生成AIストリーム
障害者と生成AI+メタバースの最前線には「価値しかなかった」~ワークショップ体験記
2025年2月13日 15:13
皆さん、こんにちは! AIとメタバースの世界を探求している、しらいはかせです。生成AIストリーム、今回は特別編! 神奈川県が推進する「ともに生きる社会」の実現に向けたプロジェクト「ともいきメタバース」での、障害者と生成AI+メタバースの最前線を詳しくお伝えします。
「ともいきメタバース」は、障がい者の社会参加の機会を増やすことを目的として、障がいのある方を対象に、アバター作成やデジタルイラストの作り方を学ぶ講習会を開催しています。
- ⇨ともいきメタバース - 神奈川県ホームページ
- https://www.pref.kanagawa.jp/docs/m8u/cnt/meta.html
障害のある方々が、生成AIやメタバースといった最新テクノロジーを活用して、自由に表現し、社会とつながることを目指すプロジェクトとも表現できます。
筆者は2023年からこのプロジェクトに参加して講師を務めさせていただきました。正直なところ、最初は不安もありました。「AIやメタバースなんて、専門知識がないと難しいんじゃないか?」「障害のある方々に、どうやって技術を伝えればいいんだろう?」……。
でも、そんな不安は、ワークショップが始まってすぐに、感動と驚きに変わりました。
そして、現在、メタバース内でイベントが実施されています!
- ⇨障がい者とつくった!メタバース展覧会「かながわ"ともいきアート”ワールド2025」2/19まで開催中 #ともに生きる
- https://note.com/o_ob/n/nac84f7a8af4e
神奈川県は、共生社会の実現を目指し、メタバース展覧会「かながわ“ともいきアート”ワールド2025」を2025年2月5日~19日に開催しています。
この展覧会では、障がいのある方が制作した「ともいきアート」作品や、アバター制作などを学ぶ「ともいきメタバース講習会」の成果が、スマートフォンアプリ「REALITY」内の仮想空間で展示されます。
かながわ“ともいきアート”ワールド2025
— ともに生きる社会かながわ憲章【公式】 (@tomoikitaro)February 6, 2025
ワールド内には、デジタルハリウッド大学大学院白井特任教授が、県内の障がい者施設で実施した「ともいきメタバース講習会」で制作した作品も展示しています!
しらいはかせと一緒にパシャリ📷#ともに生きる#REALITYpic.twitter.com/b2cRitHOyv
ワークショップで「窓」を開いたツールたち
まずは、ワークショップで使用した主なツールを紹介しましょう。
REALITY(メタバースプラットフォーム)
- 概要:
「REALITY」は「顔出しナシのライブ配信」ができるアプリです。スマートフォンで、かわいいアバターを使って仮想空間でのコミュニケーションを楽しめるプラットフォームです。ユーザーは、自分の分身となるアバターを作成し、自由に動き回ったり、世界中の他のユーザーと交流したりできます。 - 入手方法:
スマートフォンの場合は、iOSのApp StoreやAndroidのGoogle Playで『REALITY』と検索してアプリをインストールします。 - ワークショップでの活用:
今回のワークショップでは、「REALITY」を、参加者同士のコミュニケーションの場、そして、作品発表の場として活用しました。アバターを使うことで、外見や身体的な特徴にとらわれず、誰もが対等な立場で交流できるのが、「REALITY」の大きな魅力です。
IbisPaint(お絵かきアプリ)
- 概要:
「IbisPaint」は、スマートフォンやタブレットで本格的なイラストや漫画を制作できる、高機能なお絵かきアプリです。豊富なブラシやフィルター、レイヤー機能など、プロのクリエイターも使うほどの機能を備えています。 - 入手方法:
App StoreやGoogle Playで『アイビスペイント』と検索してインストールします。無料版と有料版がありますが、無料版「アイビスペイントX」でも広告を見ることでブラシを追加できるなど多彩な機能が使えます。
またPC版はWindows ストアでも入手できます。 - ワークショップでの活用:
今回のワークショップでは、「IbisPaint」を、主に『アバターカード』と漫画の制作に活用しました。参加者の皆さんは、「REALITY」で作ったアバターのスクリーンショットを撮影します。簡単そうに見えますが、これは結構奥深く、顔の表情を作りつつ、ポージングを起動し、スマホのスクリーンショットを行います。もちろん細かい作業に不自由がある方はお手伝いいたしました。『顔の表情をつくる』と簡単に言っても普段からやっていることではありませんので、みなさんいっしょにストレッチをしたり、顔の表情をつくる練習などもあわせて行っています。
