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「メタバースがITのバズワードとして消費されてしまうのはすごくもったいない」 ~バーチャル美少女ねむにメタバースの「いま」と「みらい」を直接聞いてみた【単独インタビュー】

「ITエンジニア本大賞2023」ビジネス書部門 大賞受賞記念

「バーチャル美少女ねむ」さん。NeosVRの世界から「ITエンジニア本大賞2023」のトロフィーとともに

 何かとメディアで取り上げられることが多いバーチャル上の仮想空間「メタバース」。まだまだ言葉が先行している印象で、誤解に基づく情報がニュースになったりと、「そもそもメタバースって何?」というような声も少なからずありません。

 その一方で、メタバースで暮らす「メタバース原住民」と呼ばれる人々がいます。その1人がバーチャル美少女ねむさんです。現在、自称・世界最古の個人系VTuberにしてメタバース文化エバンジェリストとして活躍しており、メタバース文化に関する情報発信や解説を精力的になされています。

 そして2022年3月に出版された『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界(以下、メタバース進化論)』では「メタバースは人類の進化である」と伝え、原住民が語るメタバース解説書の決定版として「ITエンジニア本大賞2023」(翔泳社主催)のビジネス書部門で大賞を受賞しました。

「ITエンジニア本大賞2023」ビジネス書部門で大賞を受賞した『メタバース進化論』

 「ITエンジニア本大賞」は、ITエンジニアに読んでほしい技術書・ビジネス書を選ぶイベント。毎年、Web投票と著者・編集者が自らアピールするプレゼン大会の2つを通して大賞が決定されます。

 弊誌では今回、この「ITエンジニア本大賞」の受賞を記念して、バーチャル美少女ねむさんご本人に単独インタビューを行ないました。大賞を受賞した感想をはじめ、気になるメタバースを人類の進化と呼ぶ理由やMetaの動向、初心者に向けた必勝法など、彼女の考えるメタバースの「いま」と「みらい」について伺いました。著名な原住民にして伝道者の“メタバースへのまなざし”とは一体いかなるものなのか、ぜひお楽しみください。

ITエンジニアの方に「自分ごと」だと響いたことが、今回選ばれた理由の1つだと思う

――改めて「窓の杜」の読者向けに自己紹介をお願いできますか。

バーチャル美少女ねむさん(以下、ねむさん):私は、もともとはメタバースというよりは、いまで言うVTuber(バーチャルYouTuber)として活動を始めました。現在は、ホロライブ、にじさんじなどが当たり前のように認知されていますが、私はVTuberブームが起きた2017年末の前からバーチャル美少女ねむとして活動しており、「世界最古の個人系VTuber」を名乗っています。

――「ITエンジニア本大賞2023」を受賞されたいまのお気持ちを教えてください。

ねむさん:今回は5分間のプレゼンでしたが、めちゃくちゃ練習しました。実はプレゼンの様子を自分で録画して、私のYouTubeチャンネルで公開しています。結構言いたいことが多くてなかなか5分間に収めることができず、直前まで試行錯誤を繰り返していたので、受賞の瞬間は本当に嬉しかったです。

プレゼン5分で大賞作家になってみた!!! ITエンジニア本大賞2023受賞の瞬間【メタバース進化論】

――プレゼンを思い返してみるといかがでしょうか。

ねむさん:正直不利な立場だと思っていました。「ITエンジニア本大賞」は、文字通りITエンジニアの人が投票する賞なんです。ITの実務に今すぐ役に立つ本が入賞する傾向がこれまであったので、それを分析した上で今回のプレゼンテーションに挑みました。私の本はITエンジニアの仕事に明日から役に立つ訳ではないですからね。

 「ITエンジニア本大賞」には技術書部門とビジネス書部門の2つがあり、私がエントリーしたビジネス書部門も、これまでの受賞者の傾向を見て私の本が入選するのはかなり厳しいと思いました。そこで今回徹底的に考えて、本の中で語っている「メタバースのあるべき姿を取り戻したい」というコンセプトに絞ってプレゼンすることにしました。いまは誤った投機的なメタバース観が広まっていますが、メタバースの真の可能性を実現するのは一朝一夕でできるものではなく、ITエンジニアの皆さんの力が必要だと訴えました 。「私と一緒に、未来を作っていきましょう!」と、ITエンジニアの方が「自分ごと」だと思ってもらえるような工夫をしました。

 それがITエンジニアの皆さんに響いたことが 、今回選ばれた理由の1つだと思うので、たいへん嬉しいです 。また歴代受賞者の方が怱々たる面々なので、そこの中に「バーチャル美少女ねむ」って並んでるのはすごくないですか? 来年も再来年も永久に残り続けるんですよ!

大賞受賞の気持ちを語る「バーチャル美少女ねむ」さん

――そこまで「バーチャル美少女ねむ」という存在として精力的に活動される理由はどこにあるのでしょうか。

ねむさん:私の活動コンセプトはやはり、バーチャルキャラクターになって自由に活動していく、というところなんですよね。VTuberも今回のメタバースもそのためのツールにすぎないと思っていて、私が本質的にやりたいことは、自分の中でなりたい自分を取り出して、そのキャラクターで生きていく。「生きていく」っていうのはどういうことかというと、単にアバターを纏っているだけでは生きていることにはならないと思っていて、例えば経済活動に参加したり、本を書いて世の中に認められることであったりとか、そういう社会と関わっていくことが本質だと思うんですよ。そういう意味で今回、歴代大賞リストに「バーチャル美少女ねむ」という名前が残ったことは、今後こうしてバーチャルキャラクターとして活動をしていくメタバースの住人やVTuberの方にとっても、可能性が一段広がったのかなと僭越ながら思っています。私の活動コンセプトそのものを体現できたという意味で本当に嬉しいです。私のいままでの活動のマイルストーンというか、ずっとやりたかったことが遂にできたと思っています。

