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Vivaldi CEOのテッちゃんとお酒を飲みながらVivaldi談義してみた【単独インタビュー】

待望のiOS版はなぜ今? Googleの車載OSに採用されたワケとは?

Vivaldi CEO・テッツナー氏とお酒を飲みながらいろいろなお話を伺った

 Webブラウザー「Vivaldi」を開発するノルウェーのVivaldi Technologiesは5月16日(日本時間)、アイスランドの駐日大使館にてプレスカンファレンスを行った。その様子は下記の記事にて紹介している。

 その翌日、なんとVivaldiのCEOであるヨン・フォン・テッツナー氏とCOOの冨田龍起氏をはじめとするVivaldiのチームが、筆者が経営する「原価BAR三田本店」にご来店いただいたのだ。四半世紀以上前からITオタクである筆者だが、元Opera創業者のテッツナー氏と飲めるなんて思ってもみなかった。どうせなら記者発表会で聞けなかったことをとことん聞いてみることにした。

 乾杯はまずはビールで。アイスランドやノルウェーで乾杯するときの掛け声を教えてもらってから、「プレミアムモルツ マスターズドリーム」で「スコール(Skål)!」。

ついに待望のiOS版「Vivaldi」が来た! でもなぜ今なのか?

 筆者は7年前に「Vivaldi」が正式リリースされたときから、このWebブラウザーを愛用しつつ、多数の記事を執筆してきた。Android版は2019年からリリースされているものの、筆者のメイン端末はiPhoneなので、iOS版のリリースを心待ちにしていた。

 待望のiOS版は今回のプレスカンファレンスにて、世界に先駆けて日本で発表されたのだが、「なぜ今なのか」、そして「Android版と同レベルの機能を搭載できるのか」、「実際のところはどうなのか」。まず質問してみた。

Vivaldi Browser on iOS

 やはり、一番大きな理由は「Vivaldiユーザーからたくさんの声が寄せられたこと」だという。WebKitで開発したくなかったから、ずっと作ってこなかったのだが、Vivaldiユーザーたちがもう待てない、というような感じになってきたので、やるか!となったそう。

 基本的にユーザーインターフェイスに関してはAndroid版と同等の機能を提供できる、と考えている。しかし、トラッカーの防止や広告ブロックといった機能はレンダリングエンジンに手を入れる必要があるので、Chromiumと同じ挙動を再現することはできない。

 ではなぜ、そこまで「Vivaldi」はChromiumベースにこだわるのだろうか。テッツナー氏に聞いてみると、

 我々はすべてのプラットフォームでChromiumベースで開発しており、ソースコードからコンパイルしています。機能によってはかなり変更を加えている部分もあり、完全にコントロールできています。しかし、WebKitの場合、APIを使っているだけなので、何が起こっているのかはブラックボックスなのです。そういう意味で、できればデスクトップとAndroid向けに提供してるものと同じコードをすべての環境で使いたいというのが大きな理由です。(テッツナー氏)

 そもそも、なんでAppleはWebKitにこだわっているのだろうか。そして、こだわっているのになぜ、近いうちにほかのエンジンを搭載できるようになるのだろうか。

 歴史を遡ってみると1998年、「KDE」というプロジェクトが始まった。その中のWebブラウザーで利用するために、「KHTML」というレンダリングエンジンが開発された。MicrosoftのWebブラウザーに依存したくなかった、GoogleとAppleは自社ブラウザーを開発する際に、このKHTMLをベースにしたという。はじめはパートナーとしてとても仲が良かったが、GoogleがAndroidを作ることになって利害が衝突し、離れてしまったのだ。

 彼らにとっては、コントロールすることの優先度がとても高いのです。Appleは1年に1回しかリリースしませんが、Googleからすると遅いし、自分たちで自由に開発がしたかったので、枝分かれして「Blink」というレンダリングエンジンを作り、Chromiumの流れになりました。WebKitはオープンソースですが、Vivaldiブラウザーを作って、レンダリングエンジンごと搭載することができません。そういった点が使いにくいので、基本的にChromiumに流れているのが現状です。(テッツナー氏)

