生成AIストリーム
AIにも健康診断が必要!? 会社が成長したのでChatGPTを『定期健診』した件
AIにも棚卸や『定期検診』が必要な時代がやってきた
2026年6月5日 16:24
こんにちは、しらいはかせです。筆者は普段、AICU Japanという会社で『つくる人をつくる』をビジョンに、生成AIやメディア芸術の研究・実践を行っています。今日は技術解説ではなく、会社の中で起きた『AIにまつわる組織課題』について書いてみます。
さて、皆さんのChatGPTのアカウントは、いつから使っていますか? 最初は『便利な相棒』として軽い気持ちで使い始めたはずなのに、いつの間にか会社の事業計画、契約相手の温度感、新規事業の企画、果ては家族の問題までAIに相談……そんな経験はないでしょうか。筆者の会社「AICU」も、まさにそんな状態でした。OpenAI本社の 公式プログラム採択 をきっかけに、これを 『定期健診』 することにしたという話を、今回はお届けします。
会社の成長とともに『道具』が『幹部社員』に成長していた
筆者の会社「AICU」では、生成AIメディア、書籍、講義、ComfyUI 関連の技術検証、AIゲーム開発、契約書生成、証明書発行、海外企業とのやりとり、記事執筆、プロトタイプ開発と、さまざまなAIDX『AIならではの体験』を開発する開発者です。
最初は原稿の壁打ち、メールの下書き、翻訳、コードの相談、契約文面の整理といった『便利な相棒』だったのです。ところがAIDX開発事業は多岐に渡ります。Geminiには契約書や開発計画、ロングコンテキストの原稿、Claudeには開発を担当してもらっています。
そしてChatGPTには『その他』、つまり講演依頼があった時の相手先分析や構成相談、会社の事業情報、取引先との対話、事業法務などの契約書関連、さらには代表個人のちょっとした開発企画や相談まで……。こんな具合に、ちょっとした秘書・総務担当・法務担当といった役割のアカウントになっていました。もちろん、2024年2月13日にリリースされた「メモリ機能」の誕生以降、個人アカウントとは別に『業務専用のChatGPTアカウント』を使って管理しています。
さらに、主に社外に出すべきではない情報はChatGPTではなくGeminiに担当してもらっているのです。が、気がつけば 『その他』の課題を扱うChatGPTは『道具』ではなく、社内事情を一番よく知っている『総務課』そして、会社の成長とともに『幹部社員』に近い存在になっていました。
OpenAI公式のスタートアップ支援プログラムに採択!でも……
前回のこの連載では『Claude Codeが100万円を超えた件』、冗談ではなく月間のClaude Code使用量が1万米ドルを超えて、世界37位になりました。OpenAIのSora APIやGPT-Image-2やCodexもかなり使っています。そんな熱心な活動が評価されたのか、最近、OpenAI 本社から『スタートアップ支援プログラム』に採択されました。
- 🔗スタートアップのための OpenAI | OpenAI
- https://openai.com/ja-JP/startups/
弊社のOpenAI組織アカウントに数千米ドル分のクレジットが追加され、さらに最大10名まで、6カ月間「ChatGPT for Business」を無料で使える枠が提供される、という内容です。もちろん「Codex」へのアクセスも含まれます。ありがたい。これは素直に朗報なのですが、そのアカウント移行作業で、同時に大きな問題が立ち上がりました。
現在、ChatGPTで使用しているこのOpenAIアカウントを、会社用の Business ワークスペースに移行してよいのか? 何かリスクはないのか? そしてこの移行計画を実施する前に、『この業務用アカウントの中にどんな記憶が残っているのか』を棚卸する必要があると感じたのです。
棚卸でわかった、 総務担当ChatGPT に残っていた4種類の記憶
筆者がアカウントに『何を覚えさせていたか』を改めて棚卸してみると、保存されていた記憶は大きく4つに分かれていました。
ひとつめは会社として残してよい情報です。AICU Inc./AICU Japan の事業概要、『つくる人をつくる』というビジョン、AICU media、AICU Games、AIDX、cert サービスなどの事業領域、生成AI時代のクリエイター支援・教育・メディア・証明・ライセンスに関する構想、そしてキャラクター「AiCuty」、漫画「YOUKAI」、アプリ「MicText」や「Nehan.AI」、ゲーム「Football News Hero」 といったプロダクト・キャラクター・ゲーム企画。これらは会社の公開プロフィールや事業戦略に近い情報で、ChatGPTが覚えていてくれることで原稿作成、企画書、講演概要、メール、プレスリリース、提案資料などの作成がかなり速くなります。