――そうですね。私もそうですがバーチャルに暮らす住民の可能性が広がったというのは感じています。

ねむさん:実は、我ながらすごく恥ずかしい名前だと思っているんですよね。「バーチャル美少女ねむ」って(笑)。私がVTuberを始めた時はまだルールのようなものはなかったんですけど、最近は「キズナアイ」、「ミライアカリ」といった人間と同じような名字と名前の組み合わせを名乗るのが一般的で、名前だけ見るとVTuberなのかどうかわからない場合が多いと思います。では私がなぜ敢えてこんな名前を名乗っているかというと、「現実の自分とは違う自分になってるんですよ」という私の活動コンセプトを、名前を見ただけでわかるようにしたかったんです。

 逆に言うと、私はこういう「賞」のようなものはすごく取りにくかったと思うんですよ。 これはちょっと穿った見方なのかもしれないですけど、世の中にあるビジネス本系の賞は、審査員が最終決定する、というのが多いんですよね。変なことをしたら権威が落ちちゃうじゃないですか。でも「ITエンジニア本大賞」は、運営している翔泳社さんが本当にガチでやっている実力勝負の賞です。投票の数字だけで決まるタイプの賞なんです。

 本がよければ、みんなの心に響けば、鬼でも悪魔でもバーチャル美少女でも大賞を取ることができる。だから私にとってピンチであると同時にチャンスでした。「バーチャル美少女ねむ」が受賞でき たら、その扉をこじ開けられると思ったんですよね。私が大賞を取ったあとの世界では、VTuberやバーチャルキャラクターのビジネス本が大賞に選ばれることは当たり前になる、そういう世界を作りたかった。

「ITエンジニア本大賞2023」これまでの受賞作品の例

――この賞はハウツー本だったり、「○○の儲け方」といったテーマの本が受賞するのが多かった印象です。その中でメタバースという、ある意味先端的な分野の本が受賞するのはすごいことだなと思いますね。

ねむさん:ありがとうございます。今回エントリーしてプレゼンしたのが全6名で、各部門ごとの上位3名がプレゼンしたのですが、ほかの本は、ほぼ全部「プログラミングの書き方」のような実用書ばかりでした。あと、私のプレゼンの発表順が最後だったんですよね。最後ってみんなもう誰に投票するかを決めちゃってると思うので、絶対不利だと思ったんですよ(笑)。

 投票者であるITエンジニアのみなさんに「メタバースなんて自分とは関係ない」と思われたら終わりだと思っていました。逆に私に有利な部分がただひとつあるとしたら、「私はメタバースからプレゼンしてます!」というインパクト、これしかないと思ったんです。プレゼンも後半になると、みんな多分ちょっと眠くなってくると思うんですよ。インパクトでみんなを叩き起こす! 「なんかヤベえ奴が居るぞ、メタバースの中からプレゼンしてるやつがいるぞ」みたいな。そういうのでまず目を引く。でも目を引くだけだとおそらく投票にはつながらない。「なんか面白いのあったね、でも役に立つ本はプログラミングの本だよね」と思われてしまったらダメ。

 なので、やっぱり殺し文句がないとダメだと思いました。そこで「メタバースの世界は発展途上です。ITエンジニアの皆さんの力が必要なんです! 私たちと未来を作りましょう!」と。こういう感じで プレゼンをやりきりました。

ねむさんはプレゼンで「人類の未来を一緒に作っていきたい!」と強く訴えた

メタバースがITのバズワードとして消費されてしまうのはすごくもったいない

――ということは「一緒にメタバースを作ろう!」という思いがあって、今回の執筆を始められたのでしょうか。

ねむさん:はい。そもそもなんでVTuberとして活動を始めたかから話すと、いまはアバターやVR、仮想通貨といったさまざまな技術が出てきてますけど、そういうのを使うと、今後は人類がバーチャルキャラクターとして生きていくことが当たり前になるだろうなと感じたのがきっかけです。

 そこで、それらがまだブームでもない頃から、視聴者が全くいない状態で黙々と美少女になって配信をしていて、それがのちに「VTuber」と呼ばれるようになりました。そこからさらに一歩進んで、「メタバース」はVTuberのように配信者やアイドルみたいな特別な存在じゃない普通の一般人が、なりたい自分の姿になって生きていくことができるイノベーションだと考えています。つまりメタバースとは、バーチャル美少女としての私の思想、つまり「なりたい自分になって生きていこう!」「経済活動をしていこう!」といった私の理想が体現されたような空間なのです。

 いまはニュースやテレビでメタバースが取り扱われる場合、そういう捉え方ではないですよね。「いまメタバースに参入すれば儲かる」とか、「メタバースで稼ごう!」みたいな、残念ながら投機的な取り上げ方ばかりなんですよ。それも別に悪いとは言わないですが、要するに、Web3、DX(デジタルトランスフォーメーション)といった、いろいろなITのバズワードがこれまでもありましたよね。メタバースがそういったITのバズワードとして消費されてしまうのは、すごくもったいないことだと思います。

 メタバースは、日本の優位性がものすごく発揮できるところです。日本人でもいいし日本政府でもいいし、日本に限らず全ての人にですけど、メタバースというものは 人間の在り方そのものを変える「進化」といってよい革新的なものです。これが『メタバース進化論』という本のタイトルに込めた思いで、それを伝えたかったというのが執筆理由ですね。

