生成AIストリーム
災害時にAIができること ――令和8年熊本地震と『期間限定アプリ』開発
2026年7月31日 19:02
こんにちは、しらいはかせです。筆者は普段、AICU Japanという会社で『つくる人をつくる』をビジョンに、生成AIやメディア芸術の研究・実践を行っています。この連載ではいつも、画像生成AIやAIエージェントの楽しい話題をお届けしていますが、今回はすこし毛色の違う、しかしとても大切なテーマです。 災害時にAIができること 、そして『災害時にこそ必要な期間限定アプリ』の話です。
2026年7月28日16時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、宇城市と氷川町で最大震度7を観測しました。気象庁は一連の地震活動を「令和8年熊本地震」と命名しています。被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げるとともに、救命・救助、医療、避難所運営、物資輸送、情報発信に携わっている皆さまに深く敬意を表します。
- 🔗令和8年熊本地震について(首相官邸)
- https://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/earthquake20260728.html
ニュースには映らない『小さいけれど深刻な困りごと』
災害直後は、建物の倒壊や道路の寸断、大規模な停電など、目に見える被害が報道されます。しかし数日が経つと、ニュースにはならない小さな問題が無数に生まれてきます。
勉強が止まった。提出物が出せない。アルバイト先が営業できない。進学や就職の準備ができない。オンラインの仲間と連絡が取れない。デマや偽画像が拡散され、どの情報を信用すればよいのかわからない……。
避難所や親戚の家などで生活することになれば、周囲には常に人がいます。視線が気になり、会話が気になり、夜も眠れず、家族も疲れてきます。例えば家族に受験を控えた高校3年生がいても、机やパソコンが使えるとは限りません。スマートフォンを充電しているだけで、遊んでいるように見られることもあるでしょう。電源も通信も制限されたスマートフォンだけで、どうやって勉強を続けるのか。壊れたパソコンの代わりに、どこまで制作や開発を続けられるのか。
こうした困りごとは、被害状況を伝えるテレビ映像になかなか映りません。そして技術が役に立つのは、むしろこうした場所なのかもしれません。
災害時にこそ必要な「期間限定アプリ」
災害時には長期的な事業化を前提としない、いわば 『期間限定アプリ』 が必要になります。たとえば、こんなものです。
- 災害対策本部や自治体会議の音声認識と議事録作成
- 避難所、給水所、物資、交通情報の検索やマッピング
- 自治体やNPOに届く問い合わせの分類と要約
- 被災家屋の「避難済」安否表示や空き家のセキュリティ対策
- 外国人向けの多言語翻訳と音声案内
- 視覚や聴覚に配慮した情報変換
- 公共機関のWeb情報をLINEなどへ再配信するサービス
- 営業を再開した店舗や医療機関の情報整理
- 休校中の学習支援
- 公的機関の発表とSNS情報を照合しやすくするサービス
- 画像や音声を含む被災記録の整理とアーカイブ
- 避難所でのプライバシーや心の平安を保つサービス
どれも、重機を動かしたり、大量の物資を運んだりする支援ではなく『情報』です。しかし、その人が生活を立て直し、勉強や仕事、創作を続けるための細い糸にはなります。
象徴的な例が議事録です。令和6年能登半島地震(2024年)のときは、災害対策本部の会議の文字起こしの多くを人力で行っていました。現在では、音声認識AIとAPI化によって、かなりの部分を任せることができます。文字起こしができれば、要約ができ、多言語化ができ、検索ができ、聴覚に障害のある方への情報保障にもつながります。 ひとつの入力を、AIがさまざまな出力へ変換してくれる ――これは災害時の情報流通にとって、とても大きな進歩です。
また、ゼロから作るものだけが支援ではありません。すでにGitHubなどでオープンに開発されているサービスを、被災地向けの構成でデプロイし直すことも重要な支援です。国土地理院は地殻変動、活断層図、地形分類データなどを公開しており、出典を明示することで転載を含めて利用できる情報も提供しています。こうした公的データやオープンデータの整理、検索、解釈にも、生成AIの活躍する場面があります。
- 🔗令和8年熊本地震に関する情報(国土地理院)
- https://www.gsi.go.jp/chibankansi/chikakukansi_20260728_kumamoto.html
過去の災害の事例や経験によって、より迅速に情報リソースが活用できている例はホンダの「通行実績情報マップ」があります。熊本県震災エリアの通行可能な道路の参考情報として、ホンダのドライブデータを活用した道路通行実績情報で、ゼンリンデータコムが提供するサイト「いつもNAVI」と連携し、公開されています。
- 🔗通行実績情報マップ
- https://disaster-map.its-mo.com/
- 🔗令和8年(2026年)熊本地震への支援について Honda 企業情報サイト(2026/7/29) https://global.honda/jp/news/2026/c260729b.html
