無償モデリングソフト「Blender」はVTuberで需要急増? 大人気の「無償マニュアル」の裏側を聞いてみた

和歌山大、床井准教授インタビュー

床井浩平准教授の「Blender」解説書から抜粋

 ゲーム業界やVTuber界隈で、3DCG制作ツール「Blender」に注目が集まっている。

 オープンソースで開発されている「Blender」は無料でありながら、ポリゴンを組み合わせて形状を作るモデリング作業から、アニメーション制作、レンダリング、各種アプリ向けの出力までをワンストップで行える。しかし、今なぜ「Blender」なのだろうか。和歌山大学システム工学部の床井浩平准教授にその理由について伺った。

和歌山大学 システム工学部 床井浩平准教授

 床井准教授は、CGの分野に長年携わっているエキスパートだ。先日Twitterにて、「Blender」の基礎を手取り足取り説明した無償解説書を公開。1,400ページ以上のボリュームが話題となったツイートを見かけた方もいるだろう。


1,400ページ超の無料解説書を公開した理由とは

――床井先生、本日はよろしくお願いします。はじめに自己紹介をお願いします。

[床井氏] はい。よろしくお願いします。私、床井浩平といいます。和歌山大学のシステム工学部というところで准教授をしています。この大学に来てもう35年になります。専門はコンビューターグラフィックス全般で、最近はVR関連の研究が多いですね。例えば、今使っている透明人間化するエフェクトを開発してみたりとか、あとはロボティクス関連で遠隔ロボットの視覚の伝送などの共同研究にも携わっています。

ご自身の開発したプログラムで透明人間化する床井准教授。デモはこちらのツイートから閲覧可能



――ありがとうございます。直近の研究については後ほど詳しくお願いします。では「Blender」の初学者向けの解説書を執筆された経緯と、それを無償で配布されている意図について教えてください。

[床井氏] そうですね。以前からOpenGLの資料や講義資料をWebに公開していました。当時はWebが牧歌的な時代というか、インターネットが一般的に利用される以前の1994~95年くらいですね。講義資料を印刷するのも手間なので、HTML化してみんなで見ていました。その頃はファイヤーウォールとか、そんなものありませんでしたので(笑)

――そうでしたね(笑)。

[床井氏] 学内のネットワークも外のインターネットも垣根がなかった。講義資料を公開するという意図はなくて、学生に見せるためにWebに置いていただけなんですよ。そのうちインターネットが多く使われるようになって、結果的に一般の方も閲覧できるようになったと。で、引っ込みがつかなくなって、公開できるものは公開してきたわけです。また、大学の講義について知りたいという要望が増えてきて、自分の講義が見られて恥ずかしいものではまずかろうという思いもあって、叩かれる覚悟でやってきたのです。



東日本大震災の影響で意識的に講義資料を公開

――現在は意図して公開されているのですよね?

[床井氏] 実は、東日本大震災がきっかけでしたね。何かできることはないだろうかと自問して、やはり自分ができることは、講義資料を整理して多くの方が閲覧できるようにしておくことだと考えて今は積極的に資料を公開しています。

――それが結果的にコロナ渦の今にマッチしたということでしょうか。

[床井氏]そうですね。Twitterでも書いていますけど、公開した「Blender」の無料解説書は講義用の資料なのですよ。もともとは「Maya」で3DCGの講義をしていまして、学生には簡単な資料を渡して、実習でわからない時には肩越しで指導していました。それがコロナの影響で一切対面できない。すべての講義をオンライン対応する必要がありました。また、学生が所有しているパソコンのスペックは、演習室のそれとはほど遠いわけです。

――なるほど。

[床井氏] ネタみたいな話ですけど、どうしても演習ファイルが実行できないという学生がいまして、いろいろ調べた結果、タブレットPCでした。学生のPCスペックがわからない状況で、「Maya」をインストールして、実習ファイルをダウンロードしてもらうのは無理があるんじゃないかと。そんなわけで「Blender」に切り替えました。それまでの肩越しの指導に代わる資料として、すべての操作をスライドにしようと思いました。

――動画の配布は検討されなかったのですか?

[床井氏] 動画はハードルが高いと考えています。初学者にとって、動画の操作解説中に表示される補足説明を理解するのはレベルが高いですよ。初めて触るソフトでは特に。あの解説書では、これまでの私の考察を全部盛り込みました。学生が次に何をしたらのいいのかを見失わないように、1枚1枚丁寧にスライドで解説したのがコンセプトです。

「Blender」の無料解説書より抜粋


学生はゲーム開発やVTuberを創る用途で「Blender」を使っている

――「Blender」を使う学生の関心に傾向はありますか?

