特別企画

フェンリル(株)最高経営責任者 牧野兼史氏インタビュー

フェンリル創業から今後の戦略まで。「Sleipnir」Mac/Android展開の情報も掲載!

 定番Webブラウザー「Sleipnir」の開発元として知られるフェンリル(株)。社長である柏木泰幸氏が、個人で開発していた「Sleipnir」のソースコードをPCの盗難により失ったあと、同ソフトの開発を継続するために会社を設立したのは有名なエピソードだが、現在では「Sleipnir」だけでなく、スマートフォンアプリの開発も同社の柱となっている。

 今回は、同社の創業メンバーのひとりであり、4月1日付けで同社の最高経営責任者(CEO)となった牧野兼史氏に、CEO就任の経緯や「Sleipnir」について、またスマートフォン事業や同社の今後についても伺った。本インタビューが初の情報公開となる、「Sleipnir」のMac/Android版についても最新の開発画面を交えて掲載する。

CEO就任の経緯、そしてあらためてフェンリル創業について

――まずは、牧野さんのCEO就任について経緯をお聞かせください。

フェンリル(株)最高経営責任者 牧野兼史氏フェンリル(株)最高経営責任者 牧野兼史氏

 もともと私はフェンリルの創業当時から取締役として経営に携わっていましたが、創業間もない頃はやはり社員も少ないため、対外的な交渉や営業など現場にも多く携わっていました。今年で会社も7期目になり、社員も増えてきて現場は任せられるようになったので、フェンリルの考えを対外的に発信していく役目を担おうということで、CEOに就任したというのが理由のひとつです。

 また、柏木と私の役割分担を明確にしようという意図もあります。柏木は今後も変わらず社長として、ものづくりや組織作り、人を育てることに注力していき、私は外に対して動いていく。わかりやすく言うとこのような分担ですね。経営的な意志決定は最終的には社長である柏木が行いますが、もちろん私もビジョンを共有しています。

――牧野さんはフェンリルの創業メンバーですが、開発者を支える裏方に近い立場なので、ユーザーのなかには牧野さんを知らない人も多いと思います。柏木さんとの出会いなど、創業当時を振り返って教えていただけますか。

 柏木と初めて会ったのは前職の業務としてでした。そのときはすでに「Sleipnir」のソースコードが無くなったあとだったのですが、そのなかでも彼はバージョン2の開発を始めていまして。開発に対する想い、使ってくれているユーザーがどれだけいるのか、といった話を聞きました。私は出身は関西ですが、一度東京に出てからはずっと東京で働いています。そのため東京から大阪まで、何度も柏木に会いに行って話をしました。

 当時は私も前職という立場でしたし、柏木もほかの会社で就業している状況でしたので、プライベートの時間だけではなかなか開発スピードが上がらない。でも待ってくれているユーザーにはなるべく早く、完成させて提供したい。そういった話を聞いて次第に、それなら仕事にするのが一番いいのではないかという話になっていきました。そこで、私としては開発以外の部分でサポートできるのではないかと思って、一緒にやることになったわけです。

――最初に『会社を作ろう』と言い出したのはどちらだったのでしょうか。

 私です。

――柏木さんは当時は迷っていた?

 そうですね。ユーザーとの付き合い方にも現れていますが、柏木は人情を大切にする人間なので。ソースコードが無くなったときに、当時勤めていた会社からも助けてもらっていたので、起業するにしても、もう少しその会社で恩返しをしてからと思っていたようです。でも、いずれかは、とは思っていたようですから、私が背中を押す形になりました。

――そこは牧野さんとしては、これはビジネスとして行けるぞ、という勝算があったのでしょうか?

 柏木とも色々な話はしていましたが、“これでいける”という確固たるものはありませんでした。多くの方に使っていただいているので、何かしらのビジネスとして成り立たせることはできるのではないか、とは思っていましたが。

 それよりもやはり、柏木の開発にかける考え方などに感銘を受けまして、ユーザーに早く新しい「Sleipnir」を使っていただきたい、そのためには法人化が一番早いだろうという考えでした。

「Sleipnir 3」について

――「Sleipnir 3」の開発状況について教えてください。

「Sleipnir 3」RC版「Sleipnir 3」RC版

 すでにRC(リリース候補)版という形で、正式に近いものは出していますので、どういうものになるかはそちらを見ていただきたいと思います。機能もですが、スピードについても結構注力しています。

 RC版を出してから、非常に多くのユーザーから提案やご意見をいただいていますので、今すべてに目を通しているところです。すべての要望を満たすことはできませんが、検討した上で取り入れたり、ご意見も改善につなげていきます。