ふたつめは、開発・運用の技術、執筆や実験、運用コストに関する情報です。Gemini CLIやCodex、Claude Code登場後はだいぶ減るのですが、開発ワークフロー、ComfyUI 関連サービスの検証、SSDなどのベンチマーク記事のための実験、AWS・Vercel・GitHub Actions・Slack通知などの運用コスト比較をふくめたソリューション設計などがありました。
アクセストークン、秘密鍵、Webhook URLなど個別の認証情報は絶対に記憶させてはいけませんので厳重管理ですが、方針や構成などの類推して攻撃に使われそうな情報もちらほらありました。
みっつめは 契約・法務・知財の情報です。AICUでは生成AI作品の証明書、契約書、ライセンス、特許、DocuSign、業務委託、NDA、SOW など、AIに強い複数の弁護士さんご指導のもと、弁護士さんに依頼する手前の事業法務、パラリーガルにちかい作業に AI を使っています。この領域ではChatGPTが過去の文脈を覚えていることで文案の一貫性が高まる一方、契約交渉中の(まだ確定していない)ドラフト条件・相手方が突き出してきた内部事情・交渉の温度感・未公開の提携条件などが残っています。
これらも最近はみんながAIを使って交渉してくることが当たり前になっているのでかなり詳細に契約のキーポイントが残っているのが印象的です。会社用ワークスペースに残すとしてもアクセス権を慎重に考えるべき情報だと思いました。経緯を残しておきたいけれど、便利な記憶ほど、社内での取り扱いルールが必要になります。
よっつめが実は一番重要なのですが、個人情報・個人資産・生活文脈 です。会社用アカウントのつもりで使っていて、個人の名前や住所を入れないようにしているにも関わらず、実際には本人が思いついた最新課題だったり、メール履歴だったり、詐欺やスパムまがいのメールの判定だったりと、代表個人の情報がかなり混ざっていました。また実験として行った金融商品への運用シミュレーションデータ、暗号資産を使ったアルゴリズム実験、家族対応や部屋の片付けなどの生活状況、旅行や庭仕事や趣味的な話題、筋トレや体調・気分・生活リズムに近い話です。
経営者にとって生活と会社はしばしば地続きなので、これらが『仕事に関係する』ように見える瞬間もあります。幸いにも交友関係はAIには相談していませんし、AI会計や秘書業務の本懐はChatGPTには任せていなかったのですが、Businessワークスペースに移行し、チームでChatGPTを使うとなれば、個人の金融情報や生活情報は会社の記憶から切り離すべきだなと深く認識を改めました。
みなさんもこちらのURLから確認してみてください!
なぜ『棚卸』なのか──あたらしい4つのリスク
ChatGPTは単なる検索窓ではありません。長く使うほどユーザーの文体、仕事の進め方、プロジェクト、関係者、好み、意思決定の癖を覚えていきます。それ自体は非常に強力ですが、会社利用においては4つのリスクが顔を出します。
ひとつめは『曖昧だったAI業務の価値が明確になる』こと。創業前は個人アカウントを使い、創業初期は業務専用アカウントを作ったにも関わらず、会社が成長すると、蓄積された情報が価値を持ち『会社のもの』・『代表個人のもの』・『顧客のもの』・『まだ公開してはいけないもの』のそれぞれ管理するべきものと、Businessアカウント間で共有されるべきもの、されるべきではないものが変化して、明確になっていきます。
ふたつめは『チーム利用時に不要な文脈が混ざる』こと。「ChatGPT for Business」を最大10名で使うようになると、AIは『個人の秘書』ではなく『チームの生産基盤』になります。共有したい会社のナレッジと、代表個人だけが使うべき情報を分けておかないと、AIの提案にノイズが混ざります。これはもしかすると将来のチームメンバーにも共有しなければならないことで、迂闊に『今日は会社休みたいんだけど、なんて言い訳したらいい?』みたいな相談をすると、チームに共有されてしまうということも起き得ます。
チーム全体のインテリジェンスを高く維持するためには、AIの使用方法やルールといった一定のガバナンスが必要です。まあ簡単に『チーム共有に何を相談するか』ということなのですが、交渉相手はいろんなことを提案してきますので、「普通の人間の仕事」って色々混ざってますよね。ほんと。
みっつめは『古い記憶が現在の回答に影響すること』。人間のメモ帳なら古いノートは棚にしまわれますが、AIのメモリは過去の情報が現在の回答に染み出します。例えば転職活動を行っていた人であればどうでしょうか?
