#モリトーク

高速リリースの真価

(12/10/02)

「Adobe Flash Player」v11.5 Beta「Adobe Flash Player」v11.5 Beta

 Adobe社は先日、「Adobe Flash Player 11.5」「Adobe AIR 3.5」のベータ版を公開すると同時に、両製品のアップデートを“高速リリースサイクル”へ移行することも発表した。『なぜこのタイミングで?』『その前にやることがあるだろう』といったネガティブな感想を抱いた人も多いと思うが、注意すべき点がある。

 Adobe社のブログによると、プライベートベータとパブリックベータの2種類が存在したベータ版をパブリックベータの1本に絞り、高速リリースでアップデートするとしている。つまり現時点では、正式版にも高速リリースが適用されるかどうかは定かではなく、あいまいな表現になっている。もしベータ版のみが高速でリリースされるのであれば、正式版公開時の完成度が高まるはずなので、当初のネガティブな感想とは裏腹に、歓迎すべきことになるだろう。

 そもそもなぜ、高速リリースはネガティブなイメージを抱かせるのだろうか。アップデート、とくにメジャーバージョンアップといえば、多くのユーザーがなにかしらの新機能を期待するはずであり、開発者もそれに応えようとする。そのため、高速リリースでは新機能が次から次へと追加され、よいことずくめのように思われるが、実際はそう単純ではない。ユーザーはアップデートする手間が増えるほか、追加された大量の新機能や大きな変化にユーザーがついていけないこともあるため、高速リリースは諸刃の剣なのだ。

 高速リリースという概念を大々的に取り入れた最初のソフトである「Google Chrome」は、現在も6週間に1回のペースを維持し続けており、高速リリースの導入に成功した代表例と言えるだろう。一方、「Firefox」も「Google Chrome」の後を追うように高速リリースを採用したが、当時の評判はあまりよくなく、現在でもその影響を引きずっている印象だ。その明暗を分けた要因はいったい何だろうか。

「Google Chrome」「Google Chrome」

 あくまで筆者の考えになるが、「Google Chrome」は『アップデート = 新機能』という既成概念、つまりメジャーバージョンアップを捨てることで、高速リリースを最大限に活かすことに成功したのではないだろうか。ユーザー数の多い有名なソフトの場合、細かな不具合修正やチューンアップだけを目的にバージョンアップすることは稀であり、新機能追加やセキュリティ強化のタイミングまでそれらを先延ばしするが、ユーザーにとっても開発者にとってもデメリットでしかない。とくに変化の著しいインターネットの世界ではそのデメリットが大きくなってしまう。

 高速リリースによって既成概念を捨てた「Google Chrome」は新機能の有無にこだわることなく、完成度を高めるために黙々とバージョンアップする。『スピード、シンプル、セキュリティの3つに重点を置いて開発』というコンセプト、そしてそれを実現するための基本機能を大きく変えない「Google Chrome」だからこそできる芸当であり、「Google Chrome」は高速リリースへ移行する際に、Webブラウザーとして一定の完成度に達したとも言えるのではないだろうか。これは、本コラムの第25話にて筆者が述べた“黄金の組み合わせ”にも通じる話だ。

 自動アップデートの仕組みも含め、アップデートがあったことを感じさせないようにユーザーの負担を減らしつつも、使い勝手や安定性は確実に向上している。これこそが高速リリースの真価であり、受動的に高速リリースを採用し、ただ単にアップデートの頻度を上げると失敗する可能性が高まる。Adobe社が諸刃の剣である高速リリースをどう操るのか、「Adobe Flash Player」と「Adobe AIR」は影響力の大きい製品だけに、「Google Chrome」や「Firefox」のそれ以上に注目したいところだ。

(中井 浩晶)