石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』

実は大ニュース? 「フォートナイト」が「Snapdragon X」対応を表明

「Easy Anti-Cheat(EAC)」の対応と合わせてArm版Windowsのゲーミング環境が広がる

「フォートナイト」のメニュー画面

「フォートナイト」が「Snapdragon X」シリーズに対応を表明

 先日、Epic Gamesのオンラインアクションゲーム「フォートナイト」が、Qualcomm製CPU「Snapdragon X」シリーズを搭載したWindows PCで、年内に動作するようになるという発表があった。

 発表は控えめな印象で、SNSで話題になったという感触もない。ゲーマーを含め、このニュースに注目した方は少なかったようだ。

 しかしこの発表は、PCゲーム業界に意外なほど大きなインパクトを与えるかもしれない。ポイントはアンチチートプログラムの「Easy Anti-Cheat(EAC)」の存在だ。

Arm版Windowsにおけるゲームの壁となっているEAC

EACのWebサイト

 「フォートナイト」には、「EAC」がセットされている。競技性の高いアクションシューティングゲーム、特に人気タイトルでは、チート問題が常に取りざたされる。その対策として、「EAC」は欠かせない存在だ。

 しかし現在の「EAC」はx64アーキテクチャ向けに作られている。「Snapdragon X」シリーズはArm64アーキテクチャなので、「EAC」は動作しない。「Copilot+ PC」にいち早く対応した「Snapdragon X」シリーズだが、「フォートナイト」は動作しない状態だ。

 Arm版Windows 11には、「Prism」という強力なエミュレーターが搭載されており、x86/x64アプリケーションも、さほどパフォーマンスを落とすことなく実行できる。互換性も非常に高く、ほとんどの一般向けアプリケーションは動作するし、一般的に動作が難しいとされるゲーム作品もかなりの割合で動作する。

 しかし、「フォートナイト」を始めとした「EAC」利用タイトルは一切動作しない。「EAC」はカーネルレベルで動作する強力なアンチチートプログラムだが、「Prism」はカーネルレベルの動作まではエミュレートしない。よって現状では、「EAC」利用タイトルは「Snapdragon X」シリーズでは動作しないのである。

 つまり「フォートナイト」が動作するためには、「EAC」が「Snapdragon X」シリーズに対応する必要がある。「EAC」を外すという選択肢もあるが、チート行為の抜け穴を作ってしまうため、非現実的だ。

 今回の発表は、「フォートナイト」が「Snapdragon X」シリーズに対応するというだけの話に見えて、実際には「フォートナイト」のゲーム本編に加え、「EAC」も「Snapdragon X」シリーズに対応するという発表でもあるわけだ。

「EAC」の対応は他のゲームにも大いに影響

「フォートナイト」が「Snapdragon X」シリーズに対応すると発表したWebサイト

 では「フォートナイト」が「Snapdragon X」シリーズに対応したら、あらゆる「EAC」利用タイトルが「Snapdragon X」シリーズで動作するようになるのかどうか。答えはEpic Gamesの発表(英文)の中に書かれている。

 これによると、「EAC」はまず「フォートナイト」向けとして対応しつつ、Epic Online Services SDKを通じて他のタイトルの開発者にもサポートを提供するとしている。「フォートナイト」は最初の対応タイトルであるとともに、実証実験の場でもある。

 最終的に各タイトルの開発者は、ゲームに実装した「EAC」を「Snapdragon X」シリーズ対応のものにスイッチすることで、「Snapdragon X」シリーズでのゲームの動作が可能になる。ただしゲーム自体が「Snapdragon X」シリーズで動作するかどうかは別途検証なり、Arm64向けプログラムを開発するなりといった手間は発生する。

 ユーザーの視点では、「フォートナイト」の対応後、すぐさま全ての「EAC」利用タイトルがプレイできるわけではない。開発者の作業は必要になるため、「フォートナイト」に遅れての対応になるか、あるいは手を加えられることなく未対応のままとなるかだ。対応可否はタイトル個別の問題となる。