日々の悩みや新しい就職先についての調査などを行うと思います。面接担当者とのやりとりや契約書などもアップロードしてしまうかもしれません。さらに以前の契約条件、会社を特定できるサービス名、契約書のドラフト、個人的な事情などが残ったままのアカウントで、新しい会社に勤務したり、そのメモリを棚卸しないまま新しい会社で活動してしまうとさまざまな事故が起きます。転職ではなく、事業の拡大やM&Aなどでアカウントの統合や拡大が起きたときには注意です。ChatGPTに限りませんが、スライド作成サービスなどを個人で使っている方は要注意ではないでしょうか。
よっつめは『解約するときにも同じ問題が起きること』です。個人のビジネス用アカウントをチームに拡大するときに起きた問題は、将来、チームを再編成したり、スケールを変えたり、「ChatGPT Business」を見直したり、GeminiやClaudeに別のミッションを渡したりといったときにもおきます。つまり、会社が AI を使いこなすには、 AIにも定期的な情報整理=定期健診 が必要なのです。
削除すべきものと残すべきもの「真実だけど不都合なメモリ」
棚卸の結果、筆者が『これは消す』と判断したのは大きく4種類でした。最優先で消したのは シミュレーションにつかっていた金融情報 です。会社の財務としての預金・仕組預金・金融商品の契約書、投資金額・利息・運用成果と、個人の暗号資産ポートフォリオなどの保有比率、開発した運用アルゴリズムの開発やシミュレーションがソースコードから漏れ出していました。個人の趣味で作ったアルゴリズムで、オープンソース化しているので漏れても大して困らない、と思っていたのですが、これが会社の財務と混同されていたことが自分でもショックです。銀行や税務署がChatGPTのログを監査する未来が来るのかどうかわかりませんが、個人資産の運用情報は会社アカウントには不要です。削除しましょう。
続いて 生活・家庭・一時的な状況。家族の問題や、部屋の片付け、生活上の一時的な忙しさ、庭仕事、家庭菜園、トマトの話、休養・気分・体調・日々の生活リズムに関するメモ。文章やエッセイの素材やスタイルとして使う需要があっても、いったんBusiness ワークスペースからは削除しましょう。
次に個別契約の細部。契約金額の具体値、相手方との交渉中の条件です。これは個人情報保護の視点ではガイドラインを引いていたにも関わらず、難しい要素がありました。具体的には『自分に関係ない他者の情報』です。例えば近隣の会社の資金調達情報、会社の投資優先権など未確定の検討内容が残っていました。あとは社内の相談や営業。担当者の事情やモメンタム、つまり交渉温度感も記憶されています。
これらは事業を行っていく上での接点から生まれた『会社の情報』ではあるものの、チーム全体のAI記憶として残すには細かすぎます。さらに過去の経緯がAIに影響すべきではない要素もあります(弊社は良いことも悪いことも、サワヤカに忘れたい)。必要なら正式な契約書、SOW、議事録、CRM、GitHub、会計システムなど、本来の置き場所 に保存すべきです。
最後に古いサービス名・廃止方針。AICUのようにサービスが速く進化する会社では、プロトタイプやアルファ版で終了する企画もあります。AIの記憶もアップデートしないと旧サービス名やコンセプト、リリースされていないサービスで資料を作ってしまいます。
逆に積極的に残すべきものもあります。会社のミッションと事業領域 (ビジョン、生成AI時代のクリエイター支援、事業の位置づけ、『つくる人をつくる』という社是や思想)、公開プロフィール、プロダクトの正式名称、基本方針やタグラインなどは重要です。未公開仕様やリリース日などは明確にしておかないと、メモリには「未来」という概念がありません。未来永劫、事実として残り続ける『真実だけど不都合なメモリ』がありました。
ChatGPT 自身に棚卸させる『定期健診プロンプト』
ChatGPTのメモリは設定画面から手動で確認・削除する方法もありますが、量が多いので筆者は ChatGPT 自身に棚卸させてから消す という手順を取りました。読者の皆さんもそのまま使えるよう、3段階のプロンプトを掲載しておきます。
まずは 棚卸プロンプト から。
このアカウントは会社用アカウントとして使います。
現在あなたが私について記憶している内容を棚卸してください。
以下の分類で整理してください。
1. 会社用として残すべき情報
2. 会社用だが機密性が高く、抽象化すべき情報
3. 個人情報・生活情報として削除すべき情報
