柳谷智宣のAI ウォッチ!
ChatGPTの「学習モード」のつかいかた ~無料プランでも使える最強の家庭教師! リスキリングに大活躍
1日5分、スキマ時間から始めるAIリスキリング[前編]
2025年10月22日 09:00
「ChatGPT」は学習にも活用されている。
2025年9月にOpenAI、ハーバード大学、デューク大学は共同で、ChatGPTの公開(2022年11月)から2025年7月までの利用データについて世界初の包括的な研究論文を発表した。
全メッセージの8割は「Practical Guidance(実践的助言:チュータリング、ハウツー、創作案など)」、「Writing(文章作成・編集・翻訳)」、「Seeking Information(情報探索)」の3つの分野に集中していたという。「Practical Guidance」は全体の約29%を占め、そのうち「学習」は約36%となっている。つまり、これまでChatGPTでやり取りされた全メッセージのうち、約1割が勉強に使われていることになる。また、全メッセージの約46%を18~25歳のユーザーが占めているが、彼らは業務利用よりも学習利用の方が多い。大学生・専門学生・初期キャリア層が多く学習に利用しているというのだ。
一方、ビジネスパーソンの多くはこの波に乗り切れていない。日々の業務に追われ、学習に活用している割合は低い状況だ。
リスキリングの観点から見れば、生成AIはこれ以上ない教材といえる。動画学習やオンライン講座よりも、はるかに個別最適化された学びが得られるからだ。AIを活用することは、業務効率化の手段であると同時に、自己成長の機会でもある。生成AIでリスキリングすることは、現代における「知的筋トレ」と言っていいだろう。
ChatGPTに追加された新機能「学習モード」
ChatGPTは以前からプロンプトを工夫すれば学習に活用できたが、2025年7月29日に「学習モード」(Study Mode)という新機能が追加された。無料プランでも利用でき、誰でも効率的にChatGPTで学習できるようになったのだ。
「学習モード」は、教育学の専門家や科学者が協力して作成した独自のシステム指示を採用している。
例えば、「学習モード」ではユーザーの積極的な参加を促したり、一度に処理する情報量を調整して認知負荷を管理している。メタ認知や内省を深め、好奇心を育成することも支援してくれる。大学生の利用を想定して開発されているものの、もちろんビジネスパーソンのリスキリングにも問題なく活用できる。
使い方は簡単。[+]メニューから[さらに表示]-[あらゆる学びをサポート]をクリックすればよい。「勉強する」というステータスが表示されて「学習モード」になる。
ここでは「1+1=」と入力してみよう。通常モードでは「2」と答えるが、「学習モード」だと、直接答えず、ユーザーに思考を促してくる。対話を通じて自ら考えさせるソクラテス式問答法やヒント・問いかけを組み合わせて、能動的な学習を促進する。
OpenAIのサンプルプロンプトで試してみよう
次は、OpenAIのWebサイトで公開されていたサンプルプロンプトを日本語にして入力してみよう。ゲーム理論について「理解したい」という指示だ。
ナッシュ均衡や囚人のジレンマ、協調ゲームといったテーマにもとづく学習ロードマップが提示され、最初はゲーム理論の基本構造から学ぶことになった。しかし、いきなり解説が始まるのではなく、「日常生活で『相手の出方を見て自分の行動を決める』ような状況をどんな場面で感じたことがありますか?」と質問してきた。
それに対して「借りている店舗の家賃を減額したい」という交渉シーンを相談してみた。すると、状況をゲーム理論に沿って整理し、「囚人のジレンマ」でたとえ、現実的な戦略設計としてナッシュ均衡とシグナリングについて解説してくれた。
とてもわかりやすいが、ビジネスの現場は一筋縄ではいかない。例えば、一般的に都会の物件オーナーは空室になったり、感情的にこじれるのを恐れていない。すぐに次の客が見込めるからだ。オーナーが恐れているのは、夜逃げや火事くらい。そこで、その旨を伝えたところ、驚くほど理想的な回答が返ってきた。
この状況は、教科書的な「不完全情報下の交渉ゲーム」で「シグナリング・ゲーム」の典型だという。そして、あなたが「リスクの少ない借主」であることをどう見せるか(信号を送るか)が鍵で、強気に交渉すれば、オーナーは「経営が苦しい → 夜逃げするかも」と誤解する可能性がある。続けて、穏やかで透明な情報提示をすれば「信頼できる経営者が合理的に相談している」と理解されやすいとして、3つのナッシュ均衡的アプローチを出してくれた。
自分が理解できる例で、ゲーム理論についていろいろと会話することで、気軽に学べるのは効率的だし、楽しい。
実際のやり取り例
・プロンプト
ゲーム理論について、特にその幅広い分野について学びたいと思っています。そして、日常生活でどのように理解すれば役立つかについても教えてください。もちろん私の好奇心に応えていただきたいのですが、基本的にはゲーム理論について教えていただき、私がこの分野全体を網羅できるよう、大まかな計画を立てて繰り返し学習していただきたいです。興味を持ったら質問しますが、とにかくすぐに理解を深めていただけるようにお願いします。
・出力
いいテーマですね。ゲーム理論は、経済学や政治学はもちろん、心理学、社会学、生物学、AIなどにも応用される「戦略的思考の科学」です。体系的に学ぶと、日常の意思決定や交渉、競争、協力関係の理解が格段に深まります。まずは、全体像をざっくりとマップ化しておきましょう。
学習ロードマップ(全体像)
1. 基礎概念を理解する
・ゲーム理論とは何か(「相手の行動を考慮した意思決定の理論」)
・プレイヤー、戦略、利得(ペイオフ)、ナッシュ均衡の意味
・代表的なゲーム:囚人のジレンマ、チキンゲーム、協調ゲームなど
~中略~
まず質問です。
あなたは、日常生活で「相手の出方を見て自分の行動を決める」ような状況(例えば交渉や駆け引きなど)をどんな場面で感じたことがありますか?
