【第9回】
デスクトップに貼れる付箋紙ソフト「付箋紙2000」の作者、rotoさん
(01/07/10)
オンラインソフトを使っていて、「なぜこのソフトが産み出されたのだろうか?」という思いをもったことはないだろうか。オンラインソフトには、作者のアイデアや思いやり、使命感などが詰まっている。普段何気なく使っているオンラインソフトの誕生ストーリーを知ると、ますます愛着がわくかもしれない。ということでこの連載では、ソフトを制作した作者自身に会って、ソフト誕生の内幕にスポットライトを当ててみたい。第9回目は、デスクトップにコメント付きの付箋紙を貼れるソフト「付箋紙2000」の作者、rotoさんを訪問した。
会社員で二児のパパ
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rotoさん |
rotoさんは長崎県諫早市に住んでいる。諫早市は長崎県のちょうど真ん中あたりの都市で、干拓で話題になった“諫早湾”の名前で耳にした人も多いだろう。rotoさんは電算部門に所属する40才の会社員で、家では2人のお子さんをもつお父さん。オンラインソフト作者の中では、わりと年上の部類かもしれない。今回聞いた話の中にも、かなり懐かしい名前が出てくるので、よくわからなかったり、逆に知っていて懐かしくなったら検索サイトで調べてみよう。きっといろいろな思い出にひたれるハズだ。
パソコン使用環境の変遷
rotoさんのパソコンを使い始めたのは、社会人1年目で22才のとき。それからさまざまな形でパソコンに深く関わっていくことになるが、rotoさんのパソコン歴を大きく分けると3つの時代に分類できる。まず第一期はPCゲーマー期。手頃なパソコンとして人気を博したMSXパソコンを購入してから始まった。知らない人もいるかもしれないので説明すると、MSXは家庭用テレビにつなぐ巨大キーボードのような形をしたパソコンで、ゲームをするには“ファミコン”や“ニンテンドウ64”と同じようにカセットを差す。当時はキーボードでコマンド入力するタイプのアドベンチャーゲームが人気で、rotoさんが好きだったゲームは遊園地を舞台にした「デゼニランド」。その後もNECのPCー6001、シャープのX1とX1ターボ3というように毎年のようにパソコンを購入していったという。
その後rotoさんは結婚したこともあって、しばらくパソコンから遠ざかっていたそうだ。そんなとき知人から譲ってもらった音響カプラをNECのラップトップパソコン“PC-98LT”につないだことから、第二期となるパソコン通信期の幕が開けた。長崎市にあった草の根BBSに参加するようになり、そのときにパソコン通信のニックネームであるハンドルとして「roto」と名乗るようになったのだ。名前の由来は、当時大流行したファミコン用RPG「ドラゴンクエスト3」を出張先の秋葉原で発売日に入手して、長崎に戻って自慢していたことからだというからおもしろい。そして、パソコン通信サービスの双璧、PC-VAN(現在のBIGLOBE)とNIFTYーServe(現@Nifty)にハマっていくのだった。
そしていよいよ日曜プログラマーとして動き出すきっかけとなったのが、会社で使用していたビジネス向けパソコンのNEC N5200用のプログラムを作ったことだ。最初は簡単なあみだくじソフトを作ってみて、次にワープロソフトのデータを保存したフロッピーディスクが壊れた際に、データを復旧するためのソフトをフリーソフトとして公開したそうだ。メーカーのサポートが高額だったこともあり、この修正プログラムが同じ境遇にあった人たちに絶賛され、喜びのメールをもらうことでオンラインソフトの魅力を知った。こうしてrotoさんは、Windows 95の登場後しばらくして付箋紙シリーズを公開することになるのだった。30代以上でパソコン黎明期からのユーザーにとっては、けっこう思い出が重なる人も多いのではないだろうか。
パソコンに貼れる付箋紙の誕生
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付箋紙2000 |
こうした時期を経て、いよいよ付箋紙シリーズの初代「付箋紙95」がリリースされた。とにかくパソコン上で付箋紙そのものを実現したいという思いで作られたため、基本的な機能はこの時点ですでに完成していたといっても過言ではないだろう。続いてネットワーク機能を盛り込んだ「付箋紙97」は、フリーソフトだと会社で使用させてもらえないというユーザーの要望もあってシェアウェアとなった。その後、「付箋紙98」「付箋紙2000」とOSの変遷にあわせて次々とリリースされ、写真を貼り付けるイメージ付箋などの機能が追加されていった。
