前編では編集部からの質問に両氏が答えるインタビュー形式でお話をうかがった。後編では、編集部からテーマなどを提示せず、フリートークという形で両氏に対談していただいた。途中、「Headline-Reader」などの作者でもあるフェンリルの大倉貴之氏の乱入もあり、終始和やかな雰囲気で進んだ対談の模様をお伝えする。
山下氏 |
「Jane Style」v3で高速化に取り組みましたが……本当に速くなりました? |
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編集部 |
なりましたね。 |
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柏木氏 |
何をやったんですか? |
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山下氏 |
「Google Chrome」を見て、ソフトは立ち上がりが重要なんだなと思いました。クリックして一瞬で画面が立ち上がる。これって、どうやっているのだろうと。どうやら、とりあえず先に画面を表示しているという情報があったので、なるほどねと。起動処理は全部スレッド化して、とにかく画面を表示することを第一に考えました。 |
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柏木氏 |
なるほど。すごいですね! |
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山下氏 |
「KIKI」というDelphi製のWebブラウザーがありますが、あれも起動がすごく速い。「KIKI」さんでできているのであれば、「Jane Style」でもできるのではないかと、いろいろ悩んで試行錯誤を繰り返しました。あと起動処理以外では、Webブラウザーと違い「Jane Style」は独自レンダリングなので、高速化は比較的楽なんです。機能を詰め込みすぎて重くなっているとユーザーに指摘され、原因を調べたら画像の変換や正規表現がボトルネックになっていたので、そこを重点的に修正しました。 |
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□窓の杜 - KIKI
http://www.forest.impress.co.jp/lib/inet/browser/webbrowser/kiki.html
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柏木氏 |
最近、CPUが“Core 2”などになってから、スレッド化が重要になってます。 |
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山下氏 |
僕は開発機が4年前に買ったものなので、“Core 2”などを使ったことがありません。そろそろ、開発機を買わなければならないかな。Windows Vista対応をもっときちんとやらないといけないなと思っています。 |
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柏木氏 |
やっぱり、ハードウェアやOSの仕組みに詳しくなることが必要だと思います。 |
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山下氏 |
柏木さんはどうやって勉強されているんですか? |
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柏木氏 |
本を読んだり、IntelのWebサイトを見たりしています。「Sleipnir」もやれることがまだまだいっぱいあります。
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山下氏 |
CPUへの最適化などもやっているのですか? |
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柏木氏 |
先日ブログにも書いたのですが、難しいのは1つのCPUに特化したら、ほかのもので遅くなるということが起こりうることです。だから、ソフトを作るときは平均値を取らないといけない。サイト訪問者のプロフィールをみると、「Sleipnir」はWindows 98などで使ってくれている人がまだまだいます。母数としてはとても少ないのですが、そういう人に喜んで使ってもらえていると思うとなかなか切り捨てられません。たとえば、Windows Vistaだけで速く動くようにするならば“GDI+”を使うのがベストです。しかし、XPとVistaで最速で動作するようにするとなると、“GDI+”と“GDI”をうまく使わなければなりません。つまり全OSで速く動くようにしようとすると平均値、平均的な処方を取らざるを得ません。あるいは工数は増えますが、個別に処理を分けるかです。 |
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山下氏 |
難しいですね。今のマシンは使い慣れているから使っているという理由もありますが、高スペックなマシンでソフトを作っていると、それに最適化してしまい平均的なユーザーが見えなくなる可能性があるという理由も大きいです。柏木さんはどうしていますか? |
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山下氏の開発マシン(左)と柏木氏のiPhone(右) |
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柏木氏 |
私も同じ考えで、今もノートパソコンで開発しています。高スペックなマシンで作っていると感覚が鈍ってきます。スペックをずっと下のほうで固定しておけば、「Sleipnir」の描画や動きが遅くなったということに気付きます。今の最新のマシンを使っていたら、鈍感な私は気付けません。 |
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山下氏 |
それは、サクサク動きますよね。 |
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柏木氏 |
最速の環境だと、適当にコードを書いていてもサクサク動くので、そのまま世に出して遅くなったと言われる。それは遅くなって当然です。最近のWebページもそうです。最低の環境に合わせることが、利用者にとってベストです。 |
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山下氏 |
クリックして5秒画面が出てこなかったら“どうなっとんねん”と思いますよ。 |
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柏木氏 |
速度といえば、世間が早くJavaScriptの実行速度の競争熱からさめてくれるとうれしいです。 |
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山下氏 |
どこかのWebサイトでも読んだのですが、速さってとてもわかりやすい目安じゃないですか。ユーザーの満足度などは数値では測れませんが、速さなら測れる。それで競いがちになるのではないでしょうか。ただ、それだけを重視してはダメだと思います。 |
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柏木氏 |
ダメだと思います。車の、“時速0kmから時速100kmまで加速するのに2.6秒”とか。“誰が2.6秒で時速100kmまで加速すんねん”と。加速の能力も車の大事な要素だとは思いますが、0.1秒を競うものではないと思います。本質的なところで夢を見てほしいです。 |
