使ってわかるAI PC

第119回

新世代のAI PC「NVIDIA RTX Spark」は誰のための製品なのか?

「NVIDIA RTX Spark」のセレモニーの様子

大容量で高速なメモリを搭載可能なAI PC

 新時代のAI PCとして登場した「NVIDIA RTX Spark」は、最大128GBのユニファイドメモリに、高性能なGPUとCPUを組み合わせた製品だ。ノートPCやミニPCなど、小さなサイズで高いAI性能を実現している。

 ローカルAIを使うには高性能なGPUが必要になるという印象を持たれがちだが、実際に使ってみると、AIモデルを収めるための大容量メモリの方に苦慮させられる。賢いAIを動かすには、メモリがいっぱい必要になるのである。さらにメモリが高速なほど、AIの処理が速くなる。

 つまりローカルAIを動かすには、高速で大容量のメモリが欲しい。「NVIDIA RTX Spark」は、それをWindows環境で、ノートPCやミニPCなどの完成品の形で提供する。ローカルAIユーザーにとっては垂涎のマシンなのである。

 ……が、実際の反応を見ていると、『これはいったい誰に売るんだろう』という感想も聞かれる。「NVIDIA RTX Spark」を搭載した製品の現状を見ていきたい。

128GBモデルは100万円超え

 NVIDIAは先日、「NVIDIA RTX Spark」に関するメディア向けの技術説明会を開催した。技術的な仕様を見ていくことで、製品の魅力を理解してもらおうという趣旨のようだ。

 会場には大手PCメーカー6社の代表も集まり、セレモニーが行われた。「NVIDIA RTX Spark」は、Intel、AMD、Qualcommという3社のCPUを搭載しておらず、独自のArmアーキテクチャCPUを採用している。Qualcommに続く、Arm版Windows対応のCPUでもある。

 その新製品を大手PCメーカーがこぞって採用し、ほぼ同時に製品を発売する。Windows PCにおける4社目の大手CPUメーカーとして並び立つという意味でも、華々しいセレモニーはあってもいいだろう。

各社から「NVIDIA RTX Spark」搭載のノートPCやミニPCが発売された

 ただ、一般のPCユーザーが「NVIDIA RTX Spark」を手に取るかというと、かなり難しいのではないかと思われる。最大の問題は価格だ。

 みなさまご存知のとおり、メモリ関連製品はAI企業からの高い需要があり、PC向けのメモリ部品も高騰している。このため、128GBという大容量メモリを搭載する「NVIDIA RTX Spark」の価格も跳ね上がってしまう。

 128GB搭載のノートPCだと、マイクロソフトの「Surface Laptop Ultra」が、直販価格1,094,280円(11月5日時点)。これはSurfaceブランドだから特別高価なわけではなく、他社の製品も筆者が調べた範囲ではいずれも100万円以上する。

「Surface Laptop Ultra」の128GBモデルを選んだところ

 メモリ搭載量を減らしたモデルだと、同じく「Surface Laptop Ultra」の24GBモデルが、直販価格513,480円。半額以下にはなったが、大容量メモリという魅力が失われていて悩ましい。

 他社のCPUを搭載したPCに比べても、価格の高さが目立つ。『これはいったい誰に売るんだろう』という感想が出てくるのも仕方ない。

AI、クリエイティブ、ゲームに使える小型PCという価値

Jeff Yen氏

 ではNVIDIAは「NVIDIA RTX Spark」の魅力は何だと訴えているのか。技術説明会では、NVIDIAのアジア太平洋地域担当テクニカルマーケティングディレクターのJeff Yen氏が、説明に先立ち、『今年はローカルエージェント元年。ユーザーのニーズが変わっているタイミングで「NVIDIA RTX Spark」が登場した』と述べた。

 続く技術説明では、「NVIDIA RTX Spark」で活用できるAIに関する話が紹介された。NVIDIA自身が提供するAIモデルのほか、AI企業が開発したローカルAIモデルの活用も紹介。そして『なぜローカルAIを使うのか』という問いに、プライバシーを保てる、ネット接続がなくても使える、トークン制限がない、といったメリットを挙げた。

