Book Watch/鷹野凌のデジタル出版最前線
第7回「漫画村」などの海賊版サイトを潰すために出版業界が行ってきたことは?
“著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提言シンポジウム”レポート
2018年4月23日 13:46
一般財団法人情報法制研究所(JILIS)と一般社団法人インターネットコンテンツセーフティ協会(ICSA)は22日、東京都千代田区の一橋講堂で“著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提言シンポジウム”を共催した。
これは、知的財産戦略本部が13日、犯罪対策閣僚会議を開催し“インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(PDF)”を決定。その政府による対策手法がさまざまな議論を呼んだことを受けて行われたシンポジウムだ。
主催者としては、賛成・反対に関わりなく皆で集まって議論をしたいという意向だったが、登壇者の多くはJILISやICSA、一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)の関係者と、法律の専門家が中心だった。
もちろん賛成側の方々にも声がけはしているが、緊急開催ということもあり、短い時間で意思決定をして来場するのが難しかったという側面もある、という説明があった。なお、知的財産戦略本部の中村伊知哉氏は、ビデオメッセージを寄せている(1枚目の写真)。
そういった状況の中、用賀法律事務所 弁護士の村瀬拓男氏が登壇していたことに注目したい。新潮社の編集者を経て、弁護士として独立した経歴の持ち主だ。一般社団法人日本書籍出版協会知的財産委員会幹事、一般社団法人日本雑誌協会著作権委員会・デジタルコンテンツ推進委員会委員、日本電子書籍出版社協会監事、デジタルコミック協議会法務委員会委員長、一般社団法人モバイル・コンテンツ・フォーラム監事を勤めている。
つまり、このシンポジウムの登壇者の中では唯一、出版社サイドと言っていい存在だ。村瀬氏はそういうほとんどアウェイと言っていい中、海賊版サイトを潰すためにこれまで出版社が行ってきた努力についての説明を行った。本稿は、そんな村瀬氏の発言を中心にレポートする。
ブロッキング以外の海賊版サイト対策は?
まず、司会進行の宍戸常寿氏(東京大学 大学院法学政治学研究科 教授)が論点整理のため用意したスライド資料を確認してみよう。海賊版サイトへの対策手法と考えられるのは、①侵害者の摘発に向けた対策、②侵害サイトを削除する対策、③侵害者が経済的な利益を得られなくする対策、④侵害サイトへの到達を難しくする対策の4つ。①と②は直接的な対策、③と④は間接的な対策と言える。そして、①と③はビジネス対策、②と④はサイト対策となる。サイトブロッキングは、④の対策のうちの1つだ。
直接的な手法の①では、侵害サイト運営者が不明な場合であっても、訴追が可能な形に司法手続きを変えるという対策が考えられる。②の侵害サイトの削除も、Webサイトのデータセンターに対する削除申請以外に、ドメインの差し押さえ、「Cloudflare」のようなコンテンツデリバリネットワーク(CDN:content delivery network)の利用停止申請という手が考えられる。
間接的な手法の③では、侵害サイトに掲載している広告主、代理店、アドネットワークに対する働きかけ、売買を行っているのであれば、クレジットカード会社に対し決済停止を依頼するなどの対策が考えられる。なお、パネルディスカッションの前に行われた山本一郎氏(JILIS 上席研究員)による“著作権侵害サイトの被害実態と対策の現状”では、詐欺サイトなどへの対処と同じように、技術的に運営者を突き止めたり、広告の販売ルートから入金先を割り出し、そこへ法的措置をとっていくのが望ましいと結論づけていた。
④の侵害サイトへの到達を難しくする対策では、サイトブロッキング以外に、検索エンジン(主にGoogle)に対するDMCA侵害申告、利用者端末でのフィルタリングが考えられる。実際、今回政府から名指しされた「漫画村」「MioMio」「Anitube」はすでに携帯電話事業者のフィルタリング対象になっているそうだ。ところが、フィルタリングは利用者の保護者同意に基づく任意設定なので、スマートフォンが普及してから利用率はだんだん低くなり、現在では6割程度だという。
