でんこと旅するメタバースの世界

メタバースでのエンタメ体験は興味がなかったことを「自分ゴト」にする ~日産の新ワールドで過疎化回避の秘訣を学ぶ

そこには“お堅い”プロモメッセージもしっかり届けられる工夫が!!

 この連載では「メタバース」という、現実とは異なるもう1つの素敵な世界について、メタバースライターである私、咲文でんこがその魅力や楽しみ方などをお届けします。ぜひ私と一緒に新たな世界へ旅立ってみませんか。
日産自動車が「VRChat」に公開した新ワールド「NISSAN Heritage Cars & Safe Driving Studio」に伺いました

 こんにちは、咲文でんこです。日産自動車(株)は本日3月7日に、メタバースプラットフォーム「VRChat」上に新ワールド「NISSAN Heritage Cars & Safe Driving Studio」を公開しました。

 このワールドは日産が「VRChat」上に公開した5つ目のワールドで、1980年代、1970年代、1950~60年代を再現した3つのスタジオで構成されています。それぞれのスタジオには、歴代の名車とともにその時代を彩る衣装や風景を表現したセットが置かれており、写真や動画などの撮影を楽しめます。

 今回はその公開に先駆けて、本ワールドの先行体験という特別な機会を得ることができました。体験できた詳細などは順番にお伝えしていくのですが、ヘリテージカーや交通安全に興味がなかった私でも、このワールドでの体験を通じて、それらが「自分ゴト」になるということを身をもって体験できました。

 さて、この新ワールドでどんな体験ができて、私が何を感じ、どんなことを考えたか。そして、これまで興味がなかったことがなぜ「自分ゴト」になったのか。順番にご説明していくので、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

細部まで表現された日産自動車のヘリテージカーを堪能。遊ぶだけでなく、交通安全啓発の仕組みも

 今回訪れた新ワールドは、実は「交通安全未来創造ラボ」の特別研究員であるアカデミアの全面協力のもと、日産が取り組む交通安全啓発活動の一環として制作されたもので、セット内に配置されたさまざまな仕掛けとメタバースならではの没入感のある表現を通じて、歴代の名車とともに交通安全について学べる空間となっています。

 ワールドは先述の通り、1980年代、1970年代、1950~60年代を再現した3つのスタジオで構成されています。

 まず最初に訪れるのは、第1スタジオの「1980's Silvia Studio」です。ここでは1980年代を代表するスポーツカー「シルビア」とともに、歩行者の服装の色によって、ドライバーからの見えやすさがどう変わるかを体験できます。相模女子大学の角田千枝教授の研究によると、夜間は暗い色の服がドライバーから見えにくく、特に高齢ドライバーではその傾向が顕著になるとのこと。

「1980's Silvia Studio」で公開されているスポーツカー「シルビア」
さまざまな服装色のマネキンがどう見えるかをドライバーの目線で体験できます

 次は、第2スタジオの「1970's Skyline Studio」です。1970年代の名車“ケンとメリーのスカイライン”が展示されています。ここでは、運転シミュレーターを楽しみながら、北里大学の川守田拓志准教授の研究テーマである「有効視野」について、ゲーム感覚で学ぶことができます。

「1970's Skyline Studio」に展示されているのは「スカイラインハードトップ 2000GTX-Ev」
運転シミュレーターを楽しみながら交通安全と「有効視野」の関係について学ぶことができます

 最後は、第3スタジオの「1950-60's Datsun Fairlady Studio」を訪れます。1950~60年代の名車「ダットサンフェアレディ」とともに、アメリカのダイナー風のような空間が再現されていました。ここでは高齢ドライバーの安全運転をサポートする「ハンドルぐるぐる体操」の動画を大型スクリーンで見ながら、一緒に体操ができます。

「1950-60's Datsun Fairlady Studio」ではアメリカンな空間に「ダットサンフェアレディ」が展示されています
日産のワールドではお馴染みになってきた「ハンドルぐるぐる体操」が楽しめます

 私が各スタジオの体験を通して感じたのは、ワールドの視覚的なクオリティの高さです。名車を魅力的に見せるためのライティングや光の反射、細かな造形、作り込みなどすべての情報量が多く、現実世界で車を見ているような感覚でした。

ホイール部分やライトなどの細かな作り込み、光の反射までとても精密に作られています
夜のスタジオでは落ち着いたイメージを受けます。車のカッコよさを引き出していました

 そして、バーチャルな世界とはいえ、クルマの運転席に座って運転席越しに外を見たり、クルマに乗ってシミュレーターを体験するといった、ゲーム感覚の何気ない遊びや楽しみを通じて、自然と日産がワールドとして意図した「交通安全」が身近に感じられるようになっていました。それは、交通安全を「自分ゴト」化する、というユニークな機会でした。

 日産自動車の担当者は、このワールド開発にあたり、メタバース上の没入感を活かし、交通安全を「自分ゴト」として捉えてもらうことを重視していた、と話してくれました。日産は過去に4つのワールドを作り、のべ4万人以上のユーザーを集めた実績があります。これまでのワールド制作と同様、今回の新ワールドでも、実際にメタバースの世界で活躍するクリエイターたちと寄り添いながら、交通安全啓発とエンターテインメント性のバランスを取ることを心がけて制作したそうです。担当者は「ユーザーの方々に楽しんでいただきながら、交通安全の大切さを感じていただければ嬉しいです」と話していました。

