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「メタバース」の本質はクリエイティビティ。 クラスター・代表取締役CEO 加藤直人氏に単独インタビュー【TGS2022】

日本発のメタバース「cluster」創業者が語るTGS出展とバーチャル経済圏の狙い、これからのメタバースの形とは?

クラスター(株)代表取締役CEO 加藤直人氏

 日本発のメタバースプラットフォームとして圧倒的な存在感を示す「cluster」。その創業者にして、いまや日本のメタバース界を牽引し続けるトップランナーがクラスター(株)代表取締役CEOの加藤直人氏だ。

 「cluster」は、2017年に大規模バーチャルイベントを開催できるVRプラットフォームとして公開された。現在では、バーチャル空間におけるイベントに参加するだけでなく、好きなアバターで友達と交流したり、「ワールド」と呼ばれるメタバース内の世界を投稿できる空間を展開。PCやスマートフォン、VRといった好きなデバイスから数万人が同時接続する、日本国内最大級のメタバースプラットフォームでありながら「最も敷居の低いメタバース」を目指して進化を続けている。

 3年振りのリアル会場ありでの開催となった「東京ゲームショウ2022(TGS2022)」では、クラスター社としては初となるブース出展を実施。同社は「OPEN YOUR WORLD. 可能性を解き放て。」をテーマに、千葉県・幕張メッセでのリアルブースだけでなく、バーチャル空間である「cluster」内でもTGS特設ワールドを公開するなど、会場内外から積極的に「cluster」の魅力を伝えていた。

【公式PV】OPEN YOUR WORLD|メタバースプラットフォーム cluster

 今回、「TGS2022」の基調講演に登壇者の1人として招かれるなど、近年大きく注目を集める「メタバース」分野の第一人者である加藤直人氏への単独インタビューという貴重な機会を得られた。

 メタバースである「cluster」がなぜ「東京ゲームショウ」にブースを出展したのか、「cluster」の楽しみ方とその未来、さらにはメタバースの本質的な魅力とは何か、そして「メタバース」という言葉だけが極端に肥大化している現在をどう見ているのか。実際にメタバース上で活動している筆者がいま感じている疑問を率直に投げかけてみた。

 その答えのキーワードは「クリエイティビティ」。加藤氏が語った「cluster」の役割、これからのビジョンについて、ぜひお楽しみいただきたい。

「東京ゲームショウ」に初出展したクラスターブースの様子

メタバースとゲームの発想は全然違う

――まずは今回「東京ゲームショウ」に初めてブースを出展した狙いを教えてください。

加藤氏:メタバースの世界はゲーム業界で培われてきた技術がインフラに存在しているんですね。例えば3DCGを扱う技術もそうですし、それを各端末に表示する技術もそうです。そういった視点で見ると明確にゲーム業界の技術なんですけど、メタバースとゲームの発想は全然違うんですよ。

 一部のゲームのトップクリエイターの人たちが活躍するという世界ではなくて、3DCGによって描かれた世界の中で生活するし、本当にミニマムでマイクロなクリエイティビティが発揮される場所っていうのがメタバースだと思っています。ですので現状としては、ゲームマーケットの人たちやゲーム業界の人たちには、まだまだメタバースへの理解って追いついていないと思っています。例えば「Second Life(筆者注:2003年にサービスを開始した老舗メタバース)の焼き直しなんじゃないの?」や「MMOと同じでしょ?」って言ってる人もいますし、「ゲームの1ジャンルでしょ?」って言う人もいるんですよ。

 ただメタバースを生活の場にしてる人たちからすると、それは全然レベル感が違う、レイヤーの違う話なんですけど……っていう状態ですよね。メタバース上に生活があるし、そこでクリエイティビティが発揮されて、いろんな価値が流通しているのがメタバースなんです。それを実現するために、ゲーム業界の人たちにメタバースの現状や、ゲームとはレイヤーが違うものだと知ってもらいたい。だから、東京ゲームショウにブースを構えて「メタバースってこういうことをやってるんだ!」っていうのを知ってもらおう、という目的が第一です。

ポップなカラーが目を引くブース内のステージで、さまざまな発表会やパフォーマンスが行われた

メタバースはクリエイティビティを発揮できる場所

――「cluster」の楽しみ方の醍醐味といえば「そこで生活すること」だと思います。ただ今回の出展内容は「cluster」で遊べるゲームが中心でした。これはクラスター社が前面に押し出したい「cluster」の魅力がゲームということなのでしょうか?

