【第17回】

フリーソフト・ビジネス(後編)
~ソフト飽食時代に必要なもの~

(01/07/02)

コミュニケーションがカギ

 オンラインソフトがネットを通じた作者とユーザーのコミュニケーションによって成長していくという独特の“文化”は、オンラインソフトならではの数多くの良い面をもっているかわりに、例えばちょっとしたことからユーザーの反感を買うと悪評があっという間に広まってしまうという怖い面ももっている。

 前回のよもやま話では、フリーソフトが無料で公開されている理由には実にさまざまなものがあるということ、そして作者がフリーソフトという形態をビジネスとして利用しようとするとき、ユーザーの理解を得られなければ大きなトラブルになる場合もあるといったことなどについて書いてきた。今回も引き続き、そうしたビジネス志向のフリーソフトをめぐるあれこれについて考察していこうと思う。

シェアウェア化成功の草分け

 さて、最初はフリーソフトだったものが、途中からシェアウェアなどの有料ソフトになってもユーザーの熱い支持を得て、ヒットした成功例は決して少なくない。

 ぼくの記憶が正しければ、そうした例で最も古く、かつ有名なものは、メールソフトの「Eudora」だろう。「Eudora」はもともとMac用のフリーソフトだったものが、大幅な機能強化によるバージョンアップとともにシェアウェアの「Eudora Pro」となり、Windowsにも移植された。現在はシェアウェア版のほかに広告表示機能のついたフリーソフトとしても配布されていて、フリーソフトからシェアウェア、さらにフリーソフトへ変わったという意味でちょっと面白い歴史をもつソフトだ。

 フリーソフトから始まった「Eudora」がシェアウェア化された当時もMacユーザーに支持され続けた理由の1つに、作者がフリーソフト版の「Eudora」をフリーソフトのままで開発と公開をし続けたということがあげられるように思う。シェアウェア版の「Eudora Pro」が登場しても、フリーソフトの「Eudora」は並行して開発が続けられ、主にバグ修正を中心にバージョンアップしていった。そのためユーザーは、メールソフトとしての基本機能を中心に使いたいならフリー版を選び、プラスαの機能がほしければシェアウェア版を購入するという、自分の用途に応じた選択ができた。

 こうしたシェアウェア化の経緯が「Eudora」に似たWindows専用のオンラインソフトとしては、同じくメールソフトの「AL-Mail」があげられる。また、最近では最初から基本機能のみのフリーソフト版と、プラスαの機能を豊富に備えたシェアウェア版を、両方同時にリリースするという例もよく見かける。いずれにせよ、シェアウェア版とフリーソフト版の両方を並行して開発しつづけるのは作者にとってはかなりの労力が必要だと思うのだが、ユーザーにとっては選択肢が増え、使用期限などを気にせずに自分に合ったほうを使い続けられるというのはありがたいことだ。シェアウェア化がユーザーに受け入れられやすい理由はそこにある。

シェアウェア化の覚悟

 いずれ正式版ではシェアウェアにすることを最初から宣言して、β版の間はフリーソフトとして公開するといった方法も、成功例がたくさんある。最も古く、代表的な成功例はメールソフトの「Becky!」だろうか。もちろんソフトそのものの出来が素晴らしいというのは多くの人が知るところで、現在でもオンラインソフトの人気投票などでいつも上位に入るほどユーザーの支持を得ているのは、数々の理由があるからにほかならない。しかしぼくの記憶が正しければ「Becky!」は、最初から将来のシェアウェア化を宣言したβ版フリーのソフトとして世に登場したおかげで、実際に正式版でシェアウェア化された際も大きな混乱がなく、スムーズに移行することができた最初のソフトだったように思う。いわばユーザーが最初からシェアウェア化の“覚悟”をもって使うことができたわけだ。

 同様にβ版フリーから有料化して成功した例には、「PostPet」も入るだろう。正式版はダウンロードでは入手できないパッケージ販売という点が普通のオンラインソフトとはちょっと違う特殊な例ではある。しかし「PostPet」がもし最初からパッケージ販売のみのソフトだったらあれだけ普及することはなかったというのは、ソフト業界の誰もが認めるところだろう。ペットがメールを運び合うという「PostPet」の最大の魅力は、同じソフトをメール相手がもっていてこそ発揮される。つまり迅速な普及こそがヒットの鍵だったのだ。逆に言えば、数多くのユーザーに使ってもらうためにフリーソフトという形態を最大限に生かした、実に“うまい”やり方だった。

 そして、こうして“ビジネス志向”で有料化に成功したソフトの多くに共通するのが、常にユーザーの意見を意識し、要望をソフトに反映するという姿勢だったように思う。

オンラインソフトも“飽食の時代”?