――リリース時期はいつ頃になるでしょうか。

 RCのリリース以降、週1回程度のペースでテスト版を更新しています。だいぶ完成度が高まってきていますので、おそらく7月中くらいには何らかの形で次のステップをみなさんにお見せできるのではないかと思っています。

――2008年にバージョン3のアルファ版が一度出てから、ベータ版まで結構間がありましたが、一度1から作り直されたりはしたのでしょうか。

 1から作り直した、ということはありません。ただ、開発の体制であるとか、本当にこれでいいのか、といったことをかなり議論しました。開発自体は進めていても、そういうところを疎かにすると最終的にいいものにならないと考え、一回初心に戻って見直したりはしましたね。

――最近、Webブラウザーのバージョンアップ速度は加速気味ですが、バージョン4、5といった今後のロードマップは決まっているのでしょうか。

 もちろん、ざっくりとしたプロダクト計画はありますが、「Sleipnir」はユーザーと一緒に作ってきたという経緯もありますから、ユーザーの意見を聞きながら、我々のプロダクト計画も見直していきたいと考えています。ですから、必ずこのときにこのバージョンを出す、といったことは考えていませんね。

「Sleipnir」の他プラットフォーム展開について

――現在、Windows版の「Sleipnir」とiPhone版の「Sleipnir Mobile」がリリースされていますが、ほかのプラットフォームへの展開はあるのでしょうか。

6月20日より、同社サイト内で公開されているティーザーサイト6月20日より、同社サイト内で公開されているティーザーサイト

 現在すでに、Mac版とAndroid版の開発に着手しており、結構いいスピード感で開発が進んでいます。

 Mac版については、iOS版をベースにMac OS Xに最適化されたブラウザーで、タッチジェスチャーによるタブ切り換えなどを搭載する予定です。SafariよりもMacらしさを感じられるブラウザーを目指して開発しています。「Sleipnir Mobile」とのブックマーク同期も可能で、操作感やデザインも「Sleipnir Mobile」から一部取り入れる予定です。

 Android版は、iPhone版の「Sleipnir Mobile」と同等の動きと操作感を体感できる、Android向けに最適化したブラウザーを目指して開発を進めています。たとえば、Androidには“戻る”“メニュー”のボタンがありますが、それを活用したメニュー表示やブックマークを整理しやすくする工夫なども取り入れる予定です。また、Androidの場合デフォルトのWebブラウザーに設定できるのが大きいですね。

――Mac版、Android版いずれも、レンダリングエンジンはWebKitでしょうか?

 そうですね。

――Mac版、Android版のリリース時期はいつごろでしょうか?

 Mac版、Android版のどちらも7月中には、アルファ版レベルのものはみなさんにお見せできればと考えています。楽しみに待っていてください。

「Sleipnir」Mac版(画像提供:フェンリル)。上部にはタブの代わりにWebページのサムネイルが表示されていたり、アドレスバーがタイトルバーと一体化しているなど、独特のデザインが覗える「Sleipnir」Mac版(画像提供:フェンリル)。上部にはタブの代わりにWebページのサムネイルが表示されていたり、アドレスバーがタイトルバーと一体化しているなど、独特のデザインが覗える

「Sleipnir Mobile」Android版(同左)。タブを下にフリックして操作ができるようだ「Sleipnir Mobile」Android版(同左)。タブを下にフリックして操作ができるようだ

スマートフォンアプリの開発事業について

――御社はもともとWindows用ソフトである「Sleipnir」の開発から始まった会社ですが、スマートフォンアプリの開発はどういった経緯で始められたのでしょうか。

 我々はデザイン力と技術力に強みをもっていると自負しているのですが、iPhoneというプラットフォームは、この強みを発揮しやすいと判断してiPhoneアプリの開発に参入しました。

――ではスマートフォンというより、まずiPhoneありき?

 はい、最初はiPhoneありきです。自社プロダクトも共同開発も、最初はiPhoneだけを対象としていました。

――iPhone向けの新作のご予定は?

