Book Watch/鷹野凌のデジタル出版最前線

 第1回

同人誌を電子販売して売れるの? ~メイド夜話部・ミソノ氏主催イベントで語られたそのメリット

同人誌を電子販売して売れるの? ~メイド夜話部・ミソノ氏主催イベントで語られたそのメリット 左:SF作家・柴田勝家氏、右:シャッツキステ・ミソノ氏
左:SF作家・柴田勝家氏、右:シャッツキステ・ミソノ氏

 新コーナー「鷹野凌のデジタル出版最前線」は、フリーライターの鷹野凌が広い意味での「デジタル出版」にチャレンジしている企業や団体・個人の取り組みを追いかける連載企画だ。第1回目は、秋葉原の私設図書館シャッツキステが10月5日に開催したイベント「同人誌を電子書籍ストア・デジタル書店で販売するってどうなの!?」をレポートする。ゲストはSF作家の柴田勝家氏(@qattuie)と、株式会社ブックウォーカー サービス開発部の柳瀬直裕氏。司会はシャッツキステ「メイド夜話部」の部長・ミソノ氏(@t_misono)。

読者にも著者にもメリットがある同人誌の電子化

 「メイド夜話部」は、シャッツキステのメイドが自分の好きなことをテーマに語り合う“部活動”というコンセプトのイベントだ。今回のテーマが「同人誌と電子書籍」ということもあり、来場者のほぼ全員が同人誌を買う・読む・作るの経験者。同人誌以外の電子書籍利用者が8割くらい。同人誌の電子書籍を読んだことがある人は半分弱だった。

 ミソノ氏も、柴田氏も、柳瀬氏も、コミケなどにサークル参加して同人誌を頒布した経験の持ち主。しかし、電子書籍での販売については、柴田氏は未経験。ミソノ氏は「よくわからない、めんどくさい、タイミングがわからない」という。最近はサークルスペースにチラシが置いてあるので、ダウンロード販売ができることは知っていても、いつもギリギリなのでそんな余裕がないとミソノ氏。

 それに対し柳瀬氏は、同人誌を電子書籍で販売すると、イベント会場に来られなかった人やサークルスペースを回りきれなかった人へも作品を届けられる点や、新刊だけでなく既刊も売りやすくなるといった電子書籍のメリットを挙げた。時間と距離の壁を越えられるため、可能性が広げられるのだ。

 同人誌即売会への一般参加は、時間や体力との戦いになる。またサークル参加側としては、狭いサークルスペースに既刊をどうやって並べるかは悩みの種。また、既刊の再版を望む読者の声があったとしても、紙で印刷するには費用がちょっと……とためらう場合も多い。つまり同人誌の電子販売は、読者・著者双方どちらにとってもメリットがあるというのだ。

電子書籍フォーマットEPUBは簡単に作成できる

 次に柳瀬氏は、同人誌など個人出版作品を中心に配信している同人誌専門電子書店と、「BOOK☆WALKER」など出版社の本を中心とした総合型電子書店で個人が直接取引できるサービスの違いについて紹介。同人誌専門電子書店は二次創作の作品も配信されているが、総合型電子書店は権利関係が厳しいためオリジナルに限られる。

同人誌を電子販売して売れるの? ~メイド夜話部・ミソノ氏主催イベントで語られたそのメリット 同人誌など個人出版作品を中心に配信している電子書店
同人誌など個人出版作品を中心に配信している電子書店
同人誌を電子販売して売れるの? ~メイド夜話部・ミソノ氏主催イベントで語られたそのメリット 出版社の本を中心に配信している総合型の電子書店(赤い点線で囲われているところは個人が直接取引できる)
出版社の本を中心に配信している総合型の電子書店(赤い点線で囲われているところは個人が直接取引できる)

 また、同人誌専門電子書店はPDFやJPEGといったお馴染みのフォーマットで配信できるが、海賊版が出回りやすい点が書き手の立場としては難点だという。総合型電子書店では国際標準規格のEPUBが採用されていると柳瀬氏が説明した瞬間、すかさずミソノ氏から「EPUBとか言われてもよくわかんない!」とツッコミ。作り方やメリットがよくわからないという。

 それに対し柳瀬氏は、総合型電子書店で配信するにはEPUBが必須となるが、同人誌専門サービスより利用者数が多い点をメリットとして挙げた。EPUBも最近では「ツールでポン」と簡単に作れるようになっているという。

 実際に、柴田氏の Word 原稿をボイジャー「Romancer」にアップロードし、あっという間にEPUBへ無料で変換できる様子が実演された。柴田氏の元原稿は横書きだったが、縦書きに自動変換されたことに来場者からは驚きの声が挙がっていた。

 また、EPUBファイルさえ作成すればさまざまな総合型電子書店へ配信が可能となるが、たくさんの電子書店へ登録するのが面倒だという方には「BCCKS」ストア配本サービスを使うと主要な電子書店9カ所へ配信できるという紹介もなされた。

同人誌を電子販売して売れるの? ~メイド夜話部・ミソノ氏主催イベントで語られたそのメリット SF作家・柴田勝家氏の原稿をその場でEPUBに
SF作家・柴田勝家氏の原稿をその場でEPUBに
同人誌を電子販売して売れるの? ~メイド夜話部・ミソノ氏主催イベントで語られたそのメリット Wordファイルをアップロードして自動変換
Wordファイルをアップロードして自動変換

でも、売れるの?

 売り場は提供しているけど「宣伝は自分で頑張ってね」というスタンスの電子書店が多い中、「BOOK☆WALKER」では個人出版・同人誌も含めたフェアを積極的に行っていると柳瀬氏。これまでのところ費用はブックウォーカー側で負担しており、著者にキャンペーン費用の負担はないそうだ。

 「ぜひメイドフェアをやってください!」というミソノ氏に対し、「メイド本がもっとあればやります!」と柳瀬氏。それに対し柴田氏が「わしも書きます!」と応え、来場者から思わず拍手が起きるという一幕もあった。柴田氏も本の宣伝は苦手なので、「フェアがあるので参加しました!」というきっかけがあると Twitter などでもつぶやきやすいという。

 会場からの質問では、紙の在庫がある状況で電子を出してしまうと、紙が売れなくなってしまうのでは? という懸念がぶつけられた。柳瀬氏は、出版社にも「紙が売れなくなるかも」という恐怖が当初あったと回答。実際にやってみたら、紙と電子で市場を食い合わないことがわかってきたため、同時に発行する事例も増えてきているという。

 年齢制限のない一般向け同人誌が売れるのか? という質問には、最終的にはタイトル次第だと柳瀬氏。売れる本もあれば、売れない本もある。ただ、同人誌も結構 伸びており、ユーザーが増え、本が増えることで、さらにユーザーがやってきて本がより売れるといったサイクルになりつつあるようだ。

 なお、ブックウォーカーはコミティアや文学フリマなどにもブース出展しており、現地での電子書籍作成や販売登録代行なども行ってる。また、同人誌印刷「ねこのしっぽ」とのコラボ企画で、電子書籍を手売りできるカードも提供している。同人誌と親和性の高い総合型電子書店と言えるだろう。

 同人誌を電子書籍で。選択肢の一つとして、ぜひ試してみて欲しいと思うイベントであった。

鷹野 凌

同人誌を電子販売して売れるの? ~メイド夜話部・ミソノ氏主催イベントで語られたそのメリット ©樫津りんご
©樫津りんご

 フリーライターでブロガー。NPO法人日本独立作家同盟 理事長。実践女子短期大学でデジタル出版論とデジタル出版演習を担当。明星大学でデジタル編集論を担当。主な著書は『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。