【第5回】
「EmEditor」などEmシリーズの作者、江村 豊さん
(01/02/20)
オンラインソフトを使っていて、「なぜこのソフトが産み出されたのだろうか?」という思いをもったことはないだろうか。オンラインソフトには、作者のアイデアや思いやり、使命感などが詰まっている。普段何気なく使っているオンラインソフトの誕生ストーリーを知ると、ますます愛着がわくかもしれない。ということでこの連載では、ソフトを制作した作者自身に会って、ソフト誕生の内幕にスポットライトを当ててみたい。第5回目は、多機能テキストエディター「EmEditor」や汎用通信ソフト「EmTerm 95」などの作者、江村 豊さんを訪問した。
つくばでオンラインソフト作者として独立
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エムソフトのみなさん |
オンラインソフト作者の江村 豊さんは、東京駅から高速バスで1時間10分ほど、学園都市として知られる茨城県つくば市に住んでいる。ここで江村さんは、ソフト開発会社を営んでいる。社員2名のほかに業務委託のプログラマーがおり、ソフトの開発は基本的には江村さん自身が行っている。はじめは有限会社として設立したが、現在では増資して株式会社エムソフトとなっている。江村さんの経営者としてのモットーは、社員全員がお互いが尊敬し合える雰囲気を作ることだそうで、上司と部下の関係を押し付けることなく、みんなが仕事のパートナーとして接し、いつも楽しく笑顔でいられるようにつとめているとのことだ。
それでは、江村さんの略歴を紹介しておこう。'65年兵庫県宝塚市に生まれる。高校時代に1年間、交換留学で米国ロードアイランド州にあるホープ高校に通う。'85年4月に筑波大学に入学し、ここからつくば市での生活が始まる。大学では基礎工学について学び、修士号を取得。また課外活動にも積極的に参加し、部員が100人を超える混声合唱団に所属し、部長もつとめていた。'91年から、インテル(株)に入社し、マイクロプロセッサー「i486」の回路設計部門に所属。翌'92年に米国インテル社に配属され、再び米国の土を踏んだ。このように、社会人として順風満帆な生活を送っていた江村さんだが、その後一度目の大きな転機が訪れることになる。
インテルに勤務していたときから、パソコン通信のNIFTY-Serve(現@nifty)で汎用通信ソフト「EmTerm」や、オリジナルのゲームソフト「エムパイプ」など、いくつかのシェアウェアを公開していた。会社員としての給料には及ばないまでも、ある程度のシェアウェア登録料が入ってくるようになった。ユーザーと一緒にソフトを作っていくことに魅せられた江村さんは、寸暇を惜しんでソフト開発に集中したい気持ちがますます強くなっていった。そして'94年、ソフト開発を一生の仕事にすると心に誓い、当時急成長中だったインテルを辞め、オンラインソフト作者として独立したのだった。
通信ソフト「EmTerm」とテキストエディター「EmEditor」
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EmEditor |
ここで、江村さんが開発し、エムソフトブランドからリリースしているソフトを紹介しておこう。先ほども紹介したように、江村さんの人生を大きく変えることになった汎用通信ソフトが「EmTerm」だ。最近ではWebブラウザーが通信ソフトの役割を果たしているが、開発当時ネットワークと言えば“NIFTY-Serve”や“PC-VAN”(現BIGLOBE)といった多数の商用パソコン通信サービスを指し、また全国各地には個人が主催するパソコン通信サービスも数多く存在していた。こうした背景を受けて開発された「EmTerm」は、オートパイロットを実現するマクロ言語を備えるなど高機能を魅力に、多くのユーザーに利用され、また国内の多くのモデムにバンドルされるような人気通信ソフトの地位を確立した。
そして現在、エムソフトで最も力を入れているソフトが、多機能テキストエディターの「EmEditor」だ。もともとはEmTermの編集ウィンドウのために作成したエンジンを利用して生まれた副産物で、現在でもフリーソフトとして公開されているv1の開発にかかった時間は、たったの2~3週間だったそうだ。最新のv3からはUnicodeに対応し、多言語環境での使用が可能になったほか、自由な機能拡張を可能にするプラグイン機能、通信ソフトで培い公開初期から実装されていた色分け表示など、テキスト編集にこだわった数多くの機能を備えている。基本機能にも優れ、メガバイトクラスの大きなテキストファイルも高速に開ける点や、無制限のアンドゥ・リドゥ機能、英文ワードラップや禁則処理など、強力な文章作成環境を提供してくれるソフトだ。
そのほか、国際電話への意図しないダイヤルアップ接続を防止する「No!国際電話」や、AVIファイルに図形や文字を描き入れ、合成して保存することができる「EmAvi」など、ユニークな発想をもとに開発したさまざまなフリーソフトも公開している。
