【第37回】
オンラインソフトユーザーの連帯感
~集団心理がもたらすもの~
(01/12/03)
先週の大きなニュース
先週は大きなニュースが2つもあった。ひとつは“BADTRANS.B”ウイルスの大流行、そしてもうひとつが「WinMX」で逮捕者が出たということだ。
今回のウイルスについては以前の“Nimda”ウイルスの二番煎じ(?)じゃないかと感じる人もいるかもしれない。しかしぼくにとっては、今回のほうがインパクトは大きかった。なにせ身近な友達に感染者が出て対応に追われただけでなく、自分できちんとウイルス対策をしている人にも毎日多数の“ウイルスメール”が届いて、中には届く数が多すぎて仕事に支障をきたした、なんて人もいるくらいだったのだ。
トレンドマイクロ社のサイトにあるウイルス情報のWebページによると、この“BADTRANS.B”が発見されたのは11月24日、つまりまだほんの10日前のこと。いかに感染力が強いものかがわかるというものだろう。まぁ、窓の杜読者の皆さんなら、もうウイルス対策は済んでるという人がほとんどだと思う。しかしもし身近にまだ対策をしていなさそうな人や感染者がいれば、早急にニュースサイトなどに掲載されているウイルス関連記事や駆除ツールなどを紹介してあげてほしい。
□猛威をふるうコンピュータウイルス、過去最悪の状況へ(Broadband Watch)
http://www.watch.impress.co.jp/broadband/news/2001/11/30/virus.htm
□窓の杜 - 【NEWS】トレンドマイクロ、“BADTRANS_B”の駆除ツール「FIX_BADTRANS」を無償配布
http://www.forest.impress.co.jp/article/2001/11/30/badtranstrendmicro.html
□窓の杜 - 【NEWS】トレンドマイクロに続き、シマンテックも“BADTRANS_B”駆除ツールを提供開始
http://www.forest.impress.co.jp/article/2001/11/30/badtranssymantec.html
「WinMX」でついに逮捕者が!
さて、もうひとつの大きなニュースについても、関心のある人は多かったのではないだろうか。第23回のよもやま話でも触れたファイルシェアソフト「WinMX」で、ユーザー2人が京都府警に逮捕されるという事態が起こってしまったのだ。逮捕されたのは、総額約700万円相当のパッケージソフト100タイトルを含む2,400ものファイルを“公開”していた“悪質な”ユーザーということだが、こうしたファイルシェアソフトの利用で逮捕者が出たのは、世界でも初めてだとか。ただし今回の逮捕は、急増する違法な利用に歯止めをかけるための“見せしめ”の意味が強い、という見解も多いようだ。
もちろん逮捕者が出たからといって彼らが有罪であると確定したわけではない。現時点ではまだ起訴もされていないので、今後の行方を注意深く見守る必要はある。そして仮にもし起訴され有罪になったとしても、必ずしも「WinMX」自体に罪があるということにはならないだろう。これはかつて、画像に可逆的なモザイクをかけるシェアウェアの「FLMASK」で起こった一連の事件のいきさつからわかるように、ソフトそのものではなくその使い方に対して罪が問われているのだと思う。
ただ、今回の事件でぼくが気になっていることがある。それは、逮捕された彼らの動機と心理について。「WinMX」でファイルを公開するということは、直接的にはなんら金銭的な利益をもたらすものではない。もちろんダウンロードを目的として利用すれば話は別で、「WinMX」では一定数のファイル公開を交換条件にダウンロードを可能とするような設定にもできる。しかしそうしたダウンロードが目的のファイル公開にしては、彼らの公開していたファイル数は2,400もあったということで規模が大きすぎる。ではなぜ彼らは、逮捕という危険を冒してまで大量のファイルを公開する“悪質な”ユーザーになってしまったのだろうか。
□「WinMX」で「Adobe Photoshop」などを交換した男性らが逮捕(INTERNET Watch)
http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2001/1128/accs.htm
現代の“ねずみ小僧”!?
