【第6回】

家系図作成ソフト「親戚まっぷ」の作者、西田さんと北川さん

(01/03/27)

 オンラインソフトを使っていて、「なぜこのソフトが産み出されたのだろうか?」という思いをもったことはないだろうか。オンラインソフトには、作者のアイデアや思いやり、使命感などが詰まっている。普段何気なく使っているオンラインソフトの誕生ストーリーを知ると、ますます愛着がわくかもしれない。ということでこの連載では、ソフトを制作した作者自身に会って、ソフト誕生の内幕にスポットライトを当ててみたい。第5回目は、パソコンで手軽に家系図を作成できる「親戚まっぷ」の作者、(株)石川コンピュータ・センターの西田 敦志さんと北川 広一さんを訪問した。

バブル経済がはじけて出会う

北川さん(左)と西田さん
北川さん(左)と西田さん
 西田さんと北川さんの二人が勤める石川コンピュータ・センターがあるのは、兼六園などがあり観光地として知られる石川県金沢市。同社は石川県を中心にパソコンの販売やインターネットサービスプロバイダー、医療システムの開発などを手がけるシステムインテグレーター企業だ。ちなみに石川県と言えば、森首相のお膝元であり、また今春から始まる唐沢 寿明・松嶋 菜々子主演のNHKの大河ドラマ「利家とまつ」の舞台となるなど、現在ちょっと注目されているエリアだ。

 「親戚まっぷ」で主に企画を担当した西田さんは、何事にも積極的なバリバリの営業マン。地元の金沢工業大学を卒業して石川コンピュータ・センターに入社。ちょうどバブル期の真っ只中で、入社後そのまま東京のNEC本社に出向することになり、東京生活を満喫していた。当時の生活を振り返ると、1年に250日出勤していたとしたら、240日はお酒を飲んで帰っていたそうだ。そして、バブル経済がはじけた'92年に金沢に戻った。会社に所属したまま北陸先端科学技術大学院大学に通った後、企画部を経て、「親戚まっぷ」を制作した部署である新商品開発部へと配属された。

 一方プログラミング担当の北川さんは、機械モノには何でもハマる根っからの技術屋。地元の専門学校を卒業後、一度はゲーム制作会社に就職した。実は北川さんは古くからの草の根プログラマーで、専門学校時代の15年前にパソコン情報誌「LOGIN」のソフトウェアコンテストでグランプリを受賞したことがある。MSXに対応した「うにょん」という名前のパズルゲームで、コンテスト初のグランプリ受賞ということで注目されたそうだ。もしかしたら読者の中にも遊んだことがある人もいるかもしれない。しかし、北川さんが当初勤めていたゲーム制作会社は、バブル経済の終焉にともなって経営が傾き、北川さんが制作していたゲームも残念ながらヒットには至らず、その結果北川さんはリストラで解雇された。その後、北川さんは石川コンピュータ・センターに入社したのだった。

「親戚まっぷ」ができるまで

親戚まっぷ
親戚まっぷ
 それではここで、家系図作成ソフト「親戚まっぷ」について説明しよう。家族や親戚の名前や生年月日などを入力し、婚姻関係や親子関係を指定していくだけで、見やすくレイアウトされた家系図を作成できるというユニークなソフトだ。離婚や別居など多様な婚姻関係を指定でき、現代のライフスタイルにも十分対応している。さらに、正室や側室なども入力可能なため、武士の家系図を作って学習用に用いることもできる。家系図を作成する機会なんてそうそうないだろうが、やってみるとこれがなかなかおもしろい。人が増えていくにつれて枝葉が分かれて表示される様子はなんとも爽快。なお、「親戚まっぷ」には隠しコマンドがあって、[Shift]キー+[F12]キーで制作者の似顔絵付き一覧が見られるので試してみよう。

 とてもユニークなソフトだが、もともとは年賀状印刷や家計簿作成などの機能を備えた同社の家庭用多機能ソフト「ファミリーウェア」の単なる一機能に過ぎなかった。一足先に新商品開発部に配属され、「ファミリーウェア」を担当していた西田さんは、順調に「ファミリーウェア」を売り上げていった。西田さんが担当するようになってからというもの、v2ではヤマダ電器で販売されるパソコンのバンドルソフトとして、v3では三菱電機やNEC製パソコンのプリインストールソフトとして採用されるようになった。こうして「ファミリーウェア」は着実に実績をあげていった。そして、v4で大きくバージョンアップすることになり、技術担当者として北川さんが新商品開発部に配属された。

 こうしたなかで、ある事実が明らかになった。読者アンケートの結果、家系図作成機能が年賀状印刷機能や家計簿作成機能に続いて、三番目に人気があることがわかったのだ。もちろん、この当時の家系図作成機能はおまけ程度のもの。単に家系図が書けるだけというものだったそうだ。「家系図のどこがおもしろいんやろう」と考えた西田さんが新聞の折り込み広告の裏側に自分の家系図を書いてみたところ、親族の名前を追加するたびに、枝と枝の間が窮屈になり、うまく書けなくなった。7回くらい書き直しを繰り返して、やっとそれらしい家系図ができ上がった。しかし、二つの家系を一緒にすると、兄弟の順番が変わるなどどうしても不満が残る。そして北川さんに投げかけた。「これをソフトで簡単にできんやろか?」

 システムが複雑になることが予想できたからか、一度は無理だと断った北川さん。しかし技術屋魂に火がついたのか、たちまちソフトの原型を作り上げてしまった。以来、西田さんが企画というふろしきを広げ、北川さんがそれをたたんで形にしていくという関係ができあがった。しかし「ファミリーウェア」の制作担当とはいえ、家系図作成機能はあくまで一つの機能に過ぎない。次第に家系図作成にはまっていった二人も、なかなか家系図作成のために費やせる時間は限られている。社内での理解を得ようとしても、なかなか理解してもらえない。二人は「親戚まっぷ」が社内であまり認知されないまま制作を続けていったのだった。