――たしかに「メタバースを始めるためには仮想通貨とウォレットが必要」というような勘違いが、一部メディアの記事などで取り上げられたりしますよね。

ねむさん:昨年、何度もテレビに出させて頂いたので「違う!」と言い続けたんですよね。大分一掃できたのかなと思っていたんですけど、まだまだのようですね。ある記事の中では「メタバースとはVRゴーグルを被って没入する世界である」と書いてあるのに、なぜかその後に「始めるためには仮想通貨が必要です」と書いてあったりして、大分めちゃくちゃですね。ちなみに、たしかに仮想通貨が利用できるメタバースも中にはありますが、基本的に入る時点ではウォレットが必要ないものがほとんどで、二重の意味でその記事は間違いなんですよね。





 間違いは仕方ないんですが、残念なことに、メディアが普通の人が根底に感じている新しいテクノロジーへの恐怖のようなものを意図的に過剰に煽るケースがあるんですよね。注意喚起が必要な場合もあるのですが、事実からかけ離れた恐怖の煽り方をしてしまうケースが多々あります。

 先日あるメディアから取材を受けて、メタバースのハラスメントの状況などを調査してレポートを発表したことについてお話ししました 。セクハラだけではなくいろんなハラスメントがあることや、住人も規制を望んでいないことなどの話をして、「過剰に危険を煽る取り上げ方は絶対にやめてほしい」と何度も念を押したのですが、「メタバースでセクハラ横行、法整備急務」といった見出しで報道されてしまいました。

 「いままであなたがメタバースでずっと生活してきて一度でもハラスメントに遭遇したことがありますか? なお、ハラスメントとは『ほかのユーザーから不快な思いをさせられる不適切な行為』を指します 」と、アンケート調査を行なったのですが、これを現実世界でやったら、何%の人がイエスと答えると思いますか?

――恐らく100%に近い数字になりますね。

ねむさん:どう考えても100%に近い数字になりますよね。当たり前なんですけど。メタバースの場合は57.8%という結果でした。これをどう捉えるかというと結構難しくて、実際に暮らしている私たちメタバースの住人はわかっていることなのですが、メタバースでは現実と違って相手をミュートしたり、ブロックしたりといった自分を守る機能が充実しているので、ハラスメントから逃げやすいという側面があります。

 また、ワールドのアクセス権を自由に設定できるので、わざわざ危険な人がいるところにいかなくてもよい。そういうコントロールができるので、むしろ現実より安全な場合が多いです。調査の結果の数字も「全く問題がない訳ではないがそれでも現実よりは安全」なメタバース住人の感覚を概ね正しく表わしていると考えています。でもメディアの伝え方次第でどうにでも偏向されてしまう。まだメタバースがどういうものかをわかっていない人に「そこではセクハラが横行している」と煽ってPVを稼ぎたくなる理屈はわからなくもない。でもそれは絶対やってはいけないことだと思います。

 繰り返しになりますが、新しい技術領域には潜在的な恐怖があると思うんです。ちゃんと理解して利用すれば恐ろしいものではないというのを伝えたいのですが、なかなか難しい。それをなんとか伝えるためには、2つのことしかないと思っています。1つは「メディアに積極的にアプローチする」。私は先ほどの「セクハラ横行」 のときは、テレビ局からお声がかかり、「メタバース内での『セクハラ横行』は本当なのか」をテーマにひろゆきさんと対談させていただくことになりました。緊張して泣きそうになりながら対談したのですが、なんとかひろゆきさんに「いや、おかしいよね」と言ってもらえたので、任務達成できたかなと思っています。

 こちら側からメディアに向けて発信する。メタバースの住民は、情報発信という意味ではおとなしい人が多いと思っています。こういうものは、はじめは変わったものと受け取られがちなので怖いのはすごくわかるのですが、そのままにしていると、どんどん誤解が広まっていってしまいます。だからこちら側から積極的にアプローチして、恐れず発信した方がいいんじゃないかなと考えています。

「メタバースでのハラスメント」大規模調査報告会

執筆のきっかけについて「メタバースは誤解されている!」と語るねむさん

 そして、もう1つは「データを使うこと」ですね。データを示すことによって、もしメタバースを体験したことが1回もなかったとしても、「メタバースの住人の何%がこういう風にやってるんだな」というのが数字でわかれば、ある程度納得できると思います。その目的で書いたのが、『メタバース進化論』といえるかもしれないですね。

――なるほど。ネガティブなイメージを否定するにはメディアで発信したり、データで伝えるわけですね。では逆にメタバースの魅力を伝えることで工夫されていることはありますか?

ねむさん:思いつきでいろんなイベントをやっていますね。日々メタバースの世界で過ごしていると、本当に面白い人が数え切れないぐらいいっぱいいるんです。面白い人や出来事を見つけたら、できるだけ早くシンプルに発信するようにしているのですが、内向きな発信にならないように気をつけています。一応、作家の端くれなので、普通の人がわかる言葉で伝えるように心がけています。メタバースの住民の方はエンジニアやクリエイターさんが多く、外からみると内輪な表現になりがちなところはあるのかなと思います。

 いま体験できるメタバースはVRで没入して見ると当然ものすごいんですが、でも例えばディスプレイ越しに単なる映像として見たときに、ディズニーの最新アニメと比べたらしょうもないじゃないですか(笑)。「こんなものがリアルタイムで動いていて、それを素人が動かしているって超すごい!」と、中にいる私たちはわかるわけですが、メタバースに入ったことのない普通の人は最先端のTVゲームやディズニーの映画しか比べられる対象がないわけで、「数年前のしょぼいCGかな」と思われてしまうと残念ですよね。