これはあくまでぼくの憶測に過ぎないことをお断りしておく。たぶん彼らは、いわば現代の“ねずみ小僧”のような感覚だったのではないだろうか。こうしたファイルシェアソフトは、各ユーザーが自分のHDDスペースや回線環境を提供し、便利なものをみんなで共有してみんなで幸せになろう、といった発想で開発され配布されている。ただ、それがたとえ他人の著作物(=資産)であっても共有したい、と考えてしまうと大きな問題があるわけだ。
彼らとて、ソフトウェアなど他人の著作物を「WinMX」で“公開”することにより著作権法違反の罪に問われる可能性があるということは、理解していただろうと思われる。家屋に忍び込んで物を盗むわけではないものの、他人の資産を世間に勝手に配布するという行為は、まさにネット時代の“ねずみ小僧”と言えよう。また、これまで「Gnutella」や「Napster」を含めたファイルシェアソフトが世界的に社会問題にはなっていても、実際には逮捕者が出ていなかったということも背景にありそうだ。『まさか自分が捕まるわけがない』と思っていたのかもしれない。
「WinMX」のユーザーは日本にも100万人以上いるという。実際、「WinMX」を使ってたとえば「モーニング娘。」などの文字列で検索すると、何十というファイルがリストアップされる。何か著名なパッケージソフトの名前でファイルを検索しても同様だ。こうして目に見えてユーザーの多さがわかるということが、『こんなにもユーザーがいるんだから自分は大丈夫だ』という誤った判断につながったということもあるように思う。これは一種の連帯感や集団心理、つまり「赤信号みんなで渡れば怖くない」に通じるものだ。自分だけが“ねずみ小僧”をやるのは気が引けるが、みんなでやるなら怖くない、というわけだ。
連帯感や集団心理の“効果”
こうしたユーザー同士の連帯感は、悪い方へ向くと今回のように善悪の判断を鈍らせるという結果になってしまうこともある。しかし、ぼくが思うにユーザーの連帯感というのは、本来オンラインソフトを使う上では、さまざまな場面で良い方向へ向きやすいものだと思う。むしろいい面でオンラインソフトの特長になっている場合が多い。
たとえば、オンラインソフトには作者がサポート掲示板を開設しているものが多数ある。サポート掲示板にユーザーからのカキコミが多いと、『自分も感想や不具合報告を書いてみよう』という気持ちになりやすい。これがもし誰一人のカキコミもない閑散とした掲示板だったりすると、たとえ不具合に遭遇しても、なかなか報告しにくい面がある。また、ソフトライブラリ系のサイトでダウンロードランキングなどを見てダウンロード数の多いソフトは、『自分も使ってみよう』という気持ちになる。特に初心者ほど、みんなが使っているならそれだけ安心して使える優れたソフトなのだろうという判断がはたらきやすいものだ。
また、チャット系のソフトでは、この傾向がさらに顕著になる。ユーザー同士のコミュニケーションが重要なチャット系のソフトでは、チャットする相手がいなければ文字通り“話にならない”ので、ユーザー数の多さがポイントになる。周りで使っている人が多ければ『自分も使ってチャットに参加してみよう』という気持ちになりやすいし、より多くのユーザーとチャットができれば飽きにくく、楽しいものだ。
現在のようにインターネットでの入手や利用が多くなっているオンラインソフトでは、それだけユーザー同士がインターネットを介して接触する機会も多くなっているということでもある。また、チャット系のソフトのように直接ほかのユーザーを画面上で見ることができるものや、「WinMX」のように直接ユーザーは見えなくてもファイル検索の結果として表示されるソフトでは、自分以外にも多くのユーザーがいるということをより具体的に感じることができる。こうしたオンラインソフトのユーザーには、連帯感や集団心理が生まれやすいと言えるのではないだろうか。
どうコントロールするか
大事なことは、そうして生まれた連帯感や集団心理を、いかにして良い方へ向け、悪い方へ向かないようにするかということだ。そのためにはオンラインソフトを使うユーザーひとりひとりが、この機会に改めて気を引き締める必要がある。『何をやっても自分だけは大丈夫だろう』という安易な考えは捨てたほうがいいし、何をやるにしても、その責任は自分がとらなければならないのだ。
そしてもし可能なら、作者がソフトウェアの仕組みとしてユーザー心理に何らかを訴えかけることができれば、なおいいだろう。たとえ『自分だけは…』と魔がさすユーザーが出てきたとしても、ソフト側で最初から悪いことには利用できないように防止策がとってあれば、ユーザーに罪を犯させる心配がない。例えばファイルシェアソフトであれば、「Napster」のようにフィルターをつけるのも防止策のひとつだろう。
こういった犯罪抑止策が、オンラインソフトを提供する側の良識や常識として、自然に広まっていくことをぼくは切に願っている。それがオンラインソフト作者の責任かどうかはともかく、訴訟が起きたり法律による規制や罰則などができてから初めてそういった仕組みが搭載されるなんてのは、オンラインソフト社会には似合わないと思うのだ。
(ひぐち たかし)