受付のみなさんと
受付のみなさんと
 その当時二人のいた新商品開発部という部署は、新しいビジネスモデルを模索していた。その一環として、「ファミリーウェア」を中国のソフト制作会社に外注して作るということにチャレンジすることになった。北川さんが仕様書をつくり、中国の会社に依頼する。なかなかうまく仕様を伝えることができず、英語を翻訳しつつ何度もメールでやりとりする日々が続いたと言う。そうして苦難を乗り越え、「ファミリーウェア」の最新版と「親戚まっぷ」が完成した。

 「親戚まっぷ」の配布方法として、二人はインターネットを選択した。社内で認知されたソフトでないため、単独でのパッケージ化は期待できない。それならばシェアウェアとして配布してみようということになった。見よう見まねでリリースしたところ、最初の2か月で200人ものシェアウェア登録があるほど盛況だった。西田さんは「このままのペースで行けば必ず成功する!」と西田さんが思ったそうだが、「親戚まっぷ」には欠点もあった。ソフトに自信を強めた二人は、親戚まっぷのコピー対策を強力にしすぎていたのだ。

 「親戚まっぷ」はパソコンごとに異なるパスワードを発行する仕組みになっており、Windowsを再インストールすると同じパスワードは使えない。また、新しく買ったパソコンにインストールすることもできない。筆者も「親戚まっぷ」ユーザーだが、パスワードを手に入れた環境はすでにないため、現在は使い続けていない。もちろん連絡すれば新しいパスワードを発行してもらえるだろうが、この部分が改良されればより多くの人に使ってもらえるに違いない。もう一つ、シェアウェア料金の支払方法が銀行振込のみとなっており、これもソフトの入手しやすさに比べて登録が面倒なのも残念だ。しかし、これらの点について西田さんと北川さんの二人も強く認識しており、3月26日に公開されたv5.80-RC1では、パスワードがパソコン固有になる点が改善されている。

西田さんと北川さんのいい関係

石川コンピュータ・センターの本社前で
石川コンピュータ・センター
の本社前で
 「親戚まっぷ」について、我が子のように愛情をもっていきさつを語る西田さんと北川さん。いろいろな話を聞いているうちに、二人ともかなりのロマンチストだとわかった。西田さんは知り合いに頼まれたこともあり、県内のイベントの一環として、砂浜で結婚式を挙げたそうだ。なぜかウルトラマンに連れられて入場し、大勢の市民が見守る前で愛を誓ったという。また北川さんは面白い結婚指輪をしている。たずねてみたところ、北川さんの後輩がチタンを加工して特別に作ってくれた特注品だそうだ。銀色のオリジナル指輪について、北川さんは照れながらもうれしそうに語ってくれた。

 北川さんはわりと飽きっぽい性格で、いろいろなものにハマるが、ある程度実現して先が見えると飽きてしまうそうだ。専門学校時代に作ったMSX用のパズルゲームの「うにょん」でも、周りから続編を出せば当たるだろうと言われていたのにも関わらず、当の本人はすっかり飽きてしまって続編は出なかった。それが、「親戚まっぷ」の制作では事情が違った。北川さんによると、西田さんはいつも「ちょっと難しいけど、やってやるぞ」と思わせる企画を投げかけてきたそうだ。そのため、西田さんの出す難題を解決していくことがとても楽しく、飽きている余裕などなかったとのこと。そして、二人のコンビは見事にかみ合い、「親戚まっぷ」が生まれたのだ。

 一緒にソフト制作を経験し、北川さんの技術力をもっとも高く評価しているのが西田さん。西田さんは、自分をアピールすることが苦手な北川さんのために、どうすればもっと活躍の場が増やせるのかを考えているという。一つ例をあげると、石川コンピュータ・センターは日本IBM社の音声認識ソフト「ViaVoiceミレニアム」の付属するボーナスパックソフトの一つとして、「Voiceアドレス」というソフトを供給している。これは14万種類におよぶ日本の住所を入力する際に、認識効率を格段に向上させることに成功したソフト。実はこのソフトも、西田さんがネタを見つけて企画を投げかけ、北川さんが制作したソフトなのである。

事業としては失敗?

 シェアウェアとしてリリースされた「親戚まっぷ」。社内での認知度の低さとは対照的に、そのユニークさが受けて少しずつ評価が高まっていく。そして「オンラインソフトウェア大賞2000」で入賞作品に選ばれた。このとき社長から何が起こったのか説明を求められ、苦労したという。しかし、ユニークさが広く認められたソフトも、事業として販売実績で判断すれば成功したとは言い難かった。やがて新商品開発部は解散することになり、西田さんと北川さんはそれぞれ別の部署に異動となった。二人とも業務が「親戚まっぷ」から離れたため、現在はユーザーサポートやバグ修正が中心となっている。

 二人が「親戚まっぷ」の制作中に感じたさまざまなできごとは、とても強く思い出に残っているという。制作を進めるたびに予想しないことがどんどん起こり、辛いながらも楽しい日々だったとのこと。その経験は、二人の価値観をすっかり変え、常に新しいものに挑戦する姿勢として他の業務にも影響しているそうだ。

兼六園の徽軫灯籠(ことじとうろう)の前で
兼六園の徽軫灯籠(ことじとうろう)の前で

□石川コンピュータ・センターのホームページ
http://www.icc.co.jp/
□家系図ソフト「親戚まっぷVer5.0」
http://www.incl.ne.jp/fam/simap/
□窓の杜 - 親戚まっぷ
http://www.forest.impress.co.jp/library/shinsekimap.html

(小山 文彦)

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