生成AIストリーム
「デルタもん」を生成しながらAIと著作権の未来を考える
2024年2月14日 12:14
「デルタもん」というキャラクターをご存知でしょうか
画像生成AIなどの技術研究を行う団体BlendAI(ブレンドアイ・代表:小宮自由)が公開した架空のアンドロイドのキャラクター「デルタもん」をご存知でしょうか。
キャラクターデザインは東北ずん子などの企画原作、ずんだもん発案者、映像作家、キャラクター企画、ゲームディレクターとして多方面で活動する榊正宗氏が手掛けています。
「デルタもん」はユニークなコンセプトの架空のアンドロイドキャラクターです。公式設定では、新型コロナウイルスのデルタ株からインスパイアされた名前を持ち、ネガティブな印象を払拭し、よりポジティブなイメージへと変えることを目的としています。
AI画像のクリエイティビティに一石を投じる「デルタもん」のライセンス
一方で、この「デルタもん」は、二次創作のライセンスにおいて、AI技術の進歩と人間のクリエイティビティに一石を投じる意味合いを持っているようです。
というのも、「デルタもん」に関する二次創作は「AIを使ったもののみ可能」となっており、「作品の制作過程で一部でもAIが使われていれば、商用・非商用問わず、原則として無制限に利用することができる」とあります。逆を言えば、作品の制作過程に一切AIを使っていなければ、「デルタもん」の二次創作は許諾されない、ということになります。
「デルタもん」の元となるイラストはAIによるものではなく紙の上で手描きしてスキャンしたもので、公式サイトでは描画の様子を収録したタイムラプス動画とともに「デルタもんのデザインはアナログ作画によって人間がデザインしています。そのため、著作権上の問題はございません。安心してご利用ください」という榊氏のメッセージが発せられています。BlendAI 代表の小宮自由氏は、「榊とは著作者人格権の不行使契約を結んでおり、著作者人格権の問題も生じない」と述べており、原作の著作者人格権の問題も解決されています。
また BlendAIからは NFTの発行が発表され、3Dモデルの制作資金を調達するため、2024年3月1日よりCAMPFIREでのクラウドファンディングが予定されています。
- ▼アルファパラダイスプロジェクト、デルタもんの3DCGモデル(VRM)制作 - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
- https://camp-fire.jp/projects/view/737340
完全に人間の手のみで描かれた作品など「AIと無関係な二次創作や商業利用は禁止」ということで、ちょっと極端な話という印象はありますが、禁止の理由について榊氏は以下のように述べています。
手描きでの二次創作を禁止しているのは、二次創作にも著作者人格権が発生するため、クリエイターさんの二次創作を i2i(image to image;AIモデルを使って画像をもとに画像を出力させる技術)された場合に個別の法的問題が発生してしまうためです。二次創作を加工する場合の法的解釈は極めて難しくその問題をさけるために禁止にさせて頂きました。
つまり「デルタもん」の二次創作をAIと無関係な技術で描いた場合、その画像の将来の法的リスクを回避するというアプローチです。
デルタもんのAI二次創作は、利用規約で「二次創作作品をAI関連学習に使うことを許可すること」と定められており、AIを用いた二次創作であれば、自由に学習に使うことができます。これにより、AI二次創作が増えれば増えるほどデルタもんはAIで生成しやすくなります。
このアプローチは現在のAIと二次創作の関係に一石を投じる試みであると同時に、一方では新しい問題も浮き彫りにしている可能性があります。
「二次創作にも著作者人格権が発生する」とありますが、AIを一部または全部に利用して画像を作成しても、「創作性と表現性が認められる」、つまり著作物として著作者人格権が認められる可能性は今後、十分にあると考えます。
また機械学習のモデルとして考えた場合も、「過学習」の問題が残ります。過学習とは、統計、機械学習において、データの傾向に沿うようにモデルを学習させた結果、学習時のデータに対してはよい精度を出すが、未知データに対しては同様の精度を出せないモデルが構築されてしまうことです。過学習になると、一定の傾向を持った出力が行われるようになり、モデルを実運用することが難しくなってしまいます。「AI+人間の創作(アレンジ)」が適度に加わることで、本来の「みなさんに愛されるデルタもん」がUGCによって生み出されていくいくはずですが、初期に極端な善悪の線引を行ってしまうことで、逆にバイアスを強め、キャラクターの設計や作者の想いとは裏腹に、誤った判断と常識を浸透させることにもなりかねません。過去の連載で「善悪の彼岸」として扱いましたが、生成AIについては特に「これが正解」というゴールはなく、善と悪を超越したところのもの、つまり、既存の道徳的価値観を超えたもの、つまりクリエイター全体にとって「新しい経験」を積み重さねていくことを予感しながら「誰の迷惑になるのか」といったシンプルなルールで、利用規約なりオープンソースライセンス的にアップデートを重ねていく必要があるように感じています。
