石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』
「ROG Xbox Ally」で初登場のゲーム専用UI「FSE」は、なぜ全てのWindowsデバイスに展開されるのか?
PCゲームの基盤をかけて、「Steam」との全面戦争が始まる
2025年12月19日 16:22
FSEが早くもWindowsデバイスに展開
10月に発売されたポータブルゲーミングPC「ROG Xbox Ally」シリーズは、Full Screen Experience(FSE)と呼ばれるゲーム専用UIを搭載している。MicrosoftがASUSと共同で開発した本製品は、OSレベルでゲームへの特化を進めた形だ。
ゆえにFSEは「ROG Xbox Ally」シリーズの大きな魅力となる要素であり、競合他社に向けてそう簡単には公開しないだろう、と筆者は見ていた。
ところが先月、マイクロソフトはWindows Insider向けのアップデートとして、FSEを他社のポータブルゲーミングPCに提供すると発表。その後、全てのWindowsデバイスにFSEを開放することも明らかにした。筆者の読みとは違い、FSEをむしろ積極展開する姿勢だ。
なぜこんなことになったのか、筆者なりに分析してみた。ただFSEを広げるだけなら大した話ではないように見えるが、現在のPCゲームプラットフォームを象徴する出来事ではないかと感じている。
「ROG Xbox Ally X」の競合製品へ真っ先に提供
FSEの他社製品への展開は、MSIのポータブルゲーミングPC「Claw」シリーズで先行している。
MSIは複数のポータブルゲーミングPCを発売しており、特にIntel Core Ultraシリーズを採用した製品を出しているのがユニーク。「Claw 8 AI+ A2VM」と「Claw 7 AI+ A2VM」は、ポータブルゲーミングPCでありながら「Copilot+ PC」の要件を満たすことでも注目された。
ただ今回注目すべき製品は、AMDプラットフォームの「Claw A8 BZ2EM」だ。CPUにRyzen Z2 Extremeを搭載する、「ROG Xbox Ally X」とほぼ同スペックの競合製品である。それに真っ先にFSEを提供してしまえば、「ROG Xbox Ally X」のアドバンテージを1つ失ってしまう。
つまりマイクロソフトとしては、FSEを「ROG Xbox Ally」シリーズが独占すること以上に大事なことがあると判断した、と考えられる。その後、あらゆるWindows 11搭載PCにFSEを展開すると発表することになる。
マイクロソフトがFSEを開放する意図とは?
ではマイクロソフトの意図はどこにあるのか。マイクロソフトの発表の中では、『より多くのデバイスでFSEを使いたいという反響を得た』とある。ユーザーのニーズに従って開放する、というのも事実ではあるだろう。
これに続いて、『Windowsは長年にわたり、オープンプラットフォームとして技術革新の基盤であり、PCゲームを定義してきた』とある。これは誰の目にも明らかな事実であり、わざわざ強調しなくても……と思うくらいだが、ここにマイクロソフトの気持ちがにじんでいると感じる。
マイクロソフトは今後もPCゲームの基盤を提供し続けたい。PCゲームはこうだとマイクロソフトが決めたい、と言ってもいいだろう。その上でマイクロソフトが気にしているであろうことが2つ見える。
Xboxエコシステムの未来を見据える
1つはXboxのエコシステムだ。Xboxは今や家庭用ゲーム機だけでなく、マイクロソフトのゲーム事業全般を指している、とは本連載でも繰り返しお伝えしてきた。現在、マイクロソフトのPCゲームは、Windowsアプリの「Xbox」を窓口に動いているが、Windows上で使うアプリなので、マウスでの操作を前提とした作りになっている。
FSEはゲームパッドでの操作に特化したインターフェイスで、キーボードやマウスを使わずにゲームの起動やインストールを行える。最近のゲームはマルチプラットフォーム化が進み、家庭用ゲーム機とPCで同じゲームが出ることも増えた。これにより、PCゲームもゲームパッドで遊ぶことが増えてきている。
ゲーム側のゲームパッド対応が進み、ユーザーのプレイスタイルが変化すれば、基盤となるインターフェイスも変わるべきだ。であれば、『デスクトップPCもゲーム専用機ならFSEを使いたい』という声があるのも当然のことだろう。
マイクロソフトとしては、ユーザーにFSEを使ってもらうことで、Xboxのサービスへ誘導しやすくなる。Microsoft Storeでゲームを買ってもらうだけでなく、定額サービスの「Game Pass」を使ってもらい、クラウドゲーミングで遊んでもらうこともできる。特に「Game Pass」は今後のXboxビジネスの柱になっていくだろう。