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山下氏 |
車の場合は夢なので、やってほしいのですけど(笑)。 |
山下氏 |
Twiddleさんが作られていた初代の「Jane」はとても軽かったんです。私はWindows Meが全盛だった時代にWindows 95のマシンを使っていたのですが、それで動くソフトは何かなと探すと「Donut」や「Jane」しかなかったんです。そのときは「Sleipnir」は重すぎて手を出せませんでした。それから、少し速いマシンを買ったときに「Sleipnir」を使って、デザインも機能もいいので、それ以来「Sleipnir」にぞっこんです。 |
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柏木氏 |
次のバージョンはかなり軽くなります。 |
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山下氏 |
そうなんですか、楽しみですね。 |
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柏木氏 |
WindowsはイベントドリブンのOSなので、そもそも軽いのです。きっちりと作ればいくらでも軽くできます。ソフトが重いのはエンジニアの怠慢で、私たちも会社として怠慢なものを作っているのかなと反省しています。まだまだ努力が足りません。イベントドリブンではなく随時チェックしている仕組みがどんどん増え、不要な描画命令があったり、待っている感を与えるインターフェイスであったりするために重くなるのです。最近は、基本的にはユーザーに待たせず、どうしても待ち時間のいる処理がある場合は、待っていることを感じさせないように努力しています。 |
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山下氏 |
「秀丸エディタ」作者の秀まるおさんも、同じようなことをされていましたよね。ソフトを閉じた際に、とりあえずウィンドウを見えなくする処理を行うようにしたという開発秘話を読んだことがあります。そういうことも重要なのかと感じました。 |
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柏木氏 |
秀まるおさんはカッコイイです! フリーソフトの作者や学生、Windows関連のメディア関係者は「秀丸エディタ」をフリーで使えますという制度から、あの方からのハピネスを感じます。 |
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山下氏 |
「秀丸エディタ」は、フリーソフト作者としてずっと無償で使わせてもらっています。ソフトとしてもすごくよくできていると思いますね。さらに、普通なら「秀丸エディタ」と「秀丸メール」はライセンスが分かれていていいと思うのですが、「秀丸エディタ」を買っていれば「秀丸メール」も無料で使える。男気にあふれた方だなと思います。 |
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柏木氏 |
お会いしたことはないのですが、私が尊敬している作者の一人です。 |
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山下氏 |
フリーソフト作者としての思い出ってありますか? |
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柏木氏 |
フリーソフトの作者でよかったと思ったのは、リバーシゲームの「BearRev」やレタッチソフト「PictBear」を作っていたときに、ほかのフリーソフト作者の方と交流できたことです。たとえば、「BearRev」はCPUの思考エンジンがプラグイン化されていて、その思考エンジンを作りたいと言ってくれる方がいました。その人たちも自分でリバーシゲームを作っていて、自分のプログラムではないのに思考エンジンを作ってくれました。そこにお金とか自分の利益なんてないのに。すごく楽しかったです。 |
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山下氏 |
私もそうでした。お金のことなんて考えたこともありませんでした。 |
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柏木氏 |
社員を雇おうと思ったら社員も幸せを感じるようにしないといけないので、我々の場合はお金を稼がないといけないときもあります。オンラインソフト作者のなかでは、特異な道を進んでいると思います。 |
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山下氏 |
そうですね。従業員の幸せを考えるということは大変なことです。 |
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柏木氏 |
さらに、目標が高いと幸せを拡大しなければいけない。拡大しなければ楽ですからね。淡々ともちこたえ続ければいい。しかし、それは難しい。いつか滅びます。 |
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山下氏 |
それでは法人化した意味がないですよね。ジェーンも小さくやっていくなら、簡単だと思います。でも、それではより大きな価値は生み出せない。 |
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柏木氏 |
そういう意味で秀まるおさんはすごいです。(有)サイトー企画としてずっと信念を貫き通している。こんな感じの会社が増えてくると面白いと思います。一人ではなく多くの人間でフリーソフト・シェアウェアを作って、より多くの方に使ってもらう、会社組織らしくない組織の会社! |
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山下氏 |
制作者集団としての会社。 |
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柏木氏 |
そうそう。オンラインソフトを作るために会社を作って、会社を大きくする。そしていいものを作り続ける。人々が喜ぶ。 |
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山下氏 |
Webサービスだとそういうベンチャー企業が出てきていますよね。(株)ロケットスタートさんとか(株)カヤックさんとか。 |
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柏木氏 |
そうなんですか。 |
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山下氏 |
面白ネタのWebサービスを作ってらっしゃる。その辺りって面白いだろうなと思います。収益になるのかどうかわからないけど、面白いからやってみる。それが、技術者かなと思います。ジョークソフトでも面白いものは面白いですからね。クライアント型でも面白いと思えば会社として作っていく。そういうものをたくさん生み出す、ソフトウェア制作者集団として会社を発展させていくのもいいかなと思っています。 |
柏木氏 |
今後、山下さんはどうやって会社に人を集めていこうとお考えですか? |
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山下氏 |
