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ディズニーとOpenAIが提携、日本のIPはどうなる?

日本のIPはどうなる?

エンターテインメント業界の歴史的転換点『ディズニー・OpenAIの提携』

 米国では、エンターテインメント業界と生成AIの関係性を大きく変える歴史的転換点となる提携についてのニュースがありました。日本時間で2025年12月12日未明、アメリカのThe Walt Disney CompanyとOpenAIは、動画生成AI「Sora」にディズニーのキャラクターを導入するための戦略的パートナーシップを締結したと発表しました。この契約により、ディズニーはSoraにおける初の主要なコンテンツライセンスパートナーとなります。

 具体的には、今後3年間のライセンス契約の一環として、「Sora」のユーザーはプロンプトを入力することで、 ディズニーの200以上のキャラクターを使った動画を作成できるようになります。また、ChatGPT Images機能を使えば、同様のキャラクターを用いた画像の生成も可能になるとのことです。これらの機能は2026年初頭からの提供開始が予定されています。

Sora2とディズニーの提携で変わる、AI時代のIP資本主義

 今まで本連載では『カリフォルニア南北戦争』として、米国西海岸、サンフランシスコ側のテック企業(北軍)と、既存の著作権を重んじるロサンゼルス側の映画産業(南軍)のせめぎ合いをレポートしてきました。その流れは、「Suno」や「Udioをはじめとする音楽生成AIに対し、音楽業界が、『AIによって知的財産が侵害される』という一方的な見方から、AI活用やユーザの利用スタイルによって『AIを集金システムとしてどう活用していくか』という視点に切り替わってきています。

 また、DisneyとOpenAIの提携モデルでは、ライセンス料やAIサービスの設計として、株式(Equity)による提携という解決策をとっています。報道によれば、DisneyはOpenAIに対し、現金によるライセンス料を受け取るのではなく、10億ドル規模の株式投資を行い、さらにOpenAIの企業価値向上に連動する新株予約権(ワラント)を取得するという形で提携を結びました。これは従来の『ライセンス料モデル』とは根本的に異なる、画期的なスキームです。

 従来、IPホルダーは『自社のIPがAIに食われる』ことを恐れ、AI企業は『高額なライセンス料を支払う』ことを嫌うという対立構造にありました。しかし、DisneyはOpenAIの株主となることで、「Sora 2」が成功し、OpenAIが成長すればするほど、自社の保有する株式の価値も上がるという構造を作りました。つまり、AIの成功が自社の利益に直結する「運命共同体」となったのです。

 これは利益相反の解消(Financial Alignment)だけでなく、『コントロール権の確立』でもあります。単なるデータ提供者ではなく、戦略的パートナーとなることで、Disneyは「Sora 2」における自社キャラクターの扱いに強い統制力を持つことができました。「Sora 2」上では、ミッキーマウスやスター・ウォーズのキャラクターは、Disneyが認可した安全な環境下でのみ生成・利用が可能となります。これにより、ブランド毀損のリスクを最小限に抑えつつ、ファンによる二次創作(UGC:ユーザー生成コンテンツ)を公式の枠組みに取り込むことに成功しました。

 ユーザーにとっても、公式に許諾されたツールを使って安心して創作を楽しめる環境『信頼性のエコシステム』が提供されます。これは、無法地帯化しやすい生成AIの世界に、『信頼できるAI』の実例を示したと言えます。

 この『株式を通じた利益共有モデル』は、日本の強力なIPを持つ企業(アニメスタジオ、ゲーム会社、出版社)にとって、AI企業との交渉において一つの解となるはずです。単発のライセンス料でデータを切り売りするのではなく、AI企業の成長そのものを自社の資産として取り込む戦略的提携が求められています。

日本のIPはどうなる?どう動けばいいか。

スタジオジブリと日本テレビの事例に学ぶ「財務的視点」

 しかし、株式を通じた利益共有モデルはDisneyのような巨大な資本を持たない企業には困難です。資本の小さな日本のクリエイティブ業界の未来を考える上で、スタジオジブリが日本テレビの子会社となった事例は、AI時代における組織論として極めて示唆に富んでいます。

「非効率」を守るための資本提携

 ジブリ作品の価値は、徹底的な手書きへのこだわりや、膨大な手間をかけた「職人芸(Craftsmanship)」にあります。これは経済合理性の観点からは極めて「非効率」です。後継者不足や経営の安定化という課題に対し、ジブリは「経営(マネジメント)」と「創作(クリエイティブ)」を明確に分離する道を選びました。

 日本テレビという巨大な資本が経営と財務のリスクを引き受けることで、ジブリのクリエイターたちは「数字」のプレッシャーから解放され、コストのかかる「非効率な創作」に専念できる環境を手に入れました。

AI時代における「効率」と「非効率」の役割分担

 これをAI時代に当てはめると、次のような構造が見えてきます。

  • AIの役割(日本テレビ的側面):効率化、コスト削減、大量生産、マーケティング分析など、ビジネスとしての基盤を支える「経営資源」としての役割。
  • 人間の役割(ジブリ的側面):AIには代替できない「魂」、作家性、非効率だが人の心を打つ「職人芸」を発揮する役割。

 すべての工程を人間がやる必要はありません。また、すべてをAIに任せるわけでもありません。AIによって稼ぎ出した効率と収益を原資として、人間が人間にしか作れない『非効率で最高品質なもの』を作る。この構造こそが、日本のIPが世界で戦い続けるための勝ち筋です。

プロデューサーを目指そう――「つくる人をつくる」ために

 AI時代において、クリエイターが目指すべきゴールは、単にツールを使いこなす『オペレーター』ではありません。AIという強力なリソースを開発し、指揮し、プロジェクト全体を統括する『プロデューサー』へと進化することです。

 筆者も「つくる人をつくる」という活動で数々の国際映画祭の審査員、ショートフィルムのコンテストなど国内外様々な映画や映像の作品をみる機会がありますが、個人制作のAI動画の品質やレベルは確実に上がっています。

 単なる美しさだけでなく、テクニカルなだけでなく、既存の原作へのリスペクトや、イマドキの映像シーンへの融合を、個人の感覚を大切にしたオリジナリティのある作品がたくさん生まれつつあります。

国策を使おう――AI関連施策の推進に1兆円+コンテンツ投資に550億円の基金

 先日、政府より発信されたニュースによると、我が国初の「AI基本計画案」が決定され、1兆円超をAI関連施策の推進に投資することが発信されました。産業競争力や安全保障に直結し、我が国の国力を左右する事業に投資していくとのことです。

 さらにコンテンツ分野には補正予算で550億円を超える規模の予算が決定しました。これは単年度だけではなく「基金」として使えるとのことです。これまでの話はつながっていきます。OpenAIやGoogleといった海外プレイヤーは既に、国内でのステークホルダー同士の争いを終えて、資本と「AI時代の新たな価値の創出」に目を向けています。そこには既存のIPと、しっかりとした資本投資、そして消費者に終わらないクリエイターとの共創の時代がやってきます。日本がこの分野において、従来的な視点での安心安全や国防だけでなく、安心で安全なクリエイティブAIを使える環境整備と、国防としてのコンテンツ投資が行われていくことを期待します。

しらいはかせ(白井暁彦)X@o_ob

AICU Japan株式会社 X@AICUai 代表/作家/生成AIクリエイター/博士(工学)。

「つくる人をつくる」をビジョンに、世界各地のCG/AI/XR/メディア芸術の開発現場を取材・研究・実践・発信している。