Book Watch/鷹野凌のデジタル出版最前線

 第7回

手塚治虫AIが新たなクリエイターを育てる日はくるか?

 リード エグジビション ジャパン株式会社は4月4日から6日まで東京ビッグサイトで、日本最大級のコンテンツビジネス総合展”コンテンツ東京2018”を開催した。本稿ではこの”コンテンツ東京2018”で、4月5日に行われた先端テクノロジーコースの特別講演”手塚治虫がデジタルクローンで蘇る!? 漫画家AIプロジェクトメンバーによるスペシャルトークショー2018”をレポートする。

AIは手塚治虫になれるのか?(©手塚プロダクション)

 特別講演の登壇者は、ヴィジュアリスト/(株)手塚プロダクション取締役 手塚眞氏、公立はこだて未来大学副理事長 松原仁氏、慶應義塾大学大学院理工学研究科・教授 栗原聡氏、ドワンゴ人工知能研究所所長 山川宏氏。登壇者の4人は、月刊ヒーローズに連載中のマンガ『アトム ザ・ビギニング』の企画段階から監修で関わってきたメンバーだ。

左から手塚眞氏、松原仁氏、栗原聡氏、山川宏氏

 講演の特別協力としてクレジットされている”練馬大学ロボット工学科 第7研究室”は『アトム ザ・ビギニング』に登場する架空の研究室で、鉄腕アトム生みの親である天馬博士と育ての親であるお茶の水博士が、修士時代に研究生として学んだ場所、という設定になっている。

 この通称”7研”をリアルに再現し、手塚治虫のような創造性を持つAIを産み出そうという試みが、この講演の登壇者を中心に展開されている”手塚治虫デジタルクローンプロジェクト”だ。講演は、1年前の”コンテンツ東京2017”に続いて2回目となる。

目標は新たなクリエイターを生みだす手助けができるAIを生みだすこと

 講演はまずヴィジュアリストで手塚プロダクション取締役の手塚眞氏による、このプロジェクトの意義についての説明から始まった。1年前の講演後には“果たしてクリエイティブにAIは関係していくのか? どういう利用価値があるのか?”といった反応が多かったという。

 手塚氏は、クリエイティブとは言ってみれば”ものづくり”だという。では、日本人の創造性や職人的な気質が、現在どうなっているか。コンテンツ産業は盛り上がっているように見えるし、関わる人も多くなっているけれど、コンテンツ力は低下しているのではないか? という印象があるそうだ。

ヴィジュアリスト/(株)手塚プロダクション取締役 手塚眞氏

 というのは客観視したとき、昭和に生み出されたものが、いまだ力を持っているのではないか? いまそれに比類するものが、どんどん生み出されているだろうか? そして、この先はどうなるだろうか? といった疑問があるという。

 つまり、必要なのはクリエイターを育てていくこと。そして全体としてもコンテンツ産業を盛り上げていくこと。これをもう少し広い視野で考えると、教育だけではなく、知的教養性、社会性、経済性、すべてに繋がっていくという。では、誰がクリエイターを育てるのか?

 “手塚治虫デジタルクローンプロジェクト”の究極的な目標は、手塚治虫というクリエイターをAIで実現することではなく、新たなクリエイターを育成する手助けができるAIを生みだすことだという。AIが作品を生みだすことはできないが、もし手塚治虫AIが作品を監修してくれるとしたら、それは非常に価値のあることだと手塚氏。

 では実際に”マンガとはなにか?”を分析してみると、手塚治虫のクリエイティビティは”アイデア”・”テクニック”・”エモーション”・”ジャッジメント”だという。たとえば『ブラック・ジャック』の”アイデア”は、天才的な腕を持った外科医、無免許で高額な報酬をふっかける悪人的要素、そして、自分を犠牲にしてでも他人を助けることがある人情家でもあるという、3つのアイデアの組み合わせだ。これが手塚治虫らしさとなっている。

アイデア、テクニック、エモーション、ジャッジメント(©手塚プロダクション)

 そして”テクニック”については、恐らく手塚治虫のタッチをAIで再現することは可能だろうという。問題は、その絵を効果的に並べられるかどうか。これは、感動的であるかどうかという”エモーション”の部分だ。例として示された『ブラック・ジャック』の演出では、背景のスミベタ、吹き出しから水が垂れているような表現、だんだん近づいてきているような表現、歪んだ白黒タイルで悩んでいる様子を表現している。

