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Adobeの新フォント「貂明朝(てんみんちょう)」発表会レポート ~同社オリジナルの“可愛くも妖しい明朝”
日本の伝統的な手書き文字の特徴をもちながら一般的な明朝体とも融合する
2017年11月30日 06:45
アドビは28日、クリエイター向けイベント「Adobe MAX Japan 2017」の中で、同社オリジナルの新しい日本語フォント「貂明朝(てんみんちょう)」を発表した。ここでは同イベントの会期中に記者向けに別途行われた、貂明朝および“Typekitビジュアルサーチ”の発表会の模様をレポートする。
日本の伝統的な手書き文字の特徴をもったオリジナル明朝体。Typekitから利用可能
発表会ではまず、アドビシステムズ(株)研究開発本部 日本語タイポグラフィ シニアマネージャーの山本太郎氏が登壇。新フォント「貂明朝」の紹介を行った。
同氏はまず、Creative Cloudの有料メンバー向けに用意された同社のフォントサービス“Typekit”について紹介。好きなフォントをいつでもどこでも使えるようにするというコンセプトのサービスTypekitは、当初は欧文フォントを中心に展開していたが、ここ2~3年で日本語フォントも充実。特に今年は74書体が追加になり、日本語での利用環境が充実の一途を辿っているとアピールした。
このTypekitの書体ライブラリに新たに追加されたのが、今回新しく発表された同社オリジナルのフォント「貂明朝」(てんみんちょう)だ。これは日本の伝統的な手書き文字の特徴をもったフォントであり、かつ一般的な明朝体とも融合していることから、同氏は『非常にユニークでオリジナリティの高い書体』と自ら評価。用途については『基本的にディスプレイ用として提供しているが、さまざまな用途でお試しいただきたい』とした。
この「貂明朝」には欧文文字も含まれるが、従来の日本語フォントよりも幅広い字体が含まれていることから、従来の日本語フォントに比べて欧文での使い勝手も向上している。ちなみにこの欧文フォントは「Ten Oldstyle」という単体のフォントとしてもリリースされており、こちらもTypekitで利用できる。
同氏はこうした「貂明朝」の特徴を紹介したのち、TypekitのWebページが今回の「貂明朝」リリースにあたってリニューアルされたことに触れ、日本語でも扱いやすくなった“Typekitビジュアルサーチ”をぜひ試してみてほしいとアピールした。
「貂明朝」のデザインコンセプトは“可愛い”
山本氏に続いて、「貂明朝」のデザイナーである同社Typekit 日本語タイポグラフィ チーフタイプデザイナーの西塚涼子氏が登壇。「貂明朝」のデザインコンセプトを紹介した。
「貂明朝」のコンセプトは“可愛くて妖しい”だという。具体的には“鳥獣戯画”や“画図百鬼夜行”のような、日本の伝統的なイメージが入り混じっているフォントを目指したとのこと。筆の蛇行するような動き、江戸の瓦版などにあるようなかわいらしさにもインスパイアされ、伝統的なフォルムをベースに丸みを加えることによって、“可愛い”明朝体の完成に至ったと同氏は説明する。
デザインの特徴として、通常の明朝体のコントラストを抑え、先端の丸みを加えることで、横太明朝のような効果も備えている。それにより、暗い背景での可読性も向上したとのことだ。
もっとも、当初は“可愛さ”の定義が明確でなく、デザインが迷走したこともあったという。明朝体はバランスを崩すと単に下手なだけの明朝になってしまうというジレンマがあり、一時期は明朝に“可愛さ”をもたせることは不可能ではないかと悩んだ時期もあったと、同氏は述懐する。
そこでもういちど当初のコンセプトに立ち返り、うねりと太さ、丸みを加えることで品位を損なうことなく、キュートさの中にも伝統的な明朝体のフォルムを感じるデザインに仕上げることができたという。“可愛い”というコンセプトについて、当初は社内でも首をひねられることがあったものの、半年以上かけてフォルムを固めていくことで、徐々に可愛いと評価されるようになったのだそうだ。
欧文フォントとの親和性の高さも特徴
では「貂明朝」にはどのような特徴があるのだろうか。フォントのデザインとしては、横太明朝に近いコントラストだが、そんな中で、“い”のようにうねりをもたせたり、“の”のように頭を大きくすることによって、単に“可愛い”だけではない昔の伝統的な明朝体のイメージをもたせているほか、上品さを出すために“ん”のように長さをもたせ、明朝らしい安定感を出すなどの工夫もしているという。
漢字については、一文字だけでどのように“可愛さ”を表現するか苦心したという。1,000文字以上を作成したところで一からやり直したこともあったそうで、同氏曰く『難易度はかなよりも漢字のほうが高かった』とのことだ。
その中でも同氏がこだわったのは、“授”という漢字における“ツ”の部分のような、漢字に含まれる“点”の部分。ここを短くするとともに横幅をもたせ、さらにはらいを深く長くすることで寸足らずなイメージになることを回避するなど、“短く”と“長く”のバランスの調整に時間を要したと、その苦労について述べた。
さらにリリースの直前になって、フォントの天地を2%縮め、わずかに扁平にすることを決断。これにより、横に組んだ場合はもちろん、縦に組んだ場合は上下に合計4%の空きが出ることから、「貂明朝」ならではの空気感が出せるようになったと、その効果に自信を見せた。
一方、米国本社のフォントデザイナー、ロバート・スリムバック氏とのコラボレーションによる欧文フォントについては、欧文のテイストを完全に合わせるわけではなく、かなのはらいなどに見られる、先端の丸みを欧文フォントにも取り入れるなどの調整を実施。また記号類や“?”などの約物類を日本に合わせるなどの調整も行い、親和性を高めている。
また「貂明朝」はかなり線が太めであるため、「貂明朝」で組んだ日本語に欧文が挟まると細く見えてしまうことから、扁平でゆったりとしたデザインに合わせるべく、横幅をもたせたデザインを採用。そのため実際に組むと『かなり横に広がる』とのこと。
さらに全角フォントを作る場合、通常はプロポーショナルを変形させることが多いが、日本では漢字と漢字の間に日付が入るなど欧文を扱う用途が広く、欧文のデザインを壊してしまいがちだ。それゆえ今回の「貂明朝」ではプロポーショナルと全角を同じデザインでもたせており、詰めデータを利用することで全角でも同じ見え方になるとのこと。さらにイタリックについては、「InDesign」などOpenTypeフォント対応のソフトでなくても使えるよう、RegularとItalicの2書体を用意した。
この「貂明朝」は同日(28日)からTypekitでダウンロードが可能となっている。同氏は『ぜひ皆さんのデザインワークにこの「貂明朝」を加えていただければと思います』とし、発表を締めくくった。