車に乗り込むことも可能です。見るだけという客観的な体験から、自分が乗るという主観的な体験へと変わる。そこがポイントだと思います

 スタジオ内の説明を聞いたあとに、川守田准教授にお話しを伺ったところ「専門分野の研究は、これまで学会での発表など、限られた場で、限られた人にしか伝わっていませんでした。しかし今回のようなメタバース空間での体験型コンテンツは、より多くの人に研究内容を知ってもらう機会になります。同時に、研究を伝えるための新しい表現方法があることにも気づかされました」とメタバース空間で体験できた感想を話してくれました。

北里大学の川守田拓志准教授
メタバース内ではもちろんアバターを纏った姿です

 相模女子大学の角田教授は、メタバースについて次のように語っていました。「いまは学生にリアル世界の服を作らせていますが、リアル世界の服の型紙を使うことで、アバターに服を着せられるソフトがあります。そういった服をメタバースの世界で発表できればと考えています。メタバースを生活の一部として捉える人は今後ますます増えていくでしょうし、私としては、リアルとメタバースの両方の教育環境を充実させ、学生たちにバランスよく指導していければと考えています」

相模女子大学の角田千枝教授
角田教授もメタバースでのアバターの姿はこちらです(画像左のアバター)

メタバースというメディアを使い、エンタメ体験を提供することで、“お堅い”社会問題を解決できる可能性もある

 日産が公開した今回の新ワールドは「交通安全啓発」というある意味で“お堅い”目的を、エンタメ性の高いコンテンツで達成した点が特徴だと思います。メタバースという新たな発信の場との相性をよく理解しようとし、これまでの交通安全教育では届きにくかった層へのアプローチが実現できているのだと感じました。

 というのも、私自身、実はクルマを持っていないこともあり、正直なところ、いままで交通安全への意識はそれほど高くありませんでした。今回展示されていたような、名車と呼ばれるクルマへの知識も興味もあまりなかった、というのが正直なところです。

 ですが、バーチャルとはいえ、美しく魅力的な車の運転席に座り、交通安全に関連するさまざまな体験をする。さらには友達と一緒にカッコいいクルマの写真を撮影したり、全く別の年代を再現したスタジオで遊んだりといった今回のメタバース体験が交通安全について改めて意識するきっかけになりましたし、歴代の名車がリアルに再現されているのを見て、クルマのデザインの美しさや魅力に気づきました。

展示中のクルマは友人たちとの会話の話題にもなります
リアルに表現されているスタジオは、メタバースの中でも、さらに別世界のような体験でした

 それだけに留まりません。ワールド制作にあたり、専門家の知見を活用しつつ、メタバースで活躍する現役のクリエイターとともにワールドを作り上げていった点もポイントだと思います。メタバース住民の視点を取り入れたクオリティの高いコンテンツを制作できるからです。だからこそ、これまで日産が制作したワールドでは、4万人以上ものゲストを呼ぶことができたのだと思います。入り口はエンタメ空間、だけどその体験が転じて、気がつくとプロモーションメッセージや交通安全の啓蒙など、発信したいメッセージが伝わっている。そんな工夫がメタバース空間を過疎化しない秘訣だと考えられます。

 また、メタバースで実際に活躍しているインフルエンサーに先行体験してもらうことで、メタバース住民にとっても楽しめるエンタメ性を持ったワールドであることを広く発信している点も、メタバース住民に寄り添っているという1つの姿勢でしょう。このバランス感覚は、長くメタバース住民とともにコンテンツを作り上げてきた日産だからこそできることなのだろうと感じました。

メタバースの世界で活躍するインフルエンサーを呼んでワールド体験をアピール

 この日産の例は、メタバースを活用したいユーザー、とりわけメタバースの運用に不安を抱えている企業や団体にとって、多くの気づきを与えてくれていると思います。逆に、こういった工夫をしないと、どれだけコストと労力をかけたワールドでも、閑散とした状況になってしまい、いくらメッセージを発信しても、受信する人がいないという状況も起きかねません。

 正直なところ、私もメタバースはまだ発展途上だと思っています。そうした中でも住民に寄り添いながら、エンタメ要素を含むことができるメタバースならではの体験を提供することで、ワールドという箱はあるけど人がいない、という事態を避けることができるのだと思います。その上で伝えたいメッセージを「自分ゴト」化できる工夫をワールドに施していく。そうすることで、たとえメタバースであっても、プロモーション的な活用方法や、社会的な課題を解決したい、というメッセージを伝えられるのではないでしょうか。

著者プロフィール:咲文でんこ(さきふみでんこ)

ライター/VTuber。得意分野はビデオゲーム全般だが、メタバースやAI関連の記事も積極的に執筆中。ライター業以外にもVTuberとしての活動や、メタバース内ではラジオパーソナリティや、DJとしての顔もあり、肩書きが混雑してきたのが最近の悩み。

・著者Webサイト:https://note.com/denpa_is_crazy/

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