石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』

Googleが「Stadia」で諦めた「クラウドゲーミング」とは何か?

 PCゲームに関する話題を、窓の杜らしくソフトウェアと絡め、コラム形式でお届けする連載「石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』」。PCゲームファンはもちろん、普段ゲームを遊ばない方も歓迎の気楽な読み物です。

「Stadia」が日本に上陸することなくサービス終了へ

「Stadia」のWebサイト

 Googleのクラウドゲーミングサービス「Stadia(ステイディア)」が、2023年1月にサービスを終了すると発表した。「Stadia」は2019年にサービスを開始し、およそ3年で幕を下ろすことになった。

 「Stadia」の発表当初は、インターネットを牛耳る巨大IT企業Googleがクラウドゲーミングに進出するということで、ゲーム業界では大きな話題になった。しかし今日に至るまで日本で「Stadia」のサービスが提供されることなく、サービス終了が決まってしまった。

 Googleが提供するインターネットサービスなのだから、世界中のどこでも利用できていいじゃないか……と言いたいところなのだが、クラウドゲーミングはそうもいかない事情がある。そこで今回は、クラウドゲーミングとは何かという基本的なところを解説していきたい。

クラウドゲーミングの仕組み

 クラウドゲーミングは、クラウドゲーム、ストリーミングゲームなどとも呼ばれる。仕組みをざっくり言うと、インターネット上に置かれたサーバーでゲームを動かし、その映像や音声をストリーミングビデオでクライアントに届けるものだ。

 クライアント、すなわちユーザーのPCなどの端末では、届いたストリーミングビデオ(ゲームの映像)を再生しつつ、コントローラーなどの入力情報をサーバーに送る。映像がストリーミングビデオになってはいるが、ユーザー体験としてはゲーム画面を見ながら操作するという、従来のゲームのスタイルと何ら変わりはない。

 この仕組みはイメージ的にリモートデスクトップに近いが、映像を完全にストリーミングビデオにしてしまうという力技で成り立っているのが特徴。最近はハードウェアの進化に伴ってビデオエンコードが非常に高速になるとともに、高圧縮率なエンコーダーも出てきて、ストリーミングビデオをやり取りしやすい環境が整ったのも大きい。

図解するとこんな感じ

クラウドゲーミングにはメリットがいっぱい

 クラウドゲーミングの最大のメリットは、高価なハードウェアを所有することなく、美麗な3Dグラフィックスを採用したリッチなゲームをプレイできること。通常、PCで高画質な3Dゲームを遊ぶためには、GeForceやRadeonといったGPUを搭載したPCが必要になる。最新の3Dゲームを満足に動かせるGPUを搭載するビデオカードは単体で数万円、高価なものでは10万円を超える。

 しかしクラウドゲーミングなら、手元のPCはストリーミングビデオを再生でき、コントローラーなどの操作デバイスが接続できればいい。これなら格安のノートPCでも十分に動作するし、操作さえ可能ならスマートフォンやスマートテレビでも遊べる。

 プレイする場所を問わないというのも利点だ。自宅でも出先でも、手元のデバイスが変わっても、同じゲームをすぐにプレイできる。セーブデータはクラウドで保存されるので、使用するデバイスが変わっても問題ない。

 PCやゲーム機に比べ、特定のデバイスを必要としないので場所を取らない。また高性能なPCやゲーム機はそれなりに消費電力も大きいが、クラウドゲーミングならせいぜいストリーミングビデオを再生できる程度の電力があればいいので省エネにもなるし(サーバー側では相応に電力を消費するのだが)、冷却ファンの騒音に悩まされることもない。

 最新のゲームをフルスペックで、しかも手元のデバイスを問わずに使える。ブロードバンドインターネットが普及した現代において、とても理にかなったゲームの遊び方なのである。

クラウドゲーミングのデメリット

 ではクラウドゲーミングのデメリットは何か。真っ先に思いつくのは、高価なサーバーを使用するために、利用料の支払いが発生する点だ。ただ個人でPCやゲーム機を所有するのとは違い、サーバーは多くのユーザーでシェアして使えるので、月額料金はそれほど高価にはならない。例えば「Stadia」では月額9.99ドルに設定されており、これにはサーバー利用料だけでなくゲームの利用権も含まれている。

 ユーザー個人レベルで考えると、高価なハードウェアを揃えなくていいことと、利用料の支払いを天秤にかけるだけの話であり、利用料の支払いがクラウドゲーミングのデメリットとは言いがたい。

