#モリトーク

第94話

作者の努力を知る手書きフォント

 窓の杜では、手書き文字が再現されたフォントを“手書き風”と表現している。ディスプレイや用紙に印字したときのそれは、厳密に言えば手書き文字そのものではないからだ。しかし、手書き風フォントの多くが作者の手書き文字をもとに制作されており、文字通りに“手書き”のフォントである。

 ただし、手書き文字を加工したものや、文字をデザインとして“手描き”したものもあり、これらは“手書き風”という表現がピッタリかもしれない。ちなみに筆者は、手書きの要素が取り入れられた、手書きではないフォントを“手書き調”と表現するようにしており、手書き風フォントとは区別している。

「隼文字」

 手書き風フォントを制作するときには、各文字をひとつずつ手書きしていく。そのため、文字の種類が多い日本語フォントで、とくに漢字を収録する場合は膨大な作業量になる。実際、手書き風フォント「隼文字」の作者はTwitter上で、大量の漢字が敷き詰められた用紙のスキャン画像を投稿し、『JIS第二水準漢字までカバーするのはシャレにならない』と語っている。

 フォントに収録される漢字は通常、規格単位で区切られることが多く、教育漢字で1,006字、常用漢字で2,136字、JIS第一水準漢字が2,965字、JIS第二水準漢字では3,390字にも達する。

「たぬき油性マジック」

 筆者が手書き風フォント制作の苦労を初めて実感できたのは、同じくJIS第二水準までの漢字を収録する「たぬき油性マジック」に出合ったときだ。同フォントの作者サイトには制作時の記録がまとめられており、完成までに約千枚の用紙と約56本のフェルトペン、さらに合計約125時間を要したとのこと。考えただけでも心が折れそうな作業であるとわかるだろう。

 興味深いのは、JIS第二水準までの漢字を収録する無償のオリジナルフォントを探してみると、その多くが個人作者の手書き風フォントであるということ。同条件に当てはまるフォントの全体数はそれほど多くないため、個人作者の手書き風フォントがその分野を支えているとも言える。

 その中でも「瀬戸フォント」は突出して漢字の種類が多く、なんとJIS第四水準までの漢字を収録している。「たぬき油性マジック」の例を考えると、その作業量はもはや想像を絶する。オンラインソフトを無料で利用する際、作者が費やした時間や労力について考えることは少ないだろう。その点、手書き風フォントでは作者の努力が文字として見えているので、感謝の気持ちを深めるきっかけにもしたいところだ。

(中井 浩晶)