生成AIストリーム

ChatGPT“ジブリ化”で問われている生成AI時代の著作権(3) カリフォルニア南北戦争と著作権の“神殺し”

CC神のNCをめぐる仁義なき戦い

カリフォルニア南北戦争と著作権の“神殺し”──CC神のNCをめぐる仁義なき戦い$$

 連載「生成AIストリーム」、AICUのしらいはかせ(X@o_ob)です。これまで2回にわたって、GPT-4oによるジブリ風画像生成の爆発的ブームと、その裏にある『スタイル模倣』の経済的影響、さらに日本独自の著作権概念──『依拠性』と『類似性』の二段構えによるAI時代のルール設計、そして“フェアユース”と無断AI学習という解釈のズレが生み出す日本・米国・中国間のギャップについて考察してきました。

  『クリエイティブ・コモンズ(CC)』 、なかでも NC(Non-Commercial)=非営利なら自由に使える』 という分野に限られていたはずですが、最近は大きな動きが起きています。

著作権の“神殺し”を許すのか──「漫画村」訴訟と「MAGA」の視点

 筆者がサンフランシスコで出会ったMAGA派スタートアップ創業者は、日本の「漫画村」訴訟の事例を見てこう語りました。


『17億円? うちの資金調達で払える額だね』

 2024年、東京地裁が漫画村の元運営者に対してKADOKAWA・集英社・小学館に17億円超の賠償命令を下しましたが、米国のAI業界にとってはむしろ“想定内のコスト”にすぎませんでした。彼らは『どうせ誰かがやる』と割り切っていく空気を感じます。トランプ大統領が推進するMAGA、つまり『Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)』という視線の先には、AI技術戦争における米中の戦いにおけるアニメIPの重要性、そしてかつての中国のような著作権無視や対欧州でのソフトウェア特許の無効化などが強く意識されています。

 実際、著作権を巡る政治も揺れています。2025年5月、トランプ大統領は米国著作権局長シラ・パールマター氏を突如解任。AIに関する規制提言を行った矢先の“見せしめ人事”と見られています。

 その姿勢は、映画『もののけ姫』に登場する“エボシ御前”や“ジコ坊”のような『神殺し』のロジックと重なります。著作権のシシガミの首(CCにおけるNC)をとってもAI時代の著作権を平和的に解決できるわけではないのに、今まで豊穣なIPを生み出してきた著作権の森に火をつけることで、制御権を奪おうとしています。

南側ディズニーが「Midjourney」に起こした訴訟の額、影響は?

 そして今、米国では前代未聞の動きが起きています。ディズニー、ユニバーサル、ドリームワークスという映像産業の巨頭3社が、画像生成AIのパイオニア「Midjourney」を連邦裁判所に提訴。スター・ウォーズやミニオンズなどの著作物が、無断で学習データに使用されたとして訴えたのです。

 この訴訟は単なる知財侵害ではありません。OpenAIやAnthropicがあるカリフォルニア州の北(サンフランシスコ)と南(ロサンゼルス)の“文化戦争”──つまり、AI推進とIP保護という価値観の衝突が、ついに米国内の法廷で表面化したともいえます。

 損害賠償額の具体的な見積もりは裁判の進行状況や証拠提出に依存しますが、今回のようにディズニー、ユニバーサル、ドリームワークスというハリウッド大手3社が連名で提訴しており、しかも主張が「意図的かつ広範囲な著作権侵害」であることを踏まえると、法定損害賠償(Statutory Damages)は、登録済著作物1点あたり、通常は750〜30,000米ドル、『悪意ある侵害』と捉えられると最大150,000米ドルとなります。仮に『著作物ごとに150,000米ドル』を請求できるとした場合、Midjourneyのトレーニングに含まれているとされるキャラクターや場面が数百〜数千件に及ぶ場合には…… 150,000米ドル×1,000作品=150,000,000米ドル(約216億円)という規模になります。

 さらに不当利得(disgorgement)、例えば「Midjourney」の売上(サブスクリプション収入など)から、該当著作物によって得た部分を推計して返還請求する可能性もあり、差止命令(injunction)や金銭以外にも、キャラクター生成停止や、特定プロンプトの禁止、トレーニング済モデルの使用差止などを命じる可能性があります。

 想定される請求額のレンジとしては、法定損害賠償が数千万ドル〜数億ドル、不当利得返還として「Midjourney」収益の一部(最大年間売上の数十%)、加えて弁護士費用が数百万ドル以上、という規模になります。ちなみにGetty ImagesがStability AIに起こした訴訟でも、『数億ドル規模の損害』が示唆されています。2023年の某音楽著作権訴訟では、1曲あたり2,000,000〜5,000,000米ドル(約2.9〜7.2億円)で和解した例もあります。

 現時点では明言されていないものの、この訴訟が『200億円〜数百億円レベルの賠償または和解』に発展する可能性は高く、生成AI業界にとっては経営存続レベルの衝撃となる事例です。

 現在、AIを活用している広告業界や映像業界に「Midjourney」を使っているクリエイターは多く、訴訟の結果によっては大きなダメージになるでしょう。

ヨーロッパの反応:アヌシー国際アニメ映画祭に響いた叫び

 一方、ヨーロッパでも反AIの声が高まりつつあります。2025年6月12日、フランス・アヌシー国際アニメーション映画祭のメイン会場で、26の国際的アーティスト組織が連名で『生成AIの暴走を止めよ』と題するする声明を発表しました。


『AIはツールではなく、欠陥ある破壊的なコピー機であり、アートの私物化を招く』

 彼らはILO(国際労働機関)の提唱する“3つのC”(Compensation, Control, Consent)を軸に、規制と対話の必要性を訴えました。

フランス・アヌシー国際アニメーション映画祭で生成AIに抗議する人々(撮影・筆者)

“3つのC”とは何か?