加藤氏:僕は生活することすら「cluster」における一つの要素だと思っていて、その場を作り出しているクリエイティビティこそが、僕は一番大事だと思っているんです。生活する場を作っているクリエイターがいるじゃないですか、ワールドの主みたいな人が。そういった方もクリエイターだし、イベントやってる人もクリエイターだし、ロビーでダンスしたり、周りの人に面白い話題を振る人もクリエイターだと思っています。

 クラスター社の第一のミッションが「クリエイティビティを加速する」なんですよ。一番は「クリエイティビティ」。クラスターという会社はクリエイターの皆さんに支えられているし、僕が一番やりたいことや、人類に対して一番感動しているのもクリエイティビティなんです。「クリエイターが作り出すものってなんでこんなに素晴らしいんだろう」って気持ちがあるんですね。

 そういう観点で見ると、いろんな切り口があるので伝わりにくい部分は明確にあります。例えば、カフェでユーザーが憩う場を作っている人みたいなクリエイティビティを、東京ゲームショウに来てくださった方に、3分とか5分とかで伝えるのって難しいですよね。そこで今回は「cluster」の中のクリエイティビティの一つとしてわかりやすい、ゲームを作ってくださっているクリエイターの皆さんにフォーカスを当ててしっかりと発信していこうというのが一つの狙いです。

クリエイティビティの一例。カフェやバーといったワールドもユーザーが創造したもの

――クラスター社としてゲームをメインに考えているわけではないんですね。

加藤氏:全く考えていません。もちろん技術はゲームという部分はありますけどね。例えば「最終的にクラスターはゲームの会社になります」というようなことは一切考えていなくて、そんなレイヤーじゃないんですよ。「ゲームだけ」になったらもったいないと思うんです。生活だったりとか、クリエイティビティが発露する生活の場くらいの言い換えをしないといけないと思っています。

 そこに至るまでのパスだと思ってクラスターが頑張っているのは、クリエイターの皆さんがいかにクリエイティビティを発揮するか、というところに投資をしています。そのための仕組みを一個ずつ作っていってるという状態ですね。その中の一つが今回発表した「ワールドクラフトストア」ですね。

ユーザーが作ったアイテムをcluster内で売買できる機能「ワールドクラフトストア」
ストアにはすでに多くのユーザーがアイテムを出品している

――私も「cluster」のいちユーザーですが、なぜかクリエイティビティを発揮したくなるプラットフォームだと感じていました。

加藤氏:このメタバースという世界に惹かれる理由って、一番の理由はクリエイティビティだと思っているんです。よく「バーチャル空間で肉体から解き放たれる」とか「なりたい自分になれる」とか言われていますが、僕が考えるのは「こうあったらいいのになー」という世界観や「こんなことできたらいいのになー」という妄想を作ることができる場、だと思うんですね。

 実際、この出展しているブースも作るの大変だったんですよね(笑)。ただ「cluster」にいるワールドクリエイターの方が「このブースをバーチャル上に作れ」って言われたら、作れちゃうと思うんですね。でもリアルだと作れないんですよ。「アトム(物質)」に縛られているので(笑)。

 バーチャル空間だからこそ、こんな空間があったらいいのに、こんな姿になれたらいいのに、という世界を作ることができる。そこにワクワクするんだろうし、作れた時の快感があると思っています。