さて、村瀬氏によると、①の侵害者訴追は、防弾ホスティングサービスの利用などにより侵害サイト運営者の氏名や住所が判別できない場合、実行できないという事情がある。そのため、侵害サイト運営者が不明な場合であっても、訴追が可能な形に司法手続きを変える対策は良いという。ただし、著作権侵害は、客観的に見て侵害かどうかが判別できないという問題がある。
もちろん出版社へその都度問い合わせればわかるが、一般社団法人日本レコード協会が発行している“エルマーク”のような、正規にライセンスされているかどうかが即座に判別可能なマークの付与を配信事業者などともに検討中だという。ホワイトリストを作るのは業界の責務であると考えている、と村瀬氏。夏前には状況を報告できると思うと語った。
②の削除請求は、多い出版社は月に4万件ほど行っているという。④のGoogleに対するDMCA侵害申告は多い出版社で月に6万件ほど。ただしDMCA侵害申告は成功率が低く、最近は27%ほどだという。また、海外のサーバーに対しても、CDNに対しても削除や開示請求は必ず行っているという。
ただ、出版社の多くは中小企業。「漫画村」以外の海賊版サイトも数百あると言われているが、写真集や専門書などあらゆるジャンルが海賊版として出回り始めているという。出版業界として必ずしも情報が共有できているとは言えないが、海賊版サイト対策にはコストがかかる。そのコストがあまりに過大であれば、中小企業がその対策をとることは現実的に困難だという。
なお、JASRAC理事の玉井克哉氏は、クリエイターは人気商売なので、訴訟を起こしづらい事情はわかるという。ただ、音楽業界ではその不人気な役割を担うため、JASRACという団体を作っている。どうしてそれを出版業界ではやらないのか? コストがかかるのはわかるが、半年で3,000億円も損害があるならコストをかけるべきではないか? といった疑問を投げかけていた。
また、弁護士の壇俊光氏は、「Cloudflare」は日本にデータセンターがあるので、日本で裁判が起こせるはずだと指摘。業界の人たちも、できるかどうかだけは検討すべきだったのでは、と問いかけた。村瀬氏によると、もちろん検討はしているという。
また、玉井氏は知的財産法の専門家として、海外にサーバーがあったとしても日本の裁判所に著作権法侵害で訴えることは可能だと説明。ただし、氏名・住所がわからないという匿名問題がある。村瀬氏も可能なのは知っているが、実務上、送達条約のない国の場合は大変で、7カ月先を指定されたりするという。
会場からの質問で、弁護士の山口貴士氏から村瀬氏に対し『アメリカにサーバーのある場合しか使えないが、DMCAを利用した削除請求ではなく、DMCAサピーナ(Subpoena)を利用した発信者情報開示請求権を行使したことがあるか?』という質問があった。村瀬氏は、そこまでやってはいないと思う、との回答であった。
出版業界はメディアを持っているのに広報がヘタ
最後に、シンポジウムを聞いた筆者の雑感を記しておく。筆者はもちろん、出版業界が海賊版サイトへの対策をなにもしてこなかった、などということはないと思っている。ただ、出版広報センターの声明文(PDF)にあるように『私たちは長年、海賊版サイトに対してできうる限りの対策を施してまいりました』と主張するのであれば、取材されて初めてその具体的な内容が公表されるとか、こういったシンポジウムで聞かれないと出てこないという状況ではダメだ、とも思う。
出版広報センターの公式サイトには“深刻な海賊版の被害”というページがあるが、Internet Archive の 「Wayback Machine」で調べてみた限り、初出の2013年9月13日時点から本文はほとんど更新されていない。そのため、2015年1月に施行された改正著作権法で“電子出版権”が設定できるようになったにも関わらず、いまだに『出版社は権利者ではない』『権利者ではないためあくまで要請』といった記述が残っている。
正直、“はて?ここはなにを広報しているページなのだろう?”という疑問が拭えない。5年間も内容が更新されていないというのは、恥ずかしいことではないか。ちゃんと対策していたとしても、それをもっとしっかり広報してくれないと、世の中には評価してもらえない。はっきり言って、広報がヘタだ。それはとても、もったいないことだと思う。
鷹野 凌
フリーライターでブロガー。NPO法人日本独立作家同盟 理事長。実践女子短期大学でデジタル出版論とデジタル出版演習を担当。明星大学でデジタル編集論を担当。主な著書は『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。