クリエイターが知らないと損する“権利や法律”
〈コラム〉TPPでコミケ終了?
~第5章:先生……二次創作がしたいです~
2016年8月26日 07:20
オンラインソフト作者に限らず、あらゆるクリエイターが創作活動を続けるために、著作権をはじめとして知らないと損する法律や知識はたくさんある。本連載では、書籍『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』の内容をほぼ丸ごと、三カ月間にわたって日替わりの連載形式で紹介。権利や法律にまつわる素朴な疑問に会話形式の堅苦しくない読み物でお答えする。
前回掲載した“ガレージキットの当日版権って何”の続きとして、今回は“〈コラム〉TPPでコミケ終了?”というテーマを解説する。
〈コラム〉TPPでコミケ終了?
環太平洋パートナーシップ(TPP)は、アジア太平洋地域において高い自由化を目標とし、非関税分野や新しい貿易課題を含む包括的な協定です。シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの4カ国がもともとの参加国で、そこへアメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが加わり、次いでマレーシア、カナダ、メキシコ、そして日本は2013年から交渉に加わっています。
TPPで交渉されている分野は非常に幅広く、著作権を含む知的財産分野もその交渉のテーブルに載せられています。秘密協議なので、われわれ一般市民は正確な状況を把握できませんが、ときどきリークされた情報から、どのような条件が話し合われているかを知ることができます。著作権では、例えば非親告罪化、法定賠償金制度、保護期間延長などが日本に求められている条件のようです。
コミックマーケット(コミケ)に代表される同人誌即売会では、権利者に許諾を得ていない二次創作作品が大きな割合を占めています。それが成り立っているのは、この章で説明してきたように、ファン活動が元作品の宣伝になったり、漫画家のタマゴが育成されたりしているので、権利者が見て見ぬフリをしているからです。今は親告罪だから告訴するかどうかは権利者の意向次第ですが、非親告罪になると警察や検察独自の判断で摘発され起訴まで進む可能性が出てきます。
また、今の日本の著作権法では、侵害によって失われたであろう金額しか損害賠償請求できないのですが、法定賠償金制度が導入されるとペナルティ的に数倍かそれ以上の賠償額を課すことが可能になります。なお、アメリカでは1作品につき最大15万ドル(本稿執筆時点の為替レートで約1,800万円。故意の侵害の場合)の法定賠償金が認められています。
もし非親告罪化と法定賠償金制度が導入されたら、コミケに代表される二次創作活動は萎縮してしまうだろうと言われています。だから『TPPでコミケ終了』と騒ぎになっているのです。なお、第4章の『〈コラム〉パブリック・ライセンスについて』で紹介した『同人マーク・ライセンス』は、TPPで著作権法が非親告罪化しても同人誌即売会での二次創作活動を可能にしようとする試みです。
また、日本の著作権保護期間は原則死後50年ですが、TPPでは死後70年への延長を求められているようです。さらに、延長が既に著作権の切れた作品にも遡って適用される可能性があると、報道されたこともあります。現実にはその可能性は低いですが、万が一そんなことになれば、現時点でパブリック・ドメインになっている作品が、保護対象に逆戻りしてしまいます。例えば、電子図書館『青空文庫』に入っている柳田國男や吉川英治などの作品が、しばらく自由に利用できなくなってしまうのです。
こうした超・遡及適用の可能性は低いとしても、新たにパブリック・ドメインになる作家が登場しない20年を過ごすことになります。利用許可を得たくても著者と連絡がとれない『孤児作品(オーファン・ワークス)』問題が、今よりもっと酷い状況になってしまうでしょう。
TPPは自由貿易のための協定なのに、なぜか著作権に関してはこのように規制を強化する方向へ進もうとしています。それは、著作権によって大きな貿易黒字を得ているアメリカの意向が強く働いているからだと言われています。
次回予告
今回の続きとして次回は“そうだ、ジャスコへ行こう”というテーマを解説する。原著について
『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』
(原著:鷹野 凌、原著監修:福井 健策、イラスト:澤木 美土理)
クリエイターが創作活動するうえで、知らないと損する著作権をはじめとする法律や知識、ノウハウが盛りだくさん! “何が良くてダメなのか”“どうやって自分の身を守ればいいのか”“権利や法律って難しい”“著作権ってよくわからない”“そもそも著作権って何?”といった疑問に会話形式の堅苦しくない読み物でお答えします!