 クラウドゲーミングの最大のデメリットは、遅延だ。サーバーでゲームを実行し、その映像をストリーミングビデオにエンコードし、インターネットを経由してユーザーに送り、ユーザーのPCでデコードして表示する。この処理にかかる時間は、ローカルPCで実行した場合に比べて、どうしても遅くなる。

 このうち特に問題になるのが、インターネットでのストリーミングビデオの送信にかかる時間だ。もし「Stadia」を日本で利用できるとして、サーバーがロサンゼルスにあったら、ストリーミングビデオがサーバーを出て日本のユーザーに届くまでに数十ミリ秒の時間がかかる。東京-ロサンゼルス間の距離は約9,000kmあり、インターネット通信は光の速さを超えられないので、この程度の時間はかかる。

 さらにクライアントからの操作情報をサーバーに送信するのにも、また同じくらいの時間がかかる。つまりユーザーの操作がゲームに反映され、それをユーザーが見るためには、1往復の通信が必要になる。東京-ロサンゼルス間の往復通信だと、光速でも約60ミリ秒。加えて通信の処理にもある程度の時間が取られるので、ベストな状態でも100ミリ秒を切るのは難しい。

 ゲームの操作が100ミリ秒、つまり0.1秒遅れても、一般的にはそれほど気にならないかもしれない。ただ対戦アクションゲームのように僅かな時間の駆け引きが重要なゲームだと、プレイヤー目線では思うように操作ができないネガティブな違和感になる。FPSなら敵を撃ったのに射撃の発生が遅くて当たらない、格闘ゲームなら相手の攻撃をギリギリでガードしたはずなのに当たっている……といった具合だ。

 もし日本国内にサーバーがあれば、物理的距離は一気に縮まる。都内のサーバーに都内から接続すれば、通信の遅延は10ミリ秒以下に抑えられることもある。これならスピードを求めるゲームでも現実的に対応できる。

 つまり、クラウドゲーミングをローカル実行と比べて違和感のない品質で提供したければ、サーバーとクライアントの物理的な距離をなるべく近くしておかねばならない。島国の日本であれば国内にサーバーを置くのが現実的だろう。

 また映像をストリーミングビデオにして送るという性質上、映像データの画質は程度の差はあれ劣化する。特に低遅延を求めると、エンコードは短時間にしたいし、圧縮率を上げて送信するデータ量を小さくしたい。動きの少ないゲームであれば違和感は少ないはずだが、FPSのように画面がぐるぐる動くゲームは、画質の低下が目立ちやすい。

 しかしながら高度な3D処理を求めるゲームというのは、FPSなど画面がぐるぐる動かせるゲームであることが多い。ストリーミングビデオのデータ量を増やせば画質は上がるが、サーバーの帯域を食いつぶしてしまうし、クライアント側のインターネット回線速度が不十分なら映像が乱れてしまう。何とも悩ましい問題だ。

「Stadia」が日本に来るのは難しかった

 以上のようなメリットとデメリットを勘案して、Googleは「Stadia」のサーバーを日本に設置しても、ビジネス的に元が取れないと判断していたのかもしれない。

 「Stadia」はPCゲームをベースにしたサービスだが、日本はPCゲームより家庭用ゲームが優勢だ。さらに英語版のゲームをそのまま提供しても受け入れられないので、日本語ローカライズが必要になる。市場的にも文化的にも、「Stadia」が日本に来ないのは当然のことだと思う。

 それでもGoogleならやってくれてもいいじゃないかという気持ちもあるが、それ以前に海外でさえ思ったようなビジネスができなかったから撤退するのだ。「Stadia」には相当な投資をしたであろうに、ダメだと思ったらすぐやめるというドライなところもGoogleらしい。

試しに「Stadia」を利用しようとすると「あなたの国ではまだ利用できない」と表示される。まだではなく、今後も利用できないのだが
対応ゲームの数はかなり多いが、日本語対応が済んでいるものはおそらくほとんどない

 では日本はクラウドゲーミングが死滅した地域なのかというと、そういうわけでもなく、提供中のサービスは存在している。次回はその辺りの話をしていきたい。

著者プロフィール:石田賀津男(いしだ かつお)

1977年生まれ、滋賀県出身
ゲーム専門誌『GAME Watch』(インプレス)の記者を経てフリージャーナリスト。ゲーム等のエンターテイメントと、PC・スマホ・ネットワーク等のIT系にまたがる分野を中心に幅広く執筆中。1990年代からのオンラインゲーマー。窓の杜では連載『初月100円! オススメGame Pass作品』、『週末ゲーム』などを執筆。

・著者Webサイト:https://ougi.net/

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