 Appleのコントロールが成功しつつあるように見えるが、近いうちにほかのレンダリングエンジンも使えるようになると予想されている。これは法的な問題だという。2022年7月に欧州議会でデジタル市場法が採択され、つい先日、2023年5月2日に施行された。

 巨大企業であるGAFAMのようなゲートキーパーに対して、新規参入のハードルを下げるように強制する法律だ。Webブラウザーに限定するなら、自分たちのコードを使うようにアプリベンダーに対して義務化できなくなる。つまり、WebKit以外のレンダリングエンジンをコンパイルしたWebブラウザーの提供を可能にせざるを得なくなるという。最大ペナルティが全世界売上高の10%とものすごく大きいので、おそらく実現するだろう、とのこと。もちろん、そうなればiOS版「Vivaldi」もChromiumベースで開発されることとなるだろう。

Webブラウザーの歴史をテッツナー氏に解説してもらうという現実離れしたシチュエーション

 さて、ここで焼き牡蠣が到着。原価BARでは調味料を使わず、ウイスキーのストレートをかけて食べていただくスタイルをお勧めしている。今回はシングルモルトウイスキーの「タリスカー」をたっぷりとかけてもらった。テッツナー氏はビールのお代わり、冨田さんはハイボールというので、スモーキーな「ラフロイグ」のハイボールに、さらに「ラフロイグ」のストレートをフロートするスタイルをお勧めした。

 ここで冨田氏に質問。日本人がアメリカに住んでノルウェーのIT企業で働く、どんな経緯があり、どんな世界なのだろうか。

 かれこれ15、6年になりますね。元々、Opera時代は私もヨンと一緒にオスロにいましたが、2007年にカリフォルニアに来ました。Operaの北米法人を立ち上げるためです。Operaの売り上げは伸びていたんですが、上場しているので、常にどんどん売り上げを上げていかなければならず、いろいろと買収をしていました。私とっては学ぶことが多く、買収したベンチャーの経営者たちと一緒に、Operaの資産やネットワークを使って事業を作り、世界中に広めていくのは面白かったです。やっぱりシリコンバレーはスピード感が全然違いますね。(冨田氏)

 2010年、テッツナー氏はOperaのCEOを降り、翌2011年に退社。その後、2~3年振りに冨田氏へ連絡があり、カリフォルニアへ旅行に来たという。普通にバーでビールを飲んでいたところ、酒が進み、そのうち「またなんか一緒にやりたいよね、みたいな感じになった」という。

 どんなことに興味があるのか、などを話しながらアイディアを出し合ったそう。冨田氏は元々、機械系のエンジニアだったので、もの作りは好きだという。

 Webブラウザーをやるという話は全然してなかったんですけど、Operaが独自エンジンの開発を中止して売却するという話になって、ヨンが「やっぱりブラウザーを作らなければダメでしょ」と言ったので、やっぱり、そうなりますか(笑)みたいな感じになりました。(冨田氏)

 テッツナー氏はボストンにおり、冨田氏はカリフォルニアに住んでいる。会社を立ち上げることになったら、元々、Operaにいた同僚たちが手伝いますよと手を挙げて、ノルウェーで一気に10人弱ぐらいがジョインしてスタートすることになった。そのため、Vivaldiは最初からリモートワークだったという。

焼き牡蠣のウイスキーがけに舌鼓を打つテッツナー氏

Mastodon、SDGs、暗号通貨、Android Automotive、そしてオスロのお酒事情、と根掘り葉掘り聞いてみた

 Vivaldiは2022年11月、Mastodonインスタンス「Vivaldi Social」を立ち上げている。「Mastodon」はTwitterに似たUIの分散型SNSだ。Vivaldiコミュニティは公式のフォーラムがあるのだが、なぜ新たなSNSを作ったのだろうか。

