開発者と読み解くAIの世界

Physical AI時代に日本が勝つための戦略 ~なぜ「選択と集中」が不可欠なのか

日米中の比較から見えてきた、日本のPhysical AI領域における勝ち筋

 本コーナー「開発者と読み解くAIの世界」では、AIアプリ開発に携わるエンジニアより寄稿いただき、開発者目線でみる生成AIの面白さや活用法、開発現場のリアルをお伝えします。

 NVIDIAのジェンスン・ファンCEOがCES 2025で提唱した「Physical AI」という概念が、いま世界のテクノロジー業界を揺るがしています。

 「Physical AI」とは、センサーで知覚し、基盤モデルで推論・計画し、アクチュエーターで行動するAIのこと。従来のソフトウェアに閉じたAIとは異なり、物理世界で実際に「動く」ことができるAI――それがPhysical AIです。ChatGPTに代表される生成AIの次のフロンティアとして、世界中の企業と国家が巨額の投資を進めています。

 筆者はAlgomatic RoboticsのCEOとして、CES 2026の現地視察を含め、グローバルなPhysical AI動向を追ってきました。国内の事業開発・研究開発の関係者や政策立案者と対話する中で、「どこに投資すべきか」「どの領域で攻めるべきか」の意思決定に必要な一次情報が圧倒的に不足していると痛感しています。本稿では、日米中の比較を通じて、日本がこの領域でどう戦うべきかを論じます。

ヒューマノイド開発競争の加速

 2024年から2025年にかけて、世界中でヒューマノイドロボットの開発が一気に加速しました。

 1X Technologies「NEO」、Agility Robotics「Digit」、Boston Dynamics「Atlas(電動)」、Figure「Figure 03」、Tesla「Optimus」、中国のUnitree「G1」やXPENG「Iron」など、数年のうちに十数体以上のヒューマノイドが発表されています。二足歩行型だけでなく、上半身にロボットアーム、下半身にホイールを搭載した「セミヒューマノイド」も台頭しており、形態の多様化も進んでいます。

 なぜ「人型」なのか。理由は3つあります。

 第一に、手の身体性によって多様なタスクを一つのデバイスで汎用的にこなせること。第二に、人間が利用する既存の設備やインフラをそのまま活用できること。第三に、人間の動作データを学習に転用しやすく、データ収集の効率が高いことです。

日米中のPhysical AI動向

 各国の戦略は大きく異なります。

 アメリカは「America's AI Action Plan」において、Physical AIを国の経済競争力と安全保障を左右する重要領域と明記し、世界をリードするAI研究開発力と豊富なスタートアップエコシステムを強みとしています。

 中国は「新世代AI発展計画」等でAIと実体経済の融合を推進し、豊富なデータと巨大市場、国家主導の迅速な社会実装力が強みです。

 対して、日本はどうか。

 高市首相がPhysical AIを国の産業競争力と国際的地位を左右する重要領域と発言し「AIロボティクス検討会」が具体的な戦略を提示しています。日本の強みは産業用ロボットの精度と、擦り合わせ文化による高品質の製造プロセスにあります。一方、Physical AIの国家戦略は出遅れ、予算も不足しており、AIとハードウェアの両方ができる人材が圧倒的に足りていません。

 レイヤー別に見ると、OS/Platform(頭脳)はアメリカがデファクトを掌握し、中国が低コスト基盤モデルで追随しています。その一方で、日本は存在感が薄い。Chip(心臓部)では製造装置や素材で世界に貢献し、ハードウェア(身体)では高品質なコンポーネントに強みがあるとは言えます。

日本が今やるべきこと、やるべきでないこと

 では、日本は何に注力すべきか。

 まず、基盤モデル領域は「今、国を挙げて優先すべきテーマではない」と筆者は考えています。国産の基盤モデルが実際のプロダクトで広く使われていないことが何よりも大きなファクトです。もちろん、十分な資本力を持つ企業が自社の戦略として基盤モデル開発に取り組むことには意義があります。しかし、限られた予算をオープンイノベーション的に細かく分散させ、多数のプレイヤーで少しずつ進めるようなやり方では、米中の巨大投資に太刀打ちできません。むしろ、追加学習やファインチューニングで差をつけ、日本にホスティングできる環境を整える方が現実的です。

 それなら、日本はどこに張るべきか。

 答えは「高精度で繊細な産業領域」です。具体的には、医療・介護、製造業作業、料理・調理といった、ポリシーベース(Physical AI)かつ高精度が求められる領域。ここは、許容度が高く大規模な物流・配送・建設・農作業にフォーカスするアメリカや、清掃・設備点検で低コストを武器にする中国とは異なる、日本独自の勝ち筋です。

勝ち筋の鍵:同期技術とドメイン知識

 Physical AIを支える要素技術は多岐にわたりますが、筆者が特に注目しているのが、ソフトウェア層(AI推論)とハードウェア層(制御系)を繋ぐ「同期レイヤー」です。

 AI側が低い周期で行動指令を生成する一方、ハードウェアの制御系はより高い周期で動作する。この両者の間をモーション補間や制御指令変換で滑らかに橋渡しする「同期レイヤー」が、ロボットの動作品質を大きく左右します。同期が不十分だと動きはぎこちなくなり、高精度な同期があれば滑らかで繊細な動作が可能になります。

 この領域は、ソフトとハードの擦り合わせを得意とする日本のものづくり文化が強みを発揮しやすいところです。ハードウェア側でも、従来の高減速比モーターに代わるQDD(準直接駆動)アクチュエーターが注目されており、応答速度とバックドライバビリティの両立が求められています。

 しかし、同期技術だけでは中国に勝てません。

 だからこそ、日本の現場にしかない擦り合わせ的なドメイン知識と、高品質なデータ収集で差をつける必要があります。具体的には、工場の作業動画からドメイン知識を形式知化し、マルチモーダルなデータセットを構築する取り組みが重要です。視覚だけでなく触覚データも学習させ、繊細なマニピュレーションを目指すマルチモーダルセンシングの流れが加速しています。

産業を超えた可能性:体験×AI×ロボット

 産業用途以外にも、日本が勝てる領域があります。それは「体験×AI×ロボット」です。

 日本のIP・ブランド・文化という国内資産、精密制御技術、おもてなし・UXの体験設計力――この3つの融合が、キャラクターロボットや高精度サービスロボットという新たな価値を生み出します。AI Toy市場は、2024年の5,000億円から、2033年には1.6兆円に成長すると予測されており、日本の文化と技術が融合した新しい価値領域として有望です。

一点突破で勝ち切る戦いを

 率直に言って、日本には全方位で戦えるだけの予算がありません。ワーストシナリオは、リソースが分散し、日本が強みを持つはずの産業領域まで衰退することです。

 だからこそ、サプライチェーンと勝てる産業への集中投資が不可欠です。高精度で繊細な産業領域に特化し、ソフトウェアとハードウェアのシームレスな連携技術(神経)を磨き、日本の現場にしかない擦り合わせ的なドメイン知識とデータ収集で差をつける。Physical AI時代における日本の戦い方は「一点突破で勝ち切る」――これに尽きると筆者は確信しています。

著者プロフィール:南里 勇気

 株式会社Algomatic 取締役CTO/Algomatic RoboticsカンパニーCEO。AIロボティクス事業責任者としてAIロボットの開発に従事する。150億円超を調達したスタートアップに創業初期から参画し、IoTを活用した多岐の新規事業にソフトウェアエンジニアとして携わる。東京大学田中研究室の学術専門職員。M&A経験あり。

・株式会社Algomatic:https://algomatic.jp/

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