災害用AIアプリの壁は『費用が読めない』こと
では、なぜこのような地図アプリではなく、AIアプリが災害の必要なときにすぐ出てこないのでしょうか。技術力の問題だけではありません。 費用が読めない のです。
災害時ではない平常時にAIアプリケーションを一般公開すると、利用者数に応じてトークンや演算基盤の費用が発生します。多くの人に使われるほど、API利用料は増えていきます。普段のサービス開発なら、利用者数を予測し、損益分岐点を計算し、費用上限を設計してから公開します。しかし緊急時に必要なアプリでそれをやっていては、『いつ起きるかわからない平常時のコスト』まで負担する上に、肝心な必要な時期に十分なリソースになっているかどうかはわかりません。しかも『期間限定』ですから、後から回収するあてもありません。
開発できる人はいる。オープンソースもある。足りないのは、 利用者数が読めなくても安心して公開し続けられるAIインフラ です。ここが、災害時のAI活用における、意外と知られていない急所だと筆者は考えています。
学生さんにとって、あるいは社会インフラが破壊された環境にとって、API費用やコーディングエージェントのためのインフラ費用は『高い』もしくは『優先順位が低い』ものになりがちです。しかし筆者にとっては、これは『出せるリソース』に間違いありません。
ここに食料や物資の余裕があったとしても、必要な場所へ運ぶには人も車も燃料も必要で、筆者にはそのような物理的なロジスティクスはありません。でも、システム開発技術とAPIインフラならある。 自分のペースを守りながら、自分の専門分野の中で付加価値を生み、その一部を支援につなげる ――それが、災害の多いこの国で技術とともに生きるということなのだと思います。
AICUの取り組み:災害支援アプリのAIインフラを無償提供
そこでAICUでは、令和8年熊本地震の復旧・支援に関係するアプリケーションやサービスを開発する方を対象に、「AICU API」の利用支援を開始しました。被災者や一般利用者が使えるAIアプリケーションを短期間で開発し、継続して動かすためのAIインフラを、2026年10月31日まで 無償提供 します(本プログラムの総額予算内)。
「AICU API」は「https://api.aicu.ai/」という共通エンドポイントと1本のAPIキーから、OpenAI API互換のLLM、音声合成、音声認識、画像生成などを利用できるAPI基盤です。AIプロバイダーごとの契約やクレジットカード登録、複数のAPIキーや請求先の管理は必要ありません。OpenAI API対応アプリケーションなら、ベースURLとAPIキーを変更するだけで接続できますし、「OpenCode」や「Cline」などOpenAI互換APIに対応するコーディングエージェントからも利用できます。つまり、「Claude Code」のような有料のコーディングツールを使わずに、アプリやサービスの開発、運用、データの整理に無償で使えるということです。
- 🔗【令和8年熊本地震】災害支援のAIインフラを2026年10月末まで無償提供 #熊本県緊急支援(申請はこちら)
- https://aicu.jp/call/kumamoto260728
対象は、①熊本県内の学生、②全国のNPOや支援団体、③自治体・大規模支援プロジェクトの3枠。緊急時なので、団体としての正式な申請書を最初から用意する必要はありません。APIキーと利用状況を責任を持って管理できる個人から申請できますし、熊本県外から被災地向けのサービスを開発する場合も対象です。完成したサービスだけでなく、開発途中のもの、既存アプリへの災害対応機能の追加、短期間のプロトタイプ、自治体やNPO内部の業務支援ツールも対象としています。
今回支援するのは、開発者個人のAI利用料ではなく、 被災者、地域住民、支援者、自治体職員などが利用するアプリケーションのAIインフラ です。現場で動く人たちが、費用の稟議、複数サービスのアカウント作成、APIの接続作業などで立ち止まらずに済むように、という設計です。
大事な注意:必要かどうか、AIだけで判断しない
一方で、はっきり書いておきたいことがあります。AIは公的機関や専門家、現地で活動する被災者支援ボランティアの代わりにはなりません。
医療、避難、建物の安全性、給付、インフラ、物資配布、支援対象者の選定など、 人命や権利に関わる判断をAIだけで行わないでください 。AIは情報の整理、検索、翻訳、要約、入力補助、候補の提示などに利用し、重要な判断には必ず人間による確認を挟んでください。災害時はデマや偽画像も拡散されます。AIの出力もまた、必ず一次情報と照合する対象です。この活動はAIの普及や利用促進そのものを目的とするものではなく、あくまで災害支援、医療、避難、安全確保、給付、インフラ復旧、そして避難所での心の平穏のためのものです。これは物資のような『無駄に送りつけてゴミになる』といったこともありません。必要かどうかを判定する必要もないのです。
「災害支援モード」という新しい参加のかたち
支援の形は、インフラ提供だけではありません。AIキャラクターチャットサービス「MyChara」は、今回[災害支援モード]という機能を実装しました。
