週末ゲーム

第527回

悲劇を越えて真実に迫る西洋浪漫ノベルゲーム「ファタモルガーナの館」

派生作品「霧上のエラスムス」「セブンスコート」もあわせて紹介

 『週末ゲーム』では、インターネット上でたくさん公開されているゲームのなかから、編集部がピックアップした作品を毎週紹介していく。今回は、サスペンスホラーノベルゲーム「ファタモルガーナの館」とその派生作品を紹介する。

「ファタモルガーナの館」とその派生作品たち

「ファタモルガーナの館」

 「ファタモルガーナの館」は、中世から近代まで、いくつかの時代と場所に渡って存在する館を舞台としたサスペンスホラー作品。イベントグラフィック40枚以上、使用楽曲60曲以上でプレイ時間は20時間から25時間程度という大作で、約4年にわたる開発期間を経て昨年末にリリースされた。

 本作は有償作品で、Amazonをはじめとするショップ委託などで入手可能。インディーズゲームのダウンロード配信サイトPLAYISMなどでダウンロード販売も行われている。全八章中二章までプレイできる体験版が公開されており、体験版だけでも4~5時間のボリュームとなっている。

 なお、本作は英語化プロジェクトが発足しており、PLAYISMでの売り上げはすべてローカライズ費用に充てられるという。ローカライズについては国内外のメディアでニュースになるなど、注目度の高い作品だ。

 また、「ファタモルガーナの館」を制作した同人ゲーム制作サークル“Novectacle(ノベクタクル)”は、同作の派生作品「霧上のエラスムス」「セブンスコート」をフリーゲームとして公開している。今回は、これらもあわせて紹介する。

悲劇を越えて真実に迫っていく西洋浪漫サスペンスホラー「ファタモルガーナの館」

 「ファタモルガーナの館」の物語は、記憶をなくした“あなた”が、古ぼけた屋敷で目を覚ますところから始まる。“あなた”を『旦那さま』と慕う謎の女中に導かれ、“あなた”は館がもつ記憶として、四つの異なる時代に館で起きた悲劇を目撃していく。やがて“あなた”は、ある選択を迫られることになる……。

謎めいた女中に導かれ、“あなた”は館で起きた悲劇を目撃していく
一章の時代は1603年。優しい青年メルと妹ネリーの物語。兄を慕うネリーの想いはやがて……
二章の時代は1707年。館は荒廃し“獣”が住み着いていた。一方、死んだとされる恋人を探して旅するポーリーンは、館のある村へと辿り着く
三章の時代は1869年。新大陸で鉄道事業に乗り出したヤコポは本当の想いと裏腹に、妻と疎遠になっていく
時代を越えて存在する“白い髪の娘”。彼女に関する謎も本作の根幹をなしている

 “西洋浪漫サスペンスホラー”と銘打たれた本作は、すれ違いによって起こる悲劇や救いようのない人の業を感じさせる陰惨な展開が続き、ショッキングなシーンも少なくない。しかし、ただ鬱々としているのではなく、悲劇を乗り越えて“館の魔女”と相対していく熱い展開も魅力となっている。

絶望に飲まれようとするたび、お互いを支え合う主人公とヒロイン

 自分を取り戻した“あなた”が館の真実に触れ、何度も絶望に囚われながらも成長していく姿には、少年漫画の熱血主人公めいた一面も。また、共に館の呪い立ち向かっていくヒロインと“あなた”のコミカルで微笑ましい掛け合いも、重くなりがちな物語の息抜き、そして悲劇の中での希望の象徴にもなっている。

 真実が明かされたと思いきや、そこにもまだ嘘があり、二転三転していく展開。やがて最初は時代も登場人物もバラバラで無関係と思われた一章から三章までの物語すらも、ある一点に集束していくという構成も目を見張るものがある。サスペンス好きはもちろん、それに留まらず物語を読むのが好きな人なら、きっと自分だけの見所を見つけられる。本作はそんな懐の広い作品と言えるのではないだろうか。

 20時間以上というボリュームで物語とキャラクターを余すところなく描いた本作だが、章の進行によって語り手や画面構成に変化があり、全編を通して新鮮なプレイ感覚で読み進めることができる。また、物語を彩るグラフィックや音楽も、ボリューム・クオリティ共に制作陣の熱を感じさせるものとなっている。

 キャラクターの立ち絵や40枚以上用意されているイベントグラフィックは、油彩のような厚塗りによって詳細まで描き込まれ、中世ヨーロッパらしいきらびやかな衣装の数々から赤黒い血溜まりの凄惨さまでを、そして穏やかな笑顔から疑念、怒り、恐怖、悲しみ、絶望……とあらゆる感情を描き出している。