 次のページでは、黒い影のある顔で心配を表現、暗闇の中の光で葛藤を表現、周囲で笑っている顔の効果、医局から退いていくイメージを背中で表現している。そしてこの2ページをパッと見開きで見たとき、白いところと黒いところのデザイン的なバランスもとられている。たった2ページで、これだけのテクニックにより演出されているのだ。最後に、描いた自分自身で”これは面白い!”と判断する力が”ジャッジメント”だ。

 こういった日本独自のマンガ表現、日本にしかないクリエイティビティを生み出せるように、AIの力を借りようというのが”手塚治虫デジタルクローンプロジェクト”の目標だ。

徐々に実現し始めたAIによる創造

 では実際にいまどのような研究が行われ、どのような成果が出ているのか? 公立はこだて未来大学副理事長 松原仁氏は、創造性とはどういう能力なのか厳密にはわかっていないため、コンピュータに創造性を持たせることは難しいという。ただ最近、碁や将棋のAIで、定石外の創造性がある手も打たれるようになってきた。そのためには、候補をたくさん生成すること、その中から良いものだけを評価することだという。難しいのは後者だ。

 2012年から松原氏を中心としたプロジェクトチームが取り組んでいる”きまぐれ人工知能プロジェクト作家ですのよ“では、星新一のショートショート全編を分析してAIに創作をさせることを目指している。2016年には”星新一賞”の一次審査を通過したことが話題になったが、まだ入賞にまでは至っていない。『うまくいったら堂々と手法をお話ししたい』と松原氏。

松原氏より、AI俳句プロジェクトについて

 半年ほど前から始めた”AI俳句プロジェクト“は、北海道大学の川村秀憲教授を中心とするプロジェクト。コンピュータに俳句を作らせる試みは40年ほど前からあるが、それは5文字の句と7文字の句をデータベース化すると俳句モドキが大量にできるので、それを人間が見て評価・選別する、というものだった。

 “AI俳句プロジェクト”で試みているのは、過去の大量の俳句から学習し、17文字で季語が1つあるものだけを選ぶというやり方。NHKの『超絶 凄ワザ!』のAI特集3連発でも取り上げられ、番組が成立する程度にはなっているという。

 また松原氏は、鉄腕アトムや手塚治虫のデータは大量にあるので、あたかもそのキャラクターや本人かのように応答するAIエージェントの実現はそれなりに可能ではないかと考えているという。あるいは、マンガのキャラクターやセリフ・背景の領域分割の自動化、キャラクターや表情分類の自動化、吹き出しテキスト化とシナリオ抽出の自動化などを経て、数コマのギャグマンガを手塚キャラでリメイク(ここだけまだ人力)するような研究も紹介された。

シナリオ自動生成の研究はいま?

 続いて、慶應義塾大学大学院理工学研究科栗原聡氏による”シナリオ自動生成”の研究について。人間の創造性には2つあるという。1つは、アイデアの種(点)をゼロから見つけること。一方、我々が普段行っているビジネスやイノベーションは、複数のアイデアの種を繋げること。

 クリエイティビティの高い人は、想像力圏(範囲)が広い。点が繋がることで、大きなイノベーションが生まれる。想像力圏の近くにあるアイデアの種はもしかしたら繋げることができるかもしれないし、他のクリエイターとも繋がることで創発され、さらに新しいアイデアが生まれるかもしれない。そういった点を繋げていくことをAIでサポートするのだ。

栗原氏より、クリエイターによるアイデアの繋げ方について

 栗原氏が想定している”シナリオ自動生成”システム全体の流れは、まずユーザーが生成させたい状況を設定(テンプレートの中からログラインを入力)する。システムには作家のシナリオ特徴が学習されている。すると、三幕構成に基づいた13フェイズの構造部分が生成される。この13フェイズが先ほどのアイデアの点となり、どのように13個の点を繋げることで新しいシナリオのイノベーションを起こさせるのか、が鍵となる。

 無論、デタラメに繋げてもだめであり、主人公の行動を設定し、矛盾点を解消し、設定ファイル生成と場面設定を行うと、作家の個性が反映されたプロットが出力される。次に、AIで作画生成を行う。同じように、システムには作家のコマ割りや作画が学習されている。

栗原氏より、シナリオ自動生成システムについて

 現状の課題としては、学習用データが足らないこと。マンガを13フェイズ構造に入れ込むのは、人手でやる必要があるのだ。また、漫画はコマ単位ではなく、1ページ全体が1つの手塚治虫的作品という性格であることから、他のコマとの関連も意識した作画が必要、というようにハードルが高く、作画が難しいことを挙げた。