 そうではなくて「これはちゃんと人がやっていて、私たちは中で生きてるんですよ」と伝えると、みんなすごくびっくりしてくれるんです。この間、私の動画配信で「無限歩行」(筆者注:現実でプレイエリアが狭い場合でも、バーチャル空間の中で長く歩いているように見せるテクニックのこと)というのをやったのですが、VRの世界で無限歩行をすると、本当に歩いている感じがしてすごくかわいいんですよ。キャラクターの実在感が格段に上がります。これでかわいい子に近くに歩いてこられると、本当にドキッとしてしまうぐらいすごい技術なのですが、これをディスプレイ越しに一般の人が見ても単にまっすぐ歩いてるようにしか見えません(笑)

 無限歩行の凄さは最近メタバース住人の間でも注目されているのですが、この凄さを一般の方にも伝えないともったいない。そこで、私は敢えて先に私の下手な「無限歩行」を見せて、いかに難しいのかを解説しました。次に上手い人がスーッとできるのを見せると、みんな凄さを理解してびっくりしてくれるんですよね。そういう見せ方を心掛けています。

「VR無限歩行」講座【愛守ノユリ × ねむ × 石野那佳】

「無限歩行」について実演しながら説明していただいた

――メタバースの外の人には伝わりにくいことを、よくわかるように伝えていく工夫をされているということですね。

ねむさん:メタバースの原住民は尖った方々だと思っています。「Unity」や「Blender」といった専門的なツールを使いこなしながら、アバターを自在に改変して、毎日こんなに重いVRゴーグルを被って生活できる、物凄く最先端な方々なので、一般的な感覚を忘れてしまいやすいんですよ。私になにか特質があるとしたら、一般の感覚を見失わないということ。それが私が本を書いたりすることにもすごく役に立って、ITエンジニアのような畑違いの人たちにも受け入れられたと感じています。

 普段の活動でメタバースのカルチャーを紹介しつつ「私たちってすごいけどちょっとヤバいのかな?」という矛盾した感覚は忘れないようにしたいなと思っています。私は「世界最古の個人系VTuber」として活動を始めたわけなんですけど、私より後、つまりVTuberのブームの後にVTuberを始めた人は「VTuberをやったら人気になるのが当たり前」とか、「見てもらえるのが当たり前」といった感覚ですよね。だから、私が努力で得た能力ではないのですが、私は自分自身が普通とは違う、少し尖った存在であるという前提で活動を始めているので、常に「これをどうやって活用していこうか」と探求者のような視点を持っています。それがいま、メタバースで活動するエバンジェリストとしての活動に活きているのかもしれないですね。

――生まれ持った探究者のスピリットといいますか、開拓者としてのスピリットが根本にあるというイメージなのですね。

ねむさん:「普通の人にはこれを言ってもわからないだろうな」という諦めが前提としてあるので、「どうしたらこれが伝わるだろう」というのをずっと考えていますね。例えばVTuberブーム以降の人にVTuberとは何かを説明する必要はないですよね。なぜならキズナアイちゃんがいるわけですから。「あれです」と言えばいい。でもその概念が存在しない時代では、「キャラが動いてボイチェンのガビガビの声で喋っているこれは一体何なんだ。これは何がすごいんだ!?」というのを説明しないと誰にもわかってもらえない。最先端のディズニーアニメと比べるのではなく、「これはちゃんと中の人が入っていてリアルタイムで動いてるから、めちゃくちゃすごいんですよ! おまけに性別も逆転してるんですよ!」と、はっきり口で言わないとわからないんですよね。そういうのが私の活動コンセプトの根底にありますね。

ザッカーバーグ氏と目指しているものは、実は一緒なんじゃないかなと思っている

――本を出版されてからメタバース界隈もいろいろなことがありました。著書の中では特にMetaの今後の動向を気にかけておられた印象ですが、昨今のMetaについてはどう考えていますか。

ねむさん:Metaのマーク・ザッカーバーグ氏が「これからはAIに力入れるぞ!」と言ったのがニュースになって「Metaはメタバースから撤退する」といった記事が出てバズってましたけど、「ChatGPT」などがこんなにも話題になっている中で、世界で5本の指に入るテック企業の社長が「AIに力を入れる」と表明するのは当たり前のこととしか言いようがないですね。

――メディアではよく、Metaがパワーダウンしちゃったよね、と捉えられているかと思います。ねむさんの考えだと、Metaにはまだメタバースのデファクトスタンダードを作れるだけの力はあるという理解ですか。

ねむさん:ザッカーバーグ氏はメタバースを全然諦めてないと思いますよ。だって彼は天才ですからね。ザッカーバーグ氏の立場では「いまはAIや本業のFacebook、Instagramを頑張りますよ」と言わざるを得ないじゃないですか。でも本音のところは違うと思っています。

 私とザッカーバーグ氏では思い描くメタバース像に違う部分もあるので、1から10まで同意しているわけではないのですが、彼がこのVRという世界を数十年推し進めたことは間違いないし、それができたのはザッカーバーグ氏しかいないので、すごく尊敬していますね。

MetaのCEO・マーク・ザッカーバーグ氏。VRの世界を推し進める同氏を尊敬しているという

――著書の中にはメタバースへのメッセージがいろいろ詰め込まれていました。刊行から時間が経過してメタバースを取り巻く状況が目まぐるしく変わる中で、改めてそのお考えに変化などはありましたか。例えば、ねむさんの考えるメタバースはこうあるべき、こうなって欲しいなど、ぜひお聞かせください。

ねむさん:本に書いたことが全てです。私の本は時間に囚われない普遍的な内容を書いているつもりです。この1年間でメタバースの人口はすごく増えましたが、その本質は変わっていないと思います。普遍的な内容を語るために、本ではデータだけでなく、哲学書などからも数多く引用しています。私は哲学や社会学が好きで、分人主義を平野先生(平野啓一郎氏)の本などから引用していますが、それは何かというと「結局人間がどうありたいか」という話なんです。