 今はやはり「Sleipnir Mobile」の開発に注力していますので、お話しできるようなものはまだありません。

――昨年Android、Windows Phone参入を発表されましたが、その狙いを聞かせてください。

 今お話したように、最初はiPhoneに特化していたのですが、Androidの端末も使う人が増えてきましたし、Android自身も改良されて、iPhone同様に我々のデザイン力と技術力を発揮できるようになってきたと判断しました。共同開発のニーズが多くなってきているというのも大きいですね。Windows Phoneもどんどん進化してきていますので、最初はiPhoneという領域で開発していましたが、スマートフォンという領域に展開していこうかなと。

 Windows Phoneについては我々もまだ様子を見ているところで、たとえば「Sleipnir Mobile」のWindows Phoneはどうするのか?というのは今後の検討になります。ただ、我々のデザイン力と技術力を信頼して、力を貸してほしいとおっしゃるクライアントがいらっしゃるので、それなら我々がもっているノウハウをWindows Phoneでも発揮していきたいと思っています。すでに“Windows Phone 7”の開発環境も用意しています。

現在のフェンリルについて

――今回のインタビューにあたり、御社の会社概要を久々に拝見したのですが、社員数がかなり増えていますね。

共同開発の拠点となっている東京支社の入り口。東京支社オフィス内は『パートナーの機密情報を扱っているため』撮影不可だった共同開発の拠点となっている東京支社の入り口。東京支社オフィス内は『パートナーの機密情報を扱っているため』撮影不可だった

 今は社員数60名ほどの会社になっていまして、大阪本社と東京支社の人数構成は、大阪のほうが少し多いです。自社開発のプロダクトについては、すべて大阪で開発しています。東京は共同開発の拠点という位置付けですが、大阪にも共同開発に携わっているメンバーが居ます。

――「Sleipnir」開発のために少人数で創業されたという印象が強かったので驚きました。人が増えたのはスマートフォン参入がきかっけでしょうか?

 そうですね、「Sleipnir」の開発だけをしている頃も、大倉(貴之氏、現自社開発部 担当部長)が入社するなど徐々に人が増えてはいたのですが、やはり規模が少し大きくなったのは、共同開発の事業を始めてからだと思います。

――ちなみに、PC向けソフトの共同開発はされているのでしょうか?

 共同開発についてはスマートフォンに特化しているので、PC向けは行っていません。

フェンリルの今後について

――御社の今後の戦略についてお聞かせください。

フェンリルのロゴを象った、重厚な質感の社章。同社のデザインへのこだわりはこんなところからも感じさせられるフェンリルのロゴを象った、重厚な質感の社章。同社のデザインへのこだわりはこんなところからも感じさせられる

 「Sleipnir」「Sleipnir Mobile」といった、自分たちで企画、開発してユーザーに届ける自社開発部門については、私たちのプロダクトを使ってくれるファンを、1億人作りたいという夢がありまして、今、そこに早く近付けるようにと考えています。

 共同開発部門のほうは、スマートフォンという分野で日本一の開発会社と言ってもらいたいという想いで、そこを目指して頑張っているところですね。

――1億人というのは、日本だけでなく世界も含めてということでしょうか? 2008年のグローバルサイト開設以来、それほど大きな動きはありませんでしたが。

 そうです。世界に向けての取り組みは、もう一度力を入れてやろうと考えています。

ソフトウェア開発で起業したい方へ、そしてフェンリルのユーザーへメッセージ

――ソフトウェア開発で起業したい方へのメッセージをお願いします。とくに牧野さんの場合、開発者をバックアップする立場としての経験からアドバイスをいただければと。

『何をするにしても、ユーザーのことを忘れないようにしたいですね』と語る牧野氏『何をするにしても、ユーザーのことを忘れないようにしたいですね』と語る牧野氏

 そうですね、会社対会社の関係でWin-Winの関係になるようにしましょう、というのはどこでも言うことだとは思いますが、我々と、我々のパートナーになってくれる会社だけがWin-Winではなくて、ユーザーもWinになれる関係というのを考えるのはすごく難しい。だからつい妥協してしまいそうになりますが、妥協せずにユーザーも含めてWin-Win-Winになれるにはどうすればいいか、みんなが幸せになれる方法ってどうすればいいんだろう、というのを常に考えています。

――それでは最後に、フェンリルのユーザーの方々へのメッセージをお願いします。

 ユーザーのみなさんには、愛着をもって長く使ってもらえるように我々も頑張っていきたいと思いますし、「Sleipnir」がこれまでそうだったように、一緒にもっといいソフトウェアになるように作り上げていきたいなあと考えています。ぜひこれからも提案やご意見、また励ましや応援のメッセージをどんどんご連絡いただければと。すべてに目を通して、製品開発に活かしていきたいと思います。我々の開発者も皆、そういったフィードバックは非常に喜びますので、どんどんお寄せいただけるとうれしいです。

(中村 友次郎)