でんこと旅するメタバースの世界
感謝の気持ちがおカネに変わる? 新しい経済のカタチ「バーチャル経済圏」の可能性
クラスター社が目指すメタバースの未来について考えてみた
2024年9月20日 13:33
こんにちは、咲文でんこです。
メタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター社は、8月28日にclusterの未来について発表する「Cluster Conference 2024」を開催しました。そこで「すべてのユーザーが経済的にも、精神的にも“豊か”になる世界へ」というメッセージを伝えました。これはどういう意味を持っているのでしょうか。
クラスター社は長らく「バーチャル経済圏のインフラを目指す」というスローガンを掲げてきました。ですが、この言葉は多くのユーザーにとって具体的なイメージを想像しづらいもので、メタバースについて追い続けるメタバースジャーナリストである私もその内容や真意を掴みかねていました。
「バーチャル経済圏」とは何なのか、バーチャル空間での経済活動とは一体どのようなものなのか、クラスター社は最終的に何を目指しているのか。私の中で常に疑問が渦巻いていました。
今回のカンファレンスでは、バーチャル経済圏の仕組みやクラスター社の目指す未来像が具体的に提示されました。その内容からメタバースにおける経済の未来について考えていきます。
clusterが作ろうとしてきた「バーチャル経済圏」
クラスター社がやってきたことを改めて振り返ると「バーチャル経済圏」の構想を着実に形にしてきたのだなと思います。
「バーチャル経済圏」とは聞き慣れない言葉です。言葉をストレートに受け取れば、「バーチャル空間における経済活動」と言い換えられるでしょうか。バーチャルな世界で何らかの商いが行われており、そこでは日常的に金銭の授受が発生するという概念です。「メタバースでお金を稼ごう!」というのが一時期話題になりましたよね。ですが、クラスター社が目指しているのはそんな単純なものではありません。
幾度のアップデートを経て、clusterプラットフォームの中でアバターに装着する「アクセサリー」の売買機能が実装され、ワールド内で使える「クラフトアイテム」の取引も可能になりました。これらの機能追加により、cluster内で小規模ながらも経済活動が行われるようになりました。
これらのアップデートは、たしかに前進ではありました。ですが、ユーザーにとって大きなインパクトを与えるまでには至りませんでした。多くの人々にとって、これらの機能はあくまでもオプション的な存在で、日常的に利用するものではなかったからです。そういう意味で、まだ「バーチャル経済圏」はできていなかったと思います。
もし「バーチャル経済圏」があるとしたら、現時点で最も大きな市場は「アバター」の売買だと私は思います。下記のデータは多くのメタバース用アバターが売買される、実質的なデファクトスタンダードである「BOOTH」を運営するピクシブ社が発表した情報です。
メタバースはまだニッチな市場ですが、関連する3Dモデルの市場規模は拡大しており、2023年には31億円に達しています。それほどまでにメタバースにおけるアバターの存在は大きいのです。
では、なぜメタバースの住人たちはアバターにそこまでこだわるのでしょうか。それは住人にとってバーチャル空間における自分自身を投影する存在だからです。自分の理想や個性を表現する重要な手段であり、多くのユーザーが自分にぴったりのアバターを求めています。
そういう意味ではアバターには大きな価値があり、経済が動いています。アバターを入手するというサービスのためにその対価として“感謝の気持ち”としてお金を支払う。モノというサービスを提供し、その対価を支払う。これは、現実世界における商品やサービスの売買と同様の、シンプルな経済活動と言えます。ですが、メタバースにおけるサービスはそれだけではありません。
メタバース内では、ゲームを楽しめるワールドや、バーチャルなカフェやバーで他のユーザーと交流できるワールド、特定のコンセプトに基づいて接客のロールプレイを楽しむことができるワールドなど、さまざまなバーチャルサービスを提供する場が存在します。
これらのワールドも“サービス”を提供していますが、現在まで収益化が困難でした。それは収益化できる機能がなかったというのもありますし、clusterでは個人による営利利用を禁じられていました。他のプラットフォームでもパートナー契約を結んだ法人などはビジネスとして利用することができましたが、とても個人単位でできるものではありませんでした。
clusterではメタバース内で収益を得る方法を提供してはいましたが、それはcluster内でユーザーが開催できる「イベント」時の投げ銭と、「アバターマーケット」と呼ばれる1年に1回程度開催される公式の特別なイベント、そしてすでに紹介した「アクセサリー」と「クラフトアイテム」の販売です。これらの収益化手段は存在したものの、「経済圏」と呼べるほどの規模には達していませんでした。
今回の「Cluster Conference 2024」で発表されたアップデートでは、ワールドへの課金システムの導入やアバターの常時販売など、クリエイターが収益を得る機会が大幅に増えることになります。また、個人による営利利用まで解禁されました。これはメタバースで個人がビジネスをし、収益を得られるという革命的な出来事なのです。
新しいシステムでは、ユーザーがワールドを体験したり、特別な体験をしたりした際に、直接ワールド作者に対して現金に交換できるポイントを送ることができるようになります。これは単純な金銭の授受ができるというだけに留まりません。“感謝の気持ち”を形にして、贈ったり贈られたりする手段でもあるからです。
それでは、この“感謝の気持ち”とは何でしょうか。2年前のインタビューでクラスター社のCEO・加藤直人氏は、この新しい仕組みについて興味深いコメントを残していました。