 私の本での究極的な主張は「なりたい自分になって自由に活動できる世界が来る」ということです。「人間の魂なるものが肉体ごときに囚われているのはもう我慢ならない。自由になるのが当たり前の世界を作っていきたい」というのが、私の本の要約であり、私の活動コンセプトです。

 さきほどの話に戻ると、ザッカーバーグ氏はやたらと現実の自分を完全に再現したフォトリアリスティック(注:肉眼では写真と見分けることができないレベルのリアルさのこと)なアバターを推してくるんですよね。「現実と全く同じ姿でメタバースに入れます」と。でもそれは私からすると「そんなの嬉しい?」といった感じ。なので、メタバースの住人の中には「マーク・ザッカーバーグの考えるメタバースが実現してしまうのは絶対嫌だ」という意見を持っている人も多くて、私もアバターに対しては反対の立場です。「メタバースの世界はせっかく自分の肉体から離れて自由に生きられる世界なのだから、それまでの現実世界での束縛から解き放たれて人間はもっと自由に生きていくべきだ」と考えています。

 その世界を先行して体験している、いまのメタバース原住民にとっては「ザッカーバーグ氏 は現実を模したつまらない世界を作ろうとしている」という印象を受けているようで、その点を心配している声は多いです。でも実は私はそこまで心配していないです。重ねてにはなりますが、ザッカーバーグ氏はすごく頭のいい人なので、そういうことをわかっていないわけがないです。ザッカーバーグ氏のメッセージはMetaに出資する投資家に向けたもので、メタバース原住民に向けたものではない。それは差し引いて考えなければいけない。

 私が本で書いた内容は、日本に限ったことではなく世界的に普遍的なものです。メタバースの世界でアバターという自由を手に入れた人間は、人種などに関わらず魂の自由を求めていく 。だからこそ、私はメタバースを「進化」と呼んでいるわけです。

「メタバース」とは人類の進化である!と主張するねむさん(プレゼン動画よりキャプチャー)

 これは私の想像ですが、ザッカーバーグ氏と私が目指しているものは、実は一緒なんじゃないかなと思っています。まあザッカーバーグ氏はそれを公言できる立場ではないですよね。いま現実世界に暮らしている人たちに対して、VR・ARの世界が来たときに人間の本質が大きく変化するなんて、さすがにまだちょっと人類には受け入れられないのではないでしょうか。なので、ザッカーバーグ氏に代わって誰かが言わなければならないこと、人類はどう進化するのかを書いたのが私の本というわけです。

 私は現実側の自分の「中の人」を明かしていません。ですが、いまメタバース界隈で活躍している人は、明かしている人がほとんどだと思います。それはなぜかというと、VRゴーグルを現実で被っているところから見せないと、一般人には何をしているかがわからないからです。だから、メタバース界の著名人であるせきぐちあいみさんやVR蕎麦屋さんなど、みんなそうなのですが、現実世界でVRゴーグルを被るところを見せてから、VRの世界を披露する説明が多いです。でも私は絶対にそれはやらない。やったら私の活動は意味を失います。それをしてしまったら私の中の人と、バーチャル美少女ねむのキャラクターが紐付いてしまうから。現実世界における権威や肩書が一切なくても本当に自由に活動できることを実証するのが私の活動目的なんです。それをやってきた結果、いまの私はひとりのメタバース原住民として発信できる。私がメタバースにいるときは「バーチャル美少女ねむ」なんです。それは私の「中の人」とは何の関わりもない、本当の自分の姿ですから。

 そういう訳なので、「メタバースで人間は現実世界の束縛から解き放たれて自由になるべきだ」ということを発信するのに、結果的に適した立場かもしれません。株主や社員、エンジニアなど多くのものを背負っているザッカーバーグ氏には無理ですよね。なので、それをバーチャル美少女ねむが言います。もちろん私だけじゃなくて、メタバース原住民みんなで伝えていきたい。それが私のやりたいことです。

【MV】メタバースデイ / バーチャル美少女ねむ (Music by Kapruit)【4K】

――著書の中で「VRChat」、「cluster」、「NeosVR」、「バーチャルキャスト」の4つプラットフォームが最もメタバースの理想に近いと書かれていました。現在でもさまざまなメタバースプラットフォームが誕生していますが、ほかにいま注目しているプラットフォームはありますか。

ねむさん:ないですね。メタバースのプラットフォームを作るのは莫大な労力を要します。ブームが始まったから「さあ、うちもやってみるか」といったノリができるものではないです。

 それら4つのプラットフォームは全部そうですけど、VRゴーグルが発売された2016年にはもう開発を始めていて、まだ全くVRが普及してない頃から「これが絶対来る!」と熱い思いを胸に秘めた人たちが、5年も6年もかけてユーザーに寄り添いながら地道に開発してきたサービスなんです。そんなに簡単に追いつけるようなものではない。

 実際、突発的に生まれたサービスのほとんどは「メタバース」という言葉をバズワードに使っているだけです。実態は、単にWebブラウザー上でアバターが使えるだけだったりとか。そういう不毛な議論を避けるために、私の本では「メタバースの定義」をしっかりと議論するところから始めています。

バーチャルキャラクターが当たり前のように社会的に認められる世界はすぐそこに

――メタバースがバズワードのようになってから、そういったものがいっぱい出てきた印象ですね。この1年で本質を捉えているプラットフォームがしっかり残っているのかなと感じていました。