「IbisPaint」を使って、自分のアバターに加筆したり、名前や性格や趣味特技を文字ツールを使って設定していきます。レイヤーの概念がちょっと難しいですが、テンプレートも用意してありますので、1時間ほどの作業で完成です。
最後に キヤノンのミニフォトプリンターiNSPiCを使ってその場で印刷してお渡ししました。アバターカードは『世界に一つだけのレアカード』でもあります。そうなんです、世界中全ての人達の『個性』をカードゲーム風に表現した作品ともいえます。【REALITYアバターカードの制作工程】REALITYアバターカードともいきロゴなし版
StableDiffusion(画像生成AI)
- 概要:
「Stable Diffusion」は、テキストで指示を出すだけで、高品質な画像を生成できるAIです。例えば、「夕焼けの海に浮かぶヨット」と入力すれば、その情景に合った画像を生成してくれます。 - ワークショップでの活用:
今回のワークショップでは、主にAWS(アマゾンウェブサービス)ジャパンが開発する「Generative AI Use Cases JP(GenU)」という、全部入りAIツールを使用しました。「GenU」は、AWSが運営するオープンソースのプロジェクトで、すぐに業務活用できるビジネスユースケース集付きの安全な生成AIアプリ実装です。
公共の講習会として実施するうえで、「Stable Diffusion」の商用ライセンスや利用者の費用負担や登録といった要素を解決するうえで、研究に研究を重ねて、こちらを利用しています。講習会で利用したiPadでも完璧な動作で、さらに日本語だけでも画像生成が利用できるのも良い点です。
なお、「GenU」には画像生成だけでなく、多様な言語系AIも含まれています。「Claude 3.5」などのAWSが提携しているモデルをAWS Bedrock経由で利用します。サンプル集も充実していますが、さらに「ビルダーモード」で独自の業務活用もできそうです。
詳しい構築方法は、AICUマガジン Vol.7「AWSで作る!社内生成AI」をご参照ください。
ワークショップの流れ
3回にわたって実施するワークショップの初日は、「REALITY」と「IbisPaint」を使ってアバターカードでキャラクター設計を行い、日々の出来事を漫画にするためのステップとしました。
以降、ワークショップでは、参加者の皆さんに、GenUの「Stable Diffusion XL」による画像生成を使って、自分のイメージする背景画像やキャラクターを生成してもらいました。『こんな絵が描きたいけど、絵心がないから……』と諦めていた方も、短い時間で自由に著作権や肖像権に問題がない画像を表現できることに、とても感動していました。
長年養護学校の美術の先生を担当されていたスタッフの方からも「これは障害の現場に長年求められていたものだね…」と非常に好意的に受け入れていただきました。
講習会のテキストから一部引用して紹介します。障害者向けだけでなく、学校教育などでも活用できると思います。
「できない」が「できる」に変わる、「やってみたい」に変わる
以上のように、講習会参加者の皆さんには、まず「REALITY」で自分のアバターを作ってもらいました。最初は、『難しそう……』と戸惑っていた方もいましたが、操作に慣れるにつれて、どんどん個性的なアバターが生まれていきました。次に、「IbisPaint」を使って、自分のアバターをつかってアバターカードを制作してもらいました。さらに、「IbisPaint」を使って漫画を作り、背景画像は「Stable Diffusion」を使って、イメージ画像を生成する方法を紹介しました。すると、『こんな絵が描きたかった!』と、皆さん、目を輝かせていました。そして、最も盛り上がったのが、漫画制作です。参加者の皆さんに、自分の日々の出来事や、将来の夢などをテーマに、自由に漫画を描いてもらいました。アメリカをバイクで旅行中に事故に会い、後天的に四肢麻痺となった男性(たろさん)は、REALITYと「IbisPaint」、そして「Stable Diffusion」を駆使して、初めて(!)AIを使った漫画を完成させました。
この講習会はまず最初に2024年9月13日、20日、27日に認定NPO法人横浜移動サービス協議会 就労継続支援B型事業所IKIIKIカンパニー(横浜市中区)で実施しました。3回にわたって、他の障害福祉の現場で利用できるかどうか?を検証するためにお付き合いいただいた形です。
IKIIKIカンパニーの理事長も務める たろさん は、2023年からこの講習会に参加しており、世界で初めて、画像生成AIとメタバースを使って『戸塚でいつも感じていること』を表現した人物です。今回は、さらに多くの人々にこの活動が伝わるプロデューサーとしても活躍しており、とても嬉しそうでした。