 ILOは、AIを公正かつ倫理的に活用するためには、『公正な報酬(Fair Compensation)』、『契約時の説明と同意(Informed Consent)』、『クリエイターによる使用範囲の管理(Control over Use)』という“3C原則”に基づいた保護の枠組みが必要であると提言しています。この“3C”は、ILOだけでなく、ユネスコ(UNESCO)やWIPO(世界知的所有権機関)、OECD(経済協力開発機構)などでも提唱・引用されており、次のような文脈で出てきます。

 3Cの内容はおよそ以下のようなものです。

  1. Compensation(補償)
    自身の労働・創造物・データがAIの学習や出力に使用された場合、それによって生じた価値や収益に応じて正当な報酬や分配がなされるべき、という考えです。
    例としては『自分の絵がAIモデルに無断で学習に使われた』という事例に対して損失の補償や利益を分配せよ、という考え方です。日本では『依拠性ライセンス』や『データ利用料』などの議論に相当します。
  2. Control(制御)
    労働者やクリエイターが、自分の作品やデータがどのように使われるかに対して制御権・意思決定権(コントロール)を持つべきという原則です。例としては、最近はYouTubeでの勝手ニュース動画などに、有名声優の声を使った有名キャラクターによる解説が目立つようになって来ましたが、これに対して『自分の声を勝手に合成音声AIに使われたくない』という例です。これらの使用を制御できる仕組みがないということで、データ使用を『オプトイン(許諾制)』にすべきか、『オプトアウト(削除請求)』で十分か、という議論になっています。
  3. Consent(同意)
    データや創作物がAIに使われる際には、明確な事前同意(インフォームド・コンセント)を得るべきであるという倫理原則です。例えば『プロジェクトに参加しているクリエイターが知らぬ間にその作品をAIが模倣していた』という例で、『事前に説明し同意を得るべき』という議論や、そもそも『関わるプロジェクトにおいてどのようなAIが使われているか、同意されていない』といった契約上の非対称も関係してきます。欧州では『GDPR(一般データ保護規則)』との連動も議論されているので、日本のAI活用の現場においてもきちんと視視野に入れていくべき要素になります。

AIサービスや「AIいらすとや」も危機に? 無断スタイル模倣の仁義なき現実

 こうした問題は海外だけではありません。日本の「いらすとや」風画像がプロンプト一つで生成される実例もChatGPT上では確認できます。

 これはAIサービスにおいても近々問題になるかもしれません。

 AI素材サイト「AI素材.com」を提供するAI Picasso株式会社は、かわいいイラストで有名なフリーイラストサイト「いらすとや」(運営:みふねたかし)と提携し、「AIいらすとや」を無制限かつ商用利用できる新サービスを2023年8月10日にリリースしました。

 AI画像生成サービス「AIいらすとや」では、正式に許諾を得た上でスタイル学習を行っていますが、現在、「ChatGPT」では比較的簡単な“依拠性あるキーワード”を使って「いらすとや風」の画像を生成できます。他者のIP(知的財産)を明示的に用いた依拠性・類似性がある無断生成は、著作権・商標・景品表示法など多角的なリスクを孕んでいます。

「ChatGPT」で生成した「いらすとや」風の画像

AI時代の文化防衛:証拠・技術・倫理の3本柱

 筆者は、これらの課題に対して日本が取るべきアプローチは以下の3点だと考えます。

  • 技術:AI時代の著作権を守る技術的な仕組みや特許などを整備し標準化に貢献すること(例:C2PA)
  • 証拠:学習元や生成過程の記録をエビデンスとして確保するインフラ(例:音楽でいえばJASRACにおける「カラオケ法理」などの権利団体による対話と法整備)
  • 倫理:フェアユースや非営利といった“常識”を国際的対話でアップデートし、AI時代の文化的文脈や教育における課題などを共有する

 たとえば、AIクリエイターユニオンとして機能している「AICU」ではAI推進だけでなく、今回の反AI集会の動向も公平に発信します。最新の海外動向のレポート共有や、独自のガイドライン『生成AIクリエイター仕草(v.2025)』といった自主規制を国内外に発信することも、有効な取り組みとなるでしょう。

“お気持ちフェーズ”から“対話と行動のフェーズ”へ

 「ChatGPT」がジブリ風画像を生成できてしまうこと、それによって動き始めた『AI時代の世界の著作権』について、3回にわたってお届けしてまいりました。『沈黙は黙認』と受け取られかねないこの時代、日本のIP産業はもっと怒ってもいい──ただし 英語や日本語や中国語やフランス語で 、論理と証拠と協調性を持って対話していくべきです。

 文化は感情で守るものではありません。文化は、戦略で守るものです。