特集

“速い”“安全”“美しい”満を持して登場した「Internet Explorer 9」

シンプルなデザインへ一新、ハードの潜在能力を引き出してパフォーマンスを向上

(11/04/26)

「Internet Explorer 9」「Internet Explorer 9」

 「Internet Explorer 9」の日本語正式版が、本日公開された。英語版を始めとする39カ国語版は3月15日付けでリリース済みだが、日本語版は震災の影響により、1カ月以上遅れての公開となった。

 どちらにしても、前バージョンの「Internet Explorer 8」が公開されたのは2009年3月なので、実に2年ぶりのメジャーバージョンアップということになる。あっという間のことのようにも感じるが、その間にライバルとなる「Firefox」がv3.5/v3.6/v4.0、「Google Chrome」に至ってはv3からv10までバージョンを重ねたことを思うと、やはり“やっとか!”という感想をもつ人が多いだろう。

 しかし待った甲斐もあり、今回のIE9は動作速度・機能・デザインのどれをとっても非常に満足のいくレベルに仕上がっている。そこで本特集では、新世代Webブラウザー「IE9」の新機能や変更点を挙げながら、その魅力を紹介したい。

ユーザーインターフェイスの改善

 まずはユーザーインターフェイスから見ていこう。

Webページが中心――無駄のないすっきりしたユーザーインターフェイス

 IE9をインストールしてまず驚くのは、まったく新しいユーザーインターフェイスだろう。IE8ではタブバーの右端に並んだボタンやメニューが存在感を主張していたが、IE9ではそのほとんどがそぎ落とされ、シンプルなデザインなっている。主な変更点を挙げれば、以下のようになるだろう。

「Internet Explorer 8」「Internet Explorer 8」

「Internet Explorer 9」「Internet Explorer 9」

アドレスバーと検索ボックスが融合した“ワンボックス”アドレスバーと検索ボックスが融合した“ワンボックス”

アドレスバーとタブバーを分離して2段表示にするオプションも用意アドレスバーとタブバーを分離して2段表示にするオプションも用意

  • 検索ボックスの廃止、アドレスバーと検索ボックスが融合した“ワンボックス(One Box)”

     アドレスバーに検索ボックスの機能が統合された。この新しいアドレスバーは“ワンボックス(One Box)”と呼ばれており、URLの入力のほか“お気に入り”“履歴”“Web”を串刺し検索することが可能。

  • “ワンボックス”とタブバーが一列に

     “ワンボックス”とタブバー、メニューボタンが一列にまとめられた。Microsoftの調査によると、97%のユーザーはタブを同時に6個以上開かないという。ならば、各コントロールを一列にまとめたほうが、Webページの表示領域を広くとれるだろう。これで低解像度の環境でも快適に利用できる。

     ただし、タブを多数開いて利用するヘビーユーザーも少なくない。そこでIE9では、アドレスバーとタブバーを分離して2段表示にするオプションも用意されている。

  • ステータスバー、ブックマークツールバーが非表示に

     ステータスバーや“お気に入り”バーも、標準では非表示になった。リンク先などの情報は画面下隅にツールチップで表示されるようになった。“お気に入り”へは、アドレスバーのある段の右端にある[お気に入り]ボタンからアクセスできる。

ステータスバーや“お気に入り”バー、メニューバーを表示させることも可能ステータスバーや“お気に入り”バー、メニューバーを表示させることも可能

 このように、初期状態ではWebページの表示領域を最大限に広くとった“Webページ中心”のデザインになっている。もちろん、設定次第で従来のようにステータスバーや“お気に入り”バーを表示させることもできる。

ネイティブアプリのような操作感――タスクバーへのピン留め

Windows 7ではネイティブアプリケーションと同様、Webサイトをタスクバーへ“ピン留め”できるようにWindows 7ではネイティブアプリケーションと同様、Webサイトをタスクバーへ“ピン留め”できるように

 また、Windows 7ではネイティブアプリケーションと同様、Webサイトをタスクバーへ“ピン留め”できるようになった。ピン留めを行うには、“ワンボックス”にあるFaviconやタブをタスクバーへドラッグ&ドロップすればよい。

 “ピン留め”されたWebサイトはタスクボタンから“起動”できるだけでなく、アイコンによる情報通知、ライブサムネイルからのプレビューやコンテンツ操作、ジャンプリストといった機能を利用可能。たとえば、Webメールサービスで未読のメール件数をタスクボタンに表示したり、ジャンプリストからWebサイトの検索機能などへ直接アクセスできる。

 すでに“Hotmail”“Twitter”“Facebook”など、1,000以上ものWebサイトがIE9のこの機能へ対応している。本機能には比較的簡単に対応できるので、個人でもIE9対応のWebサイトを作ってみても面白そうだ。

