石田賀津男の『酒の肴にPCゲーム』
人類を滅ぼす病原体を作るゲーム「Plague Inc: Evolved」でコロナ禍を考える
米CDCも認めた疫学を学べるコンテンツ。人類側視点の「The Cure」も
2022年9月9日 11:00
新型コロナウイルスに感染したので、ゲームで世界を滅ぼす病原体を作る
私事で恐縮ですが、現在、新型コロナウイルスの闘病中です。子供が家庭内に持ち込んでの順繰り感染ですが、微熱の子供が4カ月ぶり2度目の新型コロナウイルス感染だとは思わず(しかも1度目の感染後にワクチン接種済み)、感染対策が後手に回ったのが敗因です。BA.1とBA.5は別物なのだと思い知らされましたが後の祭り。読者の皆様もお気をつけください。
そんなわけで今日は、以前から気になっていた「Plague Inc: Evolved(プレイグインク:エボルブ)」というゲームをプレイする。一言で言うと、病原体を世界中にばらまいて人類を滅亡させれば勝ちのシミュレーションゲームだ。不謹慎だと言うことなかれ。本作の開発者が米疾病予防管理センター(CDC)に招かれており、疫学に興味を持ち学ぶためのツールとして高く評価されている。
感染者を増やしていくのが第1ステップ
本作の主人公は、ウイルスやバクテリアなどの病原体。これを誰か1人に感染させたところからスタートし、世界中にあまねく感染を広げ、その毒性でもって人類を死滅させるのが目的だ。
病原体はウイルスや真菌などいくつかの種類があるが、最初に選べるのはバクテリア(いわゆる細菌)だけ。まずはどこかの国を選び、最初の感染者を発生させる。そのまま放っておくと、少しずつ感染者が増えていく。この状態ではほぼ無害なバクテリアが緩やかに感染を広げていくだけだ。
感染者が増えていくと、プレイヤーにはDNAポイントが与えられる。DNAポイントは、バクテリアの感染力や毒性、気候耐性といった能力を得るための進化の際に使われる。
感染力を上げれば感染者の増加スピードが上がり、さらにDNAポイントが稼げる。本作ではいったん感染した人が自然治癒することはなく、他者へ感染を広げていく。とにかく感染力を高めていけば、DNAポイントもどんどん稼げて、簡単に世界中の人に感染を広げられる。
問題はここからだ。感染が広がっていくと、人類も我がバクテリアの存在に気づき始める。新たなバクテリアの存在が発見されれば、次は治療薬の開発が始まる。感染者が増えた国ほど治療薬の開発を前向きに進めるし、WHOが情報を発出することもある。
たとえ全世界の人が感染したとしても、その後に出てきた治療薬の開発が済めば、感染者はあっという間に治療されてしまう。そうなったらバクテリアの敗北となる。
人類を滅亡させるか、病原体が駆逐されるかのデッドヒート
では人類にどう対抗すればいいのか。方法は2つある。1つは治療薬の開発を難しくすること。DNAポイントを使った進化の中に、新薬開発の研究を遅らせるものがある。遺伝子を変化させて、それまでの研究の大半を無駄にしてやる、といったような具合だ。
もう1つは、バクテリアの毒性を高めること。様々な症状を発症させることで致死率を高くし、研究者が薬を開発するよりも早く、人類を滅亡させてやればいい。また症状の中には、脳に影響を与えて集中力や理性を削ぐものもある。研究者も感染者の1人である限り、毒性が高まれば生きてはいられず、研究者が失われれば薬の開発も遅れる。
もちろん、人類も相応に抵抗する。バクテリアの毒性が高まれば高まるほど、薬の開発をより急ぐようになっていく。いくらバクテリアを進化させて研究を難しくしても、いたちごっこになり、いずれは開発にこぎつけてしまう。
つまり本作は基本的に、「いかに人類に気づかれないうちに病原体を世界中に拡散させ」、「見つかったらいかに早く人類を死滅させるか」がポイントとなる。DNAポイントは貯めておけるので、ここぞという時に一気に致死率を高めてやるというのも戦略の1つだ。