美麗なイベントグラフィックの数々も見所
本編クリア後に解放される音楽館では、歌詞の閲覧も可能

 60曲を超えるBGMは、開拓時代の新大陸が舞台の三章ではジャズ調の曲が時代の空気を醸し出し、辛い展開が続く中盤から終盤にかけては重く静かなピアノ曲が印象的に響くなど、複数の作曲家によるバラエティに富んだ楽曲が揃っている。また、そのうち半分以上が女性シンガーによる外国語の歌曲となっており、ときにヒロインの心情を透き通るような声で歌い上げ、ときに激しい感情の爆発を力強く表現し、独特の世界観を造り上げているのも本作の大きな魅力だ。

「ファタモルガーナの館」PV
「ファタモルガーナの館」
【著作権者】
Novectacle
【対応OS】
Windows 2000/XP/Vista/7
【ソフト種別】
ダウンロード販売 2,000円(税込み)ほかパッケージ販売など(体験版あり)
【バージョン】
1.10(13/01/25)

ドミノ倒しのように真実が暴かれていく怒濤の閉鎖空間サスペンス「霧上のエラスムス」

「霧上のエラスムス」
館で目覚めたメルは、自分の記憶がないことに気付く

 「霧上のエラスムス」は、現代のとある洋館を舞台にした、クローズド・サークルもののサスペンス作品。プレイ時間は2時間ほどの短編で、「ファタモルガーナの館」の登場人物で構成されている。ただし世界観や物語に繋がりはなく、パラレルワールド的な位置付けとなっている。

 主人公は、大学時代の一時期をフランス留学で過ごした英国人の青年メル・ローズ。3年ぶりの同窓会のため当時の仲間達と共にフランスはストラスブールを訪れたメルだが、同窓会の舞台となる館へ移動中、何者かに襲われてしまう。意識を失ったメルが館で目覚めたとき、彼はほとんどの記憶を失い、自分が誰なのかもわからなくなっていた。

 事実上閉鎖された館の中で、不安を抱えつつも同窓会を楽しもうとする男女7人の同窓生達だが、参加者の一人により明かされる衝撃的な事実を端緒に、それぞれの抱える秘密が連鎖するように暴かれ、誰もが追い詰められていく。

 ある瞬間を境にこれまでの認識が一気に反転し悲劇へと転がり落ちていく展開や、それを乗り越えようと足掻き続ける主人公は、「ファタモルガーナの館」とも通じるものがある。その上で現代ものならではの設定も盛り込まれており、“記憶”をテーマのひとつとしたある種のSF作品としても味わい深い。

 また、「ファタモルガーナの館」と設定はパラレルではあるが、メルにべったりの妹ネリーなど、キャラクターの関係性や表向きの性格など引き継いでいる部分もある。とはいえキャラクターが抱える真実や辿る結末は大きく異なっているので、どちらから読んでもネタバレの心配はない。それぞれの違いを楽しむという、パラレルならではの読み方もありそうだ。

同窓会らしくメンバーが一同に会するコミカルな場面も。しかし楽しい時間はほんの刹那
真実に触れて自己が揺らぎつつも、足掻き続けるメル
「霧上のエラスムス」特別版収録のサイドストーリー

 なお本編は無償だが、サイドストーリーを加えた特別版が有償で頒布されており、ダウンロード販売などで入手可能だ。サイドストーリーは2時間ほどの内容で、本編では深く触れられることがなかったある人物を主人公に、本編の裏側で起きた物語が綴られる。こちらは本編とも比べようがないほどひたすらに重苦しく、そこに希望は、救いはあるのかと、本編以上に読み手に問いかけてくる内容。“裏側”を覗くかどうかの判断は、本編を読み終えたプレイヤーに委ねられている。

「霧上のエラスムス」
【著作権者】
Novectacle
【対応OS】
Windows 2000/XP/Vista/7
【ソフト種別】
フリーソフト(特別版はダウンロード販売 525円(税込み)など)
【バージョン】
1.10(11/05/07)

RPGあるあるネタ満載!?ゲーム世界と現実が交差するメタフィクション「セブンスコート」

「セブンスコート」
実際にアクセス可能なフリーゲーム公開サイト“ロワイヨムヘブン”。圧縮ノイズの目立つ画像、タイトルの誤字、晒されて閉鎖した日記の痕跡など“やっちゃった感”が漂う

 「セブンスコート」は、現代のとあるフリーゲーム作者を主人公に、ゲーム世界と現実が交差しながら物語が進行する短編作品。プレイ時間は3時間ほどで、こちらも「ファタモルガーナの館」と直接の関係はないが、もともと「ファタモルガーナの館」リリース後のエイプリールフール企画として公開されたという経緯があり、パラレルワールドながら登場するキャラクター達の性格や関係性が「ファタモルガーナの館」本編に比較的近いものとなっている。

 作中に登場するフリーゲーム公開サイト“ロワイヨムヘブン”は実際にアクセス可能。エイプリールフール企画の開催中は、このサイトのBBSが徐々に更新され、最後に4月1日付けの投稿でゲームが公開されるという趣向がとられた。

