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【mocopi開発者インタビュー・後編】いま、これからアバター・メタバース世界で生きる人々にとっての「mocopi」とは? その思いを聞いてみた

「mocopi」の開発者、ソニー モーション事業推進室 室長の相見猛氏(画像左)と佐藤聡氏(右)

 VTuberやメタバースのクリエイターたちを巻き込んで大きな話題となっているソニーのモバイルモーションキャプチャーデバイス「mocopi(モコピ)」。500円玉サイズほどの6つの小型&軽量センサーを頭と手足、腰に専用バンドを使って装着し、スマホの専用アプリと組み合わせることで、誰でも手軽に3Dでフルボディトラッキングできるモーションキャプチャーツールです。

 本稿は、その「mocopi」を開発したソニーのモーション事業推進室 室長の相見猛氏と、同じくモーション事業推進室所属でVRキャラクターコントロールツール「バーチャルモーションキャプチャー(ばもきゃ)」の開発者でもある佐藤聡氏、お二方へのロングインタビューの後編となります。

 2部構成で展開している本インタビュー。先にお届けした前編では「mocopi」のデバイスそのものの魅力について、開発者から見たその強みや弱み、SDKを公開した狙いなどを語っていただきました。続く今回の後編では、VTuberをメインターゲットにした背景をはじめ、これまで寄せられた「mocopi」の使い方やアバターによるコミュニケーションのあり方、ソニーのメタバースへの関わり方などについてお届けします。

 今回のインタビューを通して、バーチャル空間で活躍するクリエイターたちに向けて「mocopi」を創り出した開発者の思い、そして気になるメタバース界への展望も伺うことができたと感じています。この先も多くのクリエイターが「mocopi」を活用した多彩な作品を世に送り出してくれることを想像すると、私もワクワクが止まらなくなりました。

 限られた時間の中ではありましたが、改めまして大変多くの質問に包み隠さずお答えいただけたことに感謝いたします。それではどうぞお楽しみください。

「mocopi」

“アバター”も“リアルアバター”も全員「アバター」であることを当たり前にしたい

――もともと最初のターゲットとして想定されていたのは、VTuberのような3Dアバターを動かすクリエイターだったのでしょうか。

相見氏:身体の動きを簡単にデータ化できる技術の使い道として、VTuberさんのようなクリエイターは1つの有力なターゲットと思っていました。そのほかではフィットネスでの活用なども含めて検討していましたが、多くのVTuberさんとの会話を通じて、3Dでの表現をもっと簡単にしたいという切実なニーズがあるとわかったため、一旦VTuberさんを1つのユーザーのベンチマークとして、そこに向けて作り込んでいきました。

 VTuberさんたちはコンテンツ制作者ですので、そこに対するクオリティをしっかり担保することで、メタバースで遊ぶ一般のユーザーの方々に対する品質や精度もカバーしていけるということで、開発優先順位をつけました。

――そのようなクリエイターはあまり外に出ないイメージがあります。「mocopi」を開発する段階から「外でも使って欲しい」と考えていたのでしょうか。

相見氏:VTuberさんが、いま外に出てない大きな理由の1つが「そもそも外に出る機材を持っていない」ところだと思っています。大きさも含めてですが、これまでは「明らかにいまモーショントラッキングしているよね」といった機材しかなかったと思います。

 基本的に身バレができないVTuberさんたちが、簡単に外に行くというのは難しかったと思います。「mocopi」のセンサーであれば、裾の下に全部隠すこともできますし、頭のセンサーもニット帽や帽子を被れば、センサーを身に着けていることを悟られずにモーションキャプチャーをすることも可能なので、外ロケも含めてコンテンツの幅が広がればと思い、作っていました。



――そういった意味で「mocopi」はバーチャル世界、バーチャルに生きる人々を変えるデバイスなのでしょうか。

佐藤氏:そうですね。僕はアバターが活躍できる幅をもっと広げたいと思っていて、誰でもアバターを持っている世界になって「自分ではもっとこういう表現をしたいんだけど、いまはできない」ことをどんどんなくしていきたいな、と思っています。外で動いたり、いままでできなかったようなさまざまな表現が可能になることを期待しています。見たことのないモーションや、僕らが全く思いついていないようなことも、「mocopi」をどんどん使ってこれから見れるんじゃないかなと思っていて、それをすごく楽しみにしていますね。

相見氏:私も基本は同じ意見です。SNSなどの顔アイコンに関して、特に日本の文化圏では、自分の写真ではなくキャラクターや自分で作ったキャラクターの絵を使っていたりしますよね。そういった自己表現の形がメタバースサービスにおいてはアバターになりますが、これまでは「アバターを自由自在には動かせないし、そもそも自分専用のアバターを持ってないし」のような状況だったと思います。

 「mocopi」はモーションを作る機材なので、アバターは作れないですが、同じようにアバターを簡単に、自分好みにカスタマイズできるようなサービスが他社様を含めて出てきたときに、誰もがアバターで自在にコミュニケーションできるようになると思います。