感染拡大からの毒性強化の流れがうまくいくと、人類は急激に死者を増やしていく。世界各地で暴動が起き、各国政府は機能不全に陥る。人道を考慮する余裕がなくなり、人体実験に手を出す国も出てくる。そうしているうち、暴動で荒廃した街からは人が消え、やがて静寂が訪れる。
研究者たちは人類の命運をかけて薬を開発するため、終盤の人口減と開発スピードの加速は熾烈なデッドヒートになる。見事に競争を制すれば、人類滅亡までのカウントダウンが始まり、最後の1人が倒れたところでプレイヤーの勝利となる。
細かいことを言うと、「人類が滅亡してしまえば、バクテリア自身も一緒に滅亡する運命なのでは?」という疑問もある。DNAポイントによる進化の中で、他の生物に感染を広げることで感染拡大を加速するという要素がある。毒性が人類だけに特化したものなら、他の生物に寄生して生き続けられるかもしれない。
……と思っていたら、クリア後の画面に「地球上のすべての生物を絶滅させることに成功した」と出た。バクテリアは立派な生物なのだが。
本作のリアルとフィクションの見分けをつけるのが大切
最初にCDCの名前を出したが、本作が疫学的にリアルなのかと言うと、必ずしもそうではない。本作では病原体がほぼ無毒なうちに感染を広げ、人類が認知したら毒性を高めて人を一斉に弱らせていくのが攻略のセオリーだ。しかし現実には、世界中の人に感染した病原体が、一律のタイミングと内容で変異して毒性が上がるといったことはありえない。
ただ、最初はほとんど無害と思われていた病原体が変異して強毒性を持つことは現実にありえる。また強毒性を持つ病原体は人類が速やかに認知し、対策を打つことで感染拡大が抑えられるというのも事実。そして感染が広がれば広がるほど変異の頻度も上がり、感染性や毒性が高いものが現れたり、薬の開発を遅らせたりするのも現実に起こりうる。
また感染後に体内から駆逐されず、永続的に残る病原体も現実に存在する。例えば口唇ヘルペスの原因となるヘルペスウイルスは、感染すると生涯にわたり体内に潜伏し、免疫力が低下した時に口唇ヘルペスを再発する。稀に致死率の高い脳炎を発症することもあり、本作のモデルにしたい優秀な(筆者を含む感染者には大変厄介な)病原体である。
本作の内容を現実の疫学の教科書にすべきではないが、何が事実で何がフィクションかを考えれば、疫学に対する理解は大いに深まるだろう。それと同時に、新型コロナウイルスが、いかに厄介で感染拡大を止めづらい存在なのかもよくわかる。非常に高い感染力と頻繁な変異の特性を持つため薬の開発は難しいが、毒性はほどほどで、人類の警戒レベルは高まらず、団結しきれない。これがゲームなら「仕込みは順調」と言いたくなる。
ただ本作がいかに学習的コンテンツとして優秀だとしても、人類を根絶させるのが目的という内容なので、万人向けとは言いがたい。そこでおすすめしたいのが、本作の拡張パック「Plague Inc: The Cure」。ゲームの立場を病原体から人類に交代し、パンデミックに立ち向かう内容になっている(つまり普通の疫病対策ゲームになった、とも言える……)。
筆者はまだ未プレイだが、「原作よりはるかに難しい」という声が多く聞かれる。ゲームバランスの問題ではあると思うが、人類がパンデミックに立ち向かう上で何が困難になるのかを洗い出してくれるようで、疫学のみならず政治的な面まで見える学習要素の高い作品になっている。
著者プロフィール:石田賀津男(いしだ かつお)
1977年生まれ、滋賀県出身
ゲーム専門誌『GAME Watch』(インプレス)の記者を経てフリージャーナリスト。ゲーム等のエンターテイメントと、PC・スマホ・ネットワーク等のIT系にまたがる分野を中心に幅広く執筆中。1990年代からのオンラインゲーマー。窓の杜では連載『初月100円! オススメGame Pass作品』、『週末ゲーム』などを執筆。
・著者Webサイト:https://ougi.net/