ねむさん:念のために言っておくと、私は「VRゴーグルに対応していないとメタバースを名乗ってはいけない」と言っているわけではないです。メタバースはまだ発展途上の曖昧な概念なので、本の中で私が考える定義を提案はしていますが、定義は人それぞれあってもいいんじゃないかと思います。大切なのは「その定義がどんな意味を持つのか」、もっと言えば「どんな世界を作りたいか」という点につきます。私が考えるメタバースは、なりたい姿になって「生きていくことができる仮想世界」です。生きていくためには、そこで物作りができなくちゃいけない、そこで経済活動ができなくちゃいけない、そこで全身で没入できなくちゃいけない、と自動的に定義が定まっていきます。なので、それぞれの考え方があっていいと思います。「僕の、私の考えるメタバース像はこれだ、だからこういう定義なんだ」という哲学がそこにあればいいと思います。

 残念ながら、この1年間ブームに便乗して出てきたサービスのほとんどが消えちゃいましたよね。これこそ哲学の問題だと思います。どんな世界を作りたいのか、作りたいメタバースは何なのか、人類にどんな革新を与えたいのか、そういった意思がないサービスは、残念ながらブームが終息すると同時にみんないなくなってしまいました。

 本で取り上げた4つのサービスは特に筋金入りですよね。VRが流行る前から「俺が考えるメタバースはこれだ!」をやり続けてきた人たちで す。

ねむさんが熱く語る4大メタバースプラットフォームの様子。左上から「VRChat」、「cluster」、「NeosVR」、「バーチャルキャスト」

――メタバースを取り上げるときは、デリケートというか丁寧に取り上げないといけないと日々感じるところがあります。ビジネス的な部分がかなりフィーチャーされているので、どうピックアップするか難しいですよね。

ねむさん:実は最近結構「バーチャル美少女ねむ」に対して企業案件が来るんです。でもそれはつい5年前までは絶対に考えられないことでした。仮に来たとしても、「バーチャル美少女ねむ様」宛ではなく「バーチャル美少女ねむの運営様」宛だったんですよね(笑)。つまりその時点では、私のようなバーチャルな人格は社会に認められている存在ではなかったんです。でも本がヒットしたからという理由もあると思うのですが、最近は100%「バーチャル美少女ねむ様」宛で案件が来るんです。バーチャルキャラクターが当たり前のように社会的に認められた存在として、取引をしてビジネスメールもきちんと送ってもらえる。それはすでにすごい変化だと思うんです。少なくとも私がVTuberを始めたときには絶対に考えられないことだったので、そういった社会の変化は思ったよりも早く実現しつつあると感じています。

――一般の人からすると、VR機器はまだまだ高いというイメージがあると思います。著書の中では、それはメタバースの敷居を高くする要素には全くならないと書かれていましたが、その点について改めて読者にご説明いただけますか。

ねむさん:やはり「生活必需品として捉えるかどうか」というところに尽きると思いますね。一度この生活に慣れてしまうと、元の生活が考えられないレベルになります。

 例えば、私はこのメタバース空間に暮らしていて、閉塞感というものを全く感じないんです。でも現実世界の私の肉体は狭い4畳半の部屋にいるわけです。普通、ずっと部屋に閉じこもっていたりすると外に出たくなりますよね。私はメタバース世界にいて、下手すると1週間でも2週間でも、部屋から出なくても大丈夫です。それは脳がハックされて閉塞感といったものを全く感じなくなっているから。VRゴーグルを被るだけで無限の空間が手に入るから。なので、メタバースというのは私にとって居住空間でもあるし、移動手段でもあります。さらに、いろんな人に出会える。Twitterなどで仲良くなった人が、VRChatの住人だったら次の瞬間にはすぐに会えたりします。移動の手間もありませんし、一緒にお酒を飲んだりした後でも帰りのタクシーの心配もしなくてもよい。

 何が言いたいかというと、メタバース住人にとってVR機器というのは住宅であり移動手段であるので、比べるべき対象は家やクルマになります。そう考えてみると、たったの数十万円、いまはものによっては数万円ですが、それぐらいの費用で無限の空間と瞬間移動能力が手に入る。そういう風に考えれば「めちゃくちゃ安い」と個人的には思っています。もちろん一般の方がたじろいでしまう気持ちもすごくわかるので、安さを煽るつもりはありませんが、言えることがあるとしたら、生活の一部として密着するようになった未来の世界では、VR機器はお金をかけて当たり前のものになるということです。

 思い返してみると、スマートフォンだって、最初のiPhoneが日本に持ち込まれたときには6万円程度だったんですが、みんな「めちゃくちゃ高い」、「誰が買うんだこれ」と言われたんですよね。しかし現在では、普通の人でも持つのが当たり前の世界になりました。それはスマートフォンが「ないと生活できない必需品」になったからなんです。いま私たちは「最高グレードのiPhoneって17万円か、ちょっと高いけど、まあiPhoneだしな」という世界線にすでに生きているわけですよね。今後VR機器はみなさんにとってのiPhoneに、「生活必需品」になります。そういう生活が当たり前になってしまうと、基本的にはもう不可逆変化で、元には絶対戻れない。いま私たちメタバース原住民はすでにその世界に生きています。いまはまだ大きくて不便な点も多いVRゴーグルやメタバースですが、それをものともせず。私は究極的にはVRゴーグルが100万円でも安いってなると思いますよ。

 そこに住人がすでにいる、ということだけは一般の人たちにも知ってほしいです。いきなりヘビーユーザーが使っているような高級なデバイスを買わなくちゃいけないわけじゃないんです。いまは安価な「Quest 2」のようなデバイスがありますから、ちょっと覗くだけなら数万円でこの世界に入ってこれます。たった数万円で買えるタイムマシンで、未来人に会うことができる。そう考えてみるとめちゃくちゃ安くないですか。

値上げがあったものの「Meta Quest 2」の手頃さに変わりはない

「メタバースで生きていく覚悟」を決めたら、現実世界(物理現実)とはどう向き合う?