 ただ基本的には、Arm版Windowsには「Prism」という強力なエミュレーターを搭載しているので、「EAC」の問題さえ突破できれば動作するタイトルは多いはずだ。ただ、主にGPU性能の制約により、パフォーマンス的に厳しいというタイトルも多いとは思う。

Arm版Windowsがゲーマーに選ばれる日が来るかも

 このニュースを聞いて喜ぶ方は、おそらくそう多くはない。現状で影響を受けるのは、「Snapdragon X」シリーズを搭載したPCを所有していて、PCゲームをプレイしている方に限定されるからだ。ゲームプレイのために「Snapdragon X」シリーズ搭載PCを選んだ方は、現状ではほぼいないだろう。

 ただ、将来的にはどうだろう。マイクロソフトはつい先日、ノートPC「Surface」シリーズの新型を発売したところだが、いずれも「Snapdragon X」シリーズを搭載したものだ。

 現行のコンシューマー向け「Surface」シリーズは全て「Snapdragon X」シリーズを搭載しており、x64アーキテクチャのCPUを採用した製品は法人向けにしか用意していない。つまりWindowsを提供するマイクロソフトは、「Snapdragon X」シリーズ、ひいてはArm版Windowsを強く推進している状態だ。

 そこに「フォートナイト」というビッグタイトルが対応を発表する。「フォートナイト」は建築要素を絡めたアクションシューティングゲームだが、最近では建築や冒険を主とした協力型のゲームや、リズムゲーム、さらにはユーザー制作コンテンツなども展開している。「フォートナイト」は今や1つのプラットフォームのような存在だ。

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 そして「EAC」という、PCゲーム業界で最も多く採用されているアンチチートプログラムも対応する。多くのゲームソフトが「Snapdragon X」シリーズで動作するようになり、PCゲーマーがArm版Windowsを忌避する感覚も薄れていくだろう。合わせてゲーム本体のArm版へのネイティブ対応が進めば、むしろこちらの方が動作が軽い、あるいはコストパフォーマンスが良いと評価されるかもしれない。

 さらにArm版Windows PCに、より強力なGPUを搭載できるようになれば、ヘビーな3Dゲームのプレイも現実的になる。自分がプレイするゲームが快適に動作するなら、ゲーマーが製品を購入する際の選択肢に入れられるようになる。

 ゲーム開発者としては、x64とArmの両方に対応する作業が求められるのは嬉しくないと思うが、商業的にArm版を出す価値があると判断したら対応を進めるだろう。「フォートナイト」が対応するならウチも、と考える開発者もいるかもしれない。

 例えば、同じく「EAC」を利用している「Apex Legends」は、昨年、チート対策としてLinuxからのアクセスを遮断した。では「Snapdragon X」シリーズへの対応はするのだろうか? 商業的なメリットよりチート対策の手間が大きいと判断するかもしれないが、パフォーマンス的には現状の「Snapdragon X」シリーズの内蔵GPUで十分遊べそうに思う。

 今回のニュースは、『これは小さな一歩だが、PCゲーミングにとっては大きな飛躍だ』と後に語られることになるのかもしれない。このニュースを念頭に置き、年末あたりの動きを見ておくと、PCゲームの未来が少し面白く見えてきそうだ。

著者プロフィール:石田賀津男(いしだ かつお)

1977年生まれ、滋賀県出身

ゲーム専門誌『GAME Watch』(インプレス)の記者を経てフリージャーナリスト。ゲーム等のエンターテイメントと、PC・スマホ・ネットワーク等のIT系にまたがる分野を中心に幅広く執筆中。1990年代からのオンラインゲーマー。窓の杜では連載『初月100円! オススメGame Pass作品』、『週末ゲーム』などを執筆。

・著者Webサイト:https://ougi.net/

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