作者の榊氏も、説明と対話をしながら、クリエイターとAI活用の両側の視点で発信を続けています。
- ▼多くの人が勘違いしているAIのクリーンなデータセットについて(榊正宗 Official note)
- https://note.com/megamarsun/n/n343f48dbc585
「デルタもん」を実際に描いてみた
「デルタもん」のライセンスは榊氏の経験もあり、非常にこだわった作りであり、今後も様々な波紋を呼ぶと思われます。アナログでの描画へのリスペクトも示しつつ、極端に「非AI使用の二次創作を禁じる」とは、逆転の発想から、より先進的な取り組みで問題を鮮やかに描いているように理解しました。
タイムライン上にはデルタもんのキャラクターイラストが飛び交うことになりました。
<「デルタもん」のライセンスとX(Twitter)の利用規約により著者に許諾なく画像そのものをそのまま掲載できないことに注意しましょう。Xのコード埋め込みは利用規約で許可したものとみなす、とあるので問題ありません>
筆者もこの波にのって生成してみました。
実際に描いてみるとさまざまな事がわかります。「デルタもん」のキャラクターデザインには細かな造作があり、生成AIでも「簡単に出力できるわけではない」という存在でした。筆者の推測では、猫型ロボットの代表格「ドラえもん」にインスパイアされつつも、可愛らしい見た目を持った、女子キャラですが、アンドロイドなのか、コスプレなのか微妙な特徴を有しつつ、「ドラえもん」的な青をベースとした配色と、ランドセルという日本語でなければ表現しづらい要素や、「デルタもん」のエンブレムともいえる『胸の▼』を同時に画像に収めることが非常に難しいのです。
「デルタもん」のアイデンティティのひとつである「デルタ型のペンダント」が画像生成AIだと、逆に単純な形にならない、という点が面白い点だと思います。筆者は「▼」をプロンプトに与えることで挑戦していますが、なかなか安定しません。
「なぜ単純なデルタ型が出しにくいのか?」は、いくつか理由は考えられますが、この辺りも「人が描いた絵」と「プロンプトでAIに生成させた絵」の棲み分けを考える上で、興味深い体験ができます。
『もうちょっとアニメキャラらしく、漫画描線で、色数は4色以下で表現。腕は生身の人間で、肩は肌を露出させる。膝から下のみメカっぽいが、他はコスプレ風。青い尻尾と先端の鈴を忘れずに』
……といった形で自分の中で解釈しているキャラクターの特徴を唱え続けます。
『悪くないです、2番めのテイストで以下のポイントを再度検討してください
- 猫耳+薄黄緑のボブカット
- 白いスカート
- 胸に三角▼の黄色い金属光沢のあるエンブレム
- 膝から下がメカ
- ピンクのショートブーツ
- 青いプラスチック風の尻尾
- ピンクのランドセルを背負ったコスプレ風』
……などとやっていると、どんどん面白くなってきてしまいます。私だけでしょうか。
- ▼#100DayChallengebyAIDirector chibi deltamons - しらいはかせのイラスト - pixiv
- https://www.pixiv.net/artworks/115825341
852話さんが配布しているLoRAを使うと比較的簡単に生成できます。
- ▼デルタもんLoRA検証1とLoRA配布|852話
- https://note.com/852wa/n/nb3be1622317b
LoRAとは追加学習のことで、Stable Diffusion が学習した世界中の画像の中から、さらに「デルタもん」のベースイラストになる複数のサンプルを与えたファインチューニングです。応用でちびキャラも出せるようになります。
文化庁からのパブコメ募集について
さて、ひとしきり「デルタもん」を生成したり学習したり、他の方々の作品を鑑賞したりして素敵な生成AI時代のUGCの最先端を楽しんだ後に、シリアスな話題を共有します。
AIと著作権については「現行法で問題がない」という考え方もできますが、いままでの画家やイラストレーターといった方々の文化や風習、感情を尊重すると「学習は合法・生成は責任を持って」というシンプルな解釈だけでは難しい局面もでてくるかもしれません。一方でイラストレーションだけでなく、写真の世界やフェイクニュースの可能性、そして上記の「デルタもん」のように「AIでのみ成立する二次創作」といったアプローチを考えると、今後、世界の標準に合わせていくのか、許可性にするのか、はたまたそれらを更に超える議論、例えば自動的に偽画像を生成し続ける悪意あるボットの活動など…責任ある社会人が未来に向けて考えなければならない議論は多くありそうです。
実は生成AIの著作権について、この2月、日本の方々は大変重要な意見を述べる機会がありました。
文化庁からAIと著作権について、意見募集(パブコメ)が行われています。
- ▼「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関する意見募集の実施について(受付締切日時 2024年2月12日23時59分)