――著書の最後に、メタバースが広まるために欠けているものがあるとしたら、それは「メタバースで生きていく覚悟」だと述べられています。もしメタバースの世界で生きていく覚悟を決めて、その空間を日常にしていくとした場合、現実世界(物理現実)をどのように捉えて向き合っていくのでしょうか。実際には私たちには生身の体がありますし、寿命もあります。

ねむさん:その点については、メタバース原住民の中でも大きく2つの派閥がありますね。1つは「私は仮想世界で生きていくんだ!」というタイプの人たちです。そういった人たちは、究極的には現実側の肉体は内臓みたいなものだと捉えている人が多いのかな、という印象を受けます。現実世界でいうと、例えば、心臓は止まったら死んでしまいます。それがメタバース原住民にとっての現実側の肉体、生きていくために必要な根幹部分ともいえる一方で、表現上は必要ないものともいえます。「メタバースの自分こそが本当の自分なんだ」という風に捉えている人ですね。メタバース原住民の中でも、特に尖っている人はそういうことを言う傾向にありますね。もちろん私もそっち側なんですが、そういう風に言うと、さすがに一般の方は引いちゃうじゃないですか。大学とかで講演しているときにこれは言えませんよね(笑)。

 一方、穏健派の回答もあって、ユニバースの「ユニ」というのは「1」という意味なんですよ。つまり、これまでは宇宙は1つしかなかった。でも、「超越」を意味する「メタ」を冠するメタバースの世界はさまざまなバース、つまり複数の宇宙を自由に行き来することができる。人格は1つではなくていい。その時々に最適な自分を自由に切り替えて生きていくことができる。これがまさしく、私の本の中で紹介している「分人」という概念です。これは人間を多面的な存在として捉える考え方です。人間が1つの「個人」でいなければいけないという概念は古い考え方で、旧来の個人主義に囚われた考え方であって、今後の分人主義の世界では「さまざまな自分」「さまざまな世界」を切り替えていくことが当たり前になります。複数の宇宙を切り替えて生きていく、それがメタバースなんです。いまのあなたが生きている物理現実のあなた自身、それは数あるあなたの一面にしか過ぎないんです。そういう意味では、物理現実も1つの大事な宇宙です。ご飯を食べたり、現実世界の親と会ったり、つまりメタバースと物理現実の間に上下関係はない。「自分の出すべき姿を流動的に選ぶことができる」、それが分人主義という新しい考え方であり、それがメタバース時代の人間の捉え方なのだと思います。

 変な話ですけど、現実の自分にコンプレックスがあるといった理由で、VRで過ごしている人は結構います。それを悪く言うわけでは決してないですが、それってある意味では、現実世界で私たちを束縛していた年齢や性別、立場といった属性をメタバースに持ち込んでしまっているとも言えるじゃないですか。これは個人的な哲学なのですが、メタバースにおける人間はそういったしがらみから解き放たれてもっと自由になってもいいんじゃないかと思っています。現実世界における人類はそういった自分を縛る属性から開放されるどころか、あまりにも当たり前のもの過ぎて意識することすらできなかった。私の本で書いているのは、あくまで始まりに過ぎないと思っていて、メタバースでの生活が一般的になると、自分の魂のパーツすらも自由に変化させて、自分自身を本当の意味でデザインしていく、そういった生き方が当たり前になるのではないかと考えています。

 メタバースの世界ではすごくびっくりすることがいっぱいあります。お互いに美少女キャラクター同士で仲良くしてた子が、話をしているときになにかの弾みで「あれ、この人私よりも3年くらい年上じゃない?」といったことがあったり、もちろん逆もあります。そういう関係性って現実では起こり得なかったものだと思うんです。現実世界は相手が年上か年下かどうかで、関係性が決定的に決まってしまうじゃないですか。日本語だと特に敬語みたいなものがあって、お互いの上下関係みたいなものが確定してしまう。それば意識すらできないレベルで、本能レベルで組み込まれているものです。意思に関わらず年齢を映し出してしまう現実世界の肉体はアバターと違って切り替えることができないので、相手の年齢を無視して関係性をつくることは私たちには難しかった。そこから脱却するのは人間の意思の力では無理なんです。

「自由」というと陳腐な言葉ですけど、メタバースでは人生の自由度の変数が比べ物にならない位大きくなります。人間の魂が、いままで「点」で捉えたものが「立体」になるような、神様の視点から自分を見ることができるような、現実では絶対にできなかったことができるようになります。だから、メタバースというのは目に映るワールドが注目されがちですが、そうではなくて、実は自分の心の中に潜っていくことで、自分自身も気づいていなかった新しい自分の側面を見つけることができたり、本能に囚われずに相手の魂の本質に触れることができたり、次元が1つ上がって神の視点を手に入れるような、そういう革命だと私は思っています。

初めてメタバースの世界に飛び込むときのコツは「アバターを褒めまくる」

――ところで、初心者だとロビーを駆け回るだけで、なかなかほかの人とコミュニケーションを取ろうとする一歩を踏み出せないという話を聞きます。メタバースでコミュニケーションをとるコツは何かありますか。

ねむさん:メタバースの住人はそのイニシエーション(通過儀礼)を乗り越えた人たちなんですよね。違う自分になっていきなり放り出されるのは「第2の人生の始まり」と言ったら聞こえはいいですけど、めちゃくちゃ不安ですよね。みんなよくやるなぁと思っているのですが、私は実はそのイニシエーションを経てない唯一のメタバース住人かも知れません。