「クリエイティビティに対して感謝の気持ちとして何かが巡る。小さな感謝の気持ちとか小さい喜びとか。(中略)このちっちゃい感謝や喜びの気持ちが物凄くたくさん積み重なると、いろんなクリエイティビティが底上げされるし、いろんな幸せが生まれるし、次に繋がりますよね」
この言葉から、clusterが目指しているのは単なる金銭のやりとりではなく、感謝や喜びの気持ちが循環し、それがクリエイティビティ(創造力)を底上げする新しい形の経済圏だということがわかります。
ユーザーが体験やバーチャルな空間に存在する何かを楽しみ、その体験に感謝の気持ちを抱き、それを形にする。そしてその気持ちを受け取ったクリエイターが、また別のユーザーからの感謝の気持ちを受けながら、さらによいコンテンツを作り出す。この循環を「バーチャル経済圏」と表現し、今回発表された新システムに繋がったということを、2年の時を経て私は理解しました。
この新しい仕組みは「メタバースで一攫千金」的な考え方とは全く異なります。金銭的な価値だけでなく、感謝や喜びといった精神的な価値も含めた新しい経済、小さな感謝の積み重ねが大きな価値を生み出すという経済圏を描いています。この経済圏が時間をかけて成長していけば、将来的にはこの仕組みからメタバース内で生活できるクリエイターが生まれる可能性もあるでしょう。
ユーザーが感じるゲーム推しに対する不安と、加藤氏が語るその答え
「Cluster Conference 2024」では、ワールド内課金要素の例として、cluster内で遊べるゲームへの課金システムなどが紹介されました
近年、クラスターはゲーム要素を前面に押し出す戦略を取っているように見えます。具体的には、2022年と2023年に東京ゲームショウに出展したり、「clusterゲーム革命前夜」という“ゲーム制作コンテスト×配信イベント”を開催していました。これらの取り組みは、多くのユーザーに「clusterはゲームプラットフォームになるのではないか」と不安を感じさせるものでした。
なぜ住民は一連のゲーム推しに不安を感じるのでしょうか。それは住人にとって、clusterは単なるゲームプラットフォームではないからです。この世界は私たちの生活の一部であり、日常を過ごす場所、「もう一つの居場所」だからです。
そのため、clusterが「ゲーム」としての側面を強調することで、この「居場所」としての性質が失われてしまうのではないか、という不安が生まれているのです。
しかし、加藤氏は次のように説明しています。
「僕が考える『ゲーム』は、3DCGやデジタルの力を使って何かしらの面白みを提供する形を総称して『ゲーム』と呼んでいいのではないかと考えています。つまり、課金をしてワールドを作ったクリエイターに感謝の気持ちを伝えやすいフォーマットを、僕は『ゲーム』と言えると思っています。僕らはそういった『ゲーム』を推し進めていくことが、ワールドクリエイターの経済圏を推し進めることになると思っています」
加藤氏にとっての「ゲーム」とは、ユーザーがワールドやクリエイターに対して感謝の気持ちを表明する手段のひとつであり、課金システムもその一環として捉えられています。これは、先ほど触れた“感謝の気持ち”を循環させる仕組みとも密接に関連しており、クラスター社がゲームという要素を推していた一つの理由なのだと感じました。
すべてのユーザーが経済的にも、精神的にも“豊か”になる世界への第一歩
それでは、これらのアップデートやガイドラインの変更で、「バーチャル経済圏」は完成したのでしょうか。加藤氏は「まだスタートしたところという認識です」と述べています。
cluster上での創作活動の多くが収益化可能になった現状を考えると、たしかに「バーチャル経済圏」が完成したと捉えることもできるかもしれません。しかし、加藤氏は、現状はあくまで「始まり」に過ぎないと強調しています。
加藤氏は続けてこう述べています。
「経済は放っておいたらグルグルと回るものではないと考えています。我々がここから何を開発し、何をやっていくか。それは、皆さんが経済活動をできるように全力でサポートすることだと思っています」
現時点では、この取り組みの具体的な内容は明らかになっていませんが、クラスター社のサポートにより、cluster内での経済活動はますます盛んになっていくのかもしれません。
では、このような取り組みを通じて、メタバース上の「バーチャル経済圏」はどのような未来を迎えるのでしょうか。
ここで思い出したいのが、インターネットの歴史です。インターネットも最初は限られた用途でしか使われていませんでした。しかし、時間とともにさまざまな用途が生まれ、いまでは私たちの生活に欠かせないものとなっています。そして、その過程で膨大な経済活動も生まれました。
現在はまだ主にゲームのようなエンターテインメント、コミュニケーションの場としての利用が中心ですが、clusterが先駆けとなったメタバース上の経済圏も、インターネットのように、最初は限られた用途から始まり、徐々にビジネス・教育・医療など、さまざまな分野での活用が進むことで、新たな経済活動も生まれていき、大きな市場へと成長する可能性をまだまだ秘めていると言えるでしょう。
いまはまだ始まりの段階かもしれません。しかし、将来的には私たちの生活に深く根ざした、新しい形の経済圏になるかもしれないのです。
最後に、改めて今回の発表テーマを振り返ります。
「すべてのユーザーが経済的にも、精神的にも“豊か”になる世界へ」
クラスター社の目指すメタバースの未来であり、他のプラットフォームも確実に影響を受けるビジョンです。そして、それがメタバースおける「バーチャル経済圏」です。今回の「Cluster Conference 2024」をターニングポイントに、その実現に向けて大きな第一歩を踏み出したのではないでしょうか。
著者プロフィール:咲文でんこ(さきふみでんこ)
ライター/VTuber。得意分野はビデオゲーム全般だが、メタバースやAI関連の記事も積極的に執筆中。ライター業以外にもVTuberとしての活動や、メタバース内ではラジオパーソナリティや、DJとしての顔もあり、肩書きが混雑してきたのが最近の悩み。
・著者Webサイト:https://note.com/denpa_is_crazy/