それを例にしながら、最初の章「囚人のジレンマ」を解説していきます。
・プロンプト
経営している飲食店が契約している物件のオーナーに家賃の引き下げ交渉をする。オーナーはただでさえ家賃を上げたがっている。引き下げ交渉をして、気分を損ねて、契約破棄や強制値上げは避けたい。しかし、店舗の老朽化や売り上げダウンにより、家賃はできれば下げたい、という駆け引きが難しい。
・出力
非常に良い例です。これはまさに「ゲーム理論の典型的な交渉ゲーム(bargaining game)」です。では一緒に、どんな構造になっているかを整理してみましょう。
① 状況を「ゲーム理論の言葉」で表す
プレイヤー:あなた(借主)とオーナー(貸主)
戦略:
あなた → 「家賃を下げてほしい」とどの程度強く言うか(強く言う/柔らかく提案する/現状維持を装うなど)
オーナー → 「下げる」「維持する」「逆に上げる」などの反応を選ぶ
~中略~
ここで質問です。
あなたが想像する「オーナーにとっての最大の恐れ」は何だと思いますか?(例えば「空室になること」「信頼を失うこと」など)
それを明確にできると、次のステップ——「交渉のシナリオ設計(ゲーム木の作り方)」に進めます。
「TOEICのスコアを400点から700点にしたい」と入力してみる
今度は、言語の学習をしてみる。
適当に「英語を勉強したい」とだけ入力してみると、目的やゴールを質問してくる。ここでは「TOEICのスコアを400点から700点にしたい」と答えてみた。
その後も「英語をどのくらい勉強したことがあるか」、「毎日どのくらいの勉強時間を確保できるのか」などを次々と質問してくる。すべてに回答して情報が一通り揃うと、学習プランを立ててくれる。
もちろん単語の問題も出題してくれる。ヒントを出してくれたり、間違えたら丁寧に教えてくれるなど、ゲーム感覚でエンドレスに勉強できる。スマホアプリでも操作できるので、通勤途中や入浴中に勉強することも可能だ。
実際のやり取り例
・プロンプト
英語を勉強したい
・出力
いいですね!少し確認させてください。
英語を勉強する目的やゴールはどんな感じでしょうか?
たとえば――
・海外旅行で会話できるようになりたい
・ビジネスでメールや会議に対応したい
・資格試験(TOEICや英検など)に挑戦したい
・趣味や洋画・洋楽を楽しむため
あなたの目標に合わせて勉強のやり方や一緒にやる練習を変えると効果的です。
どんな目的で英語を勉強したいですか?
~中略~
・出力
いいですね!では第1問からいきましょう。
Q1:「請求書」
TOEICでよく出る英単語は何でしょう?
ヒント:inで始まります。
・プロンプト
invoice
・出力
正解です! いいスタートですね。TOEICのPart7(長文読解)やメール文面でよく出てくる単語です。
では次の問題にいきましょう。
Q2:「締め切り」
TOEIC頻出単語で、dead から始まる英単語は何でしょう?
~略~
別の日にでも学習を続行できる、別セッションでもOK
翌日以降に再度勉強を開始するなら、同じセッションで「今日の学習を始めてください」と入力すればよい。
セッションが履歴に埋まってしまったなら、検索機能を利用して見つけよう。共有URLをブックマークしておいてもよいし、セッションをプロジェクトに登録してもよい。
「学習モード」のリリース当初は、別セッションで学習を続行することができなかった。
そのため、あらかじめ元のスレッドで進捗をまとめてもらい、それを新しいセッションのプロンプトで渡す必要があった。OpenAIは「学習モード」を紹介するWebページで「会話をまたいだ目標設定と進捗状況の追跡」を開発する予定だとしていたが、執筆時点(10月16日時点)で試したところ動作した。
新しいセッションの「学習モード」で「TOEIC学習の続きを」と入力すると、前回の学習の進捗を確認した後、どんな勉強をするのか選択肢が提示された。正確な挙動は公開されていないが、ChatGPTが過去のやり取りを参照できるように、メモリ機能や記録モードは有効にしておいた方がよいだろう。
ChatGPTの「学習モード」は最強の家庭教師
もちろん資格の勉強にも役立つ。
言語と同様、学習プランの立案からテストの作成までしてくれる。税理士や公認会計士、行政書士、ITパスポート、基本情報技術者など、多岐にわたる資格の勉強をサポートしてくれる。ちょっとマイナーな(失礼!)kintone認定資格などにも対応しており、ばっちり勉強できる。
ChatGPTの「学習モード」はいつでもどこでも、追加コストなしに、ユーザーが求める知識をユーザーのレベルに合わせて根気よく教えてくれる最強の家庭教師だ。
従来の一問一答のチャットにとどまらず、我々の知的好奇心を刺激し、生涯にわたる学びの可能性を飛躍的に広げる「知のインフラ」とも言えるツールとなっている。1日5分、スキマ時間でよいので、まずは「学習モード」を試してみてほしい。その手ごたえにモチベーションが得られれば、リスキリングのハードルがぐっと下がること請け合いだ。
著者プロフィール:柳谷 智宣
IT・ビジネス関連のライター。キャリアは26年目で、デジタルガジェットからWebサービス、コンシューマー製品からエンタープライズ製品まで幅広く手掛ける。近年はAI、SaaS、DX領域に注力している。日々、大量の原稿を執筆しており、生成AIがないと仕事をさばけない状態になっている。
・著者Webサイト:https://prof.yanagiya.biz/