 私の場合、元々VTuberとして活動してきて知り合いも多くて、メタバースに来ても私のことを知っている人もそこそこ多いという状態から始まっているので、ある意味「強くてニューゲーム」みたいな感じでした。誰も知ってる人がいなくて初めがつらいといった、普通のメタバース住人が体験しがちなイニシエーションを私だけ体験していないので、その質問に答えるには一番適切でないメタバース住人なのかもしれないですね(笑)。

 入ったばかりの人は「アバターに話しかけること」自体が馴染みづらいですよね。中には話しかけられるとびっくりしちゃって固まっちゃったり、思わず無視してしまう人も。特に外国の方はそこに違和感を感じる人が多いようです。日本ではVTuberの文化もあるし、人間以外のものにも魂が宿る考え方が根強くあるので、まだマシな方なのですが、それでもやはり難しかったりします。だから、当たり前のようですが、「目の前にいるアバターの存在の中にはちゃんと魂があって人間なんだ」ということを意識するところが初めのステップだと思います。

 第2ステップは、相手と仲良くなるということなのですが、これも難しくて、現実とはルールが違う世界なんですよね。現実ではだいたいビジネスの場面で「はじめまして」と言ったら、まず名刺を交換すると思います。なぜ名刺を交換するかというと、相手の名前と肩書きが重要だからです。一方で、メタバースでは相手の頭の上に常に名前が表示されているんです。だから、メタバースにおいては名前というのは相手に教わるものではなく、初めからわかっているものなのです。そこは少し現実の常識とは違うところですね。あとはやはりメタバースをしている人は、現実側の肩書きを隠したい人がすごく多いです。もちろん仲良くなったら聞いていいのですが、現実世界における性別・年齢・肩書き・仕事をいきなり聞くのは、嫌がられる場合が多いですね。

 そう言われると、はじめの第一歩がすごく難しいと思います。でも大丈夫です! 必勝法があるんです! その答えはアバターです。

 現実世界では、相手のアバター、要するに肉体の見た目には触れないのがルールですよね。もし相手がすごい美人だったとしても、初対面の時に「美人ですねー」とは言わないじゃないですか。なぜかというと、美人でもコンプレックスを抱えているかもしれないし、見た目が美しいとかそういうことを言うのは失礼である。それが現実世界の常識だからです。

 ですが、メタバースでは相手の見た目を褒めていいんです! なぜならメタバースにおける相手の姿は絶対に相手が自分の意思で選んだ姿だから。あなたがいま見ている相手の姿というのは、相手の性癖、人生、好みなどをすべて可視化した魂のディスプレイのようなものです。

 例えば、私だったら頭にVIVE(VR機器メーカー)のマークがついているじゃないですか。それなら「VRで何かやってるんですか?」とか「VR好きなんですか?」とか言えばいいわけですよ。それに「美少女キャラで可愛いですね」と言っていいんですよ。褒めると、相手のなりたい姿なのですごく喜んでくれるんですよ。そこから相手がアバターへのこだわりを話し始めるので、どんどん話が広がっていくんです。話す内容はすでにそこに見えているんです。メタバースでは見た目は触れていいものなんです。ただ、この新しいルールが、あまりにも現実の常識からかけ離れているので、一度常識を捨てることが大事です。

 でも一度慣れるとメタバースの方がはるかに楽です。相手が何に触れてほしいのか、何が好きなのか、すでにアバターに表示されているんです。だから、さっそく明日からメタバースを始めてみましょう! ここは全く新しい世界なので、現実世界の常識は通用しません。でも新しい常識は意外と簡単です。「かわいい」「かっこいい」が合言葉です。絶対に喜んでくれますよ。相手を観察して、とにかく相手の見た目を褒めまくる。きっと盛り上がりますよ。そこさえ押さえておけば、メタバースの住人と仲良くなるのは簡単です。

メタバースの住人と仲良くなる秘訣について教えてもらった

――では最後に読者に向けて、改めてメタバースの魅力とは何かを伝えていただけますか。

ねむさん:メタバースでは「美少女」「大賞作家」なりたい自分になれます! 別に小難しいものではないんです。メタバースというと、すごくテクノロジー的なもので、自分には関係ないものという風に捉えられがちなのですが、そうではありません。一見すると、住人たちはアニメのキャラクターのように見てしまうかもしれませんが、ここに住んでいる私たちは、生きた人間であって、くだらないことで悩んだりだとかする、本当にただの人間です。そういう人たちがメタバースという新しい世界を生きて、もっと新しい世界を作ろうとしている。

 そんな現実世界の地続きのところに未来があって、簡単にそこに行けてしまうというのはすごいことですよね。別に飛行機に乗らなくてもいい。VRゴーグルを被るだけで行けてしまう。そんな手が届くところに未来があることを伝えるために書いたのが私の本『メタバース進化論』です。興味を持った方はぜひ読んでいただけると、メタバースの魅力と、なぜそれが人類の未来・進化と呼べる革新なのか、わかっていただけると思います。そしてさらに実際に未来を見てみたいなと思った方は、ぜひメタバースにいらしていただけると、メタバースの住人たちがきっと歓迎してくれると思いますので、いつでもお待ちしています!

――ありがとうございました!

著者プロフィール:でんこ

バーチャルに活動の場を移したゲームライター。得意分野はビデオゲーム全般だが、最近はメタバースへの関心が強い。
ライターとしてさまざまなメディアで執筆する一方、メタバース内ではラジオパーソナリティや、DJなどの活動を通して、メタバースの魅力を多くの人に伝えるべく活動中。

・著者Webサイト:https://note.com/denpa_is_crazy/