やじうまの杜

どうなる、「Microsoft Edge」? ~「Chromium」ベースになってよい点、悪い点

変わること、(たぶん)変わらないこともまとめてみました

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「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースに

 「Microsoft Edge」が「Chromium」(「Blink」+「V8」)ベースになることが正式発表されました。しかし、実際にどのような影響があるのか、まだピンとこないユーザーも少なくないのではないでしょうか。そこで今回は「Microsoft Edge」が「Chromium」になってうれしいこと、心配なこと、変わらないことをまとめてみました。

そもそも「Chromium」ってなに?

 本題に入る前に、まず「Chromium」とは何なのでしょうか。

 簡単に言うと、「Google Chrome」のベースとなっているオープンソースプロジェクトです。レンダリングエンジン「Blink」やJavaScriptエンジン「V8」など、さまざまなプロジェクトが含まれています。これに、

  • 自動更新機能:アプリケーションを自動的にアップデートして最新に保つ
  • トラッキング・テレメトリ―機能:クラッシュレポートや利用統計など、開発に役立てるための情報を収集・送信
  • “Chrome ウェブストア”:拡張機能のインストール・アップデートを管理
  • 設定の同期機能:“Google アカウント”で設定や拡張機能、パスワードなどを同期
  • プラグイン:「Adobe Flash Player」プラグインなどを同梱

といった機能を追加してコンパイルし、バイナリとして提供しているのが製品としての「Google Chrome」となります。

 「Google Chrome」のほかにも、「Opera」、「Vivaldi」、「Kinza」、「Blisk」などが「Chromium」ベースのWebブラウザーとして有名で、「Google Chrome」にはない個性的な追加機能を持つものが多いです。

 また、トラッキングやテレメトリーデータの送信を好ましく思わない、プライバシーに敏感なユーザーのために追加機能なしで「Chromium」をそのままビルドしたものや、少しだけ手を加えてリブランドしたものもが在します(「SRWare Iron」や「ungoogled-chromium」など)。デスクトップアプリのフレームワーク「Electron」も「Chromium」をベースとしたプロダクトの1つで、「Atom」や「GitHub」、「Slack」などで使われていますね。「Visual Studio Code」や新しい「Skype」など、Microsoft製品にも「Electron」をベースとしたものが少なくないです。

 「Chromium」のメリットは、なんといってもユーザー数の大きさ、裾野の広さといえるでしょう。利用者が多ければ有用なフィードバックも得やすく、開発者の関心を引き、改善が進みます。「Microsoft Edge」はこの“オープンソースのパワー”に屈したというわけです。

こういうプロモーションが表示されるのも「Microsoft Edge」が嫌われる一因だったんじゃないでしょうか

「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースになってうれしいこと

 では、「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースになる利点とは一体何でしょうか。

 まず、「Microsoft Edge」がまだ対応していない最新のWeb標準技術が使えるようになります。つまり、“「Google Chrome」では使えるのに「Microsoft Edge」では利用できない”サイトが大幅に減ります。

 開発者にとっては、対応しなければならないWebブラウザーが減るのはコスト抑制につながります。また、利用者にとってはWebサイトごとにブラウザーの切り替えを強いられる面倒が減ります。

 次に、「Microsoft Edge」の進歩が早まります。従来の「Microsoft Edge」はOSと同じく1年に2回しか大規模なアップデートが実施されず、競合に比べて機能不足が否めませんでした。OSのアップデートとWebブラウザーのアップデートが切り離されれば、「Microsoft Edge」の成長速度もぐんと高まります。

 さらに、これまで「Microsoft Edge」の開発に従事していた開発者が「Chromium」プロジェクトに参加することは、「Chromium」自体にとっても大きなメリットとなるでしょう。とくにARM64サポート、アクセシビリティ、タッチ対応で近いうちに大きな貢献が見込まれていますが、「Microsoft Edge」以外のユーザーも直接、または間接的にその恩恵に浴することができるでしょう。

 また、クロスプラットフォーム対応になる点もメリットといえます。

 「Microsoft Edge」は現在のところWindows 8.x/10、iOS、Androidに対応していますが、それぞれレンダリングエンジンが異なります(EdgeHTML、WebKit、Blink)。そのうち2つが統一されることで、開発速度の向上、メンテナンスコストの低下、機能差異の縮小が期待できます。

 加えて、すでに「Chromium」がサポートしている他のプラットフォームへ展開することもできます。具体的にはWindows 7/8.1への対応、macOSのサポートが計画されているようです。もっとも、Windows 7はサポート切れまであと1年に迫っており、あまり大きな影響はなさそうですが。