この活動では「令和6年度ともいきメタバース講習会(出張型)」として、就労継続支援B型事業所の他にも、以下のような、神奈川県内5箇所の福祉サービス事業所において実施しています。
- NPO法人foryourSMILE 放課後等デイサービスてらこや(横浜市青葉区)
- (株)ココルポート 自立訓練(生活訓練) CocorportCollege 横浜キャンパス(横浜市西区)
- 社会福祉法人 横浜市社会事業協会 障害者支援施設 よこはまリバーサイド泉(横浜市泉区)
- ウェルビー平塚駅北口センター(平塚市)
- ⇨ともいきメタバース講習会 - 神奈川県ホームページ
- https://www.pref.kanagawa.jp/docs/m8u/meta_koshukai.html
生まれつきの難病や障害を持った子どもたちや20代、30代、そして仕事を通して障害を負った方々、40年以上の歴史を持つ障害者福祉施設のデイサービスなど多様な現場で実施を行いました。
元気ハツラツに会話できる方々もいらっしゃる一方で、あまり言葉を発しない(発することができない)方もいましたし、あまりコミュニケーションが得意でない方も多くいたと感じています。福祉サービスに関わる慣れたスタッフさんとは会話ができても、私のように一期一会の人物と『どう接していいか』という戸惑いもあったかと思います(最初は、そんなことにも気付けない自分がいました)。皆さんがREALITYをつかって、自分で作ったアバターで、顔認識を使って、顔の筋肉を頑張って動かして『表情が変わった!』、『これは自分だ!』と認知し、『もっとこういうアバターにしたい』と工夫しはじめて笑ったり、色んな表情が見れたという流れです。こういう感情やクオリティ・オブ・ライフに関わる定性的なフィールドワーク成果を短期間に得られたことも大きな収穫だったと感じています。
自由に表情を作れない、より重度の障害の参加者の皆さんも、自分からタブレットに向かい、Apple Pencilを握り、ひたすら画面を擦り付ける姿や、REALITYのアバターを『自分である』と認識している様子をみることで、少しずつ、心を開いてくれたように感じました。大変だけれども達成感があり、『私も印刷してアバターカードを持って帰りたい!』という気持ちをほとんどすべての方がもっていたと感じています。ワークショップが終わってから、送迎バスなどで忙しく働く施設のスタッフの皆さんに『いつもと違う』、『表情が変わった』といったフィードバックをいただいた時、私は言葉にならない感想をいだきました。
「やったことない」を「じぶんでやってみたい」に変える、価値しかない講習会
ITツールの導入支援は、どうしても道具中心になってしまいがちです。スマートフォンやタブレットはその価値や使いこなしをサポートできる人材もこの分野には少なく、高価なこともあり、障害者福祉の現場にとって、とても遠いDXだったりもします。
でも振り返ってみると、クリエイティブな講習会をセットにすることで『やったことない』を『じぶんでやってみたい』という『楽しい作業』に変える、 価値しかない講習会 でした。
ぜひとも、もっといろいろな自治体や事業者さんに広がってほしいと思います。
他にも素敵な出会いもありました。ゆりニャーさんは先天性ミオパチーという筋肉の難病(指定難病111)です。遺伝性で生まれつき、筋肉が弱く、生まれてすぐに気管切開をし、人工呼吸器で、ストレッチャー(ベッド)の上で過ごしている12歳です。昨年、講習会に参加し、REALITYとIbis Paintを使った漫画制作を教えました。
作品はApple Pencil 1本だけで描いてます。
その後もずっと漫画を作ってくれています。「IbisPaint」の描く過程を録画する機能で動画を投稿しています。
もうすぐバレンタインデー🩷
— ゆりニャー (@ayakoyurina)February 8, 2024
マンガの描き方を教えてくれた白井はかせ@o_ob🐰登場のマンガ描いたよ
ハッピーバレンタイン🩷#ともいきメタバース#ともいきアートワールドpic.twitter.com/CFvFIbCj6l
最近は、メタバースのなかに友達もたくさんいて、走り回ったり、歌ったりしています。NHKの番組でも特集されていました。
ピアノも弾けます!
【#だれでも第九】
— ヤマハ(音・音楽) | Yamaha Music Japan (@YamahaMusic_Jp)April 30, 2024
2023年12月に開催したコンサートを紹介するムービーが、
第61回ギャラクシー賞CM部門に入賞しました。
入賞したムービーはこちら↓https://t.co/85y3fJSjNy#ギャラクシー賞 #ヤマハpic.twitter.com/VLxp0f5Mkf
視線入力によるゲームで対戦したこともあるのですが、ものすごい高いスキルで、誰も勝てませんでした…!