 1番大きな理由としては、ソーシャルメディアが社会にとって悪影響を与えているという問題意識があります。彼らが作ったアルゴリズムによって、お互いに批判し合って、炎上させることでエンゲージメントが高まり、どんどん社会の分断化が進んでいます。特に政治的な極化が進んでいて、アメリカがその極端な例ですけれども、この状況をなんとかしたいという思いがあります。Mastodonは分散型モデルで、どこかの企業がネットワークを保有しているわけではありません。元々のインターネットの理想形を取り戻したい、という思いで、我々が先頭に立ってやることで、もっと大きな会社が、どんどんMastodonベースで実装してくれるんじゃないかなと期待しています。(テッツナー氏)

 「Vivaldi Social」への参加は、Mastodonインスタンスにアクセスし、ログインするだけ。Twitterのように使えるので、迷わず操作できることだろう。

「Vivaldi Social」にアクセスし、アカウントを作成しよう

 また、Vivaldiは「Ecosia」という検索エンジンをサポートしている。「Ecosia」で検索することで、緑化支援ができるのが特徴だ。検索広告収入の8割以上を植林プログラムの支援に使っている。ほかにも、環境に関する取り組みはあるのだろうか。

 「SDGs」という観点では、「Vivaldi」はすべてのサーバーをアイスランドでホスティングしています。アイスランドは、基本的に電力はすべて再生可能エネルギーである地熱と水力で賄っています。さらに、サーバーは冷却に大きな電力が必要になりますが、アイスランドの冷涼な気候により、消費電力を抑えられます。(テッツナー氏)

 電力というと、近年、暗号通貨の消費電力が問題になっている。この点に関しての意見も聞いてみた。

 暗号通貨に関しては、基本的に私は“ねずみ講(ピラミッドスキーム)”だと思っています。気候変動のため、電力のリニューアブル化を進めなければいけないし、さらに、いろいろなものを電化していかなければいけない状況の中で、暗号通貨のマイニングのために莫大な電力を使うのはあまりにも馬鹿げていると思います。そもそも、社会的価値がゼロだと思っていますし、仮に社会的価値が多少あるとしても、気候変動問題を解決するために電力をクリーンエネルギーに変えていかなければいけない状況で、すごく間違った選択だという風に思っています。(テッツナー氏)

 以前から「Vivaldi」には暗号通貨を搭載しないと言っていたのも、この考えがベースにあったからだろう。

「Ecosia」で検索するだけで、植樹に協力できる

 ところで、5月17日はノルウェーの憲法記念日で国中がお祭り状態になる祝日とのことで、オリジナルカクテルのご要望をいただき、サプライズで提供させていただいた。国旗をイメージして、古いジンとミード、グレナデンシロップをシェイクし、ホイップした生クリームをフロート、青い十字はバタフライピーのパウダーを使っている。

 味に満足していただいたので、名前を付けてもらうことに。テッツナー氏は悩んだ末、「トロムソ」と付けてくれた。「トロムソ」とはノルウェー北部の都市の名前で、北極圏内のためオーロラが見えるとのこと。

ノルウェーのナショナルデーを祝って、オリジナルカクテル「トロムソ」が振舞われた。

 5月に開催された「Google I/O」で、車載用のAndroid OS「Android Automotive OS」初のWebブラウザーが「Vivaldi」と発表されたときには驚いた。なぜChromeではないのだろう。その経緯について伺ってみた。

 「Android Automotive OS」の作業を始めたのは、2年ぐらい前です。1年半ぐらい前に、ポールスター(筆者注:ボルボ傘下のEVブランド)が初めて「Vivaldi」を実装しました。その後、ルノーやメルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲングループが出すことになりました。(フォルクスワーゲングループでは、)まずはアウディから出荷されますが、ほかにもポルシェなど多くのブランドを抱えてるので、これからもっと数が増えると思います。「Android Automotive OS」にChromeは搭載されていないので、今後も「Vivaldi」搭載の自動車が増えてくるという、とてもユニークな状態だと思っています。(テッツナー氏)

 それでは「なぜChromeを搭載しないのか」と当然の疑問をぶつけたところ、Vivaldi側も本当の理由はわからないという。

 超巨大企業のGoogleとはいえ、Chromeチームもやらなければいけないことが多すぎて、別のチームである「Android Automotive OS」への実装を手掛けられなかったのでは? と想像しているそう。もちろん、いつかは車載用のChromeが投入される可能性は高いと考えているという。