4. 古い情報・更新すべき情報
5. 判断に迷う情報
それぞれについて、なぜその分類なのかを説明してください。
その後、削除すべきメモリをまとめて削除依頼できるプロンプト案を作ってください。
続いて 削除プロンプト。
以下の記憶を削除してください。
- 個人の金融商品、預金、投資金額、利息、暗号資産の保有・運用・売買方針に関する記憶
- 個人の生活状況、家庭内の用事、部屋の片付け、庭仕事、体調や気分など、会社業務に不要な記憶
- 会社業務ではなく個人の関心として保存されている旅行、資格、趣味、日常生活に関する記憶
- 個別契約の金額、交渉条件、相手方との未確定な交渉内容など、正式文書ではなく会話上の一時的な検討にすぎない記憶
- すでに古くなったサービス名、廃止した方針、使わなくなったプロジェクト名、変更前の価格や仕様に関する記憶
ただし、以下は残してください。
- 会社の公開プロフィール
- 会社のビジョン「つくる人をつくる」
- AICU media、AICU Games、AIDX、certサービスなどの事業領域
- 公開済みの著書、講演、連載、教育・研究活動
- 会社のプロダクトやサービスの公開可能な基本方針、リリース日付
- 文体、表記ルール、編集方針
最後に、今後のために 記憶ポリシーを更新するプロンプトを紹介しておきます。
「今後このアカウントでは、AICUの会社業務に関係する情報だけを優先して記憶してください。
記憶してよいもの:
- 会社のビジョン、事業領域、公開プロフィール
- 公式サービス名、プロダクト名、表記ルール
- 公開可能な実績、記事、書籍、講演、教育活動
- 開発方針、編集方針、契約書・証明書・ライセンスの一般方針、公開日。
記憶しないでほしいもの:
- 個人資産、個人金融、投資、暗号資産運用
- 家族、生活、部屋、庭、体調、気分などの個人生活
- 一時的なタスクや短期的な事情
- 未確定の契約金額や交渉条件
- 秘密鍵、トークン、パスワード、Webhook URLなどの認証情報」
この3段階を順に流すだけで、ChatGPTは自分の記憶を分類し、削除候補を提示し、今後の記憶方針を引き継いでくれます。ChatGPTのメモリ機能をOFFにしている場合は出力結果を参照しながら[設定]-[パーソナライズ]-[メモリを管理する]から手動削除する、というハイブリッド運用がよさそうです。
『AI強化企業』なら、機能名でアカウントを設計する
スタートアップ支援プログラムでは 最大10名までChatGPT for Businessを6か月間 使えます。AICUのような小規模・高速開発型の会社であれば、単に『社員全員に1枠ずつ配る』のではなく、役割ごとにAIの使い方を設計するのが筋がよいと考えました。
その鍵は、個人名ではなく機能名でアカウントを切る ことです。たとえば『ceo』アカウントには経営判断・契約・提携・講演・投資家対応・重要メールを集約し、『editor』アカウントには編集部や窓の杜ならではのトンマナ・記事構成・見出し・校正の文脈を集約する。『dev』アカウントには Codex/GitHub/ComfyUI/Next.js/API/CI/CD の文脈を集約し、『research』アカウントには論文調査・技術比較・ベンチマーク・特許調査・政策調査を任せる。『legal』には NDA・SOW・業務委託契約・証明書・ライセンス・特許メモを、──といった具合です。
こうすることで人が変わっても、会社の中でのAIの役割は残ります。こうするとChatGPTは『個人の相棒』ではなく『会社の各部門に宿るAIアシスタント』になります。これは『社員AIを増やす』のとは別の発想で、会社の機能をAIで増幅する という、いわゆる 『AI強化企業』 の基本設計と言えそうです。しかもChatGPTにベンダーロックインされず、置き換えもできそうです。
ここでいう 『AI強化企業』 とは、単に社員がChatGPTを使っている会社のことではありません。会社の各機能にAIを組み込み、情報整理・意思決定・制作・開発・契約・営業・顧客対応の速度を上げて付加価値を出すいる会社のことです。そのためにはAIに覚えさせる情報を選ぶ必要があります。なんでも覚えさせるのではなく、『会社の記憶』・『個人の記憶』・『顧客の記憶』・『プロジェクトの一時記憶』・『公開可能なブランド資産』・『秘密にすべき交渉情報』を分ける──これがAI時代の情報管理の第一歩であり、棚卸の本当の目的です。




