タブのドラッグ&ドロップ

ドラッグ&ドロップによるタブの分離やドッキングドラッグ&ドロップによるタブの分離やドッキング

 IE9ではタブ操作が拡張され、ドラッグ&ドロップによるタブの分離やドッキングもサポートされている。Windows 7のウィンドウ並び替え機能“Aero Snap”を利用して、ドラッグ中のタブをデスクトップの指定した領域へ配置することも可能だ。

通知機能の改善とダウンロードマネージャー

新しいデザインの通知機能新しいデザインの通知機能

ダウンロードマネージャーダウンロードマネージャー

 IE8までは、ファイルをダウンロードする際やセキュリティ関連のメッセージがある場合、Webページ画面上部に黄色い“通知バー”が表示される。しかし、近年高解像度モニターが身近になった結果、細い通知バーでは見落としてしまうユーザーが増えた。

 そこでIE9では通知バーのデザインが一新され、Webページ画面下部に大きく見やすく表示されるようになった。また、ユーザーが一定時間操作しないと通知バーが橙色に明滅して注意を促してくれる。

 さらに、これまでダイアログが行っていた通知・確認も、この新しい通知バーに統合されており、わずらわしさが軽減されている。たとえばファイルをダウンロードする場合、ダウンロードの進捗情報の表示から、ダウンロード後にファイルを保存するか実行するか確認するまでの作業を、ダイアログではなく通知バーだけで完結できる。またIE9では、ログインパスワードの保存確認などでもこの通知バーが利用されるようになる。

 ファイルのダウンロード関連では、専用のダウンロードマネージャーが追加され、ダウンロード作業の状況を一元管理できるようになったのも便利だろう。ダウンロードしたファイルを絞り込み検索する機能も搭載しており、“ダウンロードしたファイルがどこに保存したかわからない”といったトラブルを避けることができる。

新規タブページの刷新

“新しいタブ”ページ“新しいタブ”ページ

 新規タブを開いた際に現れる“新しいタブ(about:Tabs)”ページのデザインも刷新された。

 このページにはWebサイトが利用頻度順に配置されており、よく利用するWebサイトへすばやくアクセス可能。各Webサイトには、タイトルとFaviconのほかに利用頻度を示すバーが表示されており、自分がどれぐらいの頻度でそのWebサイトを利用しているかが一目で把握できる。

そのほかの便利機能

コピーされたURLへ移動したり、コピーされたテキストをWeb検索できる機能が追加コピーされたURLへ移動したり、コピーされたテキストをWeb検索できる機能が追加

 そのほか、クリップボードへコピーされたURLへ移動したり、コピーされたテキストをWeb検索できる機能が追加されている。この機能は、Webページ画面の右クリックメニューや、[Ctrl]+[Shift]+[L]キーで利用可能。ほかのアプリケーションとの連携が容易になった。

 また、“ワンボックス”からWeb検索を行うと小さな虫眼鏡アイコンが表示される。このアイコンをクリックすると、直前に入力した検索キーワードが“ワンボックス”へ復元される。たとえば、キーワードを追加・変更して再検索したい場合などに便利。ほんのちょっとしたことだが、毎日のネットサーフィンを快適にしてくれる“ピリリと辛い”機能と言えるだろう。

検索キーワードを復元できる虫眼鏡アイコン検索キーワードを復元できる虫眼鏡アイコン検索キーワードを復元できる虫眼鏡アイコン

速く、美しいレンダリング――“Chakra”とハードウェアアクセラレーション

 いかに高価でハイスペックなCPUやGPUを搭載していても、ソフトウェアがその潜在能力を引き出せなければ意味がないだろう。IE9はその点でも抜かりない。

新スクリプトエンジン“Chakra”

ベンチマーク“SunSpider 0.9.1”ではIE8と比べて約18倍、IE7とくらべて約50倍の速度向上を記録(同社サイトより引用)ベンチマーク“SunSpider 0.9.1”ではIE8と比べて約18倍、IE7とくらべて約50倍の速度向上を記録(同社サイトより引用)

 IE9は“Chakra”と呼ばれる新しいJavaScriptエンジンを搭載。同社によるとIE8と比べて約18倍、IE7とくらべて約50倍の速度向上を果たした。スクリプトをバックグラウンドでコンパイルし、複数のCPUコアで並列実行できるように設計されているので、近年主流になりつつあるマルチコアCPUをフル活用できるのも大きな特長だ。

すべてをGPUで

 また、レンダリングにGPUのハードウェアアクセラレーションを活用。動きのある表現力豊かなWebコンテンツを快適に楽しめるようになっている。

 ハードウェアアクセラレーションといえば動画の再生やグラフィックスといったイメージがあるが、IE9ではテキストなどのコンテンツ描画にも、DirectWriteなどを介して積極的にGPUが利用されている。そのため、単に高速なだけでなく、より美しい描画を実現している。