 ところでこのように最初からシェアウェア化を前提にして登場するフリーソフトはともかくとして、もともとフリーソフトだったものが作者の都合で方針転換してシェアウェアへの道を進むとき、作者とユーザーとの間にはどうしても溝が生じやすい。特に最近は目立ってそうしたトラブルが多くなっているように思う。これはなぜなのか。この溝を埋めるためには、どうすればいいだろうか。

 最近ぼくがオンラインソフトの世界になんとなく感じていることとして、ここ数年ユーザー側の意識が昔と比べてかなり変わってきたことがトラブルの原因としてあるように思うのだが、いかがだろうか。オンラインソフトがネットを通じてあまりにも簡単に、しかも数多く手に入るようになったために、オンラインソフトを大事に使うとか作者と一緒に育てるといった意識が少なくなってきて、例えば『試してダメなら使うのをやめればいい』とか、『代わりのソフトはいくらでもある』といった感覚が広まってきているように感じている。いわば“飽食の時代”がオンラインソフトの世界にもやってきているのかもしれない。

芽の出たソフトを“育てる”姿勢

 前回のよもやま話で書いたように、その昔、自作ソフトをたくさんの人に使ってもらえることがうれしくてフリーソフトを作っているといった“クラシック”なフリーソフト作者が大多数を占めていた頃は、ユーザーである愛用者たちも、作者への感謝の気持ちを忘れなかったものだ。何か満足できない点や不具合などがあれば、ユーザーは率先して作者に報告したし、メーリングリストや掲示板を活用して作者がユーザーと情報交換をし、ソフトがよりよいものになっていった。もちろん今と違ってかつてはフリーソフトの流通絶対量が少なく、ほかに代わるソフトがなくて作者になんとかしてもらうか自分で作るしかなかったという時代背景もある。

 ぼく自身も、いろいろなソフト作者と率先して何度もメールをやりとりし、感謝の気持ちと共に要望を伝えるようにしてきた。作者と意見の一致したところは機能として採り入れてもらい、そのソフトが次第により使いやすくなっていくのを目の当たりにすると、ワクワクしたものだ。自分がソフトの開発に微力ながら参加できたように思えて、ユーザーの一人として作者とともにソフトを“育てる”という感覚を体感することができた。

 しかし、現在のようにオンラインソフトの数が圧倒的に増え、“使ってダメなら別のソフト”という感覚が広まってくると、ユーザー1人1人が作者へフィードバックしようという意識も少なくなり、作者とユーザーの密接なコミュニケーションの機会が減り、その結果ソフトは育つことなく埋もれていってしまう。そして、前回紹介したように、ソフトや作者に対する過剰な誹謗中傷といったトラブルも起こりやすいように思う。だが、せっかく芽が出て双葉が開いたばかりなのに、肥料もやらずに花壇をただ踏み荒らすようなことでは、育つべきソフトも育たないのではないだろうか。

いつまでも変わらないでほしいこと

 オンラインソフトにとっての肥料とは、やはりユーザーの率直な声や要望を作者が活かすということだろう。作者とユーザーが対話するという姿勢が必要で、それは“クラシック”なソフトに限らず、“ビジネス志向”のソフトであっても同じことだ。むしろ“ビジネス志向”であればなおさら、コンシューマーであるユーザーの意見を知ろうとすることが大切だと思う。ユーザー不在の開発姿勢では、それこそユーザー離れを起こしたり、ちょっとした摩擦が誹謗中傷合戦のような大きなトラブルに発展しやすい。そうならないために、意見交換やコミュニケーションをもつ機会を、作者とユーザーがお互いに意識して作り上げていくことが不可欠ではないだろうか。

 同じ“フリーソフト”と称していても、フリーである理由にはさまざまなものが出てきている昨今、またパソコン環境も矢継ぎばやに変わっていく昨今、作者の意識やユーザーの意識が変わってくることは致し方ないのかもしれない。しかし、オンラインソフトの醍醐味や真髄ともいうべきコミュニケーションの部分は、この先も永遠に変わってほしくないし、変わらないようにしていきたい。読者の皆さんは最近、使っているソフトの作者にメールを書いたことがあるだろうか? もし一度もないとかご無沙汰であるなら、この機にちょっとキーボードに向かってみてはいかがだろう。

 といったところで今回のよもやま話は終わることにしよう。

(ひぐち たかし)

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