- ⇨ともいきメタバース2024番外編 - EyeMoT研究!ともに生きる視線入力体験会 #ともに生きる|しらいはかせ(AI研究/Hacker作家)
- https://note.com/o_ob/n/nf02e68fcda5e
最近は、ドローンの操作にも挑戦しているようです。
ゆりニャーさんは、難病児のアイドルみたいな存在です。もちろん親御さんのご協力もあってのことですが、このような挑戦する活動は多くの人に勇気を届けます。世界中にこのような難病・障害者の挑戦する活動の輪が広がってほしいと思います。
視線入力訓練ゲーム「EyeMoT」の開発者である島根大学・伊藤史人先生とともに参加した勉強会で出会った呼吸器生活向上Project・みめさんは、このイベントの数週間後に急逝されました。
あまりに一期一会であることに私自身、衝撃がありましたが、当事者、ご家族、障害者福祉の現場にいらっしゃる方々は、もっとつらい日々を過ごしていらっしゃる方々も多いと想像します。
メタバースやゲームはエンタメでしかない、でも、その価値を作り続けて、世間に発信し続けていくことを誓い直した1年でした。
- ⇨「障害の当事者」とのお別れと、永遠。 #ともに生きる
- https://note.com/o_ob/n/nb20354bff1cf
メタバースが、心のバリアを溶かす
今回のワークショップを通じて、私は、メタバースの可能性を改めて実感しました。現実の世界では、障害のある方と接する機会が少なかったり、どうコミュニケーションを取ればいいのかわからなかったり、という方も多いかもしれません。でも、メタバースなら、アバターを通じて、誰もが対等な立場で交流できます。外見や身体的な制約は関係ありません。そこにあるのは、純粋な『心』と『心』の触れ合いです。参加者の皆さんは、iPadで動くREALITYを『窓』として、社会とのつながりとしての『自分の姿』を自由にデザインし、自由に動き回り、「IbisPaint」やGenUを使って自分の作品を発表しました。そこには、現実の世界では感じにくい、一体感と、温かい空気が流れていました。
「ともに生きる」とは何か?を、問いかける
『ともに生きる社会』とは、障害の有無に関わらず、誰もが互いを尊重し、支え合いながら生きていく社会です。神奈川県は、『ともに生きる社会かながわ憲章』を掲げ、様々な取り組みを進めています。「ともいきメタバース」は、その理念を、デジタルの世界で実現しようとする試みです。2025年2月19日まで、REALITY上に「かながわ“ともいきアート”ワールド2025」が公開されています。ここでは、障害のある方々が制作したアート作品や、日々の活動を紹介するブースが展示されています。ぜひ、この機会に、「ともいきメタバース」の世界に触れて、彼らの表現や、思いを感じてみてください。
2/14(金)13:30~ REALITY内でイベント開催!
そして、2025年2月14日(金)13:30からは、「かながわ“ともいきアート”ワールド2025」内で、スペシャルイベントが開催されます! 筆者自身も出演しますし、ワークショップに参加してくださった「IKIIKIカンパニー」の方々もゲストに迎えて、制作秘話や、作品に込められた思いを語り合います。
どんなお話が聞けるのか、今から楽しみです。イベントへの参加は、13:25から可能です。ぜひ、REALITYで私たちと一緒に、「ともいきメタバース」の世界を体験しましょう!
最後に
今回のワークショップを通じて、私は、障害のある方々が持つ、無限の可能性を確信しました。生成AIとメタバースは、その可能性を解き放つ、強力なツールです。
「ともいきメタバース」での取り組みは、まだ始まったばかりです。でも、ここには、確かに『価値』がありました。人と人とがつながり、新しい表現が生まれ、社会が変わっていく……そんな希望に満ちた『価値』です。
参加者の皆さんの笑顔、そして、彼らが作り出した素晴らしい作品の数々……。それらは、私にとって、何物にも代えがたい宝物です。
これからも、私は、AIとメタバースの力で、『ともに生きる社会』の実現に貢献していきたいと思っています。そして、今回の体験を、多くの方々に伝えていくことが、私の使命だと感じています。
「ともいきメタバース」に関するお問い合わせは神奈川県福祉子どもみらい局共生推進本部室へどうぞ。