 BBSに集うのは、サイト管理者の“Dark†Knight”と常連達。その内容は『構ってちゃんムードが透けて見える粘着煽り』『作者を放り出して関係ない話題で盛り上がる』『連絡がつかないことを心配する家族の書き込み』など、90年代から2000年代前半をネットで過ごした人なら甘酸っぱい思い出と共に懐かしさを感じるものがある……かもしれない。ゲーム本編はこのBBSのやり取りの延長線上にあるので、ぜひプレイ前に読んでほしい。

 ゲーム本編はDark†Knightと常連達が、ゲーム「セブンスコート」の世界に取り込まれてしまった所から始まる。かつてDark†Knightが企画し、お蔵入りとなったRPGをベースにしているらしき世界から脱出するため、ゲームクリアを目指すDark†Knight達。有名RPGへのオマージュや“RPGあるある”など、ゲーム愛に溢れるネタ満載の冒険が繰り広げられる。

 “ゲームのスタート位置が街ではなく墓地”“序盤のミッションと思いきや実は全滅イベント”など、王道を嫌うDark†Knightによる捻くれた原案のせいで巻き起こるドタバタの数々が楽しい。これについては「ファタモルガーナの館」をプレイしていれば『ああ、こいつならやりかねんわ……』と相乗効果で面白さ倍増だ。

RPG好きなら思わずニヤニヤしてしまうネタの数々

 それと並行して、Dark†Knightの“中の人”である青年ミシェル・ボランジェの現実世界での物語も、回想という形で語られていく。ゲームクリエイターとして生きていくという夢になかなか届かず停滞しているミシェルが、ある女性から感想メールをもらい、実際に合って徐々に距離を縮めていく美しいラブ・ストーリー。と思いきや、その直後にはネット上の悪友イメオンから下品なツッコミを入れられるなど、どこか締まらないさまが微笑ましい。

自分の作品を好きと言ってくれる女性との出会いにより、ミシェルは少しずつ変わっていく
ネットのみの付き合いだが気心の知れたイメオン。ミシェルにとってはバカ話も相談事もできる親友だ

 「ファタモルガーナの館」で発揮されたコメディとシリアスの絶妙なバランスは本作でも健在だが、本作はとくにネタ寄りで、面倒くさくも憎めない面々の掛け合いを存分に楽しめる。とはいえ、それだけで終わらない展開も「ファタモルガーナの館」譲り。ゲーム世界に集められた人々の真実が暴かれるにつれ、この世界の役割が明らかになっていく。

ゲーム制作者同士の矜持がぶつかり合う

 ミシェルともう一人のゲーム制作者による、お互いの魂を削るようなゲーム創作議論や、ネガティブでも精一杯足掻こうとしている彼らの剥きだしの感情の叫びが、読む側の心に突き刺さる。本作はゲームをテーマにしたメタフィクションとしてのエンターテイメント性も十分だが、制作者やプレイヤーとしてゲームに思い入れがある人、インターネットにある種の帰属意識をもつ人なら、そんな“俺ら”の物語としてより深く心に残るのではないだろうか。

「セブンスコート」
【著作権者】
Novectacle
【対応OS】
Windows 2000/XP/Vista/7
【ソフト種別】
フリーソフト
【バージョン】
1.20

どの作品から読んでもOK。“ファタモル”体験版は2つのエピソードを結末まで楽しめる

 今回紹介した「ファタモルガーナの館」「霧上のエラスムス」「セブンスコート」は、共通のキャラクターが登場しつつも世界観や物語はそれぞれ独自に完結している作品。続編や外伝といった関係ではなく、俳優に見立てたキャラクターが各作品に“出演”するという趣の、いわゆるスターシステムが採用されている。

 そのため、基本的にどの作品からでも楽しめるが、いきなり20時間の長編を読むのは……という場合は、2時間できっちりオチがつく「霧上のエラスムス」からNovectacle作品に触れてみてはいかがだろうか。また、「ファタモルガーナの館」の体験版で読める一章・二章は、それぞれ同作の1ピースでありつつも、ひとつのエピソードとしては結末まで楽しめるので、こちらからプレイするのもよいだろう。

 一方「セブンスコート」は、「ファタモルガーナの館」本編をプレイしているとより一層楽しめる、ニヤリとできる場面が多々あるため、筆者としては「ファタモルガーナの館」の後にプレイすることをお勧めしたい。とはいえ、短い中にネタあり、シリアスありで怒濤の展開が詰まった密度の濃い作品となっており、短編作品として完成度が高い。ネタバレに過敏でなければ、本作からプレイしてもまず差し支えないだろう。

 結局のところ、興味をもった作品から触れるのが一番、という月並みな結論になってしまうのだが、本紹介記事が少しでもそのお役に立てば幸いだ。

(中村 友次郎)