東京ゲームショウのリアル会場(幕張メッセ)に設けられたブースを特設ワールドとして「cluster」上にも再現

加藤氏:そしてもう一つ大事なのが「作っている最中」ということですね。

 「cluster」が一番面白いと思うのは、例えば「イベント」という機能が「cluster」にはあるのですが、イベント本番に向かっている最中が一番楽しいんじゃないかと思っています。例えば5人とか10人とかが協力してイベントに向けて準備をしているとしたら、それって文化祭みたいな感じですよね。文化祭って当日よりも準備している日の方が本番みたいなところあるじゃないですか。そういう意味では「cluster」は無限に文化祭をやってるし、無限に学校の放課後を過ごしているみたいな感じです。

 それが今のバーチャル空間で生活している人の楽しみ方の本質だと思っているし、メタバースという世界が世の中に広がった時に、こうあるべきっていう姿なんじゃないかなって思います。

「cluster」内ではユーザーによるさまざまなイベントが開催。このイベントを準備期間も含めて楽しむのが、バーチャル空間で生活する人の楽しみ方の本質だという

“僕の考えている経済圏ってクリエイターの皆さんが「モノを作りました、何千万円何億円稼げる!」とかではない”

――メディアなどで「バーチャル経済圏」を作りたいという表現をされているのを拝見しました。これはクリエイティビティと関連するのでしょうか。

加藤氏:例えば経済圏がなく、クリエイターがクリエイティビティを無限に加速させることができて、しかも生活に何の憂いもないというのが実現されているのであれば、それでいいと思っています。ただ、現時点ではそうはなっていないと思うんですね。そこでクリエイターがクリエイティビティを発揮する上において、今現存する一番いいメソッドが経済圏という形だと思っています。

 僕の考えている経済圏ってクリエイターの皆さんが「モノを作りました、これで何千万円何億円稼げる!」とかではなくて。例えば、ちょっとしたオブジェクトを作ってみました、ギミックが入っていて押すと何か面白い、みたいなモノをみんなで見せ合って「これ面白いでしょ?」っていうくらいでいいと思っていて。それも立派なクリエイティビティじゃないですか。

 そのクリエイティビティに対して感謝の気持ちとして何かが巡る。小さな感謝の気持ちとか小さい喜びとか。「僕の作ったものが売れた! すごい!」みたいな気持ちですよね。「世の中に3人もこのアイテムを買ってくれた人がいるんだ! めっちゃ嬉しい!」みたいな。

 このちっちゃい感謝や喜びの気持ちが物凄くたくさん積み重なると、いろんなクリエイティビティが底上げされるし、いろんな幸せが生まれるし、次に繋がりますよね。「僕の作ったものを求めてくれる人が世の中に3人もいるなら、次は10人に届けよう!」ってなったりとか。それくらいでいいんですよ。そういうのが巡っていった結果、その中の1人が気が付いたら1年以内とかに「clusterの中だけで結構生活できるな?」っていう規模感まで行く。そうなると空気感は変わると思っています。

クリエイティビティの面白さを満面の笑みで語る加藤氏

加藤氏:バーチャルの中だけでクリエイティビティを発揮してみんなの感謝を集めていくことで、「結構生活できるかも?」ってなると、どんどん加速していくはずです。それを達成できるほどのエコシステムを作りたいし、バーチャルの経済圏を作りたいと思っています。ですので経済圏は手段なんです。今現存する一番いい手段なんですね。逆にそれができるなら別の方法でもよかったです。

 僕はもともと物理学徒だったのですが、時間や空間を超越できるんだったら「どこでもドア」を作ったりとか、物理に縛られている「アトム」を簡単にいじれるんだったら、そっちの技術に投資していた可能性はあります。人間が妄想する「こんな世界になったらいいのに」、「こんな姿になれたらいいのに」、「こんなものがあれば面白いのに」というアイデアを形にできる場所が一番の価値だと思いますし、一番ワクワクしますよね。そういう世界を作りたいというのが僕の思いですし、そこに「メタバース」という名前がついたんだろうなと思います。