[床井氏] 実は、3DCG制作に「Blender」を使う学生はあまりいません。あの解説書にない工程で、実習を企画するとか、絵コンテを作るとか、SQS(Amazon Simple Queue Service)というほどではないですがパーツリストを組み合わせるといったいろいろなプロセスがあるのです。細かくダメ出しすることも多いので、3DCGは嫌われちゃったのかなと思います(苦笑)。

 まあ、みんなスマートフォンアプリなどを作り出していますね。「Unity」とか「Unreal Engine」を使ったゲーム開発にモデリングのツールとして「Blender」が使われています。あと、VTuberが増えていますね。MMDモデルを読み込んでカスタマイズされているようです。

――床井先生のTwitterアカウントをフォローする方の傾向も変わりましたか?

[床井氏] VTuberのフォローが増えました。フォロワーが3,000→4,600人くらいになったので、VTuberで数百人は増えたと思います。MMDモデルを作ったり、カスタマイズしたりする方は確実に増えていると思います。あとは3Dプリンターの普及も感じます。いろいろなパーツのほか、フィギュアなどを作る人が増えているでしょうね。

 これまで日本では、精細にモデリングできる「Metasequoia」が多く利用されていていたのですが、「Metasequoia」を使っていた方が「Blender」でもモデリングするようになってきたようですね。ゲームコンテンツ、VTuber、3Dプリンターの3つが「Blender」を使う大きな動機になっていると思います。



「Blender」を使いたい人はVtuberを中心に急増

――「Blender」の用途として、ゲームコンテンツ、VTuber、3Dプリンターの割合は感覚としてどれくらいでしょうか。

[床井氏] 学生が「Blender」を使いはじめた5、6年前は、半数以上がゲームコンテンツ用途でした。感覚的には、ゲームが6割、VTuberが3割、3Dプリンターが1割くらいですかね。今は、(ゲーム:VTuber:3Dプリンターが)5:4:1くらい。3Dプリンターで「Blender」を3Dプリンター用途に使う方が、1くらい。年齢層は高めでコアな方々が取り組んでおられます。

VTuberはこの2年で急増しました。若い世代において、YouTubeがプラットフォーム化した中で、1つのカテゴリとしてアニメのVTuberが確立してきたのだと思います。VTuberとマネタイズについての卒業論文が提出されたこともあるくらいです。

――若い世代では、VTuberの需要がゲームコンテンツに近づいていると考えてよろしいですか? また、モデリングそのものの需要はいかがでしょうか。

[床井氏] はい。モデリングの需要は非常に高いです。「Blender」がモデリングツールとして紹介されることがあるのですが……。私の講義でも、後半はムービーの制作などが含まれていて、「それはいらない」なんて言われたりして。TwitterやFacebookなど、私の追いかけている情報の範囲になりますが、「Blender」で1つの作品を完成させるよりも、3Dモデルを作るといった使われ方が多いですね。

――注目されたのは、「Blender」と3Dモデリングのどちらでしょうか?

[床井氏] 3DCGが一般化してきて、ゲームも2Dから3Dへ移り変わりました。ただ、3Dモデリングが注目されても、それをどのように設計するのかという課題があった。「Blender」のおかげで3Dモデリングが身近になったのではないでしょうか。

 3Dモデリングのニーズに対して、「Maya」や「3d studio Max」(現在の「3ds max」)などの専門ソフトは手が出しにくい。プレイステーション(の開発機)「ネットやろうぜ」にバンドルされていた「LightWave」で初めて手を出した人がいたくらい。「六角大王」や「Metasequoia」も3Dモデリングの普及に貢献しましたが、市場規模は小さかった。アウトプットできる機会が少なかったからでしょうね。

 ゲームエンジンが発達して、VTuberが出てきて、3Dプリンターも安くなった。それで、3Dモデリングの必要に迫られた時に「Blender」があった。そういうことじゃないかなと思います。

――5年前と比べて「Blender」を使いたい人は増えていますか?