- https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001345&Mode=0
- ▼意見募集要項 PDF
- https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000267587
- ▼AIと著作権に関する考え方について(素案)PDF
- https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000267589
- ▼AIと著作権に関する考え方について(素案・令和6年1月23日時点版)(概要) PDF
- https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/seminar/2023/
このパブコメのベースになっているディスカッションが「文化審議会著作権分科会」で行われています。
「文化審議会著作権分科会」とは文部科学大臣及び文化庁長官の諮問に応じて設置された文化審議会の分科会のひとつで、著作者の権利、出版権及び著作隣接権の保護及び利用に関する重要事項の調査審議を行う機関です。非常に歴史ある審議会で、古くは昭和48年にビデオに関する著作権や、平成22年には電子書籍の流通と利用の円滑化に関するディスカッションされており、時代時代における著作権のあり方が法律の制定に先んじて調査議論 されています。
2023年6月19日には動画セミナーが開催されており、YouTube上で公開されています。
- ▼令和5年度著作権セミナー「AIと著作権」
- https://www.youtube.com/embed/eYkwTKfxyGY
1時間近くの長い動画ですので、文字に起こしたバージョンがこちらになります。
- ▼令和5年度著作権セミナー「AIと著作権」全文書き下し #AIと著作権|しらいはかせ(Hacker作家)
- https://note.com/o_ob/n/n8a2459ff96c0
2023年12月20日には、文化審議会 著作権分科会 法制度小委員会が開催されており、「AIと著作権に関する考え方について(素案)」が公開されました。
非常に専門的な議論が行われており、長いドキュメントであり一般には分かりづらい要素も多いので、筆者が経営するAICU社においてはこの議事録の日本語から日本語に全文訳を公開しています。
- ▼文化審議会著作権分科会法制度小委員会(5)開催「AIと著作権に関する考え方について(素案)」の全文訳
- https://note.com/aicu/n/n2e3ca32be901
もともとのドキュメントは役所文書的な構造が入り組んでおり大変見づらかったのですが、さらにこのドキュメントを読みやすくしていただいたブログがこちらです。
- ▼『文化審議会 著作権分科会 法制度小委員会(5)開催「AIと著作権に関する考え方について(素案)」の全文訳』に関する、読み込みのためのメモ
- https://note.com/nyaa_toraneko/n/n4385e5e1c64a
こちらのブログを書いた小林信行氏は筆者のようにグラフィックスやアニメ制作の現場において長年貢献された方で、上記の「デルタもん」についても数多くの生成を行っている方です(氏の「デルタもん」作例、ALTにプロンプトあり)。つまり生成AIや機械学習側に強く偏った人物ではなく、法律側に偏った人物でもなく、むしろクリエイターとともに長い目でアニメ産業、グラフィックスやゲームなどの産業技術を見てきた方の視点と、ChatGPT等を使って客観的に整理したドキュメントになっています。
人間の知識や読解量ではなかなか難しい情報量があり、冷静に感情的にならずに分析するのは難しい話なのですが、ChatGPT4と共にオープンにディスカッションしたログは、ただ単に流し読みする以上の情報が手に入ることがよくわかる好例になっています。
さて文化庁のパブリックコメント募集期間は「令和6年1月23日(火)14:00~令和6年2月12日(月) 必着」となっており、同一人物が重複した意見などを送ることはできません。
案件番号:185001345 所管省庁・部局名等:文化庁著作権課 電話:03-5253-4111(内線4824)
単なる賛成、反対といった意見だけではなく、皆さんの未来に直接つながるディスカッションを直接述べる機会でした。パブリックコメントの募集期間はすでに終わってしまっていますが、この「AIと著作権の未来」については今後も比較的開かれた形でディスカッションされていくべき内容だと考えます。みなさんもぜひ、政治家や役人といった「他人任せ」ではなく、また単なる賛成・反対でもなく、開かれたディスカッションに自分たちの「あるべき未来」に責任をもって参加してみてはいかがでしょうか(もちろんChatGPTを使ったりせずに、自分の意見をしっかりと作文してください!)。
【編集部注】本稿はパブリックコメントの締切以前に寄稿いただいておりました。