 クラスター社がミッションに掲げている通り、どこまで行ってもクリエイティビティなんです。そこにバーチャルとかメタバースとかなんて概念はないんですよ。

「メタバース」という言葉の注目度が上がったことはポジティブな側面が大きい

――近頃は「メタバース」という言葉だけが先行していて、その面白さを知らずに食わず嫌いしてる人も多いと思うのですが、そういった方々にはどうアプローチしていこうと考えていますか?

加藤氏:確かに「メタバース」という言葉が定まったことによって、食わず嫌いの方が生まれたかもしれません。ただ、全体としては注目度が上がってプラスの方が大きいと思っているんです。

 領域が定まった時に、言葉がそこに決まっていくというのが大事だなと思っていて。人類がほかの動物と違って獲得したのって「言葉」ですし、言葉を使うことによって、伝えたいものが、情報が、削ぎ落とされるんですよ。本当はもっと抽象度が高い、いろんな理念が入っているんですけど、情報が削ぎ落とされて「メタバース」という言葉になっている。ただそれによって飛距離が出て、これまで興味がなかった人に、興味を持ってもらっているっていうポジティブな側面の方が大きいと思っています。それで食わず嫌いになっちゃった人も確かにいるかもしれないんですけど、僕はポジティブに感じています。

 その取りこぼした人たちも、この先、メタバースの影響力がどんどん上がっていって無視できない存在になったら、後からきてくれると思うので、それでいいと思っています。

 どのジャンル、どのエリア、どんなマーケットもそうなんですけど、誰かがを仕組んでいるんですよ。今回の「メタバース」という言葉が流行しているのも仕組まれたものだと思っています。僕は仕組まれた上でも、人類が向かう先はクリエイティビティが加速する方向にいってほしいし、増加する方に向かっていってほしいし、僕らがそれを加速したいと思っています。その中で「メタバース」という言葉に定まったのはいいんじゃないかなって思います。

(株)クロス・マーケティングが全国15~49歳の男女4,200人を対象にした「メタバースに関する調査(2022年)浸透状況編」では、「メタバース」という言葉の認知率は61%(4人に1人が関心あり)に上ったが、詳細認知は5%という結果に。こうした現状を、加藤氏は非常にポジティブなことと捉えているのが印象的だ。

――最後になりますが、まだ「cluster」に触れたことのない人に向けて、その魅力を教えてください。

加藤氏:本質的には体験してみないとわからないところが多いと思います。しかもちょっと体験しただけだとわからないという部分もあります。

 「バーチャル空間に入って何をしたらいいんだろう?」って戸惑う方もいらっしゃると思うんです。「cluster」には、色んな人たちがその中で住んでいるし、色んなクリエイターの方が色んなことをやっています。僕は「cluster」の中に入ってみてもらって、イベントをやっている人もいればパフォーマンスをしている人、ユーザーが集まる場を作っている人、そういった人たちがどんなことをやっているかを眺めてもらうだけでもいいと思っています。「こんなことをやってる人たちがいるんだ!?」っていうのを見てもらって、そこからインスピレーションも湧いてくると思います。是非ともバーチャル空間に触れて、未来を見ていただきたいですね!

――貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

まさに色んな人が色んなことをしている素敵な空間が「cluster」。まずは眺めてみるだけでも面白い!

著者プロフィール:でんこ

バーチャルに活動の場を移したゲームライター。得意分野はビデオゲーム全般だが、最近はメタバースへの関心が強い。
ライターとして様々なメディアで執筆する一方、NPO法人バーチャルライツ公認の第0期VR文化アンバサダーでもあり、メタバース上の活動やメディアでの情報発信を通じてVR文化の魅力を普及させるべく活動中。

・著者Webサイト:https://note.com/denpa_is_crazy/