利用者がマイページで災害支援モードをONにすると、普段どおりサービスを使うだけで、サブスクの無料回数やポイントが1回分追加で消費され、その経済価値を換算した金額を運営が 同額上乗せ(マッチング) して被災地支援へ寄付する、という仕組みです。寄付先や支援総額、寄付証明書は公式Xで公開されるとのことです。
- 🔗「MyChara」に災害支援モードを実装しました
- https://note.com/mycharaai/n/n9474bbc473cf
『AIチャットで遊ぶことが、そのまま小さな寄付になる』――災害時に「何かしたいけれど、何をすればいいか分からない」と感じている利用者の気持ちを、気軽に行動へ変換する設計です。技術者にとっては、 無料で提供する部分、企業や団体が負担する部分、利用状況に応じて支払ってもらう部分を丁寧に設計すること自体が支援の仕事になる 、という好例だと思います。災害を利用して利益を得ることと、必要な支援を必要なタイミングで持続可能な形で届けることは、同じではありません。
災害が起きると、創作は後ろめたくなる
少しだけ、筆者自身の話をさせてください。筆者は東日本大震災が起きた頃、大学でゲーム開発を学生に教える仕事についたばかりでした。社会全体が深刻な状況にある中で、ゲームを作ることや、エンターテインメントについて語ることには、独特の後ろめたさがありました。水や食料を求めて多くの人が並んでいるときに、ゲームの話をしてよいのだろうか。電力が不足しているときに、娯楽に電気を使ってよいのだろうか。そうした『不謹慎』という空気は、直接言葉にされなくても人を押さえつけます。
特につらいのは、これからゲームや音楽、漫画、映像などの世界へ進もうとしている若者です。そう考えて20年間生きてきた人が、大きな災害をきっかけに『そんな仕事ではなく、もっと安定した仕事を選びなさい』と言われることがあります。実際に、災害や感染症の流行によって内定先や仕事そのものがなくなった人もいます。
命に関わる状況で、娯楽が最優先ではないことは確かです。ただし、人間は命が助かれば、それだけで元の生活に戻れるわけではありません。安全が確保された後には、美味しいものを食べ、ぐっすり眠り、心を休ませる時間が必要です。勉強を再開するきっかけが必要です。音楽や物語、ゲームによって、災害以外のことを考えられる時間も必要です。 エンターテインメントは、安全がなければ成立しません。命綱のないバンジージャンプは、娯楽ではありません 。 だからこそ、創作者や技術者は、まず安全を支える方法を考える。そのうえで、人が再び学び、遊び、つくり始める環境をすばやく取り戻して『必要だと思われていなかったけど、誰かにとって大事なものを素早くつく』ということも、復興の一部だと筆者は考えています。
『自分に似た一人』を想像する
大きな支援計画を作ろうとすると、かえって何もできないように感じることがあります。そんなときは、被災地にいる 『自分に似た一人』 を想像するとよいのだと思います。
パソコンが好きだけれど、今はスマートフォンしか使えない高校生。ゲームを作りたいけれど、そんなことを言い出せない学生。絵を描きたいけれど、周囲に遠慮している人。オンラインの仲間と連絡が取れず、一人になっている人。その一人のために、自分には何が作れるだろうか。スマートフォンで読める軽量なページかもしれません。学習ノートかもしれません。安心して話せるオンラインの場所かもしれません。
最初から何万人を救うサービスである必要はありません。誰か一人の困りごとを具体的に想像し、それを解決する小さな技術を作る。その小さな技術が、同じように困っている人たちへ広がっていくことがあります。
まとめ:技術とともに、この国で生きる
- 災害の数日後からは、ニュースに映らない『小さいけれど深刻な困りごと』が無数に生まれる。技術が役立つのはむしろそこ
- 災害時には事業化を前提としない『期間限定アプリ』が必要になる。議事録、マップ、多言語案内、学習支援、情報保障……
- 期間限定アプリの壁は技術力よりも『読めないAPI費用』。AICUは災害支援アプリのAIインフラを2026年10月末まで無償提供する
- 人命や権利に関わる判断をAIだけで行わない。AIは整理・検索・翻訳・要約・候補提示に使い、判断は人間が行う
- [災害支援モード]のように、利用者の気持ちを気軽な行動へ変換する設計も技術者の仕事
- 現場へ行くことだけが支援ではない。自分のペースを守り、自分の専門分野で付加価値を生み、その一部を支援につなげる
何が本当に役に立つのかは、まだわかりません。AIの利用料を支援することが、水や食料と同じ意味を持つとも思っていません。それでも、被災した場所に、勉強を続けたい人や、ゲームを作りたい人や、誰にも言えずに進路を迷っている人がいるなら、その人がもう一度手を動かすための小さな足場くらいは作れるかもしれません。あなたも『自分は何の役にも立たない』と考えるのではなく、自分の持っている技術を誰に届けられるか、考えてみませんか?
- 🔗【令和8年熊本地震】災害支援のAIインフラを2026年10月末まで無償提供 #熊本県緊急支援
- https://note.com/aicu/n/n2acb8b535402
- 🔗災害支援と技術 #熊本県緊急支援(しらいはかせ)
- https://note.com/o_ob/n/n069f422afcb2





















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