ソフト開発への強いこだわり
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母校の筑波大学で |
江村さんにはソフト開発にあたって、3つの強いこだわりがあるそうだ。まず第一に、ユーザーの立場で開発すること。プログラマーの立場で作りやすいものを、妥協して作るのではなく、ユーザーのフィードバックを反映することを大切にしている。次に、誰にでも使いやすいユーザーインターフェイスを実現するため、Windows標準の動作にならって作成すること。最後に、使用中に落ちないという高い信頼性をモットーとしている。いくら機能を詰め込んだところで、使用中に“落ちて”しまうようではユーザーは安心して利用することはできないからだという。
19歳で大学入学とともにつくば市に引っ越してきた江村さん。もう少しで、人生のほぼ半分をつくば市で過ごすことになるが、つくば市のどんなところが江村さんを引き付けているのか聞いてみた。すると、静かで開発に専念できる環境を気に入っているとのこと。いつも心を穏やかにして、仕事に集中できるのがいいそうだ。また、江村さんにとってのソフト開発の醍醐味は、頑張った分だけシェアウェア登録という形で直接評価され、またユーザーからダイレクトに意見が帰ってくることだそうだ。
ソフト開発へ強いこだわりをもつ江村さんのこと、いつもソフト開発のことが離れないだろうから、外出中にソフト開発のアイデアが浮かんだらどうするのか聞いてみた。すると、あっさり「全部覚えてますよ」との回答。ソースコードはすべて頭の中に入っているそうだ。ひょっとして、外出中でも頭の中のテキストエディターで開発を続けているのだろうか? ちなみに、一人で開発しているうえ、どの部分に何の機能がが盛り込まれているかをすべて把握しているため、開発中のソースコードにはほとんどコメント行がないそうだ。
EmEditorを世界標準テキストエディターへ
江村さんの今年の目標は、EmEditorを世界標準のテキストエディターへ育てることだという。現在EmEditorは、日本語版に加えて、英語版、ドイツ語版、韓国語版、簡体字中国語版、繁体字中国語版と全部で6か国語版がリリースされている。EmEditorを含む日本のテキストエディターの多くは、ファイルごとにウィンドウを開くSDI形式がほとんどだ。しかし海外では、どちらかと言えばMicrosoft WordのようなMDI形式が多く採用されている。海外のテキストエディターも研究中とのことで、MDIの使い勝手も取り入れていきたい方針だそうだ。また、海外のテキストエディターを調べることで、英文ワードラップのルールなど、いままで見えなかったことが見えてくるとのことだ。
二度目の転機、アメリカ進出
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市内にあるH2ロケットの前で |
こんな江村さんに、人生二度目の大きな転機が訪れようとしている。そのきっかけとなったのは、昨年6月にマイクロソフトのカンファレンスに参加するため、米国に旅行した際だった。高校時代とインテルに勤務した会社員時代に二度過ごしたアメリカの空気に触れ、「米国でチャレンジしてみたい」という情熱が江村さんの中で高まり、江村さんを突き動かすことになる。会社を興して5年あまり、仕事も軌道に乗り、生活するには十分な基盤ができたと安心した矢先のできごとだった。帰国後も情熱がやまない江村さんは、とうとう家族を説得することになった。
そうして昨年11月、米国ワシントン州のシアトル近郊の都市、レドモンドに米国支社となる“Emurasoft, Inc.”を設立した。シアトルといえば気候も穏やかで、周りにはマイクロソフト、任天堂などのソフトメーカーがあるほか、佐々木投手やイチロー選手が所属するシアトルマリナーズの本拠地でもあり、日本人にもなじみが深い。米国支社の実質的な営業開始は4月を予定しており、ビザが取得でき次第、家族と社員を連れて米国に移住する予定だ。
米国に移住するといっても、日本の事務所と一部の社員は残したままで、これまでどおり日本で受注した仕事も続けていくとのこと。日本との往復も続ける予定で、江村さんにとっては“事務所を米国にもコピーする”感覚だという。日本と米国でマーケットを2倍にして活躍したいとのことだ。成功して永住権を取得できれば、将来的には日本人の雇用も考えたいとのこと。近年、多くのプロ野球選手がメジャーリーグを目標に渡米しているが、江村さんの渡米もまさに自分を試す大きな挑戦といえるだろう。ぜひオンラインソフト作者として、アメリカンドリームを実現してほしい。
□エムソフト ホーム ページ
http://www.emurasoft.com/jp/
□窓の杜 - EmEditor
http://www.forest.impress.co.jp/library/emeditor.html
□窓の杜 - EmTerm 95
http://www.forest.impress.co.jp/library/emt32.html
(小山 文彦)