現在、Webサイト上では求人情報は出していません。人を採用するということは、とてもエネルギーのいることだと思います。その人の人生の一部を背負うことになりますから。でも、立ち上げたばかりの(株)ジェーンや弊社のソフトを、ユーザー目線で作り上げていきたいという方がいれば、ぜひ一緒にやっていきたいと思います。 |
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柏木氏 |
そういう人をどうやって見つけようと思っていますか? |
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山下氏 |
どうやって見つけましょう……。ドワンゴさんみたいに“2ちゃんねる”で募集してみるとか……。 |
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柏木氏 |
それはいいかもしれません! 会社を運営していくうえで、採用が第一関門となるかもしれません。
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山下氏 |
フェンリルさんは、初めから創業メンバーとして3人の方がいらっしゃるのでうらやましいです。 |
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柏木氏 |
私たちは楽でした。会社法の関係上、最低3人以上が必要だという事情があり、エンジニア2人とそれ以外が1人という構成ができてやりやすかったです。 |
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山下氏 |
今は、仕組みとしては1人で簡単にできてしまいますからね。 |
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柏木氏 |
会社を作って最初の3カ月は、どんどんお金が出て行くのですが、3人いたのでずっとプログラムのことを考えられました。どうやって早く作ろう、どうやってよいものを作ろうと。そういう意味では境遇は違いますね。でも、これから楽しみです! ジェーンが大きくなって、Delphiエンジニアがたくさんいて(「Jane Style」は開発環境「Delphi」で開発されている)、いいソフトがたくさん提供されて、多くの人が使ってくれるようになる。 |
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山下氏 |
そういう状況になったら、僕はとても幸せです。Delphiエンジニアにちょっとでも興味をもっていただけるなら飛んでいきます。 |
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(ここで、そばにいたDelphiエンジニアでフェンリル研究開発室 室長の大倉貴之氏が乱入。)
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大倉氏 |
社長、うちの会社って副業OKでしたよね(笑)。 |
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柏木氏 |
えっ、副業するの(笑)? |
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大倉氏 |
ジェーンはフレックス制導入を考えていますか? |
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山下氏 |
フェンリルは業務終了が6時なので、6時から9時まで大倉さんを貸してもらえるとうれしいですね(笑)。 |
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大倉氏 |
6時45分くらいから出勤できます。 |
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柏木氏 |
副業よりも出向にしましょう(笑)。 |
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山下氏 |
いっそのこと転籍されませんか(笑)? |
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編集部 |
ここで、ヘッドハンティングをされても困るのですが……(笑)。 |
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山下氏 |
いや、ヘッドハンティングは無理です(笑)。柏木さんと大倉さんにはとても固い絆があるということが、2回お酒を飲みに行ってわかっていますので。とてもいい二人が出会ったんだなと思います。 |
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柏木氏 |
フェンリル一の馬鹿騒ぎをする二人です(笑)。この二人が揃うととにかくうるさい。 |
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山下氏 |
お酒を飲んでいて楽しかったですよ。二人が漫才をしているようで、観客になっていました(笑)。 |
大倉氏 |
そういえばジェーンも“ハピネス”を使おうという話がありましたよね。 |
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山下氏 |
でも、ジェーンの事業内容に“ハピネス”“エレガンス”と書いてあったら“マンマやないか!”ってことになりますよ(笑)。 |
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柏木氏 |
いいじゃないですか。 “ブラウザを替えて、幸せになろう。”とか、すばらしいことです。 |
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山下氏 |
ハピネス教……。そんな、ハピネス教に入信したと思われたら、ユーザーにどう説明していいかわかりませんよ(笑)。 |
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柏木氏 |
どこかの飛行機会社も“ビジネスにハピネスを”と言っています。言い続けたら世間もハピネスを重要視します。私は結構何年も言っています。馬鹿にされようが言い続けます。人々が幸せになることに反対する人はいないと思います。すばらしい理念だと思っています。私は、人生でやり遂げたい。 |
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山下氏 |
“みんなでハピネスを追求しよう! うちの会社に来てください”って書いてあったら“どこの宗教やねん”と思われそうです(笑)。でも、それくらいの心意気がある人のほうがいいかもしれませんね。 |
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柏木氏 |
やっぱり、他人の幸せを考えてものづくりができるエンジニアとそうでないエンジニアでは、ぜんぜん違います。機能1つとっても、“使う人はこういうことで困る”という部分を事前に潰してから作れます。私がハピネスを重要視しているのは、ユーザーが喜ぶものをチームで作ろうとしたときに“それユーザー喜ばへんやん”と言っても、自分が満足するものを作ろうという人は“いいんですよ”と思ってしまうからなんです。何のためにソフトウェアを作っているか。目的が重要だと思います。 |
両氏のオンラインソフト界を盛り上げ、社会に新しい価値を生み出そうとする熱意がお伝えできていれば幸いだ。また、窓の杜編集部もオンラインソフト界をさらに盛り上げるために、いっそう尽力したいと襟を正す次第だ。最後となったが両社とオンラインソフト界のさらなる発展を願って、本特別企画のまとめとしたい。