rotoさんのホームページでは、今もなおすべての付箋紙シリーズを入手できるようになっている。理由を尋ねると、古いOSには入っていないフォントを使っていたり、リッチテキストコントロールを使っていたりと若干の違いがあるため、Windows 95以降のユーザーがシリーズの中のどれかを使えるようにという計らいだ。
IP Messengerとの連携
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長崎で電車と言えば、 路面電車のことらしい |
さまざまなバージョンアップを経て、パソコンの中では紙の付箋紙をはるかに超えた付箋紙シリーズだが、rotoさんは新しい展開を考えたことがある。LANなどのネットワークを経由してメッセージを送受信する、インスタントメッセンジャーのはしりとも言えるソフト「IP Messenger」との連携だ。LAN内のユーザーは自動的に一覧表示され、簡単にメッセージが送ることができ、さまざまなOSバージョンがリリースされているため、会社内で利用している人は多いだろう。rotoさんは「IP Messenger」作者の白水さんに連絡をとって、付箋紙シリーズに互換性を持たせることの了解を得たそうだ。
この話を聞いて、「付箋紙2000」に「IP Messenger」の機能が盛り込まれるのかなと思った人は、私と同じでちょっと想像力が乏しいかもしれない。rotoさんが考えていたのは、単にメッセージ機能が追加されるというのではなく、「IP Messenger」から送られてきたメッセージが、付箋紙としてデスクトップに貼り付けられるというものだ。付箋紙というユーザーインターフェイスに慣れた人には、このほうが自然な方法なのだろう。rotoさんはすでにテスト版を作成し、実際に動作確認もできているそうだ。今後のバージョンでこの機能が盛り込まれることを楽しみにしたい。
ここから先は筆者の勝手な思いこみで申し訳ないが、紙ベースで付箋紙を考えると、付箋紙は自分用のメモとして使ったり、誰かへの伝言用に使えれば十分だと思う。しかしパソコンのユーザーインターフェイスとして考えれば、たとえばインターネットから送られてきた最新のニュースが付箋紙としてデスクトップに貼り付いたり、ホームページのリンク部分を付箋紙としてフローティング表示させるなど、いろいろと便利な使い方がありそうだ。ひょっすると、人間が情報をオブジェクトとしてとらえるには、付箋紙の大きさがちょうどいいのかもしれない。そう考えると、「付箋紙2000」を紙の付箋紙レベルで考えて完成品と思うのではなく、今後もバージョンアップを見張っておく必要がありそうだ。
ところで、オンラインソフト作者は誰にも教わらず一人でソフトを作っている場合が多い。前述のように、他の作者と連絡を取ることすら珍しい事例だろう。最近はオープンソースのソフトも増え、参考になるソースコードも増えてはきたが、これからソフトを作ってみようという人は、一度同じようなソフトを作っている作者にいろいろ聞いてみるといいのではないだろうか。質問相手がフリーソフト作者であれば、結構簡単にいろいろなことを教えてくれると思う。
壱岐島に単身赴任
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諫早駅前で |
今回の取材を最初に申し込んだとき、rotoさんは九州の北に浮かぶ壱岐島に単身赴任していた。すでに諫早に戻ることが決まっていたため、取材は諫早でということになった。もう少し取材が早ければ壱岐島を訪れることができたのに…と、自分のタイミングの悪さにがっくり。rotoさんも絶賛する、とても風光明媚な島らしい。
ビッグコミックスピリッツに連載されている駅伝をテーマにした漫画「奈緒子」をご存じのかたも多いだろう。この漫画に出てくる“波切島”という架空の島は、実は壱岐島がモデル。rotoさんは壱岐島に単身赴任していたときの縁で、「奈緒子」の関係者もご存じとのこと。この漫画の中に出てくる波切島はとても写実的に美しく描かれているが、これらはすべて実在の場所がモチーフになっている。漫画に登場する少年たちの心のよりどころとなっている“猿岩”も、漫画そのままに実在しているそうだ。ふだん使っている「付箋紙2000」の多くの機能がそんな美しい島で生み出されたこと知ると、デスクトップに貼り付いた付箋紙が、仕事で張りつめた気持ちをやわらげる一種の清涼剤のように思えてくる。
□付箋紙対策協議会2000
http://www.roto2000.com/
□窓の杜 - 付箋紙2000
http://www.forest.impress.co.jp/library/husen2000.html
(文:小山 文彦/イラスト:安藤 久美子)