[床井氏] すごく増えていますね。「Maya」はコマーシャル分野に強いですよね。5年前は、プロのCGクリエイターは「Maya」、素人は「Blender」みたいな言われようでした。ところが、ゲーム開発において「Unreal Engine」と「Blender」との相性がよかった。廉価版の「Maya LT」もありましたが、「Blender」が安定して動作したので、ゲーム開発の1つのツールとしての地位が確立しましたね。もともと業界人ではない、「Maya」が必須ではないような人に「Blender」は刺さったんではないかと思いますね。

 また、学生を見てきて、当時は自分で3Dモデリングするのは30名のクラスで1、2名だったと思います。今は10倍以上です。無償で利用できるのもありますが、周りがみんな使っているのも大きいですね。

――10倍はすごいですね。その中での(ゲーム:VTuber:3Dプリンターが)5:4:1という理解でよろしいですか?

[床井氏] そうなんです。VTuberはホントに多いです。プラットフォームと呼べるまでに浸透したYouTubeにアニメを掛け合わせたのがVTuberだと理解しています。

――決してニッチな分野ではないということですよね?

[床井氏] 学生の間ではニッチな趣味ではありません。テレビで考えて、全体のうちアニメの放送枠くらいのボリュームはあります。多くの学生はYouTubeを閲覧していて、そのうち3分の一以上、半数近くはVTuberを見ています。VTuberのクラブに入るとか、そんな会話も聞こえてきますね。一種のコミュニティでサークルもありますよ。

VTuberのサークル




コロナ渦でも学生はプロジェクトを立ち上げゲームとカップルができた

――VTuberデビューしたなど、学生による面白いエピソードがあれば教えてください。

[床井氏] VTuberデビューは聞かないですね(笑)。本学では協働教育センター「クリエ」という組織を作っております。学生自身がプロジェクトを立ち上げて学習するというカリキュラムで、私はゲーム制作プロジェクト(CGP)の教員を担当しています。もちろんゲームも制作するのですが、ゲーム開発のための仕組みも作ります。

和歌山大学 協働教育センター「クリエ」のゲーム制作プロジェクト

――プロジェクトの立ち上げから学ぶのですね。

[床井氏] その通りです。代表者のプロジェクトリーダーは、企画に適合する人材を集めて、大学にプロジェクト提起と予算要求をしてプロジェクトを進行するという取り組みです。コロナで顔合わせすらできず困っていたのですが、学生は主体的にオンラインでメンバーを集めて、1つのゲームを仕上げたんですね。驚いたのは、メンバー同士で一度も会ったことがないと言うんですよ。

「Slack」や「Discord」などでコミュニケーションして、「Trello」でスケジュール管理もして、一度も対面しないでやりきったんです。もうね、私たちとはまったく違う世代の人たちが集っているんだなと。感動しました。



――まさにデジタルネイティブ。すばらしいですね。

[床井氏] お互いに刺激を受けたこともあると思いますが、ほとんどの学生はオンラインのみでプロジェクトを完結していました。何もかも止まってしまうといった心配をよそに、自分たちで解決していましたね。コロナ渦、オンライン生活が中心であっても、彼らは学生であろうとしたのでしょう。余談ですが、一度も会ったことがないはずなのにカップルが成立していて、それを聞いた上級生が頭を抱えていたなんて話もあります(笑)。


Blenderに必要なパソコンのスペック

――先ほど個人所有のPCスペックがわからないというお話がありましたが、「Blender」の利用に目安はありますか?

[床井氏] 本学の演算室のパソコンのスペックは、CPUがCore i5の8500、GPUはGeForce GT 1030なんですが、Core i3を下回ると具合が悪いですね。「Word」や「Excel」が使えればいいから、Celeronという方もいますが、「Blender」では正直厳しいですね。

――やはりGPUは必須なのでしょうか?

[床井氏] レンダリングが重く感じるのはスペック不足。16GBはメモリ容量が欲しいです。「Blender」には複数のレンダリングエンジンが用意されていて、「Eevee」でのレンタリングはそこそこ速いですけど、「Cycles」でのレンダリングはGPUの使用を推奨します。また、「Unity」や「Unreal Engine」などの利用を考えるならGPUは必要です。
いずれにせよ、GPUなしは厳しいと思いますね。今度、どれくらいの性能が必要なのかベンチマークを測定しようと考えています。


離れた人の「体験」や「感覚」を伝送する研究

――床井先生の研究テーマについて教えてください。また、どのような分野の基礎となるのか、私たちの生活の関わりについてお話しいただけませんでしょうか。

[床井氏] 私の研究の出発点は、CG一般でレンダリングアルゴリズムを利用して絵を描くことなんですけど、2001年の実証実験をお見せしますね。何をしているかというと、画面越しに殴り合いしています。100インチのプロジェクター3枚で囲んでいて、相手が立体的に見えています。

[床井氏] これは、遠隔地にいる人の感覚をどうやって伝えられるかという実験です。ただ、当時はあまり理解してもらえませんでしたね(笑)。私の研究は、CGで映像を送るだけでなくて、どうにかして「体験」や「感覚」を伝送したいと考えていたわけです。

――2001年当時では先進的ですね。ここに映っているモニターはCRTですよね?