 しかし話題はAIばかりではなかった。ゲームのパフォーマンスも高く、互換性に関しても「NVIDIA RTX Spark」の発売時点で、97%のゲームソフトが動作したと説明。これにはネイティブ動作と、Arm版Windowsに搭載された「Prism」によるエミュレーション動作があるが、いずれにせよほとんどのゲームが動作している。また動作しない大きな原因の1つであるアンチチートプログラムの対応も進んでいると強調した。

ほとんどのゲームが動作することを確認

 さらに、クリエイティブ分野においての対応も進んでおり、さまざまなグラフィックスツールや開発ツールがRTX GPUのアクセラレーションに対応している。GeForce GPUがこれまでクリエイティブ分野で活用されてきた実績が、「NVIDIA RTX Spark」のGPUにも継承されている。

クリエイティブ分野での活用も広い

 これらの解説の最後にYen氏は、『「NVIDIA RTX Spark」は、1台でクリエイティブ、ゲーム、エージェントをカバーする』と語った。これが「NVIDIA RTX Spark」の他にはない魅力だ、と言いたいのだろう。

1台でクリエイティブ、ゲーム、エージェントをカバーする

 NVIDIA製GPUを搭載したノートPCは過去にも多数あり、GPUの性能やVRAMの速度では「NVIDIA RTX Spark」を上回るものもある。しかし搭載されるVRAMの量は限られており、広範なAI用途を考えた場合には「NVIDIA RTX Spark」の方が有利な場面が多い。

 ゲームやクリエイティブの分野においても同様のことが言える。「NVIDIA RTX Spark」よりも高性能なGPUを搭載したノートPCなら、処理能力が上回ることはあるだろう。「NVIDIA RTX Spark」はこれらの分野で最高性能ではないが、かなり良いことは確かだ。また余裕のあるメモリ量はこれらの分野でも活用できる。

 「NVIDIA RTX Spark」の用途として、AIは外せない。それに加えて、クリエイティブ系やゲームにおいても使用でき、これ1台で事足りる。高性能なGPUを搭載したノートPCは、大型で冷却ファンの騒音も大きくなるなどのデメリットもあるが、「NVIDIA RTX Spark」はサイズや騒音も抑えられている。

 良好な使用感を維持しつつ、1台で全部まかなえるのが、「NVIDIA RTX Spark」の他にはない価値だ。AIは目的に応じたモデルを使うことで、用途はいくらでも広がる。優秀なローカルAIモデルが増えるほど、「NVIDIA RTX Spark」の価値は上がっていく。NVIDIA自身も「Nemotron」というAIモデル群を開発しており、「NVIDIA RTX Spark」を前提としたAIモデルはさらに増えていくだろう。

 それでも、この価格は高すぎると思われたら、それはあなたがこの製品のターゲットではなかった、と言うほかない。もともと万人向けの製品ではないことは確かだからだ。ただ、もし「NVIDIA RTX Spark」が1年早く発売していれば、もう少し事情は違っただろう。

 昨年登場したAIワークステーション「NVIDIA DGX Spark」は60万円程度で購入できたが、今ではおよそ倍になり、「NVIDIA RTX Spark」と近い金額だ(同等のハードウェアなので当然である)。これがAI業界をけん引するGPUメーカーのNVIDIAの製品であるというのは、皮肉な話というべきか。

著者プロフィール:石田賀津男(いしだ かつお)

1977年生まれ、滋賀県出身。金沢工業大学 工学部情報工学科卒。

ゲーム専門誌『GAME Watch』(インプレス)の記者を経てフリージャーナリスト。ゲーム等のエンターテイメントと、PC・スマホ・ネットワーク等のIT系にまたがる分野を中心に幅広く執筆中。1990年代からのオンラインゲーマー。窓の杜で連載『石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』』(AKIBA PC Hotline!に移動)、『使ってわかるCopilot+ PC』などを執筆。

・著者Webサイト:https://ougi.net/