FSEの開放は、Xboxエコシステムの未来を見据えた戦略の一環だと考えると、自然な流れとして理解できる。
「Steam」との激しい競合
ただ、10月に発売した製品の肝となる要素を、すぐさま別のデバイスに開放し始めるというのは、特に急ぐ理由があるように感じる。思い当たるのは、実質的にPCゲーム業界の覇権を握る配信プラットフォーム「Steam」の存在だ。
現在、PCゲームをどこで購入するかと尋ねられたら、ほとんどのPCゲーマーは「Steam」と答えるだろう。「Steam」で売られていないゲームは仕方ないが、それ以外は「Steam」で購入して一括管理したいと思っているゲーマーが大半ではないかと思う。
FSEでは、「Steam」を始めとした他社のストアも呼び出せるようになっており、所有あるいはインストール済みのタイトルは、ストアの枠を超えて一覧できる。ただ、FSEと最も親和性が高いストアは、当然ながらMicrosoft Storeだ。FSEを使う前提なら、Microsoft Storeで購入するのが最もスマートに管理できる。
マイクロソフトは「Steam」の牙城を崩すための武器の1つとして、FSEを用意したとも言える。WindowsというOSはゲームの基盤であり、FSEでさらにそれを強固なものにするという狙いだ。
これは別の目線で見ると、WindowsがPCゲームの基盤であり続けられるとは限らないという危機感がある、とも言える。PCゲームにおいて基盤であるWindowsを脅かすのは、「Steam」を運営するValve。同社が独自に手掛けるゲーム用OS「SteamOS」だ。
「SteamOS」は、Valveのポータブルゲーム機「Steam Deck」に搭載されている。WindowsではなくLinuxベースのOSだが、「Steam」のゲームの大半が動作する。
「Steam Deck」でゲームをプレイする場合、OSは「SteamOS」で、ゲームは「Steam」から購入する。マイクロソフトがPCゲームの基盤だと言っていたWindowsが一切介在しないで、PCゲームを遊ぶ環境が既にあるのだ。
さらにValveは2026年初頭、「Steam Machine」という据え置き機を発売する。ハードウェアは小型のゲーミングPCと言うべきものだが、OSは「SteamOS」であり、「Steam」に特化した据え置き型の家庭用ゲーム機、と見る方が自然だ。
「SteamOS」のUIは、ゲームパッドでの操作に特化している。FSEより先に、PCゲームをゲームパッド主体で遊べるUIが存在していたわけだ。
据え置き機もポータブル機も、「SteamOS」でカバーできるようになると、PCゲームは「Steam」のハードでいいじゃないか、という流れになっていく。マイクロソフトが長年にわたって定義してきたPCゲームが、「SteamOS」に浸食されようとしている。
また「SteamOS」はゲーム特化のOSで、ゲームによってはWindowsで動かすより高いパフォーマンスが出るとも言われる。Windowsのように余計なプロセスが多数立ち上がることもなく、効率的に動かせるのも当然のことだ。
マイクロソフトは「Steam」の動きを眺めているわけにはいかない。余計なプロセスを動かさず、ゲームのパフォーマンスを最大化し、ゲームパッドに特化したUIを用意する必要がある。それがFSEだ。
ゲーム配信ストアとしての「Steam」、ゲームを動かす基盤としての「SteamOS」、ゲームのハードウェアである「Steam Deck」や「Steam Machine」。マイクロソフトとしては、Xboxエコシステムを失わないために、対抗していかねばならない状況だ。
OSはWindowsでいいが、ゲーム配信ストアの中心は「Steam」でいい。そういうゲーマーは多いはずだが、この考え方が古いと言われる時もそう遠くないのかもしれない。
1977年生まれ、滋賀県出身
ゲーム専門誌『GAME Watch』(インプレス)の記者を経てフリージャーナリスト。ゲーム等のエンターテイメントと、PC・スマホ・ネットワーク等のIT系にまたがる分野を中心に幅広く執筆中。1990年代からのオンラインゲーマー。窓の杜では連載『初月100円! オススメGame Pass作品』、『週末ゲーム』などを執筆。
・著者Webサイト:https://ougi.net/
PCゲームに関する話題を、窓の杜らしくソフトウェアと絡め、コラム形式でお届けする連載「石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』」。PCゲームファンはもちろん、普段ゲームを遊ばない方も歓迎の気楽な読み物です。

























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