 栗原氏も100%人工知能がやることは想定しておらず、最後の創造性はやはり人の手が介在することになるという。つまりAIの役割は、イノベーションの種を拡張することだ。次回のEXPOで、どれくらい進んでいるのかを報告したいと栗原氏。

コンテンツが面白いかどうかの評価

 ドワンゴ人工知能研究所所長 山川宏氏は、脳科学とAIを結びつける研究を行っている。神経科学の進歩によって、脳の中でどんな情報処理が行われているかだいぶわかってきたため、それをAIの開発に役立てようとしているのだ。

 “手塚治虫デジタルクローンプロジェクト”の中で、松原氏や栗原氏が”コンテンツ生成系”の研究をやっているのに対し、山川氏は”コンテンツ評価系”をやっているのだという。つまり、手塚氏の言う”ジャッジメント”の部分だ。

山川氏より、コンテンツ評価系の視点について

 評価というのは人によって異なる。多くの動物は、絵や音や触覚などの”意味間関係”だけの世界で生きている。人間の脳は、文字を読む・書くという”記号間関係”の入出力を行っている。そして、恐らく人間だけで発達しているのが、意味と記号を結びつける”記号−意味間関係”。マンガには絵の部分と文字の、両方があるのだ。

山川氏より、記号間関係、記号−意味間関係、意味間関係について

 脳にはいろんなところに、意味の世界があることがわかっている。脳の血管が詰まった場合など部分的に障害がおこると、それがうまく動かなくなる。聞いたことが理解できるけど、しゃべれないといった症状だ。言語聴覚士が利用する教材でさまざまなテストを行うことで、読者がコンテンツを”理解”するメカニズムがわかるという。これにより、失語症リハビリ支援ツールへの活用や、日本語学習教材の改善、そして人間的な創造性の探究ができるかもしれないと山川氏。

後進クリエイターを育成し世界にコンテンツを発信しよう

 パネルディスカッションで手塚氏は、『私も今日初めて研究の進む具合を聞いたが、可能性を感じている』と評価した。それぞれのフェイズは進んでいるが、やはり”ジャッジメント”がいちばん難しいと感じているという。AIが作ったものを人間がジャッジするのではなく、人間が作ったものをAIがジャッジできるか? たとえば”『本物の手塚治虫を100%』としたら、何%くらい手塚治虫的である”という判断をAIにさせることは可能なのか? と問いかけた。

パネルディスカッションの様子

 松原氏は、”どれくらい似ている”という判断は人工知能でも可能性はあるという。ただ、日本の漫画家は多かれ少なかれ手塚治虫の影響を受けているので、人間が作品を見て”手塚度67点”とジャッジできるかどうかと同程度に、AIに判断させるのも難しいという。恐らく”似ている”という定義さえすれば、数字を計算することはできる。ビジュアルとして似ているかどうか。ストーリーが似ているかどうか。マンガはそれが一体化しているため、”似ている”の定義が難しいという。

 栗原氏は、プロット造りに絞って考えても可能性はもちろんあって、評価もある程度可能という。というのは、デタラメを作っているわけではなく、ストーリー構造には我々人間が培ってきたものがあるからだ。”似ているか似ていないか”ではなく、距離の近さ遠さを定義すればAIにも計算ができるのではないかという。

 山川氏は、手塚治虫以外のデータもあるとすると、手塚治虫に近いか遠いかというジャッジは可能ではないかという。そして、複数の作家を組み合わせると、新しい面白さが生まれるかもしれないと語った。

 最後に手塚氏は『このプロジェクトで一番大事なところは、ITが発展し社会がさらに複雑化していく中で、コンテンツをどう生みだしていくかという研究だということ。それはクリエイターの育成に直接繋がる。手塚治虫は、ただ作品を生み出して感動させたということ以上の影響力を持っていた。コンテンツ産業で働く人材の育成や教育、読者の教育、ロボット開発や宇宙開発などへのモチベーションにも影響を与えている。第2、第3の、手塚治虫のようなクリエイターを生みだすことへ繋げていきたい。そのために手塚治虫の作品を活用していただきたい』と語り、講演を締めくくった。

鷹野 凌

©樫津りんご

 フリーライターでブロガー。NPO法人日本独立作家同盟 理事長。実践女子短期大学でデジタル出版論とデジタル出版演習を担当。明星大学でデジタル編集論を担当。主な著書は『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。