IE9 標準モードによるレンダリングIE9 標準モードによるレンダリング

“IE9 互換表示”モードによるレンダリング“IE9 互換表示”モードによるレンダリング

レンダリングが乱れる場合は“互換表示”を試してみようレンダリングが乱れる場合は“互換表示”を試してみよう

ハードウェアアクセラレーションを利用しない設定も利用可能ハードウェアアクセラレーションを利用しない設定も利用可能

 ただし、GPUを活用するということは、GPUへの依存が増すということでもある。古いグラフィックドライバーでは十分にハードウェアの能力を引き出せなかったり、レンダリングが乱れてしまう場合もある。なるべく最新のグラフィックドライバーを利用したい。レンダリングがうまく行えない場合は、DirectWriteによるレンダリングがOFFになる“IE9 互換表示”を利用するのも手だ。

 また、CPUはそこそこだがGPUは貧弱なビジネス用途のPCでは、GPUアクセラレーションを利用するよりも、CPUで処理したほうが高速な場合がある。IE9ではインストール時に自動でGPU支援を使うかどうかを判別してくれるが、システム構成が変わったときなどは手動で設定を変更することもできる。

 なお、IE9はWindows Vista以降に搭載されたグラフィックシステムを利用するため、Windows XPには対応しない。

キャッシュ機構のチューニング

“インターネット一時ファイル”ダイアログ“インターネット一時ファイル”ダイアログ

 また、IE9ではキャッシュ関連の機能にも改良が加えられている。インターネット一時ファイルを保存するディスク領域も、初期状態で従来の50MBから250MBへ増量されており、ここでもパフォーマンスの向上が期待できる。

起動の遅いアドオンを無効に

“アドオンパフォーマンスアナライザー”“アドオンパフォーマンスアナライザー”

 IE9本体が速くても、アドオンが足を引っ張っていたら実際体感できる動作速度は著しく低下してしまう。そのため、IE9ではロードに時間がかかるアドオンをピックアップして簡単にOFFにできる機能“アドオンパフォーマンスアナライザー”が備わっている。

 初期状態ではすべてのアドオンのロード時間の合計が0.2秒以上になる場合のみ通知バーが表示され、アドオンを無効にするダイアログを表示できる。ダイアログではアドインの起動時間が棒グラフで表されており、どのアドオンが足を引っ張っているかが一目でわかる。

 ただし、なかにはセキュリティ上重要だったり、便利で手放せないアドオンもある。その場合は、機能とそれによって犠牲になる起動速度を秤にかけて、ユーザー自身で判断するしかない。

 ともあれ、このような機構が導入されるのは、ユーザーにしてみれば歓迎できることだ。今後のアドオン開発には、機能の多寡だけでなく動作速度への配慮も問われそうだ。

MEMO速いだけじゃない、バッテリーの消費にも配慮

 実はIE9が“省エネ”にも配慮したWebブラウザーだということをご存知だろうか。

 IE9では、バッテリー駆動のときのみパフォーマンスを少し犠牲にしてバッテリー消費を抑えることができる。これはOSの“電源プロファイル”と連動する仕組みになっているので、ノートPCだけでなくデスクトップPCでも有効だ。

 関東では今夏、これまで以上の節電が必要になる見込みだが、ピーク時だけでも“省電力”プロファイルでIE9を利用することで消費電力削減を期待できる。

加速するWeb標準技術への対応

“The Acid3 Test”では95点を記録“The Acid3 Test”では95点を記録

 IE9では、HTML5やCSS3といった次世代のWeb標準技術への対応も進んだ。Web標準への準拠度を測る指標として知られる“The Acid3 Test”では95点を記録するほか、HTML5の“audio”“video”“canvas”要素などにも対応している。これらの要素の描画にもGPUによるハードウェアアクセラレーションが活用されており、高品質なメディアやアニメーションを多用したコンテンツでも、滑らかに美しく再生される。

 これらの機能改善の成果は、デモサイト“Test Drive”で実際に確認できる。互換性もこれまでになく向上したのは、Web開発者にとって朗報だろう。

さまざまなデモが用意されたWebサイト“Test Drive”さまざまなデモが用意されたWebサイト“Test Drive”

地理位置情報地理位置情報

“video”要素。HD画質のH.264動画を再生可能。プラグインを導入すればWebM形式も再生できる“video”要素。HD画質のH.264動画を再生可能。プラグインを導入すればWebM形式も再生できる