 その時には、仮想空間上でリアルな容姿のアバターで会話する人もいれば、キャラクター調のアバターの人もいるし、さらには現実空間へ投影して、現実の人間(リアルアバター)の前にアバターが現れてコミュニケーションすることも当たり前になる。人間の自己表現が、現実の自分自身なのか作られたものかを問わず「全員アバター」として、どこでも共存できるようにしていきたいです。そのための方法論の1つに、モーションの方向から取り組んでいます。

「mocopi」公式アバターで、プリセットアバターの1人であるRAYNOSちゃん

ファンコミュニティをはじめとしたユーザーの生の声として、細かいけれど重要なところをまず知りたい

――「mocopi」は、発売前からDiscordなどでのファンコミュニティが非常に盛り上がっていると思うのですが、ソニーとしてファンコミュニティに何か還元していく予定はありますか。

相見氏:あのDiscordは、HIKKY所属の育良さん(育良啓一郎氏)が立ち上げていただいていて非常に感謝しています。そこだけではなくて、今回はすごくコミュニティが強い文化圏での商品なので、我々が公式・非公式問わずファンコミュニティといろいろコミュニケーションを取る中で「こういうものを作っていってほしい」との声を伺ったり、お礼を言ったりして、ぜひコミュニティとつながっていきたいと思っています。

有志が立ち上げたDiscordコミュニティ

――先日、ラスベガスで開催された「CES 2023」の場で展示された際には「こういうアイディアがあったらコメント欄に書いてほしい」とTwitter上でユーザーに呼びかけられていました。そういったユーザーからアイデアを募集するような方向性はあるのでしょうか。

相見氏:どちらかというと本当にユーザー様の生の声として「もっとこの機能をこのときにも使えたらいいのに」といった、細かいけれど重要なところをまず知りたいので、お話を聞いていきたいですね。

――そのようなビジョンがあるからアプリケーション開発用のSDKを公開されているのでしょうか。

相見氏:SDKに関してはちょっと違っています。お客様の声を直接聞くという1つ重要なアクティビティが、コミュニティと会話をしたり、SNSに取り込む理由です。一方で、SDKに関しては純粋に「mocopi」を使ってできる世界を広げたいという思いです。先ほどからのコメントにあった通り、我々としてVTuberさんやVRChatユーザーさんの文化圏に関しては、まずはしっかりソニーとしてサポートしていきます。

 ただ我々が思いついていなかったり、思いついていても手が出せていなかったりする領域があると思います。人間の体をデータ化するという領域に関して、この商品を面白いと思っていただいた方が「これでビジネスしてみようか」と思って、どんどんいろいろなユースケースを作っていただくというのが、我々が望んでいる発展の仕方で、そのためにSDKを公開しています。

アプリ開発用の2種類のSDK。左が「mocopi Receiver Plugin」のイメージ図
右が「mocopi Mobile SDK」(近日公開予定)のイメージ図

――ちなみに、現状のフィードバックで「そういうmocopiの使い方は思いつかなかったな」と感じたユーザーの使い方は何かありましたか。

相見氏:いまはまだ想定していた範囲内ですね。VTuberや3Dアニメーション制作の用途は想定していましたし、直接自分たちでは手掛けていないのですが、想定していた使い方として、スポーツやフィットネスのような分野で使ってみたい、という問い合わせが何件か来ていますね。

佐藤氏:「防水なのでお風呂に入れる」みたいな声はありましたね(笑)。防水なのでシャワーを浴びれるんじゃないかと。

相見氏:でも裸のときは腰クリップがつけられないみたいな(笑)。お風呂に入るのは推奨の使い方ではないですけど。

 また、これはなかば想定していたユースケースなのですが、やっぱり来たかというのが「睡眠」ですね。VR空間で寝る方々がいるじゃないですか。その時に腰のセンサーが後ろだと寝るときに潰してしまうので、寝るとき用にお腹側につけられないか、といった話は出ていますね。

 とはいえ、数時間もの睡眠時間に渡って美しいモーショントラッキングを維持するというのは至難の技です。ある程度のタイミングで再キャリブレーションをしたり、ポーズのリセットをしたりしなければいけないので、さすがに1時間も寝ていたらちょっと難しそうだなという感じです。

腰クリップで身につけたセンサー

「メタバース=3D空間」の中で自己表現をしていくことがもう少し一般化してくる

――VRChatとの連携も可能ですが、そういったバーチャル空間でフルトラッキングに使えるのは副次的なターゲットだったのでしょうか。

相見氏:副次的というほどではないのですが、VTuberさんも含めて、やはりこの文化圏の方々は同じユーザー層で、VRChatをよく利用しているところはかなり早い段階から見えていました。実はあきらさんもVRChatで2万時間ぐらい過ごしています。VRChatなどでも同様にフルトラッキングで遊べたら嬉しいという需要があるんですよね。これまではフルトラッキングをするために、非常に高価で複雑な機材が必要だったので、「そこが簡単にできたらすごく嬉しいよね」というのは、すぐに調査でわかりました。

 ただし、ビジネスの優先順位的には用途別の差はつけてません。実際に販売の状況を見ると、VTuberさんであったり、VRChatユーザーであったり、等しく皆様がSNS上で「これ欲しい」、「買った」と言っていただいており、どちらも大事なお客様だと思っています。

