杜のVR部

第54回

9.11テロ発生の瞬間を体験するVRコンテンツ「08:46」

VRによる史実の追体験が再現する絶望

 前回、ニューヨーク・タイムズが提供するスマホ向けVRアプリ「NYT VR」を紹介した。VRの持つ“その場にいる感覚”を活用し、遠い地域の出来事においても、ジャーナリズムが伝えたい“まるでその現場にいるかのような当事者性”を強く喚起するコンテンツだ。

 今回はその続きとして一人称視点での体験を取り上げたい。人の話を聞いたり、その場の様子を鮮明に記録された360度映像で体験するものとは、明確に違う点がある。

 紹介するのは「08:46」というタイトルのOculus Rift DK2向けコンテンツ。タイトルだけではピンと来ない人もいるかもしれないが、9.11と言えばわからない人はいないだろう。この「08:46」は、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ、その中でも最も多くの犠牲者が出た、世界貿易センタービルへハイジャックされた飛行機が衝突した事件を再現したものだ。しかもビルの高層階のオフィスにいた人物の視点で再現されるかなり衝撃的な体験になっている。

 なお、記事の途中からはネタバレが含まれるので、もし実際にプレイしてみたい場合はプレイ後に読むことをお勧めしたい。

粗いCGが気にならない臨場感

 プレイヤーは高層階のオフィスで朝一から同僚と話している。まるで普通のオフィスの光景だ。3DCGで再現されたとはいえ、やや粗いのが気になるかもしれない。しかし、そのような些細なことは突然の轟音によって吹き飛ぶことになる。

オフィスで同僚と朝の仕事

 突然聞こえる轟音と揺れ、何が起きているかわからないまま体験者はコントローラーを操作して廊下に出る。煙が立ち込め、電気の消えた廊下で非常階段を探すが見つけられない。画面が暗く、全然先が見えないのはまさにその時の状況を再現したのかもしれない。

突如聞こえる轟音と、建物の揺れ。オフィスが崩壊してしまう
眼下に広がる街並み。何が起きたかはわからない
非常階段を探して暗い廊下を歩く

 オフィスにいた別の人間と合流するものの、脱出できる道は見つからない。いたるところを探すが一向に見つからないため、元いたオフィスへ戻ることになる。

そして絶望の再現へ(ネタバレあり)

 廊下で非常階段を探しまわったり、書類の散らばる部屋があったりと、体験者はコントローラーで移動することができる。その時の筆者の心情としては“どこかに出口がある”という一縷の望みにすがっているところがあった。なにせこれはVRコンテンツで自分はXbox 360コントローラーを握りしめている。どこかにきっとハッピーエンドへ至る道があるのだろう、と。

 だが、このコンテンツは現実の再現であり、ゲームではない。

 最後、スタートした部屋に同僚二人と戻ったところで、雰囲気は一気に暗転する。逃げ場がどこにもないのだ。立ち込める煙、そして下に降りることはできない。そう、窓から飛び降りる以外は。

窓を割り始める同僚

 男性の同僚が窓を割り、飛び降りたところで、筆者は悟った。9.11テロの直後、世界貿易センタービルの高層階では、逃げ場を失った人たちが絶望にかられ、煙で苦しむくらいならと次々と身投げを行った。当時中学生だった筆者は、ビルの1階からの中継で“人が落ちる音”を聴き、とてもこの世のものと思えず、震えたものだった。このコンテンツはその人々の追体験をするものだったのだ。そして体験者も逃げ場のなくなった部屋で、前に歩き窓の下を眺めることになる。

窓際からの眺め。当時、身を投げた人々は果たしてどのような気持ちでこの風景を眺めたのだろうか

 以上が、この「08:46」の一部始終である。“9.11のテロを再現”したものだが、正確には“9.11のテロでビルから飛び降りた人々の心情を追体験”するものだ。

 海外ではほかにも、路上での暴行事件の傍観者の追体験「Use the Force」や、DVの果てに殺人に発展した事件の再現「Kiya」などかなりセンセーショナルなコンテンツも作られている。

BuzzFeedによる「Use the Force」を紹介した動画。暴力表現があるので閲覧にはご注意いただきたい

 文章、写真、インタビュー、映像……これまでのあらゆるメディアで実際に起きた出来事の追体験は試みられてきた。しかし、いずれも受け手側の想像力に任せるしかなかった。VRは、想像力を働かせることなく他者の追体験が可能になる。

 本コンテンツは、6人の学生が3カ月間で完成させたという。今後こうしたシリアスな分野においても、どういったコンテンツが登場するのか注目したい。

ソフトウェア情報

「08:46」
【著作権者】
846Studios
【対応OS】
Windows(Oculus Runtime for Windows 0.6以前が必要とされているが、Rntime 0.8で動作確認済)
【対応ハードウェア】
Oculus Rift DK2
【ソフト種別】
フリーソフト
【バージョン】
1.1.0

Oculus Rift DK2版評価PCスペック(参考)

マウスコンピューター G-Tune NEXTGEAR-MICRO im550PA6-SP2
【CPU】
インテル Core i7-4790K プロセッサー(4コア/4.00GHz/TB時最大4.40GHz/8MB スマートキャッシュ/HT対応)
【メモリ】
16GB PC3-12800 (8GB×2/デュアルチャネル)
【グラフィックボード】
AMD Radeon R9 Fury X(4GB)
【fps】
75fps
【ヘッドホン】
Creative Sound Blaster EVO Zx

(もぐらゲームス:すんくぼ)