 話の発端は、ポールスターは電気自動車に大きなディスプレイを搭載しており、「Android Automotive OS」にWebブラウザーを実装するようにGoogleに依頼したところ。まさかの「Webブラウザーはない」という返答だったので、Vivaldi側に連絡が来た。当然、Vivaldi側は「もちろんできる」と回答したという。なんとも凄い話だ。

 とはいえ、そもそも車載ディスプレイでブラウザを表示して何をするのだろうか。

 1番大きな用途は動画です。「Android Automotive OS」にはYouTubeアプリもありません。Disney+もHuluも見られないのです。電気自動車は街の中で充電するのですが、その充電中に動画を見たいのです。スマホでもいいかもしれませんが、せっかく大画面ディスプレイが車に付いているのだから、それで見たいというニーズがあったのです。(テッツナー氏)

 充電中の暇つぶしというわけだったよう。とはいえ、今後は普通のガソリン車にも「Android Automotive OS」と「Vivaldi」の搭載が進むようで、楽しみだ。

車のディスプレイでも「Vivaldi」で動画が視聴できる(画面はVivaldiのホームページより)
Stay Connected on the Go: Vivaldi browser, the browser in your car.

 最後に、オスロのお酒事情を伺った。テッツナー氏は20歳までアイスランドで過ごしたが、そのときはビールが違法だった。1915年から禁酒法が始まり、最初はアルコールのすべてが禁止で、1933年にビールだけが禁止となった。1989年まで、アイスランドではビールが禁止されていたのだ。その後、ノルウェーのオスロ大学に進学したところ、周りのみんながビール好きで、テッツナー氏も飲むようになったそう。

 テッツナー氏はどんなお酒が好きなのだろう。

 シチュエーションによって変わります。蒸し暑い時はやはりビールが飲みたいですし、フランス料理を食べるときはワインを飲みます。日本に来たら日本酒を飲みます。大体、夕食の時はワインを飲むことが多いですね。(テッツナー氏)

 どんなブドウのワインが好きかと聞いたところ、赤ワインは「アマローネ」とのこと。イタリアで作られている芳醇な香りが特徴のとてもおいしい赤ワインだ。白ワインを聞いたところ「シャブリ」が好みだそう。ブドウはシャルドネだが、シャブリの土壌は石灰質で酸味が強く、シーフードにマッチする白ワインだ。冨田氏のマル秘情報によると、テッツナー氏宅に行くと、シャンパーニュの「ヴーヴ・クリコ」がたくさん並んでいるという。羨ましい限りだ。

テッちゃん、ありがとう!(※テっちゃんは、Opera時代に日本のユーザーコミュニティが名付けた愛称で本人も公認している)

 せっかくのお酒の席なのに、あまり雑談できず、ほとんど「Vivaldi」についての話ばかりだった。しかし、聞いたことがない話も多く、とても楽しい時間だった。しかし、テッツナー氏、体が大きいこともあり、とてもお酒が強い。何杯か飲んだのだが、けろっとしていた。

 筆者は仕事でも「Vivaldi」をヘビーユースしており、もはや手放せなくなっている(詳しくはVivaldiブログを参照)。「Vivaldi」は今後もどんどん広がっていきそう。進化スピードも早いので、これからも目を離せなさそうだ。

【撮影協力:Akira Hojo @ Vivaldi Technologies】

著者プロフィール:柳谷 智宣

IT・ビジネス関連のライター。キャリアは25年目で、デジタルガジェットからWebサービス、コンシューマー製品からエンタープライズ製品まで幅広く手掛けている。日々、大量の原稿を手掛けており、窓の杜では連載『柳谷智宣の「実は色々できるPDFの活用法」』などを執筆。PDFファイルも日常的に利用し、メインのPDFツールは「Acrobat Pro」を活用。

・著者Webサイト:https://prof.yanagiya.biz/