 そして最後にもう1つ、豊富な「Google Chrome」向けの拡張機能が「Microsoft Edge」でサポートされるかもしれない点にも期待したいですね。これまで通り“Microsoft Store”で入手する形式になるのか、“Chrome ウェブストア”から直接インストールできるようになるのかは今のところ不透明ですが、他の「Chromium」ベースブラウザーのように「Google Chrome」拡張機能が利用できるようになれば、「Microsoft Edge」の利便性は飛躍的に高まるでしょう。

「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースになっても(たぶん)変わらないこと

 一方、「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースになっても変わらないこともいくつかあります。

 まずは「Microsoft Edge」というブランドです。名前は変わりません。古い「Microsoft Edge」は、新しい「Chromium」ベースの「Microsoft Edge」へそのまま置き換えらえるでしょう。互換性維持のために古い「Microsoft Edge」が残されるかどうかはわかりませんが、もともと「Microsoft Edge」は「Google Chrome」との互換性を重視して開発が進められてきたので、そのまま置き換えても大きな混乱はないはずです。

 また、ユーザーインターフェイスもこれまでのものが維持されるでしょう。「Microsoft Edge」はデスクトップでもモバイルでもなるべく同じ使い勝手になるようにデザインされています。これが今さら大きく変わるとは考えにくいです。同じような理由で、“Microsoft アカウント”による設定の同期、ペンで書き込む機能、リーディングリスト、読み取りビュー、PDF・電子書籍リーダー機能なども維持されるはずです。これらは「Microsoft Edge」と「Google Chrome」を差別化する際の大きな武器になるはずです。

Windows 10版「Microsoft Edge」の“ハブ ビュー”。アドレスバー右上のアイコンを押すと、“お気に入り”や“リーディングリスト”、履歴、ダウンロードなどの画面を切り替えられる
Android向け「Microsoft Edge」の“ハブ ビュー”

 なお、一部で囁かれていた“Google アカウント”で設定が同期できるようになる可能性はあまりなさそうです。なぜなら、それは「Google Chrome」の機能であり、「Chromium」の機能ではないからです。「Opera」や「Vivaldi」といった設定の同期に対応した「Chromium」ベースブラウザーでも、設定の同期には独自のアカウントシステムが採用されています。

「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースになることで懸念されること

 しかし、「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースになることはよいことずくめではありません。

 まず、既存資産がしっかりメンテナンスされるのかどうかが懸念材料となるでしょう。たとえば、MicrosoftはUWPで新しい“WebView”コントロールをテストしていますが、これは現状の「Microsoft Edge」(「EdgeHTML」エンジン)がベースとなっています。「Internet Explorer」ベースのコンポーネントよりはモダンで、早期の移行を考えている開発者は少なくないと思われますが、肝心の「Microsoft Edge」が「Chromium」ベースになってしまえば、「EdgeHTML」エンジンのメンテナンスが疎かになってしまう危険性は高そうです。

 そして、もっと長期的な問題として、実装の多様性が失われる点も深刻です。「Internet Explorer」による市場独占により、一部のベンダーに都合のいい・必ずしも出来のよくない仕様がドキュメントもなしに定着してしまった問題を反省し、現在のWebでは議論を重ねて“Web標準仕様”を定め、各ベンダーがそれに準拠・実装するという方法がとられています。

 しかし、そもそも実装するベンダーが少なくなったり、影響力が1つのベンダーに集中してしまえば、“Web標準仕様”の意義は失われてしまいます。もしすべてのブラウザーが「Google Chrome」になってしまえば、Googleが自社の利益のみを考えて――たとえば自社の広告に都合のいい仕組みや“Pixel”端末だけに対応する独自機能を追加したい……など――仕様を導入しようとするのを誰が止められるでしょうか。もしそんな極端なことが起こらなかったとしても、「Chromium」でたまたま混入したバグがなかば仕様化し、他のベンダーがそれに合わせた修正を余儀なくされるといったことを防ぐのは難しくなるでしょう。

 このことは「Opera」が「Presto」エンジンを捨て、「WebKit」エンジンへ乗り換えた際も指摘されていたことですが、今回、Microsoftが「EdgeHTML」エンジンを捨てる決意をしたことで、残ったメジャーエンジンは「WebKit」、「Blink」、そして「Firefox」の「Gecko」のみとなりました。「Blink」は「WebKit」から派生したいわば兄弟同士なので、「Blink」をまったく異なるアプローチからテストできるのはほぼ「Gecko」のみとなってしまいました。MicrosoftやGoogle、Appleに比べると財政的体力に乏しいMozillaがメンテナンスする「Gecko」に、Web実装の多様性がかかっている……そう思うと少し背筋が寒くなりませんか?

 MozillaはWeb実装の多様性を守るために今後も戦う意志を表明していますが、心細いなというのが正直な感想でした。