――連携というと、先日、HIKKYの「MyVket」の発表時には「外でメタバース体験をする」といったこともアピールされていました。その辺りも「mocopi」の特徴とマッチしているから協力に至ったという形でしょうか。

相見氏:そうですね。HIKKYさんとは結構お話をさせていただいていて、意気投合した部分がまさにそこでした。「VR空間と現実空間との間に違いはなくて、どちらの世界にもアバターはいてもいいよね」と。今回外にも持ち運べるようにしたのは「どこでも、こういったものを使っていくことが当たり前になるのを目指していきましょう」ということが1つの思いとしてありますね。

HIKKYの新ソリューション「unlink」と「mocopi」との連携

――「mocopi」はメタバース分野にも活用できると期待しているのですが、ソニーとしてメタバースの未来についてはどのようにお考えでしょうか。

相見氏:あくまでこのモーション事業をしている個人的な立場でのお答えになるのですが、今後社会全体の投資も含めて、メタバース世界というのがもう少し一般化してくると思っています。メタバース空間はゲームや特別なイベントのためだけの空間ではなく、生活環境の一部になると思っています。そういったことが当たり前になっていく中で、「メタバースでの生活がリアルの世界での生活と寸分違わずにできるようにしていく」ことが目標値の1つでして、まずは「動きから」解決していこうというところです。

 一方、ソニー全体としては、さまざまなクリエイターさんの自己表現や、コンテンツ制作に最適なソフトウェアとハードウェアを提供していくことが目指す方向性の1つです。

 「メタバース」を定義するのはとても難しいのですが、1つには3D要素があると思います。3D空間の中で表現を作っていく重要な要素の1つがモーションだと思っており、今回モーションキャプチャーデバイスを開発いたしました。

――なるほど。たまたまなのかもしれませんが、「mocopi」の公式サイトに「メタバース」という言葉が出てきていないように感じたのですが、メタバースに対する視野はあるということなのですね。

相見氏:そうですね。メタバースは我々ソニーがというよりは、世界全体で1つのしっかりとした動きで広がっていくと思っていますので、その中で我々が何をサポートできるかと考えたときに、我々がもともとオーディオや映像でやってきた流れからも含めて「クリエイターさんを支援していく」というところは一貫した方針です。

――ちなみに、3D空間の中で「アバターに足が生える」ことがよく注目されますが、そのような体験についてはどう考えられていますか。

相見氏:何のためにメタバースに入っているかを理解するのが重要だと思います。基本的にはコミュニケーションの目的だと思うのですが、人間のコミュニケーションが上半身で完結するかというと、やはり動き回ったり、ちょっと変なポーズをしてみたりとか、身体全体を使った表現を使っていますよね。その中には自然に足や腰の動きもあって、その表現ができるかで大きな差があるかと思うんですね。

 「どうせこれはアバター」なのか、あるいは「自分を託せるもう1つの身体なのか」の違いは大きくて、足が重要というよりは体全体の表現がより自然にできることが重要だと思います。「mocopi」では手指や顔はまだ取れていないですが、他社様のソリューションも含めてそれが簡単にできるようになることで、自分と自分のアバターの一体感を増していくことがすごく重要な要素だと思っています。

――それでは最後になりますが、新しくモーショントラッキングやフルトラをやってみようかな、という方に対して何かメッセージを頂戴できますか。

相見氏:今回嬉しかったことなのですが、ただただ自分の動きがアバターに適用されて動くというのを、みんな笑いながら楽しんでくれるんですね。

 自分自身の動きが3Dのもう1人の自分に適用されるという体験を、まずは楽しんでもらいたいなと。そしてこういうコミュニケーションもあるんだ、というのを理解していただけたら、自分専用のアバターを作ってみたり、メタバースサービスで遊んでみたりと、この領域にちょっとずつ足を踏み入れてもらえればと思っています。そうして、この業界のユーザー様が広がっていくことが、我々にとって1つの大きな成果だと思っています。

――ありがとうございます。今後の意気込みもいただければと思います。

相見氏:今回価格帯やデザインを含めて、これまでアバターやVTuber、VRChatなどにあまり興味を持っていなかった方々にも、この文化が面白いというところを体感してもらいたいとの思いで「mocopi」を発売させていただきました。ぜひ一緒にこの文化を広めていきたいと思っています。

佐藤氏:自分自身も普段はアバターで活動しているので、そういう方も含めて、もっと喜んでもらえるようなものを作っていきたいと思っているので、よろしくお願いします。

「ばもきゃ」の開発者 あきらさん

――貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

ソニーストアで「mocopi(QM-SS1)」を購入する

著者プロフィール:でんこ

バーチャルに活動の場を移したゲームライター。得意分野はビデオゲーム全般だが、最近はメタバースへの関心が強い。
ライターとしてさまざまなメディアで執筆する一方、メタバース内ではラジオパーソナリティや、DJなどの活動を通して、メタバースの魅力を多くの人に伝えるべく活動中。

・著者Webサイト:https://note.com/denpa_is_crazy/