浸透してみんなが尻込みするようになったという。いっぽう、お龍さんの切手のようなケースは、所有権と著作権が関係ないのはわかっているから、普通は“使う”という判断をするそうだ。

 ただし、相手が寺社仏閣の場合は、それが“信仰”の対象でもあることから、敬意の対象として許諾を得ることや、再利用に際して対価をお支払いするというのは、写真家のあいだでは“常識”なのだという。もし勝手に利用したら、あっというまに京都・奈良の全寺社仏閣に立ち入り禁止になってしまうのだそうだ。

 また瀬尾氏は、写真家が“肖像権”で苦労するのは日常茶飯事ともいう。個人情報保護法が施行された際には過度な反応をしてしまい、一時期、写真家が撮った風景写真にだれひとり写っていない、という現象が起きたという。個人情報保護法を理解しておらず、後ろ姿でさえ避けるような状況に陥っていたそうだ。

 瀬尾氏は、いまではとにかく撮って、発表するときに考えるようにしているそうだ。撮らなくなったら、記録が残せないからだ。もちろん、プライバシーを暴くようなことは慎重にやらなければいけないが、普通の風景なら、普通に撮った上で、ヤバイなと思ったら加工するようにしているという。

 肖像権の解決策について瀬尾氏は、ガイドラインと同時にリスクを保険で担保するという案を提示。福井氏はそれに対し、E&O保険(エラーズ・アンド・オミッション保険)というのが存在するが、リスクが読み切れないから往々にして保険料が高くなってしまう現状を紹介。

 山川氏は、クリエイティブ・コモンズのように『肖像を使ってもいい』という人たちを登録するシステムを提案。同時に、教育による解決は高等教育段階ではもう遅く、スマートフォンを使い始める中学生くらいから行うべきだと提案した。

太下義之氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング芸術・文化政策センター長)

 太下氏は、イギリスの事例を紹介。子どもたちが、いちど作品の作り手側・権利者側になってみると、作り手の意図や権利についても考えるようになる、というコンテンツ・リテラシー教育が行われているそうだ。

 会場からの質疑応答・意見表明では、防犯カメラが自動撮影している映像の二次利用に対する嫌悪感や、所有者情報を公開することによる盗難リスクなど、利用する側だけでなく、権利を守るほうの観点での議論も行っていく必要がある、といった提案が行われた。

 デジタルアーカイブと権利処理にまつわる話題は非常に幅広く、シンポジウムの3時間あまりですべてをカバーするのは難しい。閉会挨拶で会長の長尾真氏が語った“ポジティブなフィードバック”をするため、デジタルアーカイブ学会がこれからどのような活動を行っていくか、引き続き注目していきたい。

鷹野 凌

©樫津りんご

 フリーライターでブロガー。NPO法人日本独立作家同盟 理事長。実践女子短期大学でデジタル出版論とデジタル出版演習を担当。明星大学でデジタル編集論を担当。主な著書は『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。