丸みを帯びたボーダー丸みを帯びたボーダー

 また、XMLによって記述されたベクターグラフィック言語“SVG”への対応も進み、JavaScriptを利用した表現力豊かなアニメーションが実現可能になった。とくにカヤックが作成したデモ“SVG Girl(SVG 女子)”は圧倒的。XMLで記述された画像がまるでアニメのように滑らかに動いている。あらかじめ用意された素材を利用しているのではないので、ユーザーが髪の色や背景色をカスタマイズしてアニメーションさせることも可能だ。IE9をインストールしたらぜひ一度試してみてほしい。

“SVG Girl(SVG 女子)”“SVG Girl(SVG 女子)”

あらかじめ用意された素材を利用しているのではないので、ユーザーが髪の色や背景色をカスタマイズしてアニメーションさせることも可能あらかじめ用意された素材を利用しているのではないので、ユーザーが髪の色や背景色をカスタマイズしてアニメーションさせることも可能

セキュリティとプライバシー保護―――“追跡防止”と“ActiveXフィルター”

“追跡防止”“追跡防止”

“ActiveXフィルター”“ActiveXフィルター”

 プライバシー保護に関わる機能も強化されている。

 たとえば、個人のWeb上での活動が意図せずに記録されるのを防ぐ“追跡防止”機能が追加された。「Firefox」などのWebブラウザーでも最近搭載され始めた機能だが、サードパーティーが提供するブラックリストを導入できたり、トラッキングを防止する対象を個別に選択できるなど、機能は豊富でライバルより先んじている。今のところ国内の会社・団体からブラックリストは提供されていないが、今後の提供に期待したい。

 また、ユーザーが許可するWebサイトでのみActiveXの実行を許可できる“ActiveX フィルター”機能を利用すれば、WebサイトごとにActiveXのON/OFFをコントロールできる。基本的に実行を禁止しておいて、信頼きるサイトでのみ個別に有効化するように心がければ、セキュリティとパフォーマンス向上を期待できる。

 そのほか、IE8から搭載されているフィッシング防止機能“Smartscreen フィルター”も強化されており、ダウンロードマネージャーと連携してマルウェアと疑わしいファイルのダウンロードをブロック可能になっている。

最後に――「Internet Explorer」の今後

 これまでのIEは動作速度と次世代Web標準技術への準拠という点でサードパーティー製ブラウザーに遅れをとっており、全世界でシェアを徐々に失ってきた。しかし、今回のIE9ではそれらの問題を克服するどころか、肉薄し、凌駕する場面も多くみられる。

 しかし、Webブラウザーの開発競争は激しさを増すばかりで、数年ごとに製品を発表するするこれまでのようなリリースサイクルでは、早晩再び差をつけられるのは明白だ。しかし、あまりにも頻繁な更新も、念入りな互換性検証が必要な企業などでの利用を考えると得策ではない。

「Internet Explorer 10」Platform Preview版「Internet Explorer 10」Platform Preview版

 そこでMicrosoftは、これまでの“内部で開発を進めて完成品を出荷する”スタイルから、“比較的長いリリースサイクルで出荷製品の完成度を維持しつつ、実験的な機能を積極的にプレビュー公開して開発速度を高める”スタイルへ、開発手法を改める考えだ。そして、そのキーワードが“Platform Preview”と“HTML5 Lab”となる。

 “Platform Preview”とは、次世代Webブラウザーの開発にあたり、ユーザーからのフィードバックを募るために先行公開される開発版で、過去のバージョンのIEとの共存も可能。すでに次世代ブラウザー「Internet Explorer 10」のPlatform Preview版が公開済みで、だれでも試用できる。

“HTML5 Lab”“HTML5 Lab”

 一方、“HTML5 Lab”はIEを次世代Web標準技術へ対応させるための追加ライブラリを配布しているラボサイト。現在策定中のWeb技術をDLLとして実装・配布し、簡単にIEへ組み込めるようにしている。

 次世代技術といっても、なかには仕様が安定しない実験的なものが含まれていたり、脆弱性が発見されたなどの理由で撤回されるものもある。しかし、“HTML5 Lab”のような仕組みがあれば、製品本体に不安定な仕様を盛り込むことなく、最新の技術へのキャッチアップも可能というわけだ。ここでテストされ、製品へ搭載できる水準になった技術は、次世代Webブラウザーへ組み込まれることになる。

 IEに求められるものは、まず第一に企業での用途にも耐えうる後方互換性、セキュリティ、そして誰にでも使えるということだろう。そのためどうしてもバージョンアップが保守的になってしまい、ほかのWebブラウザーに遅れをとることが多かった。しかし、今回のIEはその評価を完全に覆し、互換性を維持しつつもほかのWebブラウザーに伍していけるだけの軽快さや美しいレンダリング能力を備えるものへ生まれ変わった。しかもその開発速度はシフトアップし、今後ますます加速していく。ほかのWebブラウザーがこれにどう立ち向かうのかも含めて、今後もWebブラウザーの開発競争に目が離せない。

(柳 英俊)