Book Watch/鷹野凌のデジタル出版最前線
第5回ブロックチェーン技術で出版ビジネスにもさらなる変革が?
2018年3月12日 11:56
一般社団法人日本電子出版協会(JEPA)は1月24日、ホリプランニング代表の堀鉄彦氏を講師に迎え、セミナー“ブロックチェーンは出版ビジネスに何をもたらすか”を開催した。会場は東京都千代田区の株式会社パピレス。約150名収容可能なセミナールームが、ほぼ満席だった。
「ビットコイン(Bitcoin)」に代表される「ブロックチェーン(blockchain:分散型台帳)」技術は、中央集権型プラットフォーム支配からの脱却など、出版ビジネスにも大きな影響を与えることが予測されている。本セミナーではその概要と、さまざまな具体的事例が紹介された。
評価経済と金融革命の波が出版ビジネスにも押し寄せる
Amazon、Google、Facebook、楽天、LINEといった現状のプラットフォームビジネスは、中央にデータベースサーバがあり、ログイン認証による顧客基盤、メディア事業、金融事業、eコマースが連携する形になっている。これが現在の、プラットフォームによるデータ独占時代をもたらしている。
ところが今後、レジなし無人スーパー「Amazon Go」に象徴されるような、100%がデジタル化された Online Merge Offline(OMO)の時代がやってくる。また、ネットにつながる端末数は現在の100億台から、1000億台以上になることが予測されている。そうなってくると、オンライン・オフラインの両方から集まってくる膨大な情報を、中央サーバで制御することが難しくなってくる。このことが、いまのブロックチェーン技術台頭の背景にあるという。
そして今後、個人が保有する遊休資産の貸出を仲介するサービス「シェアリングエコノミー」や、貨幣の代わりにデータ化された信用の蓄積が評価され流通していく「トークンエコノミー」の時代がやってくる。この評価経済と金融革命の波が、出版ビジネスにも押し寄せるのは間違いない、と堀氏。
そもそもブロックチェーンとはなにか?
経済産業省は、2016年に「ブロックチェーン技術を活用したサービスに関する国内外動向調査」を発表している。堀氏はその資料を用いて、ブロックチェーン技術の解説を行った。なお、ビットコインはブロックチェーンの特徴を備えたワンオブゼムなので、ビットコインだけを見ていてはダメだという。
現在の中央集権型プラットフォームは、第三者機関が取引履歴を管理し、信頼性を確保する仕組みだ。それに対しブロックチェーンは、理屈上は中央サーバ不要で信頼性が担保でき、価値の裏付けが存在する仕組みだという。すべての取引履歴が順番にブロックへ格納され、各ブロックが直前のブロックとつながっているため、データの改ざんが極めて困難な仕組みなのだ。
ビットコイン発祥のブロックチェーン技術は、数値だけでなく権利や契約条件などへの用途拡張、アルゴリズム改善などによるブロック生成時間の短縮、参加者の制限といった軸で改変・発展が進められ、金融以外の分野にも活用されるようになった。
ポイント・リワード、資金調達、資産管理といった「お金」に近い領域から、SNSやメッセンジャーといったコミュニケーション、データの保管、所有権や真贋証明などの認証、シェアリング、サプライチェーンやトラッキング管理などの商流管理、ゲームやストリーミングなどのコンテンツ、公共予算の可視化や投票といった公共領域、医療情報、IoT、将来予測などにも用いられている。
このことから、出版ビジネスでもこれまでとは大きく異なるビジネスモデルが、続々登場する可能性があるという。
まるで“カンブリア大爆発”のように多種多様なサービスが誕生
堀氏によると、Initial Coin Offering(ICO)という株式上場に似た資金調達の仕組みも加わったことにより、“カンブリア大爆発”のように多種多様なネットサービスが生まれているのが現状だという。以降は、セミナーで紹介された、出版に直接・間接的にかかわる具体例だ。
Publica
ホワイトペーパー(公開文書)で、既存出版産業の破壊を宣言している出版プラットフォーム。ICOの目標金額は達成しており、今年中にはベータ版がリリースされる予定。ブロックチェーンだと中間搾取のない形が実現できる、としている。作家、イラストレーター、編集者、マーケッター、小売業者など、出版産業にかかわるすべての人が直接つながり、スマートコントラクトによって取引することを想定。印税率は9割を標榜している。読み終わった電子書籍を販売することも可能。
PUBLIQ
フェイクニュース蔓延の原因がPV至上主義にある、という認識に基づき、ブロックチェーン技術によるメディアの新しい形を目指すプロジェクト。フランス発だが、すでに日本でもプロモーションが始まっている。著者が「PUBLIQ」へ記事を投稿すると、API経由であちこちに配信され、読者は投稿記事を無料で読むことができる。共有、お気に入り、フィードバック、広告主、ストレージ提供(シーダー)などの活動は、すべてブロックチェーンに記録される。その記録がエコシステムへの貢献度「PUBLIQスコア」として検証され、トークンによる報酬が投稿者などへ提供される仕組み。
Hubii Network
ALCATELブランドの携帯電話会社、TCLコミュニケーションが運営する分散型コンテンツ市場。テキスト、静止画、オーディオ、ビデオをサポートする。2018年5月にβ版をリリース予定。5,000万人の利用者を抱え、560のコンテンツパブリッシャーをネットワークする。
Telegram Open Network(TON)
2億人近い利用者を抱えるチャットアプリ「Telegram」によるブロックチェーン構想。2018年3月までに数千億円を調達予定。顧客基盤をすでに持っているところは、加速度的にエコシステムを構築できるので強い、という。TON上の仮想通貨(またはトークン)である「GRAM」を発行し、アプリ内送金や少額決済のみならず、分散型アプリやブラウザーも実装予定。「Telegram」は匿名性の高さなどが評価され、急速に利用者を伸ばしているそうだ。