[床井氏] プロジェクターもCRT式で暗かったですね。ヘッドセットと手足に磁気式の位置センサーを付けていました。磁気センサーとCRTのプロジェクターが干渉してしまった失敗談もあります。

このような研究を続けていく中で、必要になるのはリアルタイムレンダリング。つまり、リアルタイムで、鮮明な映像をどれだけ生成できるのかが肝となります。

例えば、航空会社が取り組んでいるようなバーチャル旅行とか、病床に伏せっている方が屋外の体験ができるといったことにつながります。私の研究のコンセプトは、遠隔地での体験や感覚を伝送することなのです。



月に送ったロボットから感覚・体験を科学者に伝達する計画

――なるほど。最新の研究はどのようなものでしょうか?

[床井氏] 最近では、もっと遠い遠隔地の感覚を共有できないかということで、JAXAとの共同研究でロボットを月に送る計画を進めています。月で動作するロボットの感覚・体験を地球に伝送するということです。

基礎研究の実証実験の様子がこちら。私が開発したプログラムを使っています。少林寺拳法の組み手で、手前の赤い服の人が、一番奥の人の体験をしています。

VRゴーグル「Oculus」を利用して「体験」を伝送している様子

[床井氏] 2009年に月周回衛星SELENE(かぐや)が月の空洞を発見したことを覚えていますか? 何で空洞が注目されているかというと、月面基地に使えそうなんですね。各国が競い合っている状況です。

月にステーションを建築するのは夢物語ではなくて、産業応用の取り組みとして日本も遅れをとるわけにはいかない。ただ、月に有人飛行するのは難しくて、ロボットを送って調査するのが現実的なわけです。そこでJAXAが考えた感覚・体験を伝送するプログラムを積んだロボット遠隔操作型代理科学者(Experimental Remote-controlled Scientist Agent、ERSA)を送り込むことになります。火星での調査も考えられます。また、宇宙調査以外に災害地などでの応用もききますね。

遠隔操作型代理科学者(ERSA)

――さまざまな分野に応用できるのですね。

[床井氏] 正直な話、体力に自信のない研究者が宇宙飛行の訓練を受けて月に向かうのは難しいですから、プログラムを通じて現地の感覚・体験を伝送できることにメリットがあります。伝送の帯域や遅延の課題はありますが、月特有の情報を取り除いて地球の情報を添加する、例えば月の石を地球に持って帰ってきたらどう見えるのかを再現するということを実現したいのです。


和歌山大学システム工学部メディアデザインメジャーはプロジェクト全体をデザインする人材を育成

――最後に床井先生からのひと言をお願いします。

[床井氏] 端的に学生たちの採用をお願いしたいのですが、企業様に本学部のコンセプトを理解していただけていないような感触があるのでアピールさせてください。

 私たち、システム工学部メディアデザインメジャーでは、プログラミングだけをガリガリするのではないのですね。何をプログラミングするのかを考える、まず企画、それからプログラムの結果として人がどのよう体験を得られるかを追求しているのです。

――問題解決も含まれるということですね。

[床井氏] 全体を俯瞰して作り上げていくこと、問題解決の手段として「デザイン」を活用するわけです。実習でいえば、プロジェクト全体を運用することを含めて「デザイン」となります。

――メディアデザインメジャーの「デザイン」は、ここ最近の「デザイン思考」という意味合いでよろしいですか?

[床井氏] そうです。例えば、あるプロジェクトで、何のプログラミング言語使うのか、適しているミドルウェアは何かを自分たちで考えられるように指導しています。習っていないことを自分で考えられることこそが、本学部の核なのです。

――企画と現場の橋渡しができる人材を育成されているのですね。

[床井氏] 私もCGの黎明期から関わっていて、デザイナーとプログラマーが対立してしまうような状況も知っています。ただ、採用時点でデザイナーとプログラマーが別々に採用されるのが現実。両方やっている本学生がどっち付かずという評価を受けてしまったりして、口惜しいです。

 企画と現場の橋渡しができる人材を養成するのが本学部のミッションです。その両立できる人材を積極的に採用する現場が増えることを願っております。

――企画と現場の調整ができる人材はこれから必要とされますね。この度はありがとうございました。