【第29回】
フリーソフト開発がもたらす利益
~シェアウェアにしない理由~
(01/10/01)
フリーソフトは身を助ける?
景気がよくならないというニュースも、もう聞き飽きたと言いたくなる今日この頃だが、これはオンラインソフトの世界も例外ではないようだ。数年前なら、公開したシェアウェアがヒットして年収ウン千万円、なんて話も珍しくはなかったし、とあるシェアウェアなどは年収2億なんていう、びっくりするような話も聞かれたものだ。ところが最近は、「シェアウェアだけでは食っていけない」という声のほうが多数派になってしまったようだ。
しかし、自作のソフトをシェアウェアにすることだけが、作者にとって利益を得られる方法ではないだろう。むしろITバブルがはじけて久しい今だからこそ、短絡的にシェアウェアで儲けられるとは思わず、発想を変えてさまざまなアプローチでオンラインソフトを見直してみることも必要ではないかと思うのだ。そこで今回のよもやま話では、あえてシェアウェアという道を選ばなかったフリーソフトにスポットをあて、それによって作者にもたらされた“利益”や、作者のユニークな試みについて、あれこれ書いてみようと思う。
就職活動の一環として
数年前のことになるが、ぼくも愛用していた海外のフリーソフトが、あるバージョンを境に突然のように開発終了を宣言したことがあった。READMEに書かれていたその理由というのが洒落ているというか何というか…。つまり作者曰く、そのフリーソフトは就職活動の一環として公開してきたものだったが、おかげで就職が決まり、同時に今後は“守秘義務”が発生してしまうため、もうそのソフトのサポートはできない、というのだ。その就職先とは、なんと米Microsoft社。公開していたフリーソフトは、いわゆるHTTPサーバーだった。
当時IISやIEのセキュリティ問題などで騒がれ始めていた米Microsoftと、その作者の就職とが、どういう因果関係にあったのか、本当のところは定かではない。しかし、現にそうして就職先を決めたフリーソフト作者がいたというのは事実であるし、ぼくの周りでもかなり話題になったものだ。フリーソフトにすることで知名度はあがり、利用者が多くなるとバグ出しもラクになるだろうし、いろいろなユーザーからのアドバイスを受けることでプログラミングのスキルもあがるだろう。就職活動のときに示すことで有利になる可能性は十分考えられる。
書籍という目の付けどころ
もうひとつ、ぼくが長年いろんなオンラインソフトに触れていて『ずいぶん面白いことを考えるなぁ』と思ったのは、とあるフリーのワープロソフト。作者は個人ではなく、おそらく中小のソフトハウスだったと思うが、機能制限などの一切ないフルバージョンのワープロソフトを完全にフリーソフトとして公開する代わりに、詳しいマニュアル本を有償で販売するというのだ。
フリーソフトなら、シェアウェアに比べてユーザー数は格段に増えることが予想される。ソフト本体が広く普及し、世間に注目されることで、すべての機能を十分に使いこなしたいというユーザーが書籍のほうを買ってくれれば、印税によって採算がとれる、という狙いなのだろう。確かに有名なパッケージソフトの解説本やマニュアル本は当時も今もたくさん出版されているし、パソコン関連のベストセラー上位にはいつもそうした書籍が入っているものだ。
ただ実際には、そのソフトの書籍がベストセラーに入ったという話は、その後1年以上たっても聞かれないのが残念なところだ。率直な話、ソフト本体は当時ぼくがざっと使ってみた限り、機能的にまだまだこれからという印象だった。しかしアイデアは面白いし、今後そうしたユニークな形態のオンラインソフトが出てくることを、個人的には期待している。
Webコンテンツとしてのフリーソフト
非常に出来のいいソフトをフリーソフトとしてホームページで公開すれば、ダウンロードしたいユーザーがおのずと集まってくるものだ。バージョンアップのたびにリピーターがやってくるし、ユーザー数が多くなってアクセス数が増えれば、Web広告で収入を得たり、別に用意した有料コンテンツに導くことも可能だ。こうした発想で公開されている(と思われる)フリーソフトや、元々そういう意図ではないにしろ結果的に同様の利益を作者にもたらしているフリーソフトは、今でもインターネット上のあちこちで見ることができる。
こうした収益モデルは作者サイトに限らず、窓の杜やベクターのようなソフトライブラリサイトでも、多くのフリーソフトやシェアウェアを集めて簡単にダウンロードできるようにすることで利用者を集め、Web広告による収入を得ている部分がある。ただし最近は、ITバブルもはじけ、以前に比べるとWeb広告のスポンサーがつきにくくなっているという話はIT関連ニュースなどでも聞いている。オンラインソフト作者が運営する個人サイトのような規模であればなおさら、よっぽどユーザー数の多い人気ソフトでない限り、最初からWeb広告だけでまとまった収入にすることは難しいようだ。
また、広告表示の機能をソフトの内部に取り込んだフリーソフトも見かけることが多くなったが、これも問題はおそらくスポンサーが現れるかどうかで、やはりソフト本来の機能とユーザー数次第ということになるだろう。今のところ成功例はほとんど聞いていない。ただ、今後はブロードバンド環境の普及が期待されることもあり、Web上ではできないような何らかの工夫をすることで、この分野の広告システムが発展していく可能性はありそうだ。
作者同士の互助精神
さて、ちょっと視点を変えると、フリーソフトを公開している作者だから得られる権利や特典というのも、一種の利益といっていいように思う。例えば開発ツールやDLL類のオンラインソフトの中には、フリーソフトを公開している作者だけに無料開放されているものが少なくない。また、シェアウェアの中にも、フリーソフト作者の登録は無料とうたっているものを時々見かける。こうした権利や特典は、直接的な金銭の授受は発生しなくても、実質的にはフリーソフト作者の利益になっている。
ぼくから見れば、フリーソフトの作者は作者同士での互助精神が強いように思える。やはり同じフリーソフトを公開している者として、共感することや共通の苦労もあるだろうし、開発資金の乏しい中で互いに情報を提供し合い助け合ってソフト開発を行っているのだろう。そうしたつながりや人脈が生まれるというのも、フリーソフト作者にとっては大きな財産になるはずだ。
フリーソフト開発の魅力を知る
とまぁ、フリーソフトであっても作者が何らかの利益を得ているような例を、思いつくだけいろいろとあげてみた。特に最初にあげた就職活動での活用例などは、ぼくも最初に知ったときは驚き、またとても感心した。現在のような戦後最悪の失業率といわれる就職難の時代、フリーソフト公開という社会活動は、意外に有効な自己アピール法になるのかもしれない。
一般的にフリーソフトは、社会奉仕やボランティア活動に近いとか、作者の自己満足の意味あいが大きいなどと言われることが多いように思う。もちろんそういう明確な意識をもってフリーソフト開発に携わっている作者がいることは事実だろう。しかし、かといって作者には何の利もないかというと、決してそんなことはないのだ。むしろ、より多くの人がフリーソフト開発のさまざまな魅力を知り、それが動機となってプログラミングを学んで開発をはじめ、そして開発者のすそ野が広がることが、これからのオンラインソフト業界の活性化につながるのではないだろうか。
(ひぐち たかし)