SIRIN LABS
ブロックチェーンを使ったアプリを標準搭載したスマートフォン「Finny」を2018年発売予定。「Ethereum」上で動作する分散アプリケーション(DApp)と、連動するオープンソースのメッセージングプラットフォームと、モバイルブラウザーが開発中。
EXODUS
幻冬舎とCampfireが、クラウドパブリッシング事業を行う共同出資会社の設立を発表。クラウドファンディングの活用、書籍出版の利益を支援者や制作者へ還元する 「利益還元型出版」や、「トークン発行型出版」なども検討していくとのこと。ただし、リリースでは2018年1月に会社を設立予定とのことだったが、本稿執筆時点でも公式サイトに続報はない。
CLAP
世界中のクリエイターとファンをつなぐための暗号通貨。開発は日本のスタートアップ企業ONOKUWA。ABBALab、幻冬舎、DMM.com、nana musicがパートナーとして参画している。ファンの共感を可視化し、コミュニティの中の信頼を流通させる、リアルマネーと連携しないトークンエコノミー。
Steemit
ソーシャルメディアへ投稿した記事の評価で報酬が決まるインセンティブシステムを、ブロックチェーン技術で提供。記事投稿、投票、キュレーション、電力提供などによってデジタルトークンを獲得できる。ただし、友だちの評価は加味しないようなアルゴリズムが組み込まれているとのこと。
ALIS
ブロックチェーン技術を使い「信頼できる記事」が評価される仕組みを目指したソーシャルメディア。堀氏によると、日本で最初のICO成功例とのこと。単純に「いいね!」の数だけでない、評価システムアルゴリズムを導入している。2018年4月下旬にクローズドベータが公開予定。
DECENT
購入、利用などをブロックチェーン技術で管理するコンテンツ配信サービス。デジタルだが「貸出」や「1点もの流通」が可能になっており、違法複製ができない仕組み。
Flixxo
「BitTorrent」+ブロックチェーンの、分散型ビデオ配信ネットワーク。コンテンツ制作者、視聴者、広告主が直接つながり、費用はトークンで支払われる。ネットにつながったパソコンの「CPUを貸す」とか「ストレージを貸す」といった、ノードの提供にもインセンティブがある。データ配信のサーバ負荷分散が図れるため、CDN(コンテンツデリバリネットワーク)サービスが代替される可能性がある。電子書店にも応用できそうだ。
GLOBEX SCI
学術論文の管理ネットワーク。だれが最初にどういう論文を書いたかが、ブロックチェーン技術によって改ざんされない形で残るというコンセプト。堀氏によると残念ながら、いまのところあまりうまく進んでいないようだ。ただ、こういう形のモデルで、公共機関がノードとして加わる、という発想が出てくるかもしれないという。
Experty.io
分散型のコンサルティング・プラットフォーム。ニュース共有サービス「NewsPicks」や、Q&Aサイト「OKWAVE」のようなサービスを、分散型システムで提供する。
CFun
二次元文化にフォーカスしたプラットフォーム。クリエイティブのプロジェクトごとにトークンを発行する、作品制作協業システム。著作権をブロックチェーン技術で記録し、作品の市場価値を予測、奨励金をコンテンツコミュニティへ提供する。数年以内に日本や韓国でも展開予定。ホワイトペーパーは、日本語のマンガ版も用意されている。
ブロックチェーン技術の進化はまだまだ続いている
メディアビジネス周辺のブロックチェーンビジネスは、ここまで紹介してきた以外にも多数あると堀氏。また、ブロックチェーン技術進化はまだまだ続いており、既存のビジネススキームを置き換え大きな変化をもたらす可能性がある。
たとえば、セガゲームスが運営するマーケティング支援サービス「Noah Pass」の広告メニューである「Bridge」は、ゲームアプリ間でユーザーを無料で送集客できる仕組み。これはいまのところブロックチェーンではないが、送客実績は「Noahポイント」に置き換えて管理されており、大幅な広告経費削減を実現している。
堀氏によると、こういったポイント交換プラットフォームは、ブロックチェーン技術で置き換えると他にも展開しやすくなるという。電子書店同士は競合が発生するから難しいかもしれないが、作家や出版社同士の相互送客システムなら可能かもしれない、と堀氏。
また、発売前の本のゲラを読んでレビューを投稿できる「NetGalley」のようなサービスであれば、そのコミュニティ中でトークンを流通させることによって、本の評価やレビュー投稿への意欲が増し、コミュニティのさらなる活性化が図れるかもしれない、という。出版ビジネスでも今後、さまざまな形で活用されることになるのは間違いないだろう。
ただ、堀氏はブロックチェーンの現状について調べていると『日本語でしゃべっている限り豊かになれない』という思いが募ってくるという。鎖国の世界でブロックチェーンをどうやって回せばいいというのか、このままでは日本語コンテンツの価値が下がっていくいっぽうだ、と警鐘を鳴らした。
また、ICO規制の現状についても触れた。昨年末、仮想通貨管理事業者協会が、原則としてトークン発行時点において資金決済法上の仮想通貨に該当するものとして扱うことが適当であると、注意喚起を行っている。なお、ブロックチェーンの関係者は、自分のところの仮想通貨へ誘導しようとポジショントークを語るケースが多いので、人を見極める目を持つことも重要とのことだ。
鷹野 凌
フリーライターでブロガー。NPO法人日本独立作家同盟 理事長。実践女子短期大学でデジタル出版論とデジタル出版演習を担